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五十七話 駅市通り

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 昨日食べた核煮も頬っぺたが落ちそうというか、もう溶けてなくなりそうだったなあ。
 そんなことを思いながらオリンドは目を覚ました。今朝も食堂からすこぶる良い匂いが漂ってきている。寝起きから早く何かを消化したいと胃袋が訴えて止まない。
 はだけた寝巻きを少しばかり掻き寄せ、まだ掛布に半分潜り込んでいるエウフェリオを起こさないようベッドを抜け出すと、うんと身体を伸ばして深呼吸をした。
「ふはあ。…ええと。今日は…、朝の間にイドリックと鍛錬して、昼飯食べたらフェリと勉強会…、だけになるのか」
 今日は二人しか居ないし、そうなるだろうなと口にしたオリンドはそれから無意識に耳を澄ませた。アレグとウェンシェスランの居ない拠点は、個室に居るからという理由だけでなく物静かだ。気のせいではなく扉の向こうから何も聞こえて来ないことに、物音はしやしないかと探してしまう。
「…ふへ。そうか」
 静かすぎて寂しく感じているのだと気付き笑みが溢れた。
 初めの頃は、壁を隔てていても常に他人の気配が近くにあることが気になって落ち着かなかったというのに、今ではエウフェリオの添い寝が無ければよく眠れないし、こうして賑やかな話し声を求めているのだから自分の変わりようが嬉しいばかりだ。
 ずっと誰からも受け入れられず、誰のことも受け入れられずに死んでいくものだと思っていた。それがこんなにも暖かく迎え入れられて、愛して愛されているなんて夢のようだ。
 けれど確かにここに居て、確たる感触を持って幸せな日々を過ごしている。
「…家族、か…」
 近頃ようやく引き出しの開閉ができるようになった箪笥から下履きを取り出し寝巻きの下衣を脱ぎ捨てつつ、昨日刻み込まれた新たな幸福の記憶を噛み締め直すように、そっと呟いてみた。
 途端に体の芯を走り抜けた、あまりにも甘美で温かな響きに腰が抜けてしゃがみ込んでしまう。
「ふへ…」
 うわ、嬉しい。嬉しい。うわあ、なんだこれ、また泣きそう。…すごい好き。みんな大好きだ。…もっと、もっとみんなの役に立てたら良いな。
 そのためにも彼らに習ってもっとたくさんの知識や技術を身に付けたい。いつか胸を張って仲間だと言えるようになりたい。オリンドは折り畳んだ膝に鼻先を埋めて、手にした寝巻きの下衣をくしゃくしゃと握り込んだ。と、背後で掛布の擦れる音がする。
 振り返ると目を覚ましたエウフェリオが上体を起こして微笑んでいた。
「おはようございます。…お尻、見えちゃってますよ」
「おは、ぁわぁあっ!?」
 そうだった、着替え途中だったっ!
 慌てて立ち上がり臀部を両手で覆ったオリンドはとにかくエウフェリオの視線から逃げなくてはと箪笥の影に下半身を隠す。
「ふふ。朝からご馳走様です」
 その影を覗き込む振りをしながら優美に微笑む美形の顔がずるい。
「ふぬぅ!」
 なにがご馳走様だフェリのお尻ならいざ知らず!
