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第三話 憧れの御一行様

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 俺なんか逆立ちしたってお役に立てません!役に立つどころか足手まといの大迷惑になるだけだから!と、起き上がり様に声を大にして言った。人見知りで吃音症の自分が憧れの人を前にしたこの重度の緊張下で、よく言った。自分を褒めるオリンドの気も知らず、しかしてエウフェリオはとても優しい笑顔で首を振る。
「いいえ、貴方こそ私たちが探し求めていた人物です」
「そっ、んなわけ無い!絶対無い!お、俺なんか、ほんとにっ、戦えないし、おに、お荷物だし、それに、その、なんなら文字も読めねえんだからっ!」
「戦えないのも文字が読めないのも関係ありません」
「かんっ、関係ないって、かっ…、え?……関係、ない?…えっ?な、なんで?」
 んなわけあるか。パーティに入れとはつまり一緒に冒険をしようということで、冒険をするとなれば戦闘は必須で、なのに戦えなくても良いとはどういうことだ。腑に落ちずに聞き返すと両手を握り込まれた。
「貴方の探査スキルで助けていただきたいからですとも」
「探査…て、俺の、さ、探し物するやつ?」
 あわわわわ手が。手が。さっきも思ったけど手が。指が。力強くて割とゴツいのにすべすべ。
 思わず自分の手と見比べて、しっかりしてるけど節が滑らかだ。とか、色が全然違う。すげえ白い。とか、弾力があってすべすべで気持ちいい。とか。まともに目を合わせられない分、しっかりとエウフェリオの手を観察しながらオリンドはようやく俺のスキルったって本当、何か探すだけのものなのに。と返した。
「さが…探し物するやつとはまた、あれだけの能力を持っていてよく言ったものです」
「あれだけ?」
「ええ。実は森の入り口あたりで見かけた時に気になりまして、失礼ですが後を追っていたのです」
「えっ、…ああ。や、お見苦しいところを…」
 フィカス森の入り口付近ということは、かなり危うい足取りだったはずだ。魔の森と呼ばれるこの場所へ、そんな今にも倒れそうな人間が向かっていればそれは心配になって後も付けるというものだろう。そう思って恐縮すると、エウフェリオはそれには笑顔だけで応えた。それからようやく握っていた手を離し、両手を肩の辺りに挙げて、冗談ぽく軽い降参のポーズを取った。
「驚きましたよ。オリオー草にしても、回復の妙水にしても、散歩のついでのように見付けて…。それに大角熊の探知も見事でした」
「?…え、だって探し物す…」
「探査スキル」
「た、探査スキルって、そう、そういうものじゃないの?」
「少なくとも私の知る限り、これほど対象を絞り込める探査スキルを使える者は他に居ません。私も少しは使いますが、そこに魔素が高めの草がある、だとか、あの辺りに水が湧き出ている、など、ぼんやりしたサーチに留まります」
「そう…なの?」
 俄には信じがたかった。散々馬鹿にされてきたスキルだ。故郷のギルドでだって、才能がないから冒険者は諦めろと突き放されたほどなのだから。それに、エウフェリオの気配だって探れていなかったはずだ。そう考えてからオリンドは何かに引っ掛かった。
 ──うん?…探れていなかった…?…いや、あれ?そういえば、確か魔力の低いやつの反応があったよな?
 おや?と、オリンドは辺りを見渡した。サーチに掛かったということは、必ず存在しているはずだが。ここに居るのは自分とエウフェリオだけだ。すると件の人物はどうしたのだろう。大角熊の威嚇を聞いて逃げただろうか。
「どうしました?」
 両手の指先を不安そうに忙しなく付けたり離したりして森を見回す姿を不思議に思い、エウフェリオが問いかける。
「ん、と…確か、大角熊をサーチしたときに、その、こっちの方に誰か居たはずなんだけど…」
 言ってオリンドは自分が来た方向を指し示した。
「ああ。それは私です」
「へあ?…え、いやいや、そんなはずは。魔力、低かったし、一般人くらいには」
「さすがです。魔力は完全に隠していたつもりだったのですけど。貴方の探査には引っ掛かってしまうんですね」
「…え、あ。…ああ!」
 そうかこっちの方ってことは、つまり俺の後ろで、賢者様は俺のこと追ってたんだから、そりゃ後ろだよな。…でも、なんで魔力を隠したりなんて…。隠して?
