29 / 76
挿話.二 〜リンちゃんの役に立ててほしい!〜
しおりを挟む
「ねえねえ、帰りにちょっと寄り道していいかしら?」
追加調査の打診を持ち帰ることにしてカロジェロの執務室を辞し、冒険者ギルドを出たところでウェンシェスランはアレグとイドリックに声をかけた。
「おう?別にいいけど。どこ行くんだ?」
「んんー。『革の心』が良いかしらねえ。リンちゃんに鞄を買ってあげたいのよ」
革鞄に定評のある店名を出すとピンときたらしくイドリックは頷いた。
「ああ。なるほどな」
「えー、どういうことどういうこと」
なにがなるほどなんだよ俺の理解が及ぶ説明を要求する。
べしべしと肩甲骨の辺りを叩かれたイドリックは苦笑してアレグの頭に手を乗せた。
「この先オリンドに地図を描いてもらう機会も増えるだろう。紙だ道具だ嵩張るからな」
「ああー!そっか!」
「それに、ちょっとした台になる物があったほうが描きやすいと思うのよね」
「そういえばちょい描きにくそうだったよな。束に厚みがあったから何とかなってたぽいけど」
「そうなのよ」
だから道具を持ち運べて書き物をする台にもなる鞄を贈りたいというウェンシェスランの言に、否やのあるはずもない。
「よし。見に行くか。…ついでに魔導具屋にも寄るのはどうだ?」
「おん?そっちは何見んの?」
「いや、いちいちインクを付けなくても書けるペンが無いかと思ってな」
羽根ペンのインクが掠れるたび焦った様子でインク壺を目で探すオリンドの姿を思い浮かべながらイドリックは顎に指を当てた。
「あら、いいわね。あるはずよ。ちょっとお高いからリンちゃんが渋りそうだけど…」
「いいじゃん、渋ったら出世払い~とか言って流しちゃえば」
「はっはっは。そりゃいいな。…しかし実際、こっちも有形無形問わずかなりもらっているんだがなあ」
「ほんとよねえ。冒険じゃ道に迷わなくなったでしょ?当たりをつけたり山を張ったりしなくても必要な物が探し出せるし、魔物の探査も助かるでしょ?それにスキル云々じゃなくたって、あんなに可愛いんじゃもう、毎日心がぽかぽかしちゃうわ」
「それな!あと、なんていうか頑張って俺らのこと特別扱いしないようにしてるとこありがたい」
「おお。なんだ気付いてたのか。そういうところは敏感だよなおまえ」
「一言多い」
「ほんとアルちゃんはこう見えて人の気持ちの動きに敏感よね野生児のわりに」
「二言多い。…だああ!俺で遊ぶな!行くぞほら!」
ちゃんと褒めながら弄りやがって。肩を怒らせてぶつくさと、しかし満更でもない顔をして前に立つアレグにウェンシェスランもイドリックも軽くごめんねえだの悪かっただの笑いながら続いた。
そろそろ木枯らしの吹く季節だが相変わらず商店街は多くの冒険者や人で賑わっている。
あちこちの店や露店から呼び込みが飛び交い、商品の説明や値切りの交渉に世間話などさまざまな声が活気付く大通りを歩けば、勇者を見付けた人々が更に活気を高めて湧き上がった。
「っし、とりあえずクオクオに急ぐか」
「久しぶりだな。店長元気かなあ」
「あの人は殺したって死にゃしないわよ」
話しながら寄ってこようとする人々を振り切るべく駆け足に近い速度で歩いた三人は一度店の前を危うく通り過ぎるところだった。
「姉ちゃん居るー!?」
ばあん。がらんころんがらからからん。
アレグは店長を呼びながら勢いよく木扉を開けた。弾みで真鍮の鈴が何度も跳ね返って鳴り響き、店内に居た客の全てが飛び上がって入り口を凝視した。
「誰があんたの姉ちゃんだい。ってか毎度毎度ドアを壊しにかかってくんじゃないよ」
入り口付近の精算台奥で購入者からの修理依頼品らしきサックを検めていた三十代前半と思しき一組の男女のうち、女性が呆れ顔で歩み出てきた。細身ながらになかなかの筋肉を付けた高身長の彼女はクオレディクオイオの店長ペレティリアだ。
「ごめんなさいねえ、今日も後で簀巻きにしとくわ」
「入店前から簀巻きにしといとくれよ。…それで、今日は何を見に来たんだい?」
「ああ、地図描きの道具を入れる鞄を見たいんだが」
「地図の?…ああー!何だか冴えないけど大層な探査スキル持ちが入ったんだって?」
「冴えないは余計だっての!」
