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三章

42話 丸くなられましたね

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「ロメロ、それどうしたの」

 ベッティーナは、持ったばかりのペンを置き、包帯を巻く彼の腕へと一度目を落としてから、尋ねる。

「あぁ、ベッティーノ様。ご心配をおかけします。一昨日、お休みをもらって、街にある出版事業者の元へと足を運んでまして……その道中で通りかかった近くの家の屋根が突然に崩れてきて、このざまです。骨を痛めたんです」
「そんなことがあったの」

 とんだ災難だ。いきなり屋根が崩れてくることなんて、そうあることではない。

昨日はベッティーナもリナルドに連れられ外出したが、地震が起きたわけでも、突風が吹いたわけでもなかった。

むしろ穏やかな日だったから、なおさらだ。

「本日、彼が遅刻したのはその事情を私が確認していたためです。ご容赦ください。それと、もしよろしければ……」

 フラヴィオがそこまで言ったところで、リナルドは一つ頷く。

 いつくしむような目をロメロへと向けた。

「辛かったね、ロメロ。でも、もう心配ないよ」

 彼は首に下げていたチェーンに結んだ指輪に触れる。するとぽわっと淡い光の繭ができ、そに中からは手のりサイズの小さな天使が現れる。もう何度も見てきた光景だ。

「リナルド様。俺、一応もう治療は受けたのですけど……」
「はは、ラファのヒールは特別だからね。君には見えないだろうけど、他の精霊たちに受けるものとは根本から違うよ」

「ですが、俺のような身分の者が王子にご治療いただくなんて、お手を煩わせるんじゃないでしょうか」
「いいから。君みたいな優秀な司書が怪我できちんと働けない方が、うちにとっては痛手だなんだよ。ラファ、頼むよ。できるね?」

 リナルドにこう確認されたラファは、「当然だよ」と朗らかに答えて羽をはためかせると、ロメロの腕へと光の粒を撒く。

 包帯がされていたから見た目には分からなかったが、効果はてきめんだったようだ。
 ヒールが終わると、ロメロはすぐに包帯を外して何度か手を動かす。

「ありがとうございます、リナルド様、ラファ様……!」


貴族ではない彼に、ラファの姿は見えないだろうが、何度も礼を述べていて、これには口の悪いラファも溜飲を下げたらしく少し機嫌がよさそうにリナルドとじゃれていた。

 その後ロメロは、約束していたとおりベッティーナに対して小説の指導をしてくれる。

 さすがは、作家様であった。

 結局文章を書くことはなかったが、書き出す以前にどういうふうな流れで書くのだとか、設定面の整理方法だとかを学ぶことになる。

 つきっきりの講義は、ベッティーナにはかなりありがたいものだった。その礼として、ベッティーナは本の並び替えや棚差しを手伝うこととする。

 休んでいた間に、仕事が溜まっていたらしいのだ。

「……ベッティーノ様、丸くなられましたね」

 その作業の最中、ロメロから言われたのは、思わぬことであった。

 ベッティーナが本を手にしたまま固まったから、彼はすぐに「いや、すいません。最初に怖い顔で迫られた印象が強くて、えと、忘れてください」と発言を撤回する。

 しかも勝手に動揺してか、彼は積んでいた本を崩してしまっていた。静かな館内に、大きな音が鳴る。

「大丈夫です、これは俺がやりますから」

 ロメロはぺこぺこ頭を下げながらその片付けに入り、会話はそこで終わりになった。

 だが、ベッティーナの中から消えるわけではなく、そのまま心の片隅に残っていた。

 そんな折のことだった、さらなる不幸のしらせが届いたのは。

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