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2話
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ある日、舞踏会の準備が進められる宮殿の廊下で、俺は偶然アリシアの姿を見つけた。彼女は侍女と共に舞踏会で着るドレスの確認をしていたが、どこか浮かない表情をしていた。
「アリシア様、こちらのドレスが王妃様のお好みだと……」
「……ええ、分かりました」
あれ? なんかアリシアの元気がない。
侍女の言葉に、彼女は曖昧に頷く。
以前の彼女なら「王妃様のお好み? ふうん、でも私はこっちがいいわ」なんて言いながら好きな」ドレスを選んでいたはず。
ちょっと気になる。というか、めちゃくちゃ気になる。
よし、話しかけてみよう。
「どうした? 気に入らないのなら、無理をする必要はないんじゃないか?」
俺の声に、アリシアは驚いたように目を見開いた。
でも、すぐに微笑んで首を横に振る。
「いいえ……ただ、昔の私はこういう華やかなものが好きだったはずなのに、今は少し落ち着いたもののほうがいいような気がして」
「……趣味が変わったのか?」
「そう……かもしれません」
彼女は寂しげに微笑んだ。その表情に、俺の胸がまたざわつく。
これはもう、策略とかそういうんじゃない気がする。
いや、違うのは彼女の方ではなく——俺のほうかもしれない。
彼女が見せる些細な変化に、俺はこうして注意を向け、気にかけるようになっている。それがなぜなのか、自分でも分からなかった。
けれど、1つだけ確かなことがある。
俺はもう、以前のように彼女をただ疎ましく思うことはできなくなっていた。
そして、その夜。
俺は眠れなかった。
暖炉の火が揺らめく薄暗い寝室で、ぼんやりと天井を見つめていた。
アリシアは変わった。
それは間違いない。
だが、俺が気になっているのは、変化の「理由」だ。
彼女はまるで、自分自身の罪を償おうとしている様に見えた。貴族の世界で生き抜くために作り上げた冷酷な仮面が崩れ、素顔が露わになったような——そんな印象。
アリシア・フォン・クラウゼン。
俺の婚約者。
俺はずっと彼女を好きになれなかった。そのはずなのに……。
なぜ、こうも彼女のことが頭から離れないのか?
考えこんでいると、不意にノックの音が響いた。
「エドワード様……少し、お時間をいただけますか?」
こんな夜更けに訪問者なんて珍しい。
扉を開けると、そこに立っていたのはアリシアだった。
軽いガウンを羽織っただけの姿で、落ち着かない様子で俯いていた。
「アリシアか……どうした?」
「お話ししたいことがあって……少しだけ、お時間をいただけますか?」
いや、まずいんじゃないの、これ?
夜に王子の部屋を訪ねるなんて、普通に考えてアウトじゃないの?
こんなところを侍女とかに見られたら『婚前の密会! 王子と婚約者の熱帯夜』とか宮廷ゴシップのネタになるぞ。
けれど、そんなことを気にする余裕もないくらい、彼女は切羽詰まった顔をしていた。
俺は小さく息を吐き、静かに頷いた。
「……入れ」
そして、その夜――彼女の「秘密」を知ることになる。
アリシアは部屋に入ると、しばらく口を開けなかった。
暖炉の灯りが揺れる静かな空間で、彼女はまるで言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「アリシア、何か話があるのだろう?」
俺が促すと、彼女は小さく息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。
「エドワード様……私は——」
言葉が詰まり、唇を噛む。
その仕草は、かつての彼女なら絶対に見せなかったものだった。
やがて意を決したように、彼女は俺を真っ直ぐに見つめる。
「……私は、もう、以前の私とは違います」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「どういう意味だ?」
俺の問いかけに、彼女は微かに震えながら続けた。
「この世界は……いえ、この人生は、私にとって二度目なのです」
――は?
「……二度目?」
「ええ。私は以前、一度死んだのです。そして、気がつけば……過去の自分に戻っていました」
俺はしばらく何も言えなかった。
二度目の人生……それはおとぎ話じゃないのか?
時間逆行、転生といった概念。本の世界ではそういう物があることは知ってる。
でも……ここは現実だぞ?