「まあまあアルちゃん。お店なんだからあんまり大きい声出さないの。…こないだその子に地図を描いてもらったんだけどさ、ちょっと描きにくそうだったのよね。だから書き物をする台にもなりそうな丈夫な鞄を探してるのよ」
「ほおん。…へええ。あんたたちがそんなに入れ込むなんてねえ。任しときな!頑丈なのは二階に並べてあるから付いといで。…あんた、ちょいとアル坊たちを案内してくっから、一階見ててちょうだいね」
「ああ。はいはい。行ってらっしゃい」
背の低さも相まって全体的に丸っこい印象の体にとても似合う人の良さそうな笑顔を浮かべ、おっとりと頷く夫コンチアタに笑い返してからペレティリアはアレグたちを二階へ案内した。賑やかな飾り付けの階下とは異なり、こちらは一転して落ち着いた雰囲気だ。上客や常連しか通さない特別室だけあって勇者一行を視界に認めても特に騒ぐことなく案内の店員と歓談したり静かに商品を吟味する者ばかりで、心理的にも落ち着く。
「ポケットの配置だとか全体の形状なんかに希望はあるかい?」
とりあえずは簡素なデザインの鞄が並ぶ一角へ誘導したペレティリアは、道具類の整理が付けやすそうな意匠のものをいくつか手に取りながらウェンシェスランに問いかけた。
「そうねえ…。ねえ、リンちゃんてわりと几帳面なところあるわよね?」
「おう?…あー…そうだっけ?」
几帳面という印象は無いがな。と、首を捻るイドリックの隣でアレグは黒目をきょろりと左から右へ一回転させてからひとつ頷く。
「自分のことには雑だけどフェリが絡んだり任務ってなるとすげえ丁寧になるかも」
「あー、ね。じゃあ冒険に使うんだし、仕切りの多いのがいいかもね」
「…ほんとうにアルはそういうとこよく見てるんだな…」
「えー?見てるってより、ほへ~、って思うだけだぞ?」
「そういうの見てるっていうのよ。気付けなきゃ感動は生まれないんだから…、ああっ!?」
話しているうちに言葉の端々を捉えたペレティリアが次々と追加してくる理想に近そうな鞄を物色していたウェンシェスランは、目の端に留まった青光りする黒の鞄に食いついた。
「っちょ!これ!ねえ!これ!…っ可愛いぃい!」
「ありゃあ。さすがの慧眼だね。それを選ぶのかい」
「や、違うの正直今デザインしか見えてないの…!って、これまさか天眼馬!?天眼馬の革!?」
「正解!なんだい謙遜しちゃって。あんたデザイン云々の前に機能性を見抜いてたろう?」
「ほほほほ。いやそれがね、強くて使いやすそう、って、頭掠める前に持ってかれた感じ」
などという問答を二人が繰り広げているのはウェンシェスランの手に取った鞄が、通常の牛革の二十倍ほどの強度と耐久力を持ち落ち着いた青色に輝く黒い肌が人々の心を射止めて止まない、質も良ければ値段も良いという高ランク冒険者あるいは貴族御用達の天眼馬の革を使用した一品だからであった。
「天眼馬ってえと、あれか。滑らか靭やか艶やかと三拍子揃った…」
「そう、それ!綺麗なだけじゃなくて実用にめっちゃくちゃ耐えて長く使えるやつ!」
「いいんじゃねえ?しかも猫なんてオリンドにぴったりすぎじゃん」
頭の後ろで腕を組んだアレグはウェンシェスランが持つ鞄の、かぶせにあしらわれた伸びをする猫の大きくて愛らしい意匠を見ながら笑った。
うふ。と、ウェンシェスランが照れ臭そうに目を逸らす。
「…いや。いいと思うぞ。それを持っているところを、見てみたくは、めっちゃくちゃある」
ちょっとばかり相好を崩したイドリックが同意すれば、もはや誰も異を唱える者はない。
絶対に可愛い。可愛いと可愛いの掛け算なんて可愛い以外に解のあるはずもない。値段なんて二の次いや三の四の五の次でもまだ軽くし足りないとばかりに三人は意気揚々と天眼馬革の鞄を買い上げた。
「だからって!だからって!!魔導羽ペンと合わせて大金貨三枚って!」
追加依頼の確認会をお開きにしたウェンシェスランに部屋へ戻る途中で呼び止められて、あれよと言う間に居間へ引きずり込まれたオリンドは信じられないと激しく頭を振った。
「なんで正直に値段を言ってしまうんですかアル。…大丈夫ですよリンド。明後日からの調査で貴方が我々にもたらす恩恵はその鞄とペンの数十倍にもなるでしょうから」
