52 / 182
53『曹素 総大将の兄』
しおりを挟む
鳴かぬなら 信長転生記
53『曹素 総大将の兄』信長
「ねえ、豊盃まで行こうよ」
眉庇にした右手を下ろしてシイ(市)が言う。
日のあるうちに主邑の豊盃まで行こうというのだ。
「今夜は、酉盃で宿をとる」
「どーして? 今から行っても充分日のあるうちには着けるよ」
「豊盃には続々と増援の部隊が入っている」
「そりゃそうでしょ、戦争をやろうって言うんだから」
「兵隊は夜になったら寝るし、飯も食う」
「軍隊って、自己完結してる組織だから、泊りも三度の食事も自前でしょ?」
「一万の軍隊なら、それと同数以上の輸送部隊やら工作部隊やらが付いている。上級将校は露営ではなく市中の宿に泊まるだろうから、普通に行っては泊まれるところが無い」
「そうなの?」
「ああ、だから、まず宿を確保しておこう」
酉盃の中心部を離れ、酒楼や飯店の看板を掛けている店を物色する。
「なんで、酒とか飯のつくとこなの?」
「三国志の宿泊施設は『宿』とは書かん」
「そなの?」
「ああ、宿と飲食店の境はあいまいなのだ。こちらの人間なら店構えで見当をつけている」
プオ~ プオ~
「なに? 象でも逃げて来た?」
「警蹕のラッパだ、重要人物か重要物資の輸送だ、端に寄るぞ」
「うん」
「こら、シイ!」
返事はいいが、生まれついての野次馬は防火用水桶の上に飛び乗る。
他にも街路樹や店先の荷の上に乗ってるやつもいる。争って目立つのもまずい。
「せめて顔を隠せ」
「分かった」
いちおうスカーフを撒いて顔の下半分を隠した。
プオ~ プオ~
行列は、すぐそこまで迫ってきた。
どうやら輸送部隊のようだが、それにしては大仰で厳めしい。
いつの時代、どこの軍でも、輸送部隊と云うのは地味なもので、言ってみれば格下の扱いを受けている。
それが、なんだ、旗指物に馬印……まるで、御大将の近衛部隊のようだぞ。
「さすがというか……」
「やっぱり、曹素さまよのう」
「頭に輜重がついても大将じゃ」
「なんとも、ネズミがクジャクの羽根を付けたような」
「「「アハハハ」」」
「めったなことを! 総大将の兄君だぞ」
「おお、くわばらくわばら~」
そうか、寄せ手の大将は曹一族の誰か。その兄というのが、この輸送部隊の指揮官……野次馬どもが言うまでもなく、この輸送部隊に似あわぬ派手さ、いささか馬鹿か?
「ねえ、輜重(しちょう)というのは、そんなに蔑まれるものなの?」
「俺は、そうは思わんがな。輜重(輸送部隊)は実戦部隊ではないので、軽んじられる傾向はある」
「そなの?」
「こんな囃し歌があった『輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョ・トンボも鳥のうち』ってな」
「ひどいね」
「ああ、織田軍では禁止した」
「ほお」
「なんだ?」
「なんでも……あ、なんか、すごいのが来る!」
「「「おお!」」」
野次馬どもも唸って、その先を見ると、四頭立ての華麗な戦車が、御者一人だけを乗せただけで現れた。
「曹素さまが先導されてる」
「戦車の露払いか」
「おい、笑うな」
「首が飛ぶぞ!」
戦車の前には、芝居の主役なら立派に大将が務まりそうな……しかし、戦慣れした俺の目から見るまでもなく、腰が落ち着いていない。目線もキョロキョロした見っともない奴……これが総大将の兄の曹素というやつか。
「ね、あの御者、女の子よ」
「うん?」
たしかに、朱色の具足に身を包んでいるのは市と変わらぬ年ごろの少女だ。
戦車も、御者に合わせたように朱色に金の金物が随所に打ち付けられ、見るからに女性的。
「総大将は……おそらく女だな」
「女なの?」
「ああ、そうだぜ」
耳ざとい野次馬が相槌を打つ。
「こんど入れ替わったのは、曹素さまの姉君で曹茶姫(そうさき)てっいうお方だ。実物にお目にかかれるかと思ったんだがなあ」
「空車かよ」
「智謀比類なきお方ってことだから、我々凡夫にはうかがい知れん動きをされているんだろう」
「兄貴とは大違い」
「おいおい……」
まさか聞こえたわけではないのだろうが、曹素の首がこちらを向いている。
「おい、シイ!」
「なに?」
「顔」
「あ、ごめん」
慌てて外れたスカーフを引き上げる。とたんに曹素の首が戻った。
すぐに、その場を離れて、今度こそ宿を探しに行くことにした。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
53『曹素 総大将の兄』信長
「ねえ、豊盃まで行こうよ」
眉庇にした右手を下ろしてシイ(市)が言う。
日のあるうちに主邑の豊盃まで行こうというのだ。
「今夜は、酉盃で宿をとる」
「どーして? 今から行っても充分日のあるうちには着けるよ」
「豊盃には続々と増援の部隊が入っている」
「そりゃそうでしょ、戦争をやろうって言うんだから」
「兵隊は夜になったら寝るし、飯も食う」
「軍隊って、自己完結してる組織だから、泊りも三度の食事も自前でしょ?」
「一万の軍隊なら、それと同数以上の輸送部隊やら工作部隊やらが付いている。上級将校は露営ではなく市中の宿に泊まるだろうから、普通に行っては泊まれるところが無い」
「そうなの?」
「ああ、だから、まず宿を確保しておこう」
酉盃の中心部を離れ、酒楼や飯店の看板を掛けている店を物色する。
「なんで、酒とか飯のつくとこなの?」
「三国志の宿泊施設は『宿』とは書かん」
「そなの?」
「ああ、宿と飲食店の境はあいまいなのだ。こちらの人間なら店構えで見当をつけている」
プオ~ プオ~
「なに? 象でも逃げて来た?」
「警蹕のラッパだ、重要人物か重要物資の輸送だ、端に寄るぞ」
「うん」
「こら、シイ!」
返事はいいが、生まれついての野次馬は防火用水桶の上に飛び乗る。
他にも街路樹や店先の荷の上に乗ってるやつもいる。争って目立つのもまずい。
「せめて顔を隠せ」
「分かった」
いちおうスカーフを撒いて顔の下半分を隠した。
プオ~ プオ~
行列は、すぐそこまで迫ってきた。
どうやら輸送部隊のようだが、それにしては大仰で厳めしい。
いつの時代、どこの軍でも、輸送部隊と云うのは地味なもので、言ってみれば格下の扱いを受けている。
それが、なんだ、旗指物に馬印……まるで、御大将の近衛部隊のようだぞ。
「さすがというか……」
「やっぱり、曹素さまよのう」
「頭に輜重がついても大将じゃ」
「なんとも、ネズミがクジャクの羽根を付けたような」
「「「アハハハ」」」
「めったなことを! 総大将の兄君だぞ」
「おお、くわばらくわばら~」
そうか、寄せ手の大将は曹一族の誰か。その兄というのが、この輸送部隊の指揮官……野次馬どもが言うまでもなく、この輸送部隊に似あわぬ派手さ、いささか馬鹿か?
「ねえ、輜重(しちょう)というのは、そんなに蔑まれるものなの?」
「俺は、そうは思わんがな。輜重(輸送部隊)は実戦部隊ではないので、軽んじられる傾向はある」
「そなの?」
「こんな囃し歌があった『輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョ・トンボも鳥のうち』ってな」
「ひどいね」
「ああ、織田軍では禁止した」
「ほお」
「なんだ?」
「なんでも……あ、なんか、すごいのが来る!」
「「「おお!」」」
野次馬どもも唸って、その先を見ると、四頭立ての華麗な戦車が、御者一人だけを乗せただけで現れた。
「曹素さまが先導されてる」
「戦車の露払いか」
「おい、笑うな」
「首が飛ぶぞ!」
戦車の前には、芝居の主役なら立派に大将が務まりそうな……しかし、戦慣れした俺の目から見るまでもなく、腰が落ち着いていない。目線もキョロキョロした見っともない奴……これが総大将の兄の曹素というやつか。
「ね、あの御者、女の子よ」
「うん?」
たしかに、朱色の具足に身を包んでいるのは市と変わらぬ年ごろの少女だ。
戦車も、御者に合わせたように朱色に金の金物が随所に打ち付けられ、見るからに女性的。
「総大将は……おそらく女だな」
「女なの?」
「ああ、そうだぜ」
耳ざとい野次馬が相槌を打つ。
「こんど入れ替わったのは、曹素さまの姉君で曹茶姫(そうさき)てっいうお方だ。実物にお目にかかれるかと思ったんだがなあ」
「空車かよ」
「智謀比類なきお方ってことだから、我々凡夫にはうかがい知れん動きをされているんだろう」
「兄貴とは大違い」
「おいおい……」
まさか聞こえたわけではないのだろうが、曹素の首がこちらを向いている。
「おい、シイ!」
「なに?」
「顔」
「あ、ごめん」
慌てて外れたスカーフを引き上げる。とたんに曹素の首が戻った。
すぐに、その場を離れて、今度こそ宿を探しに行くことにした。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる