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ヘタレ淫魔と淡雪少年
ヘタレ淫魔と淡雪少年(1)
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冬が来た。よく雪が降る。最近、また、傘と刺身の強烈なバンドマンカップルがうちに入り浸っている。
今日の傘は「従弟の見舞い帰り」と言いながらやって来た。傘には病弱な従弟がいるらしい。
「根暗でよー、慢性的に破滅型自己陶酔しやがって口開くとすーぐ自分はもう長くないとか抜かすから、機嫌とるのが大変で」
従弟についてそう語りながら、傘は炬燵の上の蜜柑を剥いてパクパク食べた。おれは傘を薄情な男だと感じた。病気の人間に追い討ちをかけるように冷たくしなくても、と思った。
おれの友達にも病弱な少年がいる。そいつも考え方が暗くて、生きているというより、死に向かって一歩ずつ歩んでいるような雰囲気がある。
「オレ以外の話してる瞬間の傘、全部、つまんねのー」
刺身が文句を垂れて、猫みたいに傘に擦り寄る。
「へえへえ。アンタが一番可愛いでちゅよ、猫の悪魔チャン」
傘はじゃれる刺身をあやした。
「蜜柑、オレにもくれー」
傘が刺身に蜜柑を剥いてあーんしてやり、甘やかして、いちゃつく。他所でやってくんねーかなあ……。
でも、ソノオへの恋を自覚したてのおれは実のところ、二人が羨ましくて、ワンチャン、自分もしてもらえないかなあ、とソノオをちらちら見る。おれの熱視線に気づいたソノオは不思議そうにした。残念ながら、両想いではないみたいだ。わかってはいたけど寂しくなる。
「まー、でも、その従弟もよ、あの根暗のまま生きてって、そんで、あいつの予言が当たって若くして死んでくんだとしたら、気の毒だし、心配ではあるんだわ。俺、肉親で交流があるのあいつくらいだし」
肉親で繋がりがあるのが従弟一人だけ!? 親は!?
多くは語らないが、何やら、傘もぬくぬく育ったおれとは違い、家族関係で苦労して生きてきたクチのようだ。
「はー? なにー!? 傘ン中にオレ以外、それもオレの知らねえクソガキに向ける愛情があるんだったら全部、オレにくれよな! じゃなきゃ、ドブに捨てんのと同義だ!」
刺身は本当にいつも自己中だな……。まあ、こいつはこいつで何かしら苦労してきてそうではあるけれど。
「刺身チャン、いっそあいつに会ってやってよ。ショック療法になるかもしれん」
「はぁ!? なんでそうなんのさ!? 冗談にしても嫌だね! オレの傘ン中から愛情を掠め取る人間になんてぜぇーったい会ってやんねえ! オレと会うことがそいつにとってプラスになるなら尚更だ。ライバルになんか、なんにも施してやんねえんだから!」
あーあー……。不穏。性格わりー! こういうところが刺身が「猫の『悪魔』」って呼ばれる所以なんだろうな……。その鬼畜さで傘から愛されるなら、少なくとも二人の間ではそれでいいんだろうけど。
傘たちが帰ったあと、おれは病弱の友達に会いに行った。傘の話を聞いていたら彼のことを思い出したのだ。いつも病室のベッドに半座位でしん、と虚空を見つめている寂しげな彼のもとに暫く赴いていないことに気づいたからだ。彼からはこちらに遊びに来れないのだから、おれが行かねえと。
「いらっしゃい。こんな消毒液くさいとこだけど寛いでってよ。今日も来てくれてありがとうね、リケ。こんな、いつ見捨てられてもおかしくないような死を待つだけの僕のところへ」
おれが羽を使って空を飛び、魔力で窓をすり抜けて彼のいる病室に入ると、彼はいつものごとく彼自身を冷笑するような自虐ギャグを飛ばした。面白くないよ、悲しいよ。
「そんなこと、言うなよ」
彼――朝雪〈あさゆき〉――は悪い子ではないのだが、どうにも接しづらい。でも、悪い子じゃないんだけど。
アサユキと出会ったのは去年の、冬だった。
ある日、散歩感覚で空を飛んでいたおれは、突然のゲリラ豪雪にやられて、とある病院の入院病棟の窓ガラスをすり抜けて病室内に潜り込んだ。その病室にいたのがアサユキだった。
「羽を生やした綺麗な男の子が五階の窓から入ってきた。ついに天使が僕の命を回収しにきたかな?」
思えば、アサユキは最初から自分を冷笑するように自虐的だった。
「ちげーよ。安心しな。おれは……」
おれは、自分が命を取りに来た天使ではなく、ただの淫魔であることを説明してアサユキを安心させようとしたが、アサユキはそれを遮った。
「待って。言わないで。天使ってことにさせて。そして、僕に君を信仰させて祈らせて。少しでも長生き出来ますように、って」
「え?」
でも、さっきはこの少年の中で天使は命を奪う扱いじゃなかったっけ?
