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番外編
2021: I am off duty.
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2021年7月30日(金)
五和商事東京本社営業第1課、梶直樹は早朝出勤して猛スピードで仕事をこなしていた。
「島田さん、このデータ、去年の数値がおかしくないか? すぐに再チェックしてくれ」
総合商社の仕事はカップラーメンからロケットまでとはよく言ったものだ。
オーストラリアの顧客から引きがかかっている半導体の製品データのネガチェックを部下に依頼しながら、上海の企業からの商船建造に関する問い合わせに中国語で返信をしていると、隣のシマの金子文隆が声をかけてきた。
「朝からすげえ仕事っぷりだな。今日、なんかあんの」
金子は大学のアメフト部の先輩で、シンガポール支社でもお世話になった上、直樹が同性と恋人関係にあることを穏便かつ静かに社内に周知してくれた功労者だ。
つまり、頭が上がらない。
「午後イチの便で那覇に行くので、超特急で仕事片付けてるとこです」
ディスプレイから目を離さずに答えると、金子は小指を立ててにやっと笑った。
「お熱いねー」
メールを送信し終え、次のタスクリストを確認する。
今週中にクローズさせる必要があるのは、先ほどの半導体の報告資料一式と、インドの長距離高速鉄道事業に関する初度会議の議事録の確認だけだ。
仕事の目途がついたので、直樹は椅子を回して金子に向き直った。
「おかげさまで。先輩こそ、金曜の夜なんだからふらついてないで定時退社目指したらどうですか」
「残念ながら、奥さん、今出張中なんだよなー」
遊び人でチャラチャラと軽石のように軽かった金子は、今年の春に結婚した。
プレイボーイとして名高かった金子の結婚に、社内には激震が走った。
相手が、これまで金子が付き合ってきたゆるふわ可愛い系女子とは全く違うタイプの、年上の堅実な女性だったからだ。しかも職場結婚。
これは本気で選んだんだな、と直樹は感心したものだ。
金子のデスクには、昔その女性から貰ったという色褪せた「カップメン」が大事そうに飾られている。
「お土産、何がいいですか?」
直樹が訊くと、金子は微妙な顔になった。
「どうかしました?」
「いやー、あー、じゃあ、雪塩ちんすこうで」
直樹は首を傾げる。
前回お土産で渡した時に、金子はちんすこうは苦手だと言っていなかったか。
直樹の視線を感じ取ったか、金子は頭をかいた。
「俺は食わねえけど、奥さんがすっげえ気に入ってさ」
レアな金子のデレぶりに、直樹は微笑む。
「じゃあ、ちんすこうと先輩用には泡盛買ってきますよ」
今週の業務を完璧に済ませ、昼休みが始まる11時半丁度に直樹は席を立った。
同時にデスクの内線が鳴る。取りたくはなかったが、仕方ない。
「お待たせしました。営業第1課、梶です」
「シンガポールの村岡です。お疲れ様です」
馴染みのある声は、シンガポール支社の直樹の後任だった。
「ああ、お疲れ様。久しぶりだな。元気にやってるか?」
「はい。楽しくやってます。あの、すみません、今、少しいいですか?」
「急ぎ?」
「至急ではないんですけど、浄水プロジェクトの交渉で少し困っていて。アドバイスを頂けないでしょうか」
直樹はちらりと時計を見る。
ウェブチェックインはしているし、機内預け荷物もないので、間に合うと言えば間に合うが、空港には早めに着きたい。
昨晩クローゼットを漁って考えに考え抜いたデート服に着替えたいし、近間が好きな「空とぶ東京ばな奈 はちみつバナナ味」も購入しなければならない。
直樹は心を鬼にする。
「すまない。今、休暇中なんだ。用件はメールにしてくれ」
「これより客室乗務員が安全点検を行います。シートベルトをしっかりとお締めください」
座席に座り、機内モードにする前に近間にメッセージを送った。
少し待つが、既読にならない。仕事中なのだろう。
したい時に連絡しよう。
遠距離恋愛を始めてすぐに近間と決めたルールだ。
