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三章
41話 物語を書くために。
しおりを挟むついに、この時が来たか、と。
ベッティーナはある種の感慨を覚えながら、ペンを握っていた。
書庫内の席にて向かい合うのは、罫線の入った用紙だ。
くれたのは、この屋敷の司書を務めているロメロである。すでに長編を書き上げて、書籍を出版している彼はベッティーナにとって、道しるべとなる存在だ。
そんな彼から「まずは短編でも書いてみたら」と勧められたので、まさにその通りに取り掛かろうとしていた。
だが、なかなか最初の一文が出てこない。
(……アイデアだけはあるのだけれど)
ベッティーナは、愛用しているメモノートを取り出し、数ページをめくる。
内に閉じられた環境とは違って外の世界は、情報に溢れている。リヴィの街へ来てからは、とくに外出が増えるようになってからは、一気に埋まるようになった。
外出が増えた理由は、またしてもなぜか目の前に座っている彼。リナルド・シルヴェリにある。
彼に悪魔を使っていることがばれてから三か月ほど。
あれ以来ベッティーナは、彼に乞われてしばしば、悪霊たちの暴走を静めるために駆り出されるようになったのだ。
大小あれど霊障沙汰は、さまざまな場所で起きるもの。
全ての魂を救うことは当然できないにしても、その機会が増えること自体は彼らを見捨てておけないベッティーナにとっても望ましいことであったから、しょうがなく協力をしている。
おかげで同じ時間を過ごすことも増えて、こうして付きまとわれることへの嫌悪感が麻痺してしまったのは、いいことなのか悪いことなのか。
この三か月の間にリナルドは、わざわざ書庫に公務の資料を持ち込んでまでベッティーナと過ごすようになり、今もそうしている。
「ここの方が執務室よりも開放的で仕事がはかどるんだ」と言っていたが、本当の目的は分からない。
悪霊が見える人間によほど興味があるのだとベッティーナは考えているが……
「なんだい、ベティ。まだ一文も書いてないのに、僕の方を見て。あ。もしかして僕が気になって、集中できていないんじゃないかい?」
「……別に、そういうわけじゃありませんよ」
単に、揶揄うのにちょうどいい相手だと思っているだけかもしれない。
今や、あだ名で呼ばれるようにもなってしまっていた。
けらけらと親し気に笑いかけてくるリナルドの表情は、実に生き生きとして見えた。夏仕様なのか少し短めになった髪や、夏らしい薄手のシャツがその印象を強調する。
それでいて、憎たらしくなるくらい爽やかなのは、汗一つかいていないからだろう。
汗ばむ首元にこそこそハンカチを押し当てているベッティーナとは、同じ王室生まれでも、なにもかもが違うのだ。
ベッティーナはそのある意味では人間離れした完璧具合に少しいらっとしつつ、
「ロメロが来ないので、どうかしたのかと尋ねようと思っていただけです。今日彼とは、小説を見てもらう約束をしていますから」
リナルドが気になっていたわけじゃないことを強調するため、別の話題を持ってきた。
本当に、それは気になっていることであった。
いつもなら朝早くから書庫にいて、執筆活動もしているはずの彼の姿がどこにも見当たらないのだ。最近は夏も盛りで、日の昇る時間が早くなったこともある。
最近は七の刻には書庫にいたはずが、時刻はすでに十の刻だ。
「んー……さぁ? 昨日、一昨日と休みだったけど、今日は聞いていないよ」
リナルドに情報が届いていないのだから、公休などではない。
とすれば、なにか急用でもできたのだろうか。
「そうだ。小説を見てほしいのなら、僕が代わりに見ようか? 僕も結構本は読む方だしね」
「……いえ、結構です」
ベッティーナはここでわざとらしくペンを取り、強制的に話を終わらせる。
「相変わらず、つれないなぁ」などとリナルドが苦笑したところで、書庫の扉が開く音が席まで聞こえてきた。
やっとロメロが来たかと思えば、足音は一つではなく二つだ。
「リナルド様、ご集中なされているところ、失礼いたします」
リナルドの執事・フラヴィオもロメロと一緒に来ていた。
彼はいまだに、ベッティーナを無視するような振る舞いを続けていて、こちらを向きもしない。が、わざわざ説明されずとも彼がここへ来た理由は分かる。
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