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五章 侵略者と戦争 

第58話 異変

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 パッとテレビをつけると、朝のニュースが流れていた。男性アナウンサーが険しい表情で語っている。
『昨夜、○○県の――ちゃんが友達の家で遊んでくると言って、そのまま行方不明に。友達の家を出た時間帯は六時過ぎ。車で自宅の前まで送ったものの、――ちゃんは家に帰ることはありませんでした。自宅の前と玄関は然程遠くなく、その間に誘拐された可能性はあまりにも低いと、一体――ちゃんはどこに消えたのでしょうか。〝連続神隠し事件〟は、いつまで続くのでしょうか。皆さんも気をつけてください』

「神隠しかぁ」
 同じテーブルで、同じ朝食を食べている親父がボソと呟いた。くるりと俺の方をむく。
「誘拐されんなよ。ま、俺の息子だから心配ねぇけど!」
 あははと笑った。
 昨日拉致されたばかりなんだけど。
 俺は知っている。〝連続神隠し事件〟と称するそれは、宇宙人が犯人だということを。べスリジアという惑星の星人で、遂に地球を侵略しに地球に降りてきた奴らだ。

 シュレックみたいなやつが偶々一人だった俺を拉致した。宇宙人の飼い主ということは知らずに。もし、コスモたちが来なかったら俺も今頃、こんなふうにニュースち語られているかもしれない。

 そう思うと、ゾッとする。
 ダスクの言うとおり、もうすでに異変が起きている。一ヶ月の間に神隠しに合った人数は、日本だけで約六人。世界では既に二十人を切っているとか。
 玄関の前まで出迎えたお袋も「早く帰ってきなさいよ」と念を押してくる。今日は流石に拉致されたりしないだろう。コスモが学校まで見張るのだから。
「ほんとに一緒に行くのか?」
「久しぶりで手が踊る」
「それ言うなら胸が踊る、な」 
 もう二度と離さないと握りしめた手は、帰ってからもずっと離さなかった。朝まで握ってて、今、現時点でも握っている。

 コスモなりに心配してくれているのだろう。離せ、とは言いにくい。学校についたら離してくれる、と約束した。コスモが学校に行くのは、確かに久しぶりだ。約二ヶ月ぶり、といったところか。

 朝は爽やかな空気が流れていた。連続で続く猛暑が嘘のような爽やかさ。これが昼になるとギラギラに暑いんだよな。今のうち、爽やかな空気を肺に吸い込む。

 夏休み後になると、また生徒会の連中が校門で挨拶回りをしている。夏休み後なので、元気に声をかけようと、生徒たちに挨拶している。それが逆効果なの知らないな。
「むっ、ペット同伴か?」
 金城生徒会長がコスモを見て、意地悪く言った。
「その、どうしてもついてきて」
「良かろう。ダスクもついてきたからな。学校にいるぞ」
 ダスクも学校に来たのか。
 金城生徒会長はにっ、と笑った。視線が低いところに当たっている。視線を辿ると、コスモと繋いだ手を凝視していた。
 かぁ、と顔が赤くなった。握りしめていた手をパッと離す。
「これは、その!」
「俺は何もやましいと思ってないぞ。良いではないか。繋いでも」
 金城生徒会長は意地悪くクスクス笑っている。顔の火照りが治まらない。コスモは引き剥がされた手を顔の前まで持ってきて、凝視している。

 俺はその手を掴んでさっさと校門に入った。第三者から見れば、腕を伸ばして顔を赤くしているようにしか見えない。下駄箱でスリッパと履き替える。
「職員室に行かないとな」
「なんで?」
「スリッパを持ってくんだよ。裸足じゃ、暑いだろ」
「それなら大丈夫。スリッパ持ってきたから」
 コスモは懐から家で使っているスリッパを見せてきた。 
「お、おお、そうか」
 コスモはスリッパを履いて、トコトコ歩いた。一度入っているので教室の居場所も、ヤンキーが居座る場所も知っている。

 教室に辿りつくと、金髪で明るい髪の毛と茶髪とよく似た赤髪が目に入った。黒髪と茶髪しかいない日本人特有の髪の毛しかいない教室で、金髪と赤髪は珍しいから、すぐに目に入る。
「おっ、来たわね」
 スターが手招きする。
 コスモは駆け寄る。スターの隣には酷く怯えているダスクがいた。
「なんで教室で群れてんだ」
 俺はしかめっ面で聞いた。スターはそっぽを向く。
「わたしたちだって、好きでこんな所にいるわけないわ。コスモなら、多分ここに来るだろうな、て思ってここにいるの」
 興ざめた返事を返す。
 金髪と赤髪が教室の中にいる、ていうのに誰も目にしない。いつものように雑談を仕合い、笑いあっている。