「って、…ええ!?魔力って、ひ、引っ込められるもんなの!?」
「られます。ちょっとコツというか魔法が必要ですが。…さておき」
 もう一度、エウフェリオはオリンドの手をぎゅっと握った。
「嫌でしたら無理に勧誘はしませんが、せめてアル…勇者たちに一度会ってみてもらえませんか?」
 だから賢者様に手を握られたら他のことが考えられなくなるんだってば。ぐらぐらする頭のままに、オリンドはつい頷いてしまった。
 それはもう嬉しそうなエウフェリオに連れられるままやってきた勇者一行の拠点は、グラプトベリアの郊外にある木造の一軒家だった。辺りはすっかり夜の帷が降りていたが、光魔法をガラスに封じたランプがいくつも浮かんでその家を照らし出している。割とシンプルな造りだが、さすがの広さと大きさを誇っていた。家を守る侵入防止の結界もかなり広く取られていて、もうどこを見ても感嘆の吐息しか出ない。
 案内されるままに扉を潜るとハウスキープゴーレムに出迎えられて肝を潰す。確かこのゴーレムだけでひと財産になるとかいう話だが。万が一にも傷など付けないよう、固唾を飲んで傍らをそろそろとすり抜けると、取って食いやしませんよと笑われた。それから、促すためだろう、背中に手を添えられて心臓が跳ねる。オリンドより頭ひとつ分背の高い彼の首筋が目の毒だ。耳鳴りが始まって、自分の靴音も聞こえなくなった頃にいくつ目かの扉の前で止められた。
「この部屋ですよ。先に伝書鳥で連絡を入れておきましたから、もうみんな揃っているはずです」
 伝書鳥と言うとあの契約者の元に何処からでも現れて願った場所へ手紙を届けるという魔法生物か。こちらも庶民にはちょっと手の届かないお値段だったはずだとくらくらするオリンドの前で、ノックをしたのちに扉が開けられる。どうやら居間のようだ。広い室内は壁紙やカーテンで優しい色調にまとめられており、落ち着いた風合いの木製家具が配置されていた。きっと冬には大活躍するであろう暖炉が壁に設えられて、その前に置かれた二脚の揺り椅子に一人ずつ、それから中央の一枚板だろう天板を持つ猫足の大きなテーブル周りに据えられたソファに一人、座っているのが見えた。
「ただいま戻りました」
 オリンドの背を緩く押して入室させつつ、エウフェリオは室内の誰にともなく声をかけた。
「おかえりなさあい。その子が件の探査スキルちゃん?へえ、無精髭かわいいわあ。あたし、ウェンシェスラン。よかったらシェスカって呼んでちょうだい。よろしくね。…んー…、あなたもっと食べた方がいいわよ」
 揺り椅子から立ち上がって真っ先に寄ってきたのはウェンシェスランだ。回復や浄化の魔法を得意とするそのイメージ通り、膝と足首の間ほどの丈のスカートをふわりと翻し、上体を愛らしく傾げて挨拶をしてくるこの人物が、実は男性とは聞いていても、目の前で見たってわからないと感嘆した。踊る心臓を誤魔化そうと指先を遊ばせる。
「あ、え、えと…こ、こん、こんにちは…」
 口籠るオリンドの指の癖を見て取ったのか、ふふ、と笑った彼は、落ち着いて、と言わんばかりに肩を軽くあやしてくれた。
「はい、こんにちは。大丈夫よ~。怖くないわよ~。そこの大男だって気は優しいもんなんだから」
「誰が大男だ」
 言われてイドリックはソファからのそりと立ち上がる。盾使いを生業にしているだけあって、非常に鍛えられた見応えのある筋肉だ。であるのにスラリとして見えるのは背も高いからだろう、何せ決して背が低い方では無いオリンドの頭が、並べば彼の鳩尾の辺りに位置した。
「イドリックだ。イドでもリックでも好きな方で呼んでくれ。…で、誰さんだっけ?シェスカの言う通りだ。もっと食いな」
 握手を求められてオリンドは竦み上がった。喉の奥が萎縮するのを生唾を飲み込んで宥める。
「っあ、あの、あ、えっと、お、オリンド、オリンドです…」
 それでも掠れ上擦る声帯に四苦八苦しながら、なんとか声を絞り出した。情けなくて誰の顔も見られなくて、足元だけを見つめた。
「オリンドか。俺はアレグ。よろしく!知っててくれたら嬉しいな!…ここに居る間だけでもたらふく食えよ?」
