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三章
48話 囲まれる
しおりを挟むあの書庫が使えなくなるのは惜しいが、それ以外は別に元から望んでいたことではない。
むしろしがらみから解き放たれた気がして、心が透く気さえする。
これでもうリナルドから付きまとわれる日々も終わるのだ。
あの飄々として、常に余裕を漂わせた笑みを見なくても済む。一人になれる。
そう勝手に心の整理をつけたベッティーナは、裏道に姿を隠しながら歩いた。真夜中でも、大通り付近はまばらながら店があり人がいたためだ。
少し遠回りにはなったが、ベッティーナは正門から堂々とリヴィの街を出る。商人たちが通過する際に開いた扉の横手を、姿隠しをしながらすり抜けたのだ。
街を出ると、続いて待ち受けるのは整備をされた街道だ。
しかし夜分で明かりはほとんどなく、商人集団が馬車のスピードをあげて遠ざかっていくと、あたりは闇夜に包まれる。
くしくも、いつかと同じ新月だった。星さえもほとんど目に入らない。
視界のほとんどが黒に染まって、なくなる。他の感覚も薄れていく。今のベッティーナは闇夜に、完璧なまでに溶け込んでいる。
『どこにいくんだ、ベティ』
『行く宛てなんてないわよ』
そう、ない。どこに行けばいいかも、決めないままに出てきた。
『ま、オレはまた酒がのめりゃそれでいいんだが』
だが今はただもう少しだけ、このままでいたかった。
やっとあるべき場所に帰ってきた気さえしていたのだ。
どうもこのところは、いつのまにか光の元で過ごしていたらしいと今になって気づく。やはりベッティーナには、暗い場所の方が落ち着くのだ。
闇に吸い寄せられるように、真夜中の林の奥へと入っていく。
どこに繋がっているかも、どんな獣が出るかもわからなかったが、とにかく街から離れようと進みだす。
そのすぐあと、何者かの足音に気が付いた。林の土が踏まれる音や、葉が不自然に揺すられる音がわずかながら、ベッティーナの耳に届く。
よく聞いてみれば、それは明かに動物のものではない。明らかに意志を持って、そこに息をひそめている。
『一つじゃないわね』
『あぁ、そうみたいだな』
もしかすると、ベッティーナが街を出たところを張られていたのだろうか。
さっそく始末する手が動き出したのかもしれない。
となれば、相手の中にも魔法を使うことができて、精霊を使役している者がいる可能性はある。
念話を聞かれてしまわぬよう、そこからは会話をしない。すぐに、退散をはかるのだけれど、研ぎ澄まされた感覚が告げる。
(……もう囲まれてるわね)
四方、いや八方に人の気配を感じる。距離感をはかるが、逃れられる道はもうなさそうだった。
姿隠しを再発動しようにも、今度は魔力が足りなくなる。こうなったら一点突破をするしかない。
ベッティーナは覚悟を決めて、一方向に走り出す。
木立の中にぽっかり空いた開けた場所に出たところで、正面からでくわしたのは意外な人物だった。相手が灯していた魔導灯により、その顔が暗がりの中にまるで顔だけになったみたいに浮かび上がる。
「……あなた、フラヴィオ……?」
リナルドの腹心であり、お付きの執事を務めている青年だ。直接話したことは数少ないが、何回も会ってはきたから見間違えるわけもない。
「あぁ、ベッティーノ様。お探ししましたよ」
彼は少年のような幼さの残る顔に、人好きのしそうな笑みを浮かべる。
リナルドに対するものは何度も見てきたが、ベッティーナに対しては、はじめて向けられた笑顔だ。
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