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番外編

9 永遠の愛を(ヴィクトリア視点)

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 あまりに時期が合い過ぎて、ついついそんなことを想像してしまうが――流石にそれは考え過ぎだろう。

 ロイエの番は彼がドラゴディスへと連れ帰ったあの女性なのだ。

 その証拠に、隣同士に置かれていた今までは何事もなく保管できていたのだ。過去に結婚していたとはいえ、遥か海を越えてまでヴィクトリアの元を訪れる理由がない。


 そんなことよりも――。


 これでドラゴディス帝国にある魅了薬が全て消えてしまった。
 孫を正気に戻したことで、せっかくその有用性が明らかになったというのに。

 ヴィクトリアはずっとこの島で暮らすと決めている。

 ヴィクトリアはあの国では死んだ存在なのだ。だから生きている限り、ヴィクトリアがドラゴディス帝国へと帰ることはない。

 だけど、子供達が暮らすあの国に傾いて欲しくもない。


 だから――。


「リア、何を考えているんだ? もしやまた――」


 突然。周囲の温度が下がり、テラスで手紙を読んでいたヴィクトリアに声がかけられた。

 振り返るとドロリと瞳を濁らせるズィーガーの姿があった。

 今日、夫は島民相手に魔物の討伐訓練をしていた筈なのだが、いったいいつの間に戻ったのか。

 慣れた様子でヴィクトリアはそんな夫に手紙を渡す。
 困惑しながらもそれを受け取るズィーガー。


「子供達のことよ。手紙が来たの。見て」

「……! 魅了薬が……」


 ヴィクトリアは最近気づいたが、騎士団長……ズィーガーはかなりのヤキモチ焼きだ。ヴィクトリアが少し昔を振り返っただけでも敏感に気付く。そして焼く。

 そんな彼が、過去にヴィクトリアの願いを叶えるためにあんな協力をしてくれたことが信じられない。

 ……もしかしたら、あれがあったからこそのヤキモチなのかもしれないが。


「ねえ……ズィーガー……。私、この島が好きだわ。『リア』は生涯この島で過ごすと決めているの」


 正式に番となった夫とヴィクトリアは祝福を受けた。
 おそらくは、子供よりも孫よりも長い時間を生きるだろう……エクセランについては判らないが。


 治世の邪魔になりたくないから帰る気はない。
 でも――もしも長い時間の果てに『その時』が来たら。


「ねえ、いつか『形』を変えてドラゴディスへと戻ってもいいかしら?」

「分かった。君がそれを望むなら。でも、身体を傷つけて血を提供するのは私の役目だ。夫としてこれだけは譲れない。……私はリアと一緒なら場所はどこだっていいんだ。たとえ、空気の悪い城の地下だとしても」


 国の為とはいえ、復讐の為に夫の姿を変えてしまったヴィクトリアには常に罪悪感があった。

 孫を助け、ロイエが形を変えて償いを果たした今、次はヴィクトリアの番なのではないか。

 漠然とそんなことを考えたが、夫となったズィーガーはそんなことまでヴィクトリアに付き合ってくれるらしい。どこまで夫の愛は深く重いのか。


「ようやく愛する君と一緒になれたんだ。たとえ形を変えたとしても、無防備な状態の君を秘薬や毒消し薬のなんかの隣に置いて、彼らに狙われたら堪らない」


 ……どうやら夫が警戒する対象は薬品類にも及ぶらしい。拗らせた嫉妬心から来るものだとしても、ヴィクトリアは夫からのその愛情を嬉しく思う。


「愛しているわ、ズィーガー」

「……!! ……愛しているよ、リア」


 真っ赤になった顔を両手で隠すズィーガー。指の隙間から彼のくぐもった返事が聞こえてくる。


 ヤキモチ焼きな夫は照れ屋でもあるらしい。


 沈みゆく夕日に照らされて。そんな夫を心底愛しいと思うヴィクトリアも夫と同じ色になっている。


 ヴィクトリアも夫と同じ気持ちだ。例え番であろうとなかろうと。二人一緒に過ごせるならば、カビ臭い城の地下でも構わない。

 ズィーガーの血とヴィクトリアの骨からは永遠に変質することのない魅了薬が作られるだろう。

 そして城の地下で。

 変わりゆく帝国を見守りながら、夫と二人で長い長い時間を過ごすのだ。
 ――その為にも出来るだけ自分達の出番はない方がいい。




(……ま、流石にちょっと気が早いわね。まだ何百年も先のことだもの)


 ヴィクトリアはいつか来ることになるそんな未来のことを考えながら。


 とりあえず今は――。


 夫と二人で寄り添いながら、海に沈みゆく美しい夕日に目を向けた。




(終)


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