俺の婚約者は悪役令嬢を辞めたかもしれない

ちくわ食べます

文字の大きさ
3 / 4

3話

しおりを挟む
「私は……あの時、ようやく気づいたのです」



 静かな声だった。

 アリシアは膝の上で拳を握りしめ、伏し目がちに続ける。

 

「自分がどれだけ愚かだったのかを。どれだけ、大切なものを見失っていたのかを」



 その顔に、傲慢さは微塵もない。



「だから、やり直したいと思いました。もう同じ過ちは犯したくありません」



 彼女がゆっくりと顔を上げる。

 目が合った。



「……本当に守るべきものを、見失わないために」



 彼女の瞳には、迷いも打算もなかった。

 ただまっすぐに俺を見つめていた。

 

「エドワード様は心の優しい方です」



 アリシアは微笑む。



「私のような者にさえ、変わらぬ優しさを向けてくださいました」



 そう言われても、実感はない。だって未来の話だしなぁ。

 少し前の俺は、アリシアを疎ましく思っていたし、婚約破棄できないか策を練っていたくらいなのだ。

 そんな相手に、俺が優しくしていたと言われても、正直信じられない。

 けれど。

 

「私は……あなたに、心から感謝しています」



 真摯な言葉。この話がデタラメとは思えない。

 どこにも駆け引きの気配はない。



 俺は無言のまま彼女を見つめた。

 そして気づく。

 胸の奥で、何かが変わり始めていることに。



「……アリシアが、やり直したいと思ったのは、なぜだ?」



 問いかけると、彼女は目を伏せる。



「……私には、もう一度やり直せる機会が与えられました。それなら、今度こそ本当に大切なものを守りたいと思ったのです」



 声が、かすかに震えている。



「あなたにひどい態度をとったこと、心の底から後悔しています」



 彼女は再び俺を見つめる。

 その視線は、もう以前の彼女とは違っている。



 かつてのアリシアは、どこまでも計算高く、自分のため他人を踏みにじることに躊躇がなかった。

 でも、今の前にいる彼女は違う。



「そうか……じゃあ、お前は変わったんだな」



 俺がそう言うと、アリシアは微かに笑った。



「ええ。ですが、もっと変わっていくつもりです」



 暖炉の灯りが彼女の横顔を照らす。

 

「これからの私を……見て頂けませんか?」



 不思議なことに、今まで気づかなかった。

 彼女のこんなにも穏やかな表情を。



 それが、なぜかーーひどく心を揺さぶった。



 俺は彼女を「勝手に決められた婚約者」としてしか見てこなかった。

 政略と知略でのし上がってきた怖い女。悪役令嬢を体現したような存在。

 そんな彼女と、極力かかわらないようにしてきた。



 でも今、俺は初めて彼女を「一人の女性」として意識し始めていた。



「アリシア、お前は今……幸せか?」



 俺の問いに、彼女は少し驚いたように瞬きをする。



 そして、ふっと微笑んだ。



「まだ……わかりません」



 その言葉は、どこか儚げだった。



「けれど……」



 彼女は俺を見つめる。



「エドワード様が、こうして話を聞いてくださることが……とても、嬉しいです」



 俺の、胸の奥がじんと熱くなる。



 ——俺は、知らなかった。

 彼女のこんな表情も、こんな想いも。



 そして、気づいてしまった。

 俺が今、彼女から目が離せないことを。



 それは今までみたいな敵意や恐怖からじゃない。

 ただ、アリシアという一人の女性に、心を動かされつつあるからだった。



 それから、俺とアリシアはよく話すようになった。



 宮廷での昼食の席。

 舞踏会の合間。

 そして何気ない散歩の途中——。



 彼女は以前のように高慢な態度を取ることはなく、俺の話に耳を傾け、自分の考えを率直に語るようになった。



 不思議なことに、彼女との会話は心地よかった。

 俺が思っていたよりも彼女は聡明で、思慮深く、それでいて時折見せる素直な表情が——妙に俺の胸をくすぐった。



 ある日のことだった。



「エドワード様、こちらへ」



 穏やかな風が吹き抜ける庭園で、アリシアが俺を手招きした。

 ふと視線を向けると、彼女は小さな花壇の前に立っていた。

 

「どうしたんだ?」



「見てください」



 アリシアの指差す先には、白い鈴のような可憐な花が咲いていた。

 鈴蘭だった。



「これは?」



「以前、この花をエドワード様に贈ろうと考えたことがあったのです」



 ふいにそんなことを言われて、俺は目を瞬かせた。



「……この花を、俺に?」



「ええ。けれど、その時の私は素直になれなくて」



 アリシアはふっと笑った。

 その横顔には、どこか遠い記憶を懐かしむような色が浮かんでいた。

 

 俺は無意識のうちに、彼女の指先へ視線を落とした。

 アリシアは、白い鈴蘭をそっと摘み、俺に差し出す。

 小さな鈴たちが風に揺れた。



「この花の花言葉はご存じですか?」



「……確か、幸せが訪れる、だったか」



「ええ、正解です。でも他にも意味がありますよ」



 そう言って、アリシアは俺を見上げる。

 彼女の瞳に、夕陽が反射してきらめいていた。



「……『ずっと好きだった』です」



 その瞬間、心臓が強く高鳴った。

 俺はハッとして息を呑む。

 

 それは、これまで感じたことのない感覚だった。

 アリシアが、俺を?

 



「アリシア……」



「ええ。私はもう過ちを犯したくありません」



 アリシアは、迷いのない瞳で俺を見つめる。

 嘘でも冗談でもない。彼女の想いは本物なのだと――理解した。



「私はエドワード様と、もっとお近づきになりたいです」



 その言葉に、俺は何も言えなかった。



 突き放すことはできない。

 なぜなら、俺も——彼女に惹かれているのだから。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

執着のなさそうだった男と別れて、よりを戻すだけの話。

椎茸
恋愛
伯爵ユリアナは、学園イチ人気の侯爵令息レオポルドとお付き合いをしていた。しかし、次第に、レオポルドが周囲に平等に優しいところに思うことができて、別れを決断する。 ユリアナはあっさりと別れが成立するものと思っていたが、どうやらレオポルドの様子が変で…?

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

二人が一緒にいる理由

四折 柊
恋愛
 キャサリンはヴィクターが好き。だけど私たちは恋人ではない。いわゆる腐れ縁で一緒に過ごしてきた。でもそれも終わる。学園を卒業すればお互いに婚約者を探すことになるから。そうなれば今と同じ気安い関係ではいられなくなるだろう。「それは嫌」キャサリンは勇気を出して想いを告げようと決心した。全4話。

好きな人ができたので婚約を解消して欲しいと言われました

鳴哉
恋愛
婚約を解消して欲しいと言われた令嬢 の話 短いので、サクッと読んでいただけると思います。

あなたでなくては

月樹《つき》
恋愛
私の恋人はとても女性に人気がある人です。いつも周りには美しい人達が彼を取り囲んでいます。でも良いのです。だって彼だけが私の大切な…。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

妹の方が大切なら私は不要ですね!

うさこ
恋愛
人の身体を『直す』特殊なスキルを持つ私。 毒親のせいで私の余命はあと僅か。 自暴自棄になった私が出会ったのは、荒っぽい元婚約者。

処理中です...