話したいと思ったらすぐに電話する。何もなくても、しようかなと思ったらメールする。
相手が仕事中だろうかとか、忙しくないだろうかとかは気にしないこと。
「お互い思ってるのに、気い遣いすぎて連絡できないとか、馬鹿みたいだろ」
スカイプでそう言って笑った近間は、いつもどおり男前だった。
CAさんがサービスしてくれたコンソメスープを啜りながら、直樹は窓の外を眺める。
夏の空は絵の具で塗りつぶしたみたいに真っ青で、眼下に浮かぶ入道雲には自らの機影が映りこんでいる。
近間は毎日こんな空を見ているのだ。昼も、夜も。
前回近間に会ったのは2週間少し前。7月7日の近間の誕生日だ。
平日ど真ん中だったが、有給を取って沖縄まで会いに行き、奄美大島でのんびり過ごした。
近間は航空自衛官という仕事柄、休暇中でも遠出出来ないことが多いので、直樹が沖縄に行く回数の方が多い。
直樹は沖縄も飛行機も好きなので移動は苦にならない。
逆に、別れる時は残される方が辛いので、近間に申し訳ないと思っている。
思いを馳せているうちに、飛行機はすぐに那覇空港に着陸した。
観光客で混雑する到着ロビーで近間を見つけた直樹はぎょっとする。
どうしたんだ、あの人。
「近間さん、あんたその恰好…」
バニーガールを連想させる襟だけが黒い白シャツに、マゼンタのスリムパンツと細いサスペンダー。
シンガポール時代にパラゴン・ショッピングモールで直樹が購入した品だ。
最初に試着した時は近間が恥ずかしがって購入に至らなかったが、あまりに似合うので、後で直樹がプレゼントしたものだ。
「久しぶりに着てみたけど、やっぱ無理だなハズい」
近間は腰に手を当てて自分の下半身を見下ろし、苦笑している。
真夏とはいえ、日本でこんな色のパンツを履いていたら悪目立ちするものだが。
近間は、たとえ新聞紙を着ていても隠せないほどの美形だ。スタイルもいいし、品もある。
脚が長いので細身のパンツが綺麗に映えている。
腰から尻にかけてのラインは煽情的なほどだ。
「近間さん……」
直樹はたまらずにため息をついた。
35歳になって、こんなのが似合うとか本当に反則だ。
その証拠に、先ほどから、女性グループや修学旅行の女子高生の注目を一身に受けている。
「もう絶対外で着ないでください。やばいです」
「え、そこまで似合ってないか?」
きょとんとする近間の腕を引き、空港の立体駐車場に向けてぐんぐん歩き出す。
「似合いすぎて困ります。ってか、わざとやってますよね」
「あ、バレた? おまえこういう服好きだから、喜ぶと思って」
確信犯でいたずらっぽく笑ってくるこの人が可愛くて仕方がない。
沖縄での近間の愛車は、グレーメタリックのランドクルーザーだ。
助手席に乗り込むと近間の匂いがして、直樹はどきりとする。
「待ってる間、ナンパされなかったでしょうね」
「されてないよ。やたら道は聞かれたけど」
運転席の近間は楽しそうだ。
「それ、ナンパだからな! ったく」
わざとと乱暴な口調で言って、シートベルトをバックルに嵌める。その手を、近間が止めた。
しゅるんとベルトが戻っていく。
「近間さん?」
近間は身を乗り出して、直樹の頬に触れてくる。
「再会のちゅーがまだだろ」
誘うように見つめられ、至近距離でその瞼が閉じられる。
「ほんと、タチ悪い」
直樹は近間の腰と首に手を伸ばすと、唇に口づけた。はむはむと柔らかく触れたあと、我慢できなくてすぐに舌を入れる。
2週間ぶりの唇は甘くて、近間の匂いと味がする。
応じてくる舌をくちゅくちゅと絡ませる。
「んっ……なんか、コンソメの味する」
「機内でスープ飲みました」
「ああ、あれ美味いよな」
「おしゃべりなんて余裕ですね」
舌を伸ばして上顎を舐めると、近間がびくりと震える。
「んっ、も、十分だろ」
「足りません」
口の中を蹂躙しながら、第1ボタンをはずして鎖骨をなぞる。
触れるか触れないかの手つきに、近間の目に涙がにじんだ。上気している頬が色っぽい。
キスが止まらない。
「んっ……あっ……」
耐えるような声にぞくりと欲望が走る。下半身に熱がたまる。