「天使は気まぐれ。でしょ? だから、気分次第では僕を生き永らえさせることもする。そうだよね?」
彼は空想癖のあるタイプなのか、随分、明確に頭の中にストーリーがあるようだった。それを否定して、一から人外に関する正しい知識を教え直す権利はおれにはないと思った。
「僕は……梨本 朝雪〈なしもと あさゆき〉」
「おれは、リケ」
互いに名を教えあった。
「リケ。僕はね、天使の存在をずっと信じていたんだ。今日、実際に君に会えたしね。神様は僕をこんな惨めな体に作ったけれど、天使なら僕に微笑んでくれるかもしれない。さ、笑って? さっきから困り顔ばかりだけど、リケは笑ったほうが可愛いよ」
言われて、懸命に笑顔を作れば、おれの下手な作り笑いにアサユキはくすくす笑った。
それから、色々と雑談をして――と言っても、おれがアサユキの話を一方的に聞く感じだったけど――アサユキは素性こそほとんど話さなかったけど、色々と彼の興味の対象については語った。
「従兄のお兄ちゃんがインディーズで結構、活躍してるバンドマンでね、いよいよメジャーデビュー狙ってくんだってさ。ボーカルの人が偏屈で手こずってるみたいだけど。病室の外ではそうやって着々と時間が流れていくんだねえ。僕はその従兄のバンドの曲も全部、この病室のベッドの上でしか聴いたことがないんだ」
「そっか……」
反応に困る。
アサユキはおれが帰るとき、おれに
また来てくれること。
友達になってくれること。
の二つを約束させた。
そうして、今に至る。
(つづく)
今日の傘は「従弟の見舞い帰り」と言いながらやって来た。傘には病弱な従弟がいるらしい。
「根暗でよー、慢性的に破滅型自己陶酔しやがって口開くとすーぐ自分はもう長くないとか抜かすから、機嫌とるのが大変で」
従弟についてそう語りながら、傘は炬燵の上の蜜柑を剥いてパクパク食べた。おれは傘を薄情な男だと感じた。病気の人間に追い討ちをかけるように冷たくしなくても、と思った。
おれの友達にも病弱な少年がいる。そいつも考え方が暗くて、生きているというより、死に向かって一歩ずつ歩んでいるような雰囲気がある。
「オレ以外の話してる瞬間の傘、全部、つまんねのー」
刺身が文句を垂れて、猫みたいに傘に擦り寄る。
「へえへえ。アンタが一番可愛いでちゅよ、猫の悪魔チャン」
傘はじゃれる刺身をあやした。
「蜜柑、オレにもくれー」
傘が刺身に蜜柑を剥いてあーんしてやり、甘やかして、いちゃつく。他所でやってくんねーかなあ……。
でも、ソノオへの恋を自覚したてのおれは実のところ、二人が羨ましくて、ワンチャン、自分もしてもらえないかなあ、とソノオをちらちら見る。おれの熱視線に気づいたソノオは不思議そうにした。残念ながら、両想いではないみたいだ。わかってはいたけど寂しくなる。
「まー、でも、その従弟もよ、あの根暗のまま生きてって、そんで、あいつの予言が当たって若くして死んでくんだとしたら、気の毒だし、心配ではあるんだわ。俺、肉親で交流があるのあいつくらいだし」
肉親で繋がりがあるのが従弟一人だけ!? 親は!?
