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第四話 依頼探し

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「こちらの部屋を使ってください。お手洗いはこの廊下の突き当たりにあります。私たちは一階に部屋があるのですけど、いっぺんに説明しても覚えきれないでしょう?遠慮なくサーチしてくださって構いませんから、何かあったらすぐ言いに来てくださいね」
「うん…あ、あの、ありが、ありがとう。…お、おやすみなさい…」
「はい。ゆっくり休んでください。おやすみなさい」
 二階の客間に通されてエウフェリオから軽い説明を受けた後、オリンドはずっとふわふわして思考のまとまらない頭ごとベッドに体を投げ出した。怠惰に靴を放り投げて、うつ伏せになったままもごもごと服を脱ぎつつひとりごちる。
「…うう…。なんでこうなった……」
 なんで俺なんかが、あの勇者一行の仲間に誘われて拠点に連れてこられて夕飯までご馳走になってあまつさえ客間まで提供されているのか。…夕飯、ご馳走たくさん出されたけど味わかんなかったな…勿体無い…。てか俺ってそんなガリガリ?食ってこれなかったからそりゃ痩せちゃいるけど。ああ、しかし、さすが勇者たちっていうか。俺みたいのでも一刀両断にはしないんだな。すごい。優しい。懐が広い。そんな人たちに期待されるなんてそんな…うう、胃が痛い。しかもなんだよこの部屋、一人部屋かよ。一人一部屋でベッドひとつとかなんて贅沢。故郷じゃ村長だって家族全員でひとつのベッドだって言ってたぞ。そこらの宿だって良くて三・四人寝じゃないか。いや賢者様たちと同じベッドなんて事態だったら大角熊の一撃受けるより死ぬけど。即死ぬけど。というかすごい、なんだこのベッド。こんなの知らない。マットレス何層になってるんだ。…ええと、上が…なんだろう?すごく柔らかくてあったかい。中身がわからん。二枚目は、んー…あ、一角羊いっかくひつじの毛か。そんなん店に並んでるマフラーくらいでしかお目にかかったこと無いわ。そんで次が…これは綿かな。ごわごわしない綿なんか存在するのか。んで、一番下は…うわっ、ただの藁じゃないやこれ、なんてったっけ、何年か前の依頼で探したなんとかって香草…すっごい良い匂い…。
「じゃ、なくて」
 よくて藁の敷いてあるベッドくらいしか知らなかったオリンドは、思わず思考が引き摺られていることにようやく気付いて起き上がった。
「ああああもう、勘弁してくれよ。なんだよ素晴らしい探査スキルって。ほんとにただの探し物くらいしかできないのに。…こんなんじゃ…」
 こんなんじゃ、また落胆されてお払い箱だ。
 思ってからふと気付いた。なんだ、そんなの、わかってることじゃないか。なにを今さら。
 故郷を出てから今まで、どの街のギルドでも冒険者タグのランクとスキルの欄を見るなり、ご愁傷様です、とでもいうような目を向けられ続けてきた。実際、初級の依頼をこなすのがやっとなのだから文句など言えようはずもない。そうして長居すると、新人に初級の依頼を回せよ、という雰囲気が醸し出されて、遠回しに追い出されるのだ。
「…そうだ。いつも通りじゃないか」
 何をしたって呆れられて、そうしてまた独りに戻る。
 いつも通りだ。そしたら、明日、…明後日になるかな。他の依頼を受け直して、今度こそ誰にもつけられないようにしないと。
 すっかり脱ぎ終えた衣服を掻き集めて、手近にあった椅子に掛けようとしたがあんまり高価そうな椅子だったので躊躇われ、慣れない手付きで手間取りながら壁のフックに掛け終える。椅子とセットで置かれた小さなテーブルには、これまた上等のガウンが畳まれていたがとてもでは無いが袖を通す気になれず普段の通り裸のまま、布団に付いてしまった砂埃を丁寧に払ってから潜り込んだ。
 柔らかすぎて落ち着かない。それでも心因的な疲労と香草の穏やかな香りに誘われて、程なくしてゆっくりと眠りに落ちていった。
「おはようございます」
 翌朝、控えめなノックの音に覚醒を促され、続く声に「うぁい」と返事をして起き上がるとエウフェリオが入室してくるところだった。
「う、お、おはよう、ございます」