斯く言うエウフェリオも問答無用で肩から鞄を下げさせられたオリンドと猫の飾りとの織りなす愛らしさに鼻から下を手で覆うしか無い有様だ。いや、誰よりも伸びるが必然の鼻の下だ。今すぐ抱きしめたいと頭で思いながら空いた片腕はすでに抱き込んでいる。
「そうよリンちゃん!これは先行投資ってやつよ!」
「せ、せん…?」
「だってこの先どう考えたって俺らがオーリンからもらう方が多くなってくんだぞ!これぐらいさせろ!」
「そっ、そんな、そんなこと…!」
「ある。あるから黙って受け取ってくれ。例え無くともその鞄を下げた姿で俺たちを癒してくれ」
「へうぅっ…!」
そんな頼み方はずるい。憧れとか恩義とか以前に大好きの上を行く存在になった人たちからお願いされたら断る選択肢など市場に売られゆく子牛のごとし。
それでも、でも、大金貨三枚なんて高価なものをただでもらうだなんて。
「いいじゃないですかリンド。もらっておきましょう。とっても愛らしいですよ。見ているだけで口付けたくなってしまいます。…それに魔導具の鑑定結果次第では私たちが買い取る運びになるかもしれないですから、その足しにと考えてくださいな」
「えぁ…、え、…うん…。わかった…」
そ、それなら、もら…、もらっちゃおうかな…。
肩掛け鞄の帯を握り締めて頬を染め、もぐもぐと口ごもるオリンドに、天啓を得たような顔で伸び上がったアレグの『チューしてもらえるなら遠慮も押し退けちゃうのかよ!』というすこぶるニヤけ顔付きの突っ込みはヒーラーとタンクの見事なタッグによって捩じ伏せられた。
いつぞや見た光景ですねえ。と、エウフェリオは李のような頬に口付けつつ微笑んだ。
追加調査の打診を持ち帰ることにしてカロジェロの執務室を辞し、冒険者ギルドを出たところでウェンシェスランはアレグとイドリックに声をかけた。
「おう?別にいいけど。どこ行くんだ?」
「んんー。『革の心』が良いかしらねえ。リンちゃんに鞄を買ってあげたいのよ」
革鞄に定評のある店名を出すとピンときたらしくイドリックは頷いた。
「ああ。なるほどな」
「えー、どういうことどういうこと」
なにがなるほどなんだよ俺の理解が及ぶ説明を要求する。
べしべしと肩甲骨の辺りを叩かれたイドリックは苦笑してアレグの頭に手を乗せた。
「この先オリンドに地図を描いてもらう機会も増えるだろう。紙だ道具だ嵩張るからな」
「ああー!そっか!」
「それに、ちょっとした台になる物があったほうが描きやすいと思うのよね」
「そういえばちょい描きにくそうだったよな。束に厚みがあったから何とかなってたぽいけど」
「そうなのよ」
だから道具を持ち運べて書き物をする台にもなる鞄を贈りたいというウェンシェスランの言に、否やのあるはずもない。
「よし。見に行くか。…ついでに魔導具屋にも寄るのはどうだ?」
「おん?そっちは何見んの?」
「いや、いちいちインクを付けなくても書けるペンが無いかと思ってな」
羽根ペンのインクが掠れるたび焦った様子でインク壺を目で探すオリンドの姿を思い浮かべながらイドリックは顎に指を当てた。
「あら、いいわね。あるはずよ。ちょっとお高いからリンちゃんが渋りそうだけど…」
「いいじゃん、渋ったら出世払い~とか言って流しちゃえば」
「はっはっは。そりゃいいな。…しかし実際、こっちも有形無形問わずかなりもらっているんだがなあ」
「ほんとよねえ。冒険じゃ道に迷わなくなったでしょ?当たりをつけたり山を張ったりしなくても必要な物が探し出せるし、魔物の探査も助かるでしょ?それにスキル云々じゃなくたって、あんなに可愛いんじゃもう、毎日心がぽかぽかしちゃうわ」
「それな!あと、なんていうか頑張って俺らのこと特別扱いしないようにしてるとこありがたい」
「おお。なんだ気付いてたのか。そういうところは敏感だよなおまえ」
「一言多い」
「ほんとアルちゃんはこう見えて人の気持ちの動きに敏感よね野生児のわりに」
「二言多い。…だああ!俺で遊ぶな!行くぞほら!」
ちゃんと褒めながら弄りやがって。肩を怒らせてぶつくさと、しかし満更でもない顔をして前に立つアレグにウェンシェスランもイドリックも軽くごめんねえだの悪かっただの笑いながら続いた。
そろそろ木枯らしの吹く季節だが相変わらず商店街は多くの冒険者や人で賑わっている。