駄目だ。好きすぎる。めちゃめちゃ、ヤりたい。
その時、隣のスペースにワゴン車が滑り込んできた。
二人は反射的に体を離す。
「おまえ、しつこい」
「すみません」
「隣の車に感謝。ここで犯されるかと思った」
「カーセックスは主義に反します」
「はは、おまえ、そういうとこ潔癖だよな」
「早く近間さん家行きましょう」
「賛成。けど、運転変わってくれ」
珍しいお願いに、直樹は首をかしげる。
近間は運転が好きなので、二人の時に直樹がハンドルを握ることはほとんどない。
「いいですけど、どうかしましたか?」
「おまえのせいだろ」
近間が恨めしそうに自分の股間を指した。
マゼンタのパンツの中心は膨らんでいて、それを指さす手もわずかに震えている。
激しいキスの名残。
よく見ると、瞳はまだとろけているし、シャツの胸元から覗く肌はピンク色に上気している。
直樹は即座に助手席を降りた。
「変わります。そんな色っぽい顔で運転してたら、料金所のおじさんが卒倒します」
運転席で座席とミラーを調整して、エンジンをかけた。
良い車のエンジンは良い音がする。
空港を出ると見慣れた那覇の街並みが広がっている。
もう夕暮れ時だ。夕日のオレンジや植物の緑は東京よりもぐっと濃い。
「直樹」
「はい」
「どっかホテル取っていいか?」
「勿論。官舎よりホテルの気分ですか?」
「官舎、あんまり防音きいてないから。今日、なんか、声抑えられなさそうだ」
近間が小さな声で言い、流し目を送ってくる。
端正な横顔の耳元がほんのりと赤い。
ビーーーーーッ!
見惚れていると、後ろからクラクションを鳴らされた。
青信号に変わったのにブレーキを踏んだままだった。
「すみません!」
直樹は慌ててギアチェンジしてアクセルを踏む。
「前見て運転しろよ」
「あんたがエロい顔するからでしょうが!」
「おまえがあんなキスするからだろ」
「先にちゅーしてって言ったのは誰ですか」
言い合いは途中で笑いに変わる。
直樹は笑いながら、心が温かいもので満たされるのを感じる。
この人が大好きだ。
この人といると、いつだって楽しくて幸福な気持ちになれる。そして、勇気と元気が湧いてくる。
五和商事東京本社営業第1課、梶直樹は早朝出勤して猛スピードで仕事をこなしていた。
「島田さん、このデータ、去年の数値がおかしくないか? すぐに再チェックしてくれ」
総合商社の仕事はカップラーメンからロケットまでとはよく言ったものだ。
オーストラリアの顧客から引きがかかっている半導体の製品データのネガチェックを部下に依頼しながら、上海の企業からの商船建造に関する問い合わせに中国語で返信をしていると、隣のシマの金子文隆が声をかけてきた。
「朝からすげえ仕事っぷりだな。今日、なんかあんの」
金子は大学のアメフト部の先輩で、シンガポール支社でもお世話になった上、直樹が同性と恋人関係にあることを穏便かつ静かに社内に周知してくれた功労者だ。
つまり、頭が上がらない。
「午後イチの便で那覇に行くので、超特急で仕事片付けてるとこです」
ディスプレイから目を離さずに答えると、金子は小指を立ててにやっと笑った。
「お熱いねー」
メールを送信し終え、次のタスクリストを確認する。
今週中にクローズさせる必要があるのは、先ほどの半導体の報告資料一式と、インドの長距離高速鉄道事業に関する初度会議の議事録の確認だけだ。
仕事の目途がついたので、直樹は椅子を回して金子に向き直った。
「おかげさまで。先輩こそ、金曜の夜なんだからふらついてないで定時退社目指したらどうですか」
「残念ながら、奥さん、今出張中なんだよなー」
遊び人でチャラチャラと軽石のように軽かった金子は、今年の春に結婚した。
プレイボーイとして名高かった金子の結婚に、社内には激震が走った。
相手が、これまで金子が付き合ってきたゆるふわ可愛い系女子とは全く違うタイプの、年上の堅実な女性だったからだ。しかも職場結婚。
これは本気で選んだんだな、と直樹は感心したものだ。
金子のデスクには、昔その女性から貰ったという色褪せた「カップメン」が大事そうに飾られている。
「お土産、何がいいですか?」
直樹が訊くと、金子は微妙な顔になった。
「どうかしました?」
「いやー、あー、じゃあ、雪塩ちんすこうで」
直樹は首を傾げる。
前回お土産で渡した時に、金子はちんすこうは苦手だと言っていなかったか。
直樹の視線を感じ取ったか、金子は頭をかいた。
「俺は食わねえけど、奥さんがすっげえ気に入ってさ」
レアな金子のデレぶりに、直樹は微笑む。
「じゃあ、ちんすこうと先輩用には泡盛買ってきますよ」
今週の業務を完璧に済ませ、昼休みが始まる11時半丁度に直樹は席を立った。
同時にデスクの内線が鳴る。取りたくはなかったが、仕方ない。
「お待たせしました。営業第1課、梶です」
「シンガポールの村岡です。お疲れ様です」
馴染みのある声は、シンガポール支社の直樹の後任だった。
「ああ、お疲れ様。久しぶりだな。元気にやってるか?」
「はい。楽しくやってます。あの、すみません、今、少しいいですか?」
「急ぎ?」
「至急ではないんですけど、浄水プロジェクトの交渉で少し困っていて。アドバイスを頂けないでしょうか」
直樹はちらりと時計を見る。
ウェブチェックインはしているし、機内預け荷物もないので、間に合うと言えば間に合うが、空港には早めに着きたい。
昨晩クローゼットを漁って考えに考え抜いたデート服に着替えたいし、近間が好きな「空とぶ東京ばな奈 はちみつバナナ味」も購入しなければならない。
直樹は心を鬼にする。
「すまない。今、休暇中なんだ。用件はメールにしてくれ」
「これより客室乗務員が安全点検を行います。シートベルトをしっかりとお締めください」
座席に座り、機内モードにする前に近間にメッセージを送った。
少し待つが、既読にならない。仕事中なのだろう。
したい時に連絡しよう。
遠距離恋愛を始めてすぐに近間と決めたルールだ。
話したいと思ったらすぐに電話する。何もなくても、しようかなと思ったらメールする。
相手が仕事中だろうかとか、忙しくないだろうかとかは気にしないこと。
「お互い思ってるのに、気い遣いすぎて連絡できないとか、馬鹿みたいだろ」
スカイプでそう言って笑った近間は、いつもどおり男前だった。
CAさんがサービスしてくれたコンソメスープを啜りながら、直樹は窓の外を眺める。
夏の空は絵の具で塗りつぶしたみたいに真っ青で、眼下に浮かぶ入道雲には自らの機影が映りこんでいる。
近間は毎日こんな空を見ているのだ。昼も、夜も。
前回近間に会ったのは2週間少し前。7月7日の近間の誕生日だ。
平日ど真ん中だったが、有給を取って沖縄まで会いに行き、奄美大島でのんびり過ごした。
近間は航空自衛官という仕事柄、休暇中でも遠出出来ないことが多いので、直樹が沖縄に行く回数の方が多い。
直樹は沖縄も飛行機も好きなので移動は苦にならない。
逆に、別れる時は残される方が辛いので、近間に申し訳ないと思っている。
思いを馳せているうちに、飛行機はすぐに那覇空港に着陸した。
観光客で混雑する到着ロビーで近間を見つけた直樹はぎょっとする。
どうしたんだ、あの人。
「近間さん、あんたその恰好…」
バニーガールを連想させる襟だけが黒い白シャツに、マゼンタのスリムパンツと細いサスペンダー。
シンガポール時代にパラゴン・ショッピングモールで直樹が購入した品だ。
最初に試着した時は近間が恥ずかしがって購入に至らなかったが、あまりに似合うので、後で直樹がプレゼントしたものだ。
「久しぶりに着てみたけど、やっぱ無理だなハズい」
近間は腰に手を当てて自分の下半身を見下ろし、苦笑している。
真夏とはいえ、日本でこんな色のパンツを履いていたら悪目立ちするものだが。
近間は、たとえ新聞紙を着ていても隠せないほどの美形だ。スタイルもいいし、品もある。
脚が長いので細身のパンツが綺麗に映えている。
腰から尻にかけてのラインは煽情的なほどだ。
「近間さん……」
直樹はたまらずにため息をついた。
35歳になって、こんなのが似合うとか本当に反則だ。
その証拠に、先ほどから、女性グループや修学旅行の女子高生の注目を一身に受けている。
「もう絶対外で着ないでください。やばいです」