 イドリックの横から顔を出して、勇者アレグが人懐っこい声を掛けてくる。この街に来る人間で勇者を知らない奴なんか居るわけないのに、なんという言い草か。という内心のツッコミでもって勢いをつけたオリンドは、少しだけ顔を上げて彼の顔を見ることができた。向日葵のような愛らしく若々しい笑顔をしている。見ているだけで胸が温かくなるようだ。見ていられるだけの度胸があれば。
「し、知って、知ってます。あの、ゆ、勇者様…で」
「ええー!勇者様とかいいよ、アルって呼んでよ!」
「そん、な、おお、お、恐れ多い…」
「多くない多くない。…なあなあ、フェリ。なんて言って連れてきたんだよ。おっさんめっちゃビビってんじゃん」
「失敬な。…彼は少々人見知りなだけです。ああ、疲れたでしょうオリンド。どうぞ座ってください」
 言ってエウフェリオはオリンドにソファを薦めると、自分もその左隣に座った。それを見てアレグたちも思い思いの場所へ戻る。おそらくそれぞれお気に入りの座面といったところだろう。揺り椅子に座り直したアレグは満足げな顔をしてから手を挙げた。
「なあなあ、そんで、おっさんの…」
「オリンド、です。さっきから失敬ですよアル」
「ごめん。オリンドな。オリンド。…の、スキルってどんなもんよ?」
 何気ないアレグの言葉にオリンドは肩を跳ね上がらせた。森でエウフェリオに説得されはしたものの、やはり自分のスキルが使えるものだとは到底思えない。幼馴染たちにも散々、遅いだとかガラクタしか見付けられないとか、落胆され続けたのだから。
「ふふ。素晴らしいですよ。これまで見たことも無いレベルです」
「…と、言ったって、なあ?」
 いまいち信憑性に欠ける。と言いたげにイドリックは顎をさすった。それにはウェンシェスランも同意する。
「そうねえ。まずそもそも探査スキル自体、大抵の冒険者が、あったら便利、くらいに考えてるサブスキルじゃない?確かに今のあたしたちには必要なんだけど…。どうかしらねえ、アルちゃん」
「俺?…俺はなんつーか、見てみなきゃわからんよね。としか」
「アンタねえ。そりゃそうなんだけど」
 振ったあたしが馬鹿だったわ。天井を見て溜め息を吐くウェンシェスランに、いえいえ、とエウフェリオは言った。
「私もそう思いますよ。彼の能力は見てみないことにはわからないでしょう」
「おお。やけに推すな。おまえがそこまで言うなら俺も是非見てみたい」
 イドリックが乗り気になれば、アレグとウェンシェスランもそうだ見たい見たいと乗り出した。
「なあなあ、そんじゃ明日なんか依頼受けてさ、俺らと一緒に行くのはどう?」
「あ、明日?…えっ!?い、一緒に…!?」
 冗談じゃない。萎縮しきりだったオリンドは更に青ざめた。迷惑をかけることは目に見えているのに、落胆させることもわかりきっているのに、わざわざ時間を取らせるなんて。絡めた指先が白くなるほど握りしめる。
「いいじゃない!いくつか探査系の依頼受けてさあ、もちろん報酬はリンちゃん総取りでいいわよ!」
「リンちゃん!?…っじゃ、なくて、そのっ、お、俺、たたか、戦えない、しっ」
 俺が受けられるような依頼なんて、それこそ本当に初級の探し物くらいのものだ。かの勇者一行の眼鏡に適うような依頼なんか到底無理に決まっている。それに怪我でもしようものなら手も煩わせてしまうのに。
「別に戦えなくても問題ない。ダンジョンの上級階層だって構わんぞ。俺たちが護衛するさ」
「じょうっきゅ…!ごっ…!?そ、そん、そそんな、手間を、取らせる訳っには…!」
 上級って、噂じゃBランク以上でなきゃ無理って聞くけど!?Fランクの俺なんかじゃ足手纏いどころか、ただの荷物…!だ、だめだ、なんとか、ほんとうになんとか思いとどまってもらわないと…。
「いきなりダンジョンの上級階層は無いでしょう。私がいくつか見繕いますから、ね?せっかくお知り合いになれたんですし、腕試しのような気持ちで、いかがですか…?」
 だから、賢者様に、手を、握られたら、俺、ダメなんだってば。
 優しい手に左手を下から上から包まれて、オリンドの正気は霧散した。そうして気付けばやはりこくこくと頷いていたのだった。
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