 変な空気だ。スターがいるのに委員長もいないことに変だと思った。また担任からあれやこれや頼まれているな。コスモと合流した三匹は教室を出て、校舎の裏に。
「早く、早く出ましょ!」
 ダスクがガタガタ震えているのは初めて見た。いつも凛としているか、サバンナの猛獣みたいに目を鋭くさせるか、のどちらか。
 震えている理由は、人間の多さにびっくりしたから。

 遊園地のときはそうでもなかったのに、密室した空間で、同じような年頃がケラケラ笑いあっている空間がどうも苦手らしい。スターにしがみつて、ぷるぷる震えている。遊園地のときは逆だったのに。

 そういえば、ダスクは学校の中を見たのは割と初めてだったな。コスモとスターはあるけど。

 教室を出たら少し震えが収まり、少しずつ歩いてく。恐らく、校舎裏に行くのだろう。あそこなら、校舎と校舎の影があって誰にも見つからないしな。

 委員長が教室の中に入ってくると同時に、チャイムが鳴った。自分の席を大回りして俺の席にやって来た。
「数学の課題渡した?」
「あ、忘れてた」
 そう言うと俺も委員長も目を見開いた。
 色々あって忘れてた。朝のホームルームが終わるとすぐに職員室の行き、数学の担任に課題を渡す。

 授業が始まるとみんな席につき、机の上の教科書とにらめっこ。休み時間になるとワイワイ騒いで騒がしくなる。普段通り。

 いつもと変わらない。でも確かに亀裂が生じている。俺の知らない所で異変が起きている。亀裂が何処で生まれたのか誰も、コスモたちも分からないほどにその亀裂は大きくなり、歪な形となる。そして、宇宙人たちもその亀裂に対応できなくなることを、今の俺は知らない。

 普段通りの学校生活。この学校に宇宙人がいるなんて、忘れるほどの。放課後となり、コスモたちを迎えに行く。昼休みの時間帯に、例の場所に向かうと、何かの作戦会議をしていた。こそこそと。

 だからまだいるだろう。俺は教室を出て、校舎裏に向かった。委員長も今日は委員会がないからスターと一緒に帰る。一緒に来たのだから、一緒に帰らないとな。
 校舎裏に辿りつくと、案の定三匹はいた。休み時間、手渡したお菓子をもう食べている。アスファルトの上を我が家のようにゴロゴロし、持ってきたゲーム機がそのまま放置している。
 作戦会議をしていたのは、午前までだったようだ。
 コスモたちの自由気ままなところ、ほんとに感服する。呆れを通り越して感心する勢いだ。
「みんな、汚れてるよ。このタオルぬらしてきて拭いてきて」
 委員長が懐からハンカチを取り出した。
「大丈夫。それなら持っている」
 コスモが懐から取り出したのは、ハンカチというよりバスタオルだ。
「一体何処から、それよりもスリッパといい……もしかしてお前は学校に住みたかったのか?」
「そんなことない。住みたいなら、テレビが大きくて暴れても平気な場所がいい」
「悪かったな。テレビも小さくて、平凡な家で」
 委員長がハンカチを濡らしてきて、頬や手を拭いていく。
 
 ダスクは生徒会長と一緒に来たのに、一緒に帰らないらしい。その心配は、既にないからだ。何をしたのか分からないが、生徒会長にはもうすでにバリヤみたいなものを貼っていると。
 だから心配ない、とダスクが勝ち誇ったように笑った。

 ダスクとスターと委員長と別れ、俺たちは帰路についた。今日は何も起きない。流石にコスモがいる目の前で、べスリジア星人がわいてきたら馬鹿だよな。

 勝手に思い込んでいた。今日は普段通りだと。でも片足宇宙人に浸かっているのだから、通常なんて甚だしい。

 コスモが歩みを止めた。俺の袖を掴んでグイと引っ張り戻す。力加減が下手なせいで、地面にへたり込んだ。コスモのお尻が目の前に。
「何し……――」
 言いかけた直後、遠くからあはは、と不気味な声が。まただ。声が二重に聞こえる。成人した女の人と子供の無邪気な笑い声が二重に聞こえる。
「ぐっ」
 耳を抑えた。でも、抑えても耳の中に入ってくる。
 その声は次第に大きくなり、男の声も混じり合った。不気味だ。声が大きくなると頭の中がガンガンする。頭が割れる。神経が、細胞がバラバラに砕けそうだ。
 コスモが腕を振りかぶった。すると、道だった景色がパカリと割れ、そこから黒い空間が生まれた。服のファスナーを降ろしたかのように顔を出したのは、マトリョーシカ。

 にそっくりな顔した女性たち。くねくねと体を曲げ、踊っているみたい。コスモの目が鋭くなった。
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