あちこちの店や露店から呼び込みが飛び交い、商品の説明や値切りの交渉に世間話などさまざまな声が活気付く大通りを歩けば、勇者を見付けた人々が更に活気を高めて湧き上がった。
「っし、とりあえずクオクオに急ぐか」
「久しぶりだな。店長元気かなあ」
「あの人は殺したって死にゃしないわよ」
話しながら寄ってこようとする人々を振り切るべく駆け足に近い速度で歩いた三人は一度店の前を危うく通り過ぎるところだった。
「姉ちゃん居るー!?」
ばあん。がらんころんがらからからん。
アレグは店長を呼びながら勢いよく木扉を開けた。弾みで真鍮の鈴が何度も跳ね返って鳴り響き、店内に居た客の全てが飛び上がって入り口を凝視した。
「誰があんたの姉ちゃんだい。ってか毎度毎度ドアを壊しにかかってくんじゃないよ」
入り口付近の精算台奥で購入者からの修理依頼品らしきサックを検めていた三十代前半と思しき一組の男女のうち、女性が呆れ顔で歩み出てきた。細身ながらになかなかの筋肉を付けた高身長の彼女はクオレディクオイオの店長ペレティリアだ。
「ごめんなさいねえ、今日も後で簀巻きにしとくわ」
「入店前から簀巻きにしといとくれよ。…それで、今日は何を見に来たんだい?」
「ああ、地図描きの道具を入れる鞄を見たいんだが」
「地図の?…ああー!何だか冴えないけど大層な探査スキル持ちが入ったんだって?」
「冴えないは余計だっての!」
「まあまあアルちゃん。お店なんだからあんまり大きい声出さないの。…こないだその子に地図を描いてもらったんだけどさ、ちょっと描きにくそうだったのよね。だから書き物をする台にもなりそうな丈夫な鞄を探してるのよ」
「ほおん。…へええ。あんたたちがそんなに入れ込むなんてねえ。任しときな!頑丈なのは二階に並べてあるから付いといで。…あんた、ちょいとアル坊たちを案内してくっから、一階見ててちょうだいね」
「ああ。はいはい。行ってらっしゃい」
背の低さも相まって全体的に丸っこい印象の体にとても似合う人の良さそうな笑顔を浮かべ、おっとりと頷く夫コンチアタに笑い返してからペレティリアはアレグたちを二階へ案内した。賑やかな飾り付けの階下とは異なり、こちらは一転して落ち着いた雰囲気だ。上客や常連しか通さない特別室だけあって勇者一行を視界に認めても特に騒ぐことなく案内の店員と歓談したり静かに商品を吟味する者ばかりで、心理的にも落ち着く。
「ポケットの配置だとか全体の形状なんかに希望はあるかい?」
とりあえずは簡素なデザインの鞄が並ぶ一角へ誘導したペレティリアは、道具類の整理が付けやすそうな意匠のものをいくつか手に取りながらウェンシェスランに問いかけた。
「そうねえ…。ねえ、リンちゃんてわりと几帳面なところあるわよね?」
「おう?…あー…そうだっけ?」
几帳面という印象は無いがな。と、首を捻るイドリックの隣でアレグは黒目をきょろりと左から右へ一回転させてからひとつ頷く。
「自分のことには雑だけどフェリが絡んだり任務ってなるとすげえ丁寧になるかも」
「あー、ね。じゃあ冒険に使うんだし、仕切りの多いのがいいかもね」
「…ほんとうにアルはそういうとこよく見てるんだな…」
「えー?見てるってより、ほへ~、って思うだけだぞ?」
「そういうの見てるっていうのよ。気付けなきゃ感動は生まれないんだから…、ああっ!?」
話しているうちに言葉の端々を捉えたペレティリアが次々と追加してくる理想に近そうな鞄を物色していたウェンシェスランは、目の端に留まった青光りする黒の鞄に食いついた。
「っちょ!これ!ねえ!これ!…っ可愛いぃい!」
「ありゃあ。さすがの慧眼だね。それを選ぶのかい」
「や、違うの正直今デザインしか見えてないの…!って、これまさか天眼馬!?天眼馬の革!?」
「正解!なんだい謙遜しちゃって。あんたデザイン云々の前に機能性を見抜いてたろう?」
「ほほほほ。いやそれがね、強くて使いやすそう、って、頭掠める前に持ってかれた感じ」
などという問答を二人が繰り広げているのはウェンシェスランの手に取った鞄が、通常の牛革の二十倍ほどの強度と耐久力を持ち落ち着いた青色に輝く黒い肌が人々の心を射止めて止まない、質も良ければ値段も良いという高ランク冒険者あるいは貴族御用達の天眼馬の革を使用した一品だからであった。