 真っ赤になって急ぎ下履きだけ身に付けたオリンドは寝台横の椅子に駆け寄り、背凭れに掛けてあった自分の服を引っ掴むと再び箪笥の影に駆け込んで着替えた。
「んっふっふふ!すみません、いじめすぎてしまいましたね」
 困ったように笑って立ち上がったエウフェリオがそっと近付いてくる。朝の涼やかな明かりに透けて揺れる薄水色の銀髪に見惚れていると、温かな腕に抱き込まれた。
「うわ、あったか…」
「貴方が冷えてしまってるんですよ。そんな薄着で座り込んで…。何を考え込んでいたんです?」
「…あ。うん。…昨日のこと」
 嬉しくて反芻せずにいられないとオリンドは胸元に頬を擦り寄せた。その幸せそうな表情にエウフェリオの胸の内も温められていく。
 そうして高まった気持ちに押され、昨夜しみじみと決意した事を実行しようと彼は頷いた。
「リンド。リックとの鍛錬が終わったら、少し出掛けましょうか」
「…えっ?」
 何か用事があっただろうか。
 すでに鍛錬後の勉強会へのやる気を上げ切っていただけにほんの少しだけ残念に思った気持ちは、しかし鍛錬を終え、専属馬車が迎えに来たと玄関へ向かう背にかけられたイドリックの一言に吹き飛ばされた。
「そんじゃあ、留守番は任せろ。しっかりデートしてこいよ!なんなら泊まってきていいんだぞ!」
「へぁああっ!?…デっ…ええっ!?」
 てっきり買い出しか何かだと思っていた。じゃあ天眼馬の鞄の方を掛けてきた方が良かっただろうか。財布が入っているからと古い方の鞄を持ってきてしまった。と驚き混乱しつつエウフェリオを見ると、先んじてアルベロスパツィアレに伝えてあったのだろう、鍛錬中に拵えてくれたと思しき弁当の籠を受け取る背中の、襟から覗く首が赤くなっている。
「…ふぁ…ぅああ…」
 で、デート?…ほんとにデートなの?フェリとデートできちゃうの俺?…えっ、デートってなに?…うん?そういえば、デートってどんなのだろう?
 当然のことながら言葉は聞いたことがあれど、したことは無いし話を聞いたこともない。いったい何をどうすればデートなるものが成立するのか。
「…と、いっても、私も経験はありませんので、まあその、馬車の中から少しあちこち見て回る程度にはなるのですけども。…それとも、約束の服を見に行きましょうか?」
 首を傾げるエウフェリオにオリンドは自分の服の裾を摘んで見詰めた。確かに冬に突入したグラプトベリアはもうめっきり寒くて、懐温具を使っていても肌寒い。
「うん…。そろそろ温かい服欲しい」
「では、そうしましょうか。腕輪を取ってきますので、少し待っていてください」
 籠をオリンドに渡したエウフェリオは、部屋へ取って返し腕輪の収まった木箱を持ってきた。アレグもかくありやという超速である。
「うへぁ。は、はや…」
「んん。貴方と二人でお出かけですからね。ちょっと浮かれてます。…ああ、そうそう。今日は鎧も着込みませんし、どうぞ外套も使ってください。アルのものなら丈も合うでしょう」
 籠も木箱も空間収納魔法の鞄に納めてから、玄関口の壁に掛けられた袖付きの外套を取ったエウフェリオが迎え入れるようにして広げてくれる。アレグの物と聞いて多少気後れはしたものの、せっかくだからとオリンドはおっかなびっくり袖を通した。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして。何年か前に流行った品ですから、持っている人も多いんですよ」
「あっ、そうか。変身もバレにくいのか」
 なるほど。
 納得すれば遠慮の気持ちも和らいで肩の力が抜ける。その背に緩やかに手を添えるエウフェリオに促され、オリンドは馬車に乗り込んだ。
「あらかじめ御者には言い含めてありますので、ここで変身して大丈夫ですよ」
 専用馬車も目立つために、裏通りに停めてもらい隠遁魔法を使用して小路を抜ける、と、説明を受けたオリンドは鞄から腕輪を取り出しつつ手筈を刻むように天井を見て何度か頷く。
「…と言っても、どなたの姿を借りましょうか…」
 自家製でも特注でもなければ体にぴったりと沿う服などそうそうあるわけで無し、体型の融通は効くが、問題は本人を知る者や本人と鉢合わせしないかどうかだ。とは言えグラプトベリアで有名ではない知り合いは少ないというか皆無に等しく、オリンドは頭を悩ませる。
「んん、…どうしよう…バッツたち…は、なんか嫌だし、…父ちゃんとか?」
「お父上のお姿は大変拝見したくありますが恋人の父親とデートをするという字面にシェスカの食い付く未来しか見えません」
 そして私の精神衛生上も大変よろしくないので是非とも止めていただきたい。とは口にせずエウフェリオは表情を固めてゆるゆると首を振った。
「ええ…そうか…。あっ、ブルローネさんは、どうだろう?」
「…むう。条件的には良いと思いますけれども…いかんせん髪が…。ああ、いえ、帽子を被ればリンドの雰囲気にも馴染むかもしれませんね」
 そうすれば服も選びやすいことだろう。であれば初めに帽子を手に入れようと話し合い、行き先を駅塔付近の市場に決めた。グラプトベリアに市場は数箇所あるが、駅の利用者が真っ先に訪れるここは人も物も多種多様だ。
「わわ、うわあ、すごい活気」
 市民から通称で駅市通りと呼ばれる大通りは右も左も露店がぎっしりと立ち並び、行き交う人々も肩や荷を掠めなければすれ違えないほどの賑わいだった。これまで過ごしてきたどんな街でもこれほどの繁盛ぶりは見たことが無い。昼でも薄暗い路地を抜けてきたオリンドの目に晴天もあいまってそれはそれは眩しく映る。
「グラプトベリアで最も人の集まる場所ですからね。逸れないよう気を付けてください」
 エウフェリオは幼い頃に何度か会った故郷の遠い親戚だという男の姿を借りていた。どことなく面影のあるような気がするその姿で、いつも通り微笑んで差し出される手を取り、オリンドは不思議な感覚に気分も足も浮かせた。冒険者ギルドでネレオの姿をした彼から笑顔を向けられた感覚とはまた違う、ほんのりそわそわとした気分に背中が擽ったさを覚える。
「おや、あの店など良さそうですよ」
「ほんとだ。帽子たくさん置いてある」
 さっそくいくつも帽子が吊るされているのを見付けていそいそと向かった。天幕を張った下に棚や台を置いて衣類を積み上げている露店だ。
 売り物台の横に揺り椅子を置いて寛ぐ店長らしき老婆に試着の許可をもらい、目についた温かそうな生地の鍔広帽子をさっそく手に取り被ってみたところ、分厚いフェルト生地の感触が大層心地よくてオリンドは目を丸くした。
「あっ、これ柔らかくて被りやすい」
 一度外してよくよく眺め、もう一度被り直してみる。
「いいですね。これからの時期に重宝しそうですよ。…ふむ。撥水加工もされていますね。これは不沈猫ふちんねこの油でしょうか?」
「ふちんねこ?…ああ、しずまニャン…ちがっ!とうちゃっ、父ちゃんが好きだったヤツっ!だ!…どっ、どんな魔物だっけ!?猫そっくりっていうことくらいしか俺…!」
 こよなく猫を愛する父親がよく捕まえては見せてくれた、五歳児ほどはあろうかという大きさの猫に似た魔物だ。大概は与えた餌を食べられるだけ食べられて逃げられるのが常だったが。その父が愛情込めてお茶目で呼んでいた『しずまニャン』という愛称をつい口にしたオリンドは慌てて話題をずらして振った。
「不沈猫は、ですね…っ、ぶふっ」
 それを受けて努めて平静を保とうとしたエウフェリオだったが駄目だった。敢えなく撃沈し、しゃがみ込んで腹を抱える。
 声を上げて笑わなかっただけ褒めてほしいところだ。
「わ、わらっ、笑わなくても…っ!」
「すみまっ、…せっ、…あんまり、可愛くて…っ」
「ふぐぅ…!」
隣に同じようにしゃがんでぽくぽくと背を叩いてくる動作も愛らしくて堪らないのだがここは往来、しかも賑わう市場の店先だ。抱きしめるのはよさねば。と、堪えることができたのもひとえにオリンドがブルローネの姿をしているからだろう。
「…んん!…そうそう、不沈猫。不沈猫ですね。濡れることを極端に嫌がり、雨を弾き水に浮く猫です」
 咳払いをひとつ、取り繕うも何も無いが気分を切り替えたエウフェリオは猫の魔物について知識を引っ張り出した。
「その名の通り生きている間はもちろん、死してなお水に沈みません。沈まないのは口中の油腺や肌から分泌される油を全身の毛に纏わせているからと言われています。私としては不沈猫の持つ魔力も関係していると考えていますけれど…」
「ふはあ。…それで、この帽子に使われてるのがその油なのか」
「ええ。と、思うのですけれど。なんとなく独特の香りがするような…」
 オリンドの被る帽子に鼻を近付けたエウフェリオは何度か香りを鼻腔に潜らせた。不沈猫の分泌する油には体毛を清潔に保つための成分も含まれていて、その香りが猫特有の日向の香りに爽やかさを添えている。
 心穏やかになる匂いに目を細めていると、揺り椅子に揺られつつ店主がからからと笑った。
「お兄さん正解だよ。そこの工房主は飯より酒より猫が好きでねえ。高じて不沈猫まで飼い始めちまってさ。あいつら懐くと甘える時に口から涎みたいに油を垂らすんだそうだよ。そいつが溜まったってんで、その帽子を撥水加工してみたんだと。お試し品だから安いよ?」
 解説がてらちゃっかりと購入を勧められて、オリンドはすっかりその気になる。なんだかもう他の帽子では物足りなくなる気がした。
「えっと、…ええと」
「ふふっ。似合うと思いますよ」
「ほんとう!?じゃあ、これ、これ買う…!」
「では私もこちらをひとつ…」
 棚に積まれた衣類の端からエウフェリオは羊毛の襟巻きを手に取った。オリンド憧れの一角羊の毛織物である。
「はいよ、ありがとさん。包むかい?着けてくかい?」
 人好きのする顔で微笑む老婆に襟巻きだけ包んでもらった二人は店を後にした。
「なかなか良いお店でしたね」
「うん。お婆さん、感じがすごく良かった。服も見てかなくてよかったの?」
「それでも良いですけれど、さすがに勿体無くないですか?」
 立ち並ぶ露店を示して笑うエウフェリオに、それもそうかとオリンドも笑った。確かにこれだけ店があるのに最初に飛び込んだ一軒目で済ませてしまうのは勿体無い。
 それにこれほど浮き立つ心地で買い物をすること自体が初めてだ。アレグたちに案内してもらって装備を購入したときはひたすら慌ただしさに流されていたが、大好きな人が隣でゆっくりと一緒に選んでくれるこの時間と、そこそこ暖かい懐がもたらしてくれる余裕とは、なんと幸福な味わいか。オリンドはしみじみと噛み締める。
 しかし少々浮かれすぎていたかもしれない。
 冬の服を上下二着に外套を一着、まだまだ先の春に向けて上衣を一着、それから何かと便利だろうと背負い鞄をひとつ、おまけに一生使うことは無いと思っていた傘まで買ってしまった。
「…っ、う、うう。散財…しすぎたかも…」
「さん…、大丈夫です。大いに生活費の範囲内ですよ」
 貴方二ヶ月半前に作った自分の口座の残高を知っているのか。…ああ、そういえば、結局バタバタして残高照会の仕方を教えていまけんでしたっけ。
 顎に指の背を当て考えたエウフェリオは、教会の時計台を見上げた。頃合いよく待ち合わせ場所に馬車が戻ってくる時刻だ。昼食ついでに商業ギルドのタグの使い方を説明しようとオリンドを伴い裏路地へ向かった。
「えっ、タグで預けてるお金、確認できるの!?」
 ゆっくりと走り出してもらった馬車の車内でカーテンを閉め切り変身も解いて一息つき、アルベロスパツィアレが作ってくれた弁当を広げつつ説明すると、オリンドは目を丸くして懐から商業ギルドのタグを取り出した。
「ええ。すみません、すっかり説明した気になっていました」
「ううん。教えてくれてありがとう。えと、冒険者ギルドのタグみたいに、魔力を通すと見られるとか?」
「そうですそうです。こちらの角にひとつずつ、小さな魔石が付いているでしょう?青に触れながら通すと残高、白なら取引の履歴が見られます」
 紐通し用の穴が開いている辺の逆側を指差され、確認して頷く。大きさからも含有魔素量からも大して長持ちしそうにないとオリンドの感じた通り、平均的にはひと月からふた月ほどで交換の必要になるこの魔石が商業ギルドの口座管理手数料の代わりだ。
「これか。…ええと」