 寝起きに見せられた非常に美麗な笑顔にしばし思考を停止させたあと、ようやく挨拶を返したオリンドはベッドを抜け出して壁に掛けた衣服を手に取る。すると後ろで何か硬質の物が落ちる音がした。なんだろうと振り返ると、床で割れてしまった水差しを拾い始めていたエウフェリオと目が合う。
「すみません、他ごとを考えていたら落としてしまいました。驚いたでしょう?」
「あ、や、いや、大丈夫…。えと、怪我は…」
「してませんしてません。ありがとうございます。片付けてきますから、ゆっくり来てくださいね。昨日、夕飯を食べた部屋に集まりますから、そちらで」
「あ、うん。わかった」
 そそと出ていくエウフェリオを見送って、何をしてても絵になるなあなどと思いながら着替えると、オリンドは部屋を出た。朝日に照らされた板張りの廊下は綺麗に磨き上げられていることがよくわかって、ハウスキープゴーレムの性能に感嘆する。今さらながら汚さないようなるべく爪先で歩いて廊下を渡り、階段を降りて一階の小ぶりな食堂へ向かうと、イドリックとウェンシェスランが居た。
「おはよう、リンちゃん。よく眠れた?」
 朝から綺麗な笑顔を見せられて脳がくらくらする。
「おはよう。今フェリがアルを呼びに行ってるからな。もう少しで全員揃うと思うぞ」
 朝から爽やかすぎる笑顔を見せられて胸がどきどきする。
「お、おはようございます…」
 朝から絶不調の掠れた声を出して、オリンドは食堂の隅に立った。
 見咎めたイドリックが椅子を引く。
「待て待て。そんな端っこに突っ立ってられたらこっちが気をつかう。ほら、ここ座って」
「すっ…すみません…」
「すまなくないない。もう、ほんとリンちゃんたら遠慮しいね。せっかくなんだもん、自分の家だと思って寛いでちょうだい」
 無理なことを仰る。テーブルに着いて天板を見つめながら、オリンドは指先を順番に付けたり入れ替えるように回したりしだした。すでに緊張が深まり始めている。
「おっはよーう!朝飯なに!?」
 そこへやってきたアレグの緩くて元気な声が、多少なりほぐしてくれたものの、その後の朝食はやはり昨夜と同じくあまり味を感じられなかった。
 さっさと任務に行って、さっさと呆れられて解放されたい。そんなことを思うに至っているのだから相当だ。ために、それじゃあそろそろギルドに向かいましょうか。とエウフェリオが口にした時は思わず助かったような笑みを溢してしまうほどだった。
 今日もグラプトベリア冒険者ギルドは活気に満ち溢れている。依頼掲示板の前も仲間募集掲示板の前も人でごった返していて、受付に並ぶ列も長い。
 そこへ賢者エウフェリオに背を押されながら現れたオリンドは、当然のこと痛いほど注目を浴びた。なんだあいつ、なんであんな冴えない骨っこ野郎が賢者と一緒に居るんだ。聞こえるほどの囁きが渦を巻く。相談の上、アレグたちには近くの店で待機してもらっていなければ、どうなっていたことか。
 帰りたい。正直すっごく帰りたい。消えたい。
 突き刺さる視線に耐えてようやく受付に辿り着いた。そこに居たのは昨日、大角熊の依頼を紹介してくれた女性──キアーラというらしい──だった。彼女はオリンドを一目見るなり、良かった。ご無事でしたか。と安堵の表情を浮かべた。死のうとして受けた依頼なのにと申し訳なくて俯くしかない。
「本日は昨日の依頼に関するご用件でしょうか?」
 賢者と連れ立って来たことを意に介した風でもなく手続きを始める彼女に、俯くオリンドに代わってエウフェリオが昨夜打ち合わせた通り切り出した。
「ええ。実は、たまさか居合わせた私が彼の獲物を奪う形になってしまったんです」
 言って鞄から大角熊の角と爪を取り出してみせると、周囲からは、なんだそういうことか、と、安堵にも似た、嫉妬を撤回する声が次々と漏れた。改めて彼らの人気ぶりを思い知る。
「そうすると、代理達成ということになりますね。報酬は貴方が受け取るということで?」
「はい。その代わりと言ってはなんですが、お詫びに共同でいくつか依頼をこなそうと思いまして。ちょうど彼が探査スキル持ちだと言うんで、我々の探しているものが採取できそうな場所での案件があれば…」
「なるほど。わかりました、お探しのものの一覧などありましたら、過去に採取された実績のある地域の案件を見繕わせていただきます」
「助かります」
 てきぱきとした淀みの無いやり取りに感動していると、目的の鉱石などを書いた用紙を提出したエウフェリオにそっと背を押された。そうか、もう受付が終わったのか。ハッとして、キアーラがカウンターの奥に伝えた案件照会が終わるまでの待機場所に移動する。その間も、風に吹かれた草が割れるように人が流れて道ができる光景を、どこか遠くを見る心地で眺めた。
 ギルド内にいくつか設られた待機用テーブルのうちのひとつに着くと、ほんの少しだけほっと息を吐く。先ほどから過ぎる緊張で胸の辺りの食道に丸い小石でも詰められたような痛みを感じていた。
「ふふ、ひとつ乗り切りましたね」
「えっ?…え、…あっ、うん」
 乗り切った。そう言われればそうだ。悪戯っぽく笑いかけられて、不思議と気持ちが落ち着いていくのを感じる。急速に、周囲の声が気にならなくなっていった。
 いくつかの依頼を選んだエウフェリオに連れられて外に出る頃にはすっかり落ち着いて、食道の痛みも消えていた。だいぶ楽になった喉で空気をたっぷりと吸い込んで長い安堵の溜息を吐き出す。
「さて、それじゃあアルたちのところへ向かいましょうか」
 そうして向かったアレグたちの待機する店は、なんだか外まで人が溢れていた。
「お待たせしました。三つほど依頼を受けてきましたよ」
 あまりの光景に声も出せなくなっているオリンドの前で、エウフェリオは平然と、大変に大変なことになっている、これ以上もう猫の子一匹入れない有様の店内に向かって声を掛けた。
「待ってた!待ってました!行こう!すぐ行こう!」
 女の子と言わず男の子と言わずお爺ちゃんお婆ちゃんまで掻き分けて、ひぃひぃ言いながらアレグは出て来た。その後ろに自慢の髪もぼっさぼさになったウェンシェスランと、黙々と盾で守り切ったのかケロリとしたイドリックが続く。
「忘れてた…こんなだってこと忘れてたわあグラプトベリア民。くっそ、もう。これだからダンジョン街育ちはもう。ほんっと遠慮が無くってもう。ひと所に留まってるとすぐ押し寄せてくるんだから堪んないわよもう。ってか前より酷くなってない?」
「そうだな、以前はもう少し大人しかった気がするが」
 この惨状と彼らの話を鑑みて、なるほど、だから拠点を設けたのかあ。とオリンドはしみじみ思った。もしかしてあの侵入防止の結界が広く取られていたのも、盗賊避けと言うより追っかけ避け?と思い至れば涙も誘われる。
「オリンド、どの依頼から行きたいですか?」
 歩き出しながらエウフェリオに聞かれて誘われた涙を出る前から引っ込め、差し出された依頼書の写しを見たオリンドは、そこに描かれた猛獣やモンスターに肝を潰した。別の意味で涙が出そうだ。
 えっ、待って、聞いてない。聞いてないよ。そう言えばなんか賢者様と受付の姉ちゃんの二人だけでサクサク決めてた。えっ、俺なんも希望聞かれなかったよ?
「っあ…、え、あのっ、えっ…これ…」
「どうした?真っ青じゃないかオリンド。さてはフェリ、一人で決めたな?」
 言って横から覗き込んだイドリックは、しかし依頼書を見て、なんだ、と頬を掻く。
「ああ、でもどれも簡単な依頼じゃないか。昨日言ったろ。きっちり守ってやるから安心しな」
 軽くタワーシールドを振りながら爽やかな笑みを向けられて、オリンドの心境が真っ白な砂になっていく。
 そういえば、なんか、護衛してくれるって、夢みたいなこと言ってた。どうしよう、現実だった。
「そうよう。それに、ちょっとくらい怪我したって大丈夫よ。二・三回くらいなら死んじゃったって生き返らせてあげるわ」
 うわああ!なんか、怖いこと言われた!ていうか、本当にあるんだ蘇生魔法!
「ちょいちょい、だめだってシェスカそんなこと言っちゃあ。おっ…リンドが怖がるだろ?大丈夫だぞオリンド。サイクロプスが来たって俺がサクッと二つに斬ってやるからさ」
 サイクロプスって言った。聞いたことしか無い。見ただけで死ぬ自信しかない。っていうかこんな俺を守ってもらうの申し訳ない、土に還りたい…。
「無理はしなくていいんですよオリンド。でも、せっかくですし、ひとつだけでも行ってみませんか?」
 エウフェリオが優しく手を握ってきた。
 だから、賢者様に、手を…。
 どうしたって頷いてしまうオリンドにエウフェリオは満足げに頷き返した。
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