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3話
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「私は……あの時、ようやく気づいたのです」
静かな声だった。
アリシアは膝の上で拳を握りしめ、伏し目がちに続ける。
「自分がどれだけ愚かだったのかを。どれだけ、大切なものを見失っていたのかを」
その顔に、傲慢さは微塵もない。
「だから、やり直したいと思いました。もう同じ過ちは犯したくありません」
彼女がゆっくりと顔を上げる。
目が合った。
「……本当に守るべきものを、見失わないために」
彼女の瞳には、迷いも打算もなかった。
ただまっすぐに俺を見つめていた。
「エドワード様は心の優しい方です」
アリシアは微笑む。
「私のような者にさえ、変わらぬ優しさを向けてくださいました」
そう言われても、実感はない。だって未来の話だしなぁ。
少し前の俺は、アリシアを疎ましく思っていたし、婚約破棄できないか策を練っていたくらいなのだ。
そんな相手に、俺が優しくしていたと言われても、正直信じられない。
けれど。
「私は……あなたに、心から感謝しています」
真摯な言葉。この話がデタラメとは思えない。
どこにも駆け引きの気配はない。
俺は無言のまま彼女を見つめた。
そして気づく。
胸の奥で、何かが変わり始めていることに。
「……アリシアが、やり直したいと思ったのは、なぜだ?」
問いかけると、彼女は目を伏せる。
「……私には、もう一度やり直せる機会が与えられました。それなら、今度こそ本当に大切なものを守りたいと思ったのです」
声が、かすかに震えている。
「あなたにひどい態度をとったこと、心の底から後悔しています」
彼女は再び俺を見つめる。
その視線は、もう以前の彼女とは違っている。
かつてのアリシアは、どこまでも計算高く、自分のため他人を踏みにじることに躊躇がなかった。
でも、今の前にいる彼女は違う。
「そうか……じゃあ、お前は変わったんだな」
俺がそう言うと、アリシアは微かに笑った。
「ええ。ですが、もっと変わっていくつもりです」
暖炉の灯りが彼女の横顔を照らす。
「これからの私を……見て頂けませんか?」
不思議なことに、今まで気づかなかった。
彼女のこんなにも穏やかな表情を。
それが、なぜかーーひどく心を揺さぶった。
俺は彼女を「勝手に決められた婚約者」としてしか見てこなかった。
政略と知略でのし上がってきた怖い女。悪役令嬢を体現したような存在。
そんな彼女と、極力かかわらないようにしてきた。
でも今、俺は初めて彼女を「一人の女性」として意識し始めていた。
「アリシア、お前は今……幸せか?」
俺の問いに、彼女は少し驚いたように瞬きをする。
そして、ふっと微笑んだ。
「まだ……わかりません」
その言葉は、どこか儚げだった。
「けれど……」
彼女は俺を見つめる。
「エドワード様が、こうして話を聞いてくださることが……とても、嬉しいです」
俺の、胸の奥がじんと熱くなる。
——俺は、知らなかった。
彼女のこんな表情も、こんな想いも。
そして、気づいてしまった。
俺が今、彼女から目が離せないことを。
それは今までみたいな敵意や恐怖からじゃない。
ただ、アリシアという一人の女性に、心を動かされつつあるからだった。
それから、俺とアリシアはよく話すようになった。
宮廷での昼食の席。
舞踏会の合間。
そして何気ない散歩の途中——。
彼女は以前のように高慢な態度を取ることはなく、俺の話に耳を傾け、自分の考えを率直に語るようになった。
不思議なことに、彼女との会話は心地よかった。
俺が思っていたよりも彼女は聡明で、思慮深く、それでいて時折見せる素直な表情が——妙に俺の胸をくすぐった。
ある日のことだった。
「エドワード様、こちらへ」
穏やかな風が吹き抜ける庭園で、アリシアが俺を手招きした。
ふと視線を向けると、彼女は小さな花壇の前に立っていた。
「どうしたんだ?」
「見てください」
アリシアの指差す先には、白い鈴のような可憐な花が咲いていた。
鈴蘭だった。
「これは?」
「以前、この花をエドワード様に贈ろうと考えたことがあったのです」
ふいにそんなことを言われて、俺は目を瞬かせた。
「……この花を、俺に?」
「ええ。けれど、その時の私は素直になれなくて」
アリシアはふっと笑った。
その横顔には、どこか遠い記憶を懐かしむような色が浮かんでいた。
俺は無意識のうちに、彼女の指先へ視線を落とした。
アリシアは、白い鈴蘭をそっと摘み、俺に差し出す。
小さな鈴たちが風に揺れた。
「この花の花言葉はご存じですか?」
「……確か、幸せが訪れる、だったか」
「ええ、正解です。でも他にも意味がありますよ」
そう言って、アリシアは俺を見上げる。
彼女の瞳に、夕陽が反射してきらめいていた。
「……『ずっと好きだった』です」
その瞬間、心臓が強く高鳴った。
俺はハッとして息を呑む。
それは、これまで感じたことのない感覚だった。
アリシアが、俺を?