 教えられた通り、まずは青の魔石に指先で触れ、そっと魔力を流してみた。冒険者ギルドのタグで絆魔法を発動させた時に似た窓が空中に浮かび上がり、口座の残高が表示される。
「…え…と、…っええっ!?なにこれ!?誰の口座!?」
「誰の、って。貴方のタグですから貴方の口座ですよリンド」
 オリンドから予想通りの反応が上がりエウフェリオは忍び笑った。
「だっ、…だって!だって、…ええっ!?…だぃ、大金貨!大金貨だよ!?大金貨三十一枚と金貨三枚になってるよ!?…俺が預けたの大金貨二枚だっただろ!?」
 三年四年働いて稼げるかどうかって額じゃないかどういうことだよ!?と目を白黒させるオリンドに、しかしエウフェリオはやや不満げな顔をした。
「おや、予想より少し少ないですね、水晶の売り上げ。…ふむ。考えていたより、クラッスラ調査で出る珍品狙いに傾いている向きですかねこれは…」
「ああっ!そうか水晶!…す、少な…?…えっ、い、一割、が、俺の取り分て言ってなかった?」
「ええ。週に一度、冒険者ギルドから売り上げの一割が入金される手筈です」
「えっと…」
 白の魔石で履歴だ。オリンドは別の角の魔石に触れて魔力を流した。映し出された窓には口座開設から約二ヶ月半の出納が表示されている。確かに週に一度、冒険者ギルド名義で水晶洞権利としてだいたい大金貨二枚から三枚の入金履歴が九回分あった。
「…ほんとだ…週一で…。…あっ、うわあ、ちゃんと剣と鎧のツケも払われてる。…大金貨十枚と金貨一枚…っ!…っうわ、大金貨っ、じゅうまいも払ったのにっ、さんじゅういちまいになってるとかっ…!」
 今日買った服や鞄など全部合わせても大金貨の十分の一程度、大銀貨一枚分といったところだ。それでも使いすぎたと感じていたのにこの残高。あまりの大金にオリンドはその場に崩れ落ちた。現金でも無いのにタグを持っていることすら恐ろしくて手が震える。
「ね。今日の買い物は生活費の範囲内だったでしょう?」
「…うん…。…うん?…んんー…」
「範囲なんです。というか、この感覚に慣れておきませんと。どうするんです、魔石晶洞の採掘が始まれば価値は十倍二十倍に収まりませんよ?」
「わあああ!?魔石晶洞…!…じゅうばっ…!?こ、こ、怖い!発見の権利要らない!!」
 そうだったそんなものがあった。なんで発見しちゃったんだ俺。いやアレが無ければ闇払う古獣の人たちを撒けなかったけど。でもそんな価値だなんて、命を狙われたらどうしよう!
 あたふたとするオリンドに吹き出すのを堪えながらエウフェリオは首を振った。
「放棄はできません」
「や、いやだ…!じゃあ、じゃあパーティの!暁の盃名義にして!」
 必死の涙目で縋り付いてくる姿があまりにも愛らしくてつい頷きそうになるが心を鬼にしてやはり首を振る。
「私の一存では何とも…」
「ううっ!…そ、そしたら、そしたらフェリのものにして!!」
 がつん。
 エウフェリオの側頭部が締め切られたカーテン越しに車窓へ強か打ち付けられた。
「…っ、そういう台詞を、主語を抜かして言ってはいけまけん…っ!」
 しかも夕暮れ色の光魔法に揺れる涙目で見上げながら懇願の表情で、だ。一溜まりも無く打ち砕かれそうになった理性をなんとか繋ぎ止めて呻く。
「…えっ、…うん?」
 あれ?俺変なこと言った?
 首を傾げるオリンドの仕草が頗る初心で、返って理性が容易に戻ってくる。同時に擽られた悪戯心からエウフェリオは彼の頬に手を添えた。そのままゆっくりと顔を近付けて触れるだけの口付けを落とす。
「勘違いしてしまいますよ。私のものに、貴方をしてください。と、ね?」
「ぅあ…!」
 ようやく自分がどのような言い方をしてしまったのか気付いたオリンドは赤らんだ顔を両手で覆い、天井を仰いだ。
 それから、あれ?と、もう一度首を傾げる。
「…えっ、でも俺、フェリのものだよ?」
 勘違いするもなにもなくない?
 純粋に尋ねてくるその姿があまりにも眩しくて、エウフェリオは馬車の床に崩れ落ちた。
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