多くは語らないが、何やら、傘もぬくぬく育ったおれとは違い、家族関係で苦労して生きてきたクチのようだ。
「はー? なにー!? 傘ン中にオレ以外、それもオレの知らねえクソガキに向ける愛情があるんだったら全部、オレにくれよな! じゃなきゃ、ドブに捨てんのと同義だ!」
刺身は本当にいつも自己中だな……。まあ、こいつはこいつで何かしら苦労してきてそうではあるけれど。
「刺身チャン、いっそあいつに会ってやってよ。ショック療法になるかもしれん」
「はぁ!? なんでそうなんのさ!? 冗談にしても嫌だね! オレの傘ン中から愛情を掠め取る人間になんてぜぇーったい会ってやんねえ! オレと会うことがそいつにとってプラスになるなら尚更だ。ライバルになんか、なんにも施してやんねえんだから!」
あーあー……。不穏。性格わりー! こういうところが刺身が「猫の『悪魔』」って呼ばれる所以なんだろうな……。その鬼畜さで傘から愛されるなら、少なくとも二人の間ではそれでいいんだろうけど。
傘たちが帰ったあと、おれは病弱の友達に会いに行った。傘の話を聞いていたら彼のことを思い出したのだ。いつも病室のベッドに半座位でしん、と虚空を見つめている寂しげな彼のもとに暫く赴いていないことに気づいたからだ。彼からはこちらに遊びに来れないのだから、おれが行かねえと。
「いらっしゃい。こんな消毒液くさいとこだけど寛いでってよ。今日も来てくれてありがとうね、リケ。こんな、いつ見捨てられてもおかしくないような死を待つだけの僕のところへ」
おれが羽を使って空を飛び、魔力で窓をすり抜けて彼のいる病室に入ると、彼はいつものごとく彼自身を冷笑するような自虐ギャグを飛ばした。面白くないよ、悲しいよ。
「そんなこと、言うなよ」
彼――朝雪〈あさゆき〉――は悪い子ではないのだが、どうにも接しづらい。でも、悪い子じゃないんだけど。
アサユキと出会ったのは去年の、冬だった。
ある日、散歩感覚で空を飛んでいたおれは、突然のゲリラ豪雪にやられて、とある病院の入院病棟の窓ガラスをすり抜けて病室内に潜り込んだ。その病室にいたのがアサユキだった。
「羽を生やした綺麗な男の子が五階の窓から入ってきた。ついに天使が僕の命を回収しにきたかな?」
思えば、アサユキは最初から自分を冷笑するように自虐的だった。
「ちげーよ。安心しな。おれは……」
おれは、自分が命を取りに来た天使ではなく、ただの淫魔であることを説明してアサユキを安心させようとしたが、アサユキはそれを遮った。
「待って。言わないで。天使ってことにさせて。そして、僕に君を信仰させて祈らせて。少しでも長生き出来ますように、って」
「え?」
でも、さっきはこの少年の中で天使は命を奪う扱いじゃなかったっけ?
「天使は気まぐれ。でしょ? だから、気分次第では僕を生き永らえさせることもする。そうだよね?」
彼は空想癖のあるタイプなのか、随分、明確に頭の中にストーリーがあるようだった。それを否定して、一から人外に関する正しい知識を教え直す権利はおれにはないと思った。
「僕は……梨本 朝雪〈なしもと あさゆき〉」
「おれは、リケ」
互いに名を教えあった。
「リケ。僕はね、天使の存在をずっと信じていたんだ。今日、実際に君に会えたしね。神様は僕をこんな惨めな体に作ったけれど、天使なら僕に微笑んでくれるかもしれない。さ、笑って? さっきから困り顔ばかりだけど、リケは笑ったほうが可愛いよ」
言われて、懸命に笑顔を作れば、おれの下手な作り笑いにアサユキはくすくす笑った。
それから、色々と雑談をして――と言っても、おれがアサユキの話を一方的に聞く感じだったけど――アサユキは素性こそほとんど話さなかったけど、色々と彼の興味の対象については語った。
「従兄のお兄ちゃんがインディーズで結構、活躍してるバンドマンでね、いよいよメジャーデビュー狙ってくんだってさ。ボーカルの人が偏屈で手こずってるみたいだけど。病室の外ではそうやって着々と時間が流れていくんだねえ。僕はその従兄のバンドの曲も全部、この病室のベッドの上でしか聴いたことがないんだ」
「そっか……」
反応に困る。
アサユキはおれが帰るとき、おれに
また来てくれること。
友達になってくれること。
の二つを約束させた。
そうして、今に至る。
(つづく)
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