やっぱり、アリシアは俺をハメようとしているのか。そう思ったが俺は考えを改めた。
彼女の真剣な瞳が、それを嘘に思わせない真摯なものだったからだ。
過去に戻るなんて真実味のない話だけど、彼女の話をもっと聞いてみてもいいかもしれない。
「それは……前世の記憶がある、ということなのか?」
「はい。私がどんなふうに生き、どんな結末を迎えたのか、すべて覚えています。私は……ひどい人間でした」
アリシアは苦しげに目を伏せ、震える声で語り始めた。
あまりにもリアルすぎる苦悩。
たしかに以前の彼女は、策略を巡らせ、周囲を利用し、自らの立場を盤石にすることだけを考えているように見えた。婚約者である俺でさえ、利用の対象にしてたくらいだし。
けれど、その先に待っていたのは——破滅だったらしい。
誰にも愛されず、憎まれ、蔑まれ、捕らえられ。
彼女は、すべてを失い、最後には処刑されたという。
「アリシア様、こちらのドレスが王妃様のお好みだと……」
「……ええ、分かりました」
あれ? なんかアリシアの元気がない。
侍女の言葉に、彼女は曖昧に頷く。
以前の彼女なら「王妃様のお好み? ふうん、でも私はこっちがいいわ」なんて言いながら好きな」ドレスを選んでいたはず。
ちょっと気になる。というか、めちゃくちゃ気になる。
よし、話しかけてみよう。
「どうした? 気に入らないのなら、無理をする必要はないんじゃないか?」
俺の声に、アリシアは驚いたように目を見開いた。
でも、すぐに微笑んで首を横に振る。
「いいえ……ただ、昔の私はこういう華やかなものが好きだったはずなのに、今は少し落ち着いたもののほうがいいような気がして」
「……趣味が変わったのか?」
「そう……かもしれません」
彼女は寂しげに微笑んだ。その表情に、俺の胸がまたざわつく。
これはもう、策略とかそういうんじゃない気がする。
いや、違うのは彼女の方ではなく——俺のほうかもしれない。
彼女が見せる些細な変化に、俺はこうして注意を向け、気にかけるようになっている。それがなぜなのか、自分でも分からなかった。
けれど、1つだけ確かなことがある。
俺はもう、以前のように彼女をただ疎ましく思うことはできなくなっていた。
そして、その夜。
俺は眠れなかった。
暖炉の火が揺らめく薄暗い寝室で、ぼんやりと天井を見つめていた。
アリシアは変わった。
それは間違いない。
だが、俺が気になっているのは、変化の「理由」だ。
彼女はまるで、自分自身の罪を償おうとしている様に見えた。貴族の世界で生き抜くために作り上げた冷酷な仮面が崩れ、素顔が露わになったような——そんな印象。
アリシア・フォン・クラウゼン。
俺の婚約者。
俺はずっと彼女を好きになれなかった。そのはずなのに……。
なぜ、こうも彼女のことが頭から離れないのか?
考えこんでいると、不意にノックの音が響いた。
「エドワード様……少し、お時間をいただけますか?」
こんな夜更けに訪問者なんて珍しい。
扉を開けると、そこに立っていたのはアリシアだった。
軽いガウンを羽織っただけの姿で、落ち着かない様子で俯いていた。
「アリシアか……どうした?」
「お話ししたいことがあって……少しだけ、お時間をいただけますか?」
いや、まずいんじゃないの、これ?
夜に王子の部屋を訪ねるなんて、普通に考えてアウトじゃないの?
こんなところを侍女とかに見られたら『婚前の密会! 王子と婚約者の熱帯夜』とか宮廷ゴシップのネタになるぞ。
けれど、そんなことを気にする余裕もないくらい、彼女は切羽詰まった顔をしていた。
俺は小さく息を吐き、静かに頷いた。
「……入れ」
そして、その夜――彼女の「秘密」を知ることになる。
アリシアは部屋に入ると、しばらく口を開けなかった。
暖炉の灯りが揺れる静かな空間で、彼女はまるで言葉を探すように視線を彷徨わせる。
「アリシア、何か話があるのだろう?」
俺が促すと、彼女は小さく息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。
「エドワード様……私は——」
言葉が詰まり、唇を噛む。
その仕草は、かつての彼女なら絶対に見せなかったものだった。
やがて意を決したように、彼女は俺を真っ直ぐに見つめる。
「……私は、もう、以前の私とは違います」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「どういう意味だ?」
俺の問いかけに、彼女は微かに震えながら続けた。
「この世界は……いえ、この人生は、私にとって二度目なのです」
――は?
「……二度目?」
「ええ。私は以前、一度死んだのです。そして、気がつけば……過去の自分に戻っていました」
俺はしばらく何も言えなかった。
二度目の人生……それはおとぎ話じゃないのか?
時間逆行、転生といった概念。本の世界ではそういう物があることは知ってる。
でも……ここは現実だぞ?
やっぱり、アリシアは俺をハメようとしているのか。そう思ったが俺は考えを改めた。
彼女の真剣な瞳が、それを嘘に思わせない真摯なものだったからだ。
過去に戻るなんて真実味のない話だけど、彼女の話をもっと聞いてみてもいいかもしれない。
「それは……前世の記憶がある、ということなのか?」
「はい。私がどんなふうに生き、どんな結末を迎えたのか、すべて覚えています。私は……ひどい人間でした」
アリシアは苦しげに目を伏せ、震える声で語り始めた。
あまりにもリアルすぎる苦悩。
たしかに以前の彼女は、策略を巡らせ、周囲を利用し、自らの立場を盤石にすることだけを考えているように見えた。婚約者である俺でさえ、利用の対象にしてたくらいだし。
けれど、その先に待っていたのは——破滅だったらしい。
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