「アリシア……」
「ええ。私はもう過ちを犯したくありません」
アリシアは、迷いのない瞳で俺を見つめる。
嘘でも冗談でもない。彼女の想いは本物なのだと――理解した。
「私はエドワード様と、もっとお近づきになりたいです」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
突き放すことはできない。
なぜなら、俺も——彼女に惹かれているのだから。
静かな声だった。
アリシアは膝の上で拳を握りしめ、伏し目がちに続ける。
「自分がどれだけ愚かだったのかを。どれだけ、大切なものを見失っていたのかを」
その顔に、傲慢さは微塵もない。
「だから、やり直したいと思いました。もう同じ過ちは犯したくありません」
彼女がゆっくりと顔を上げる。
目が合った。
「……本当に守るべきものを、見失わないために」
彼女の瞳には、迷いも打算もなかった。
ただまっすぐに俺を見つめていた。
「エドワード様は心の優しい方です」
アリシアは微笑む。
「私のような者にさえ、変わらぬ優しさを向けてくださいました」
そう言われても、実感はない。だって未来の話だしなぁ。
少し前の俺は、アリシアを疎ましく思っていたし、婚約破棄できないか策を練っていたくらいなのだ。
そんな相手に、俺が優しくしていたと言われても、正直信じられない。
けれど。
「私は……あなたに、心から感謝しています」
真摯な言葉。この話がデタラメとは思えない。
どこにも駆け引きの気配はない。
俺は無言のまま彼女を見つめた。
そして気づく。
胸の奥で、何かが変わり始めていることに。
「……アリシアが、やり直したいと思ったのは、なぜだ?」
問いかけると、彼女は目を伏せる。
「……私には、もう一度やり直せる機会が与えられました。それなら、今度こそ本当に大切なものを守りたいと思ったのです」
声が、かすかに震えている。
「あなたにひどい態度をとったこと、心の底から後悔しています」
彼女は再び俺を見つめる。
その視線は、もう以前の彼女とは違っている。
かつてのアリシアは、どこまでも計算高く、自分のため他人を踏みにじることに躊躇がなかった。
でも、今の前にいる彼女は違う。
「そうか……じゃあ、お前は変わったんだな」
俺がそう言うと、アリシアは微かに笑った。
「ええ。ですが、もっと変わっていくつもりです」
暖炉の灯りが彼女の横顔を照らす。
「これからの私を……見て頂けませんか?」
不思議なことに、今まで気づかなかった。
彼女のこんなにも穏やかな表情を。
それが、なぜかーーひどく心を揺さぶった。
俺は彼女を「勝手に決められた婚約者」としてしか見てこなかった。
政略と知略でのし上がってきた怖い女。悪役令嬢を体現したような存在。
そんな彼女と、極力かかわらないようにしてきた。
でも今、俺は初めて彼女を「一人の女性」として意識し始めていた。
「アリシア、お前は今……幸せか?」
俺の問いに、彼女は少し驚いたように瞬きをする。
そして、ふっと微笑んだ。
「まだ……わかりません」
その言葉は、どこか儚げだった。
「けれど……」
彼女は俺を見つめる。
「エドワード様が、こうして話を聞いてくださることが……とても、嬉しいです」
俺の、胸の奥がじんと熱くなる。
——俺は、知らなかった。
彼女のこんな表情も、こんな想いも。
そして、気づいてしまった。
俺が今、彼女から目が離せないことを。
それは今までみたいな敵意や恐怖からじゃない。
ただ、アリシアという一人の女性に、心を動かされつつあるからだった。
それから、俺とアリシアはよく話すようになった。
宮廷での昼食の席。
舞踏会の合間。
そして何気ない散歩の途中——。
彼女は以前のように高慢な態度を取ることはなく、俺の話に耳を傾け、自分の考えを率直に語るようになった。
不思議なことに、彼女との会話は心地よかった。
俺が思っていたよりも彼女は聡明で、思慮深く、それでいて時折見せる素直な表情が——妙に俺の胸をくすぐった。
ある日のことだった。
「エドワード様、こちらへ」
穏やかな風が吹き抜ける庭園で、アリシアが俺を手招きした。
ふと視線を向けると、彼女は小さな花壇の前に立っていた。
「どうしたんだ?」
「見てください」
アリシアの指差す先には、白い鈴のような可憐な花が咲いていた。
鈴蘭だった。
「これは?」
「以前、この花をエドワード様に贈ろうと考えたことがあったのです」
ふいにそんなことを言われて、俺は目を瞬かせた。
「……この花を、俺に?」
「ええ。けれど、その時の私は素直になれなくて」
アリシアはふっと笑った。
その横顔には、どこか遠い記憶を懐かしむような色が浮かんでいた。
俺は無意識のうちに、彼女の指先へ視線を落とした。
アリシアは、白い鈴蘭をそっと摘み、俺に差し出す。
小さな鈴たちが風に揺れた。
「この花の花言葉はご存じですか?」
「……確か、幸せが訪れる、だったか」
「ええ、正解です。でも他にも意味がありますよ」
そう言って、アリシアは俺を見上げる。
彼女の瞳に、夕陽が反射してきらめいていた。
「……『ずっと好きだった』です」
その瞬間、心臓が強く高鳴った。
俺はハッとして息を呑む。
それは、これまで感じたことのない感覚だった。
アリシアが、俺を?
「アリシア……」
「ええ。私はもう過ちを犯したくありません」
アリシアは、迷いのない瞳で俺を見つめる。
嘘でも冗談でもない。彼女の想いは本物なのだと――理解した。
「私はエドワード様と、もっとお近づきになりたいです」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
突き放すことはできない。
なぜなら、俺も——彼女に惹かれているのだから。
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