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三章

47話 城からの脱出

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 すべては、筒抜けだった。

 リナルドが毒殺されかけたことも、それをもみ消したことも、なにもすべて。ベッティーナの耳には届いていた。

「やっぱり僕にはなにも起こらないし、君の気のせいじゃないかな。あれはただの偶然だよ」

 なんて、リナルドは夕食の席で言っていたが、明らかなウソだ。

 公爵令嬢のミラーナが突然の突風に襲われて怪我をしてからというものベッティーナは、次はリナルドが襲われるのではないかと警戒をしていた。

そのため、屋敷内にいる悪霊たちの一部に魔力を与えることと引き換えに、彼の様子を見守ってくれるよう頼んでいたのだ。

 その時点ではあくまで念のためだったが、悪い予感はそのまま現実となった。

「そろそろ酒もたばこも終わりなさい。出立の時間よ、プルソン」
『本当に言ってんのかよ、ベティ』

「残りの酒とたばこ全部与えたのに、今さら力を貸さないつもりなの? 痛い目みたいの」
『なっ、ち、ちげえよ。……単にオレはこの場所が結構気に入ってたからよ。定期的にこうして酒も飲めるわけだし、少なくともベティと契約してからは一番よかったぜ』

「あなたの判断基準は単純でいいわね。……私には合わなかったのよ、ここの空気が」

 プルソンに返事をしたのか、自分に言い聞かせたのか、どちらなのかはベッティーナにも分からない。

 分かるのはただ唯一、自分という存在が災いをもたらしているという事実だけだ。

だから今夜、ベッティーナはこの屋敷から去る。

冷静な判断の結果だった。今はそのために、最低限の荷物だけを整理しているところだった。

『でもよ、リナルドの奴はベティに残ってほしくて、毒を盛られたのを隠してるんじゃあねえのか』

 ここへやってきた時に持ってきた皮のかばんに本やアイデアノートなど大事な物だけを詰めていたら、プルソンがたばこを匂いながら、背後を漂って言う。

「随分リナルドのことが気に入ったのね、プルソン。あなたはここに残る?」
『おいベティ、オレはそういうことを言ってるわけじゃねぇよ』

「……そうね、悪かったわ」

 少し意固地になっていたことに気付いて、ベッティーナは反省をする。

しかし、決断を曲げる気にはなったわけではない。


「ただ、リナルドがなにを考えていたって関係ないわ。私はもうここにはいられない。それだけのことよ」

 いかにリナルドがなにごともないかのように振る舞ったとしても、ベッティーナはもう事件のことを知ってしまっている。

原因が自分にあるだろうことを知ったうえでいつも通りに接することなど、到底できそうになかった。

『ベティ……、少し変わったな。前までのベティなら、自分に利益がある選択をして、ここに残る判断をしてたと思うぜ』
「そこまで血も涙もないわけじゃなかったわ」

 そう返事をしてみたものの、果たしてどうだかは不明だ。


 数日前ロメロに指摘されたみたく、丸くなったせいで、こんな決断に至っているのかもしれない。

 が、なにであれもはや関係ないことだ。

 リナルドたちが理由でベッティーナが変わったのだとしたら、それも今日限りだ。今後はまた、一人に戻る。
 日付が変わるだろう頃、荷物と、とある意趣返しの用意を終えたベッティーナは、胸を押さえつけるように巻いていた包帯を外した。

 それから静かに部屋を出る。

『ひひ、趣味が悪いな』

 こうプルソンに評されたのは、自室の扉から廊下にかけて張り出した紙についてだ。

「ベッティーナ・アウローラは、全ての人間と無関係である」といった旨を大々的に書き記したのだ。
『これくらいがちょうどいいわ。目立たなきゃ意味がないもの』

その出来に納得したベッティーナはプルソンに魔力を与えることで姿隠しをしながら、万が一にも天使や精霊に見つからぬよう警戒しつつ屋敷を移動した。

 敷地内から外への出口に使ったのは、いつかリナルドに教えられた壁に擬態された扉である。おかげで簡単に抜け出すことができた。


 そのままリヴィの街にいては、迷惑をかけることは変わらない。

 ベッティーナは街を南下して、街の正門前までたどり着く。

 そこで最後に、遠く小高い土地の上にある屋敷を見返した。一部の部屋で明かりが使われているからか、暗い景色の中でその屋敷はぼうっと浮かび上がるようにも映った。

ベッティーナは目を瞑り、まぶたの裏に残った光が消えるのを待つ。

『……行くわよ、プルソン』

 もう、あの場所に戻ることはない。

 そう考えると、気持ちを割り切ることができた。

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