「え、そこまで似合ってないか?」
きょとんとする近間の腕を引き、空港の立体駐車場に向けてぐんぐん歩き出す。
「似合いすぎて困ります。ってか、わざとやってますよね」
「あ、バレた? おまえこういう服好きだから、喜ぶと思って」
確信犯でいたずらっぽく笑ってくるこの人が可愛くて仕方がない。
沖縄での近間の愛車は、グレーメタリックのランドクルーザーだ。
助手席に乗り込むと近間の匂いがして、直樹はどきりとする。
「待ってる間、ナンパされなかったでしょうね」
「されてないよ。やたら道は聞かれたけど」
運転席の近間は楽しそうだ。
「それ、ナンパだからな! ったく」
わざとと乱暴な口調で言って、シートベルトをバックルに嵌める。その手を、近間が止めた。
しゅるんとベルトが戻っていく。
「近間さん?」
近間は身を乗り出して、直樹の頬に触れてくる。
「再会のちゅーがまだだろ」
誘うように見つめられ、至近距離でその瞼が閉じられる。
「ほんと、タチ悪い」
直樹は近間の腰と首に手を伸ばすと、唇に口づけた。はむはむと柔らかく触れたあと、我慢できなくてすぐに舌を入れる。
2週間ぶりの唇は甘くて、近間の匂いと味がする。
応じてくる舌をくちゅくちゅと絡ませる。
「んっ……なんか、コンソメの味する」
「機内でスープ飲みました」
「ああ、あれ美味いよな」
「おしゃべりなんて余裕ですね」
舌を伸ばして上顎を舐めると、近間がびくりと震える。
「んっ、も、十分だろ」
「足りません」
口の中を蹂躙しながら、第1ボタンをはずして鎖骨をなぞる。
触れるか触れないかの手つきに、近間の目に涙がにじんだ。上気している頬が色っぽい。
キスが止まらない。
「んっ……あっ……」
耐えるような声にぞくりと欲望が走る。下半身に熱がたまる。
駄目だ。好きすぎる。めちゃめちゃ、ヤりたい。
その時、隣のスペースにワゴン車が滑り込んできた。
二人は反射的に体を離す。
「おまえ、しつこい」
「すみません」
「隣の車に感謝。ここで犯されるかと思った」
「カーセックスは主義に反します」
「はは、おまえ、そういうとこ潔癖だよな」
「早く近間さん家行きましょう」
「賛成。けど、運転変わってくれ」
珍しいお願いに、直樹は首をかしげる。
近間は運転が好きなので、二人の時に直樹がハンドルを握ることはほとんどない。
「いいですけど、どうかしましたか?」
「おまえのせいだろ」
近間が恨めしそうに自分の股間を指した。
マゼンタのパンツの中心は膨らんでいて、それを指さす手もわずかに震えている。
激しいキスの名残。
よく見ると、瞳はまだとろけているし、シャツの胸元から覗く肌はピンク色に上気している。
直樹は即座に助手席を降りた。
「変わります。そんな色っぽい顔で運転してたら、料金所のおじさんが卒倒します」
運転席で座席とミラーを調整して、エンジンをかけた。
良い車のエンジンは良い音がする。
空港を出ると見慣れた那覇の街並みが広がっている。
もう夕暮れ時だ。夕日のオレンジや植物の緑は東京よりもぐっと濃い。
「直樹」
「はい」
「どっかホテル取っていいか?」
「勿論。官舎よりホテルの気分ですか?」
「官舎、あんまり防音きいてないから。今日、なんか、声抑えられなさそうだ」
近間が小さな声で言い、流し目を送ってくる。
端正な横顔の耳元がほんのりと赤い。
ビーーーーーッ!
見惚れていると、後ろからクラクションを鳴らされた。
青信号に変わったのにブレーキを踏んだままだった。
「すみません!」
直樹は慌ててギアチェンジしてアクセルを踏む。
「前見て運転しろよ」
「あんたがエロい顔するからでしょうが!」
「おまえがあんなキスするからだろ」
「先にちゅーしてって言ったのは誰ですか」
言い合いは途中で笑いに変わる。
直樹は笑いながら、心が温かいもので満たされるのを感じる。
この人が大好きだ。
この人といると、いつだって楽しくて幸福な気持ちになれる。そして、勇気と元気が湧いてくる。
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