「天眼馬ってえと、あれか。滑らか靭やか艶やかと三拍子揃った…」
「そう、それ!綺麗なだけじゃなくて実用にめっちゃくちゃ耐えて長く使えるやつ!」
「いいんじゃねえ?しかも猫なんてオリンドにぴったりすぎじゃん」
頭の後ろで腕を組んだアレグはウェンシェスランが持つ鞄の、かぶせにあしらわれた伸びをする猫の大きくて愛らしい意匠を見ながら笑った。
うふ。と、ウェンシェスランが照れ臭そうに目を逸らす。
「…いや。いいと思うぞ。それを持っているところを、見てみたくは、めっちゃくちゃある」
ちょっとばかり相好を崩したイドリックが同意すれば、もはや誰も異を唱える者はない。
絶対に可愛い。可愛いと可愛いの掛け算なんて可愛い以外に解のあるはずもない。値段なんて二の次いや三の四の五の次でもまだ軽くし足りないとばかりに三人は意気揚々と天眼馬革の鞄を買い上げた。
「だからって!だからって!!魔導羽ペンと合わせて大金貨三枚って!」
追加依頼の確認会をお開きにしたウェンシェスランに部屋へ戻る途中で呼び止められて、あれよと言う間に居間へ引きずり込まれたオリンドは信じられないと激しく頭を振った。
「なんで正直に値段を言ってしまうんですかアル。…大丈夫ですよリンド。明後日からの調査で貴方が我々にもたらす恩恵はその鞄とペンの数十倍にもなるでしょうから」
斯く言うエウフェリオも問答無用で肩から鞄を下げさせられたオリンドと猫の飾りとの織りなす愛らしさに鼻から下を手で覆うしか無い有様だ。いや、誰よりも伸びるが必然の鼻の下だ。今すぐ抱きしめたいと頭で思いながら空いた片腕はすでに抱き込んでいる。
「そうよリンちゃん!これは先行投資ってやつよ!」
「せ、せん…?」
「だってこの先どう考えたって俺らがオーリンからもらう方が多くなってくんだぞ!これぐらいさせろ!」
「そっ、そんな、そんなこと…!」
「ある。あるから黙って受け取ってくれ。例え無くともその鞄を下げた姿で俺たちを癒してくれ」
「へうぅっ…!」
そんな頼み方はずるい。憧れとか恩義とか以前に大好きの上を行く存在になった人たちからお願いされたら断る選択肢など市場に売られゆく子牛のごとし。
それでも、でも、大金貨三枚なんて高価なものをただでもらうだなんて。
「いいじゃないですかリンド。もらっておきましょう。とっても愛らしいですよ。見ているだけで口付けたくなってしまいます。…それに魔導具の鑑定結果次第では私たちが買い取る運びになるかもしれないですから、その足しにと考えてくださいな」
「えぁ…、え、…うん…。わかった…」
そ、それなら、もら…、もらっちゃおうかな…。
肩掛け鞄の帯を握り締めて頬を染め、もぐもぐと口ごもるオリンドに、天啓を得たような顔で伸び上がったアレグの『チューしてもらえるなら遠慮も押し退けちゃうのかよ!』というすこぶるニヤけ顔付きの突っ込みはヒーラーとタンクの見事なタッグによって捩じ伏せられた。
いつぞや見た光景ですねえ。と、エウフェリオは李のような頬に口付けつつ微笑んだ。
1,202
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
一人、辺境の地に置いていかれたので、迎えが来るまで生き延びたいと思います
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
大きなスタンビートが来るため、領民全てを引き連れ避難する事になった。
しかし、着替えを手伝っていたメイドが別のメイドに駆り出された後、光を避けるためにクローゼットの奥に行き、朝早く起こされ、まだまだ眠かった僕はそのまま寝てしまった。用事を済ませたメイドが部屋に戻ってきた時、目に付く場所に僕が居なかったので先に行ったと思い、開けっ放しだったクローゼットを閉めて、メイドも急いで外へ向かった。
全員が揃ったと思った一行はそのまま領地を後にした。
クローゼットの中に幼い子供が一人、取り残されている事を知らないまま
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる