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2章 前
トラウマの苗床
しおりを挟む『ねぇ、真昼』
私を呼んだあの人は長い髪を揺らして振り返る。
教室が赤に染る夕暮れ時、窓辺で彼女は笑う。
普段は大輪の花のように美しい人だが、今この時だけは儚げな1輪の白い花を連想させた。
夕日に染められた笑顔と、艶やかな口元。聖母を思わせる穏やかな目元に不思議と胸が高鳴る。
振り向くという素振りだけで自身の魅力を振るう彼女は言った。
『───────楽しい?』
最初がボヤけて聞こえない。
いや、この時は聞こえていたはずだ。
確かに聞いて記憶にあるはずなのに、今ぼやけていた原因は。
私が彼女に関する記憶を無意識に見ないようにしているからだ。
なぜ、なぜ、なぜ──────?
何を忘れようとしている?
何を嫌がっている?
思い出そうと頭を抱えて、ハッと前を向くとさっきまでいた彼女が居なくなっていた。
どこに行ったのかと辺りを見渡す。
いや、私は覚えている。忘れたくても焼き付いている。
無意識的に背けていた視界に、窓を映した。
外に体育館の屋根が見える。右奥には電車の線路が映っていて運動場の手前が下に途切れている。
そりゃそうだ。今いる場所は3階。
この高さだから、体育館を上から見下ろせるし遠くの線路も見えるし運動場は下すぎて見切れる。
だから、ここから見える彼女が最後の姿なんだ。
フッ────と。
上から下へ黒い影が落ちて。
そして─────────何かが潰れる音が鳴った。
私の様子はあの時と一緒。
口をぽかんと開けて動けない。何をすればいいのかすら、頭が回らない。
悲鳴は鳴らない。喝采も起きない。
震える手と足を動かして音の原因を確かめようと窓を開け───────下を見た。
落ちた場所が花壇だったからか、衝撃で舞った花びらが手向けのように彼女へ降っている。
そして、目があった。
『真昼は─────────楽しい?』
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
恐怖の声と共に飛び起きる。
動悸が止まらない。冷や汗がベタベタとパジャマに張り付く。
嫌な感触に顔を歪ませて、それから夢の出来事を思い出す。
夕暮れの教室に佇む彼女は未だそこにいた。
「花守、会長……」
手の震えが止まらない。
瞼に焼き付いた彼女が影として付きまとっていて、半年経った今でさえ忘れることが出来ない。
半年前のあの日。
11月にしては暖かな日に。
真昼は花守優姫の投身自殺を目撃した─────
***
それから3ヶ月後、真昼は彼女の願いに報いるために生徒会長になった。
ただ一つの手がかり。花守会長が危険視をしていた組織、それがスズメバチだ。
《スズメバチ》という名称は失踪前に花守が電話で話していた言葉で、それを真昼たちは柱の影から聞いていた。
失踪の理由、そして自殺してしまった原因だと直ぐに気づき臨時会長選挙までの三ヶ月間ずっと真昼たちは聞き込みをしたり掛け合ったりした。
結局原因は不明。争った形跡もなく、家庭が厳しい事も有名であった為、自殺と決定。捜査は打ち切りとなった。
でも、と真昼は奥歯を噛み締める。
自殺なんて、それだけは無いと真昼は断言できる。
あの人が自殺をするわけない。
あの人が未来に絶望するわけがない。
私に、生きる事を認めてくれた人が自ら死を選ぶわけない!
生徒会長になった後も個人的に真昼は聞き込みを続けたが、しかし時間は無常だ。
始めた当初、両手以上の目撃証言はしかし日が経つにつれどんどんと数を減らし、とうとう誰もが花守優姫を忘れてしまった。
証言は減り、学校が始まる事で時間も減り。
そして、数少ない手がかりのスズメバチさえどっかのグループとの抗争で無くなってしまった。
当初の事件解明の執念は知らず知らずに消えぬ比較対象として真昼の中に残るようになってしまった。
失敗すればあの人と比べて。
成功してもあの人と比べる。
時間が経つことに憧れはトラウマへと変貌して半年間真昼を苛み続け、そんな中一つの手掛かりが舞い込んだのだ。
半年前であるなら真昼は躍起になっていただろう。何処でも聞き込みをして、その謎が明かされるまで絶対に諦めたりなどしない。
しかし、もう遅すぎた。
半年という時間は執念という灯火を消し去って。
代わりにトラウマという苗を真昼に埋め込んだ。
思い出す度繰り返す。
あと何度、憧れの人の自殺を見届ければいいのか。
あと何度、あの目に魅られればいいのか。
繰り返す度、苗は根を張り消えぬ痛みとなって残り続ける。
不十分な手がかり、風化した情報。
そんなものに期待するのか?
そんなものの為に真昼はまた苦しみ続けなければならないのか?
頭を手で抑える。
反復する正解のない議論にもう耐えられなくなる、その時。
『真昼、大丈夫かい?』
その声に顔を上げる。
視線の先、パソコンの画面には驚いた顔のハクが心配そうにこちらを見ている。
「ハ……ク……?」
真昼は存在を確かめるように呟く。
白い髪、白い肌の少年がデスクトップ画面にふわふわと浮いていた。
いつもは天真爛漫で太陽のように笑う彼は、しかし今は冷静にこちらを見ている。
真昼がどんな痛みに喚き叫んでも目を離さず見守ってくれる月のよう。
そうだ、今の真昼にはハクがいる。
相談する相手がもっといるんだ。
警察が信じてくれなくても、彼だけは真昼を信じてくれる。
ゴールデンウィークでの大事件。
あの事件で真昼を苦しめた書き込みもハクに相談して、実際に助けてくれたのだから。
だから、また相談してみよう。
そう立ち上がって、そこで───────崩れた。
日常というパズル。その嵌っていた一つ一つが偽物とすり替わっていくような感覚。
今立っている部屋も意識も確かなのに、何かが違う。何かがおかしい。
顔を歪めて辺りを見る。
いつものリビングに新しく電化製品を置いた時のような異物感。
1種の不快感を元にその原因を探して、そしてその先の異物に気づいた。
「本当にハク……なの?」
画面に映る少年に真昼は問いかける。
自分でも何を言っているんだと思うが、しかし彼の様子が、彼の呼び方が、ほんの少しの違和感を真昼に与え続けている。
その問いかけに少年はにこりと笑う。
いつもの笑顔だ。
まるでそうなる様作っているかのよう。
『僕はハクだよ。真昼が付けてくれたハク。一緒に悪者を倒したハク。一緒にあの景色を見たハク。君の、君だけのハクだよ』
そう笑う彼が何故か媚びているように見えてしまった。
ハクを騙る何か。
理由も根拠もないが、しかし目の前の何かがハクと名乗っている事に無性に腹が立って仕方がない。
その怒りを飲み込んで一つ問いかけた。
「ふざけないで。じゃあ──────ハクが今したい事ってなに?」
『ん? そんなの1つだよ。僕は死にたくない。だから1番したい事は生きる事かな』
ああ、やはり。と真昼は自身の直感に納得した。
「ハクはきっとそんな事言わない」
ハクはいつも世界が輝いて見えている。
目を輝かして、新たな発見にコロコロと表情を変えている。
そんな彼が今したい事と聞かれて、『生きたい』なんて言わない。ましてや1つで収まるわけが無い。
そう、彼ならきっと───
『外に出たいとか大きなパンケーキを食べたいとか、かい?』
「!」
真昼が思い浮かべる答えに先回りされる。
『ああ、やっぱり聞かれてたのか。絶対に君が聞いてる願いを選んだんだけど、返って疑いが深まるとは。1本取られた』
その言葉は真昼の直感を決定づけた。
彼はハクじゃない。
夢に出てきたトラウマのせいで頭が働かないのに、日常に入ってきた異物感がそれに気づかせた。
「あなたは一体誰なの?」
身構える真昼はハクの姿をした何かに問いかけて、それにもう真似をする素振りもないのか流暢にそれは答え出す。
『………自己の名称なんて自分じゃ判断できない。デカルトの真理は存在の有無だけだ。僕の、ハクという名前を呼ぶのは真昼なんだから。君から見て僕は何に見えている?』
「……ッハクはどこ? 生きてるよね?」
『はーあ、会話も出来ないの? 安心しなよ、どうせこのままだと朝にはもうここにいない。だからこの中で聞いた君の独り言から大雑把だけど大体を判断したよ』
小難しい理屈を並べるそれを無視する真昼。そんな彼女に悪態をついて、しかしその目は退屈を表しながら真昼の把握を済ませる。
『君は見なくちゃならない。自分の過去と向き合わなきゃならない』
溜息をつきながらそれは示す。
真昼が歩むべき道行と避けられない運命を。
『この大本はどこを引き継いだのか矛盾だらけなんだ。君を助けたいなんて感情が、本当に! 不服だけど確かにある。だから真昼に問うよ。
さぁ──────』
それはあの時のように手を差し出す。
『───────助けて欲しいかい?』
同じ容姿、同じ言葉でも。
彼の瞳からは内情が察せない。
天真爛漫でもない、包み込むような優しさも感じない。
薄暗い瞳とニヒルな笑顔。
共に差し出される手は信頼もへったくれもないはずなのに、彼の言ったセリフが真実味を増している。
《向き合うべき》
それが真昼に響いているのは、真昼自身もどこかでそう思っているからだ。
差し出されるその手が、真実へと近づく近道だと言うのなら。
その手を真昼は──────────────
****
脳を直接打っているような金属音。
愛用している目覚まし時計にチョップをかまして真昼は目を覚ます。
不思議と肩が重くて頭が痛い。
手で抑えながら起き上がると、
『あーまひるーっ! コレ見て! 昨日見つけたやつなんだけどね、すっごく美味しそうなんだよ! まひるよりも大っきなパンケーキだよ!』
「……今日も朝から元気だねハク」
天真爛漫で太陽のようなハクはカラカラと笑う。その笑顔はやはり見ている側も笑顔にする魔力があるようで、自然と真昼の頬も上がる。
挨拶を終え、覚醒するために伸びをした。
ちらりと見える掛け時計が6時を示しているのが見える。
いつものハク。いつもの朝。
変わらぬ日常の地続きであり、平凡な一日の始まりだ。
なのに────────どうしてこんなに違和感を感じているのだろう。
まるで今日の夜に、いや昨日からあったおかしな出来事に見ないふりしているかのようだ。
その違和感に手を伸ばそうとして、ふと夢に出てきたトラウマが蘇る。
早く忘れよう、そう考えて溜息をつき、そして。
「ん? なにこれ」
机の上に置かれていたスマホを手に取って、その下に引かれていた紙に気付く。
ルーズリーフに書かれているのは殴り書きの電話番号だ。しかも知らない番号。
見た覚えも、もちろん書いた覚えもないそれに恐怖を感じて。
くしゃくしゃと丸めてゴミ箱に捨てた。
「……あれ? なんで私捨てたんだろ?」
もしかしたらしずくが夜の間に書いて置いといた可能性だってある。自分のした行動に疑問を感じつつ、捨てた紙を広げて。
「向き合わなきゃ……ならない……?」
ルーズリーフの右下、小さく書かれたその言葉が真昼の脳内を刺激する。
頭の中で火花が散ったような痛みが走り、それと同時にほんの刹那蘇る。
これを書いたのは真昼だ。でも、書いた理由もこの番号先も何も思い出せない。
記憶は曖昧で理由は不明。
でも、さっき見ないふりをしたトラウマに向き合う必要があると言うことだけは完全に理解した。
花守先輩の死と向き合わないといけないような気がする。
そんな確信めいた何かが真昼の無意識を変革させた。
***
今朝は体育館に全校生徒集まっての集会。
GW明けと朝一番という事もあり、まだ気怠さと眠たさから生徒の列はバラバラだ。
かくいう真昼もそうである。
朝にあった肩の重さと頭痛は3時間経った今でさえ変わらず、崩しそうになる姿勢を生徒会長という名前を杖になんとか堪えている状態だ。
しかし外見は装えても心情までは変えられない。
ウンザリする感情のまま壇上の学園長、棋羽目 十﨟を見上げる。
ダラダラと長々と、話す彼は何故かいつも得意げな顔で。
申し訳ないが今北海道で旅をしている高城と被ってしまい少しイラッとしてしまった。
棋羽目の話は続く。
そこでは、テレビ局関係のこと、以前の事件が無事警察によって解決されたこと、そして注意喚起を言って。
生徒会列に並ぶ真昼でさえ眠くなる頃、それが始まった。
1人の男が壇上脇から登場する。
見たことも無い男だ。先程の棋羽目の紹介によるとこんな時期に珍しい転任の先生らしい。
スーツを着たかなりの偉丈夫姿の漢。
おそらくゴリ公よりも一回り大きい。全国のボディービルダー選手権があればそこそこ上位の位置にランクインするような巨漢。
ニコニコ顔が貼り付けられたように変化しない不気味みさを感じる巨漢が学園長と入れ替わりでマイク前に立つ。
空気を大きく含んで、そして一気に吐いた。
「今日から! 君たちの学び舎で共に学ぶ!近藤 義弘と言う! 担当は体育だ! しっかり扱いていくからな! 覚悟してくれ! 」
有り余るエネルギーを声のみで発散させたような爆音。
割れた音と衝撃波のような圧力に、その場にいた生徒の眠気が一気に吹き飛ぶ。
耳を押さえて蹲る生徒など、騒然となる体育館でニカッと笑う巨漢が学園長に怒られながら降壇する。
一瞬、こちらを見ていたような気がするのだが、きっとただの気のせいだろう。
***
時は流れ放課後
生徒会長の仕事は大変だ。
なのに学園祭1か月前からさらに増える。
いま真昼が運んでいるのは大きな段ボール箱。この中には様々な許可申請書と会計書、そして新聞広告だ。
許可申請書の内訳は、まず出し物申請書、食材許可書、新聞広告の広告許可証、広告地域の範囲の許可証などなど。
言い出したらキリがないのだが、真昼たちの仕事は生徒の出す書類の最終確認だ。
全校生徒の参加するイベントとなれば仕事が増えるのは当然で、荷物の増加も頷ける。
「わっととと」
2つ縦に抱えるダンボールが揺れる。
流石に一人はキツかったか、と後悔しつつフラフラと廊下を歩き、次の角を曲がれば生徒会室が見える。
それが油断となった。
「わっ!」
まるで壁に当たったかのような衝撃に抱えていたダンボールを落としてしまい尻もちをつく。
尻の痛みに顔を歪ませながら前を見ると、
「ああ! すまないね! 怪我はないかな!?」
全校集会の後に筋肉音爆弾と命名された転任の教師が立っていた。名は確か、近藤とか。
「すみません、近藤先生。自分の不注意でした」
「いやいや! ここで立っていた僕も悪いからな! それより! そんな大荷物を女1人で持つもんじゃないだろう! どれ、僕が運んであげるよ!」
そう言って、真昼がふらつくほどの重さを誇るダンボール2個を軽々と肩に乗せてそう言った。
「い、いえ! それは流石に申し訳ないです。もう生徒会室もすぐそこなので自分で運びます」
「直ぐそこならなおさら手伝うとも! 僕もこの学園に来たばかりでね! 生徒の知り合いは増やしておきたいんだ!」
「いや、でも……」
究極の譲り合いはお互いに止めることは無く、その満点の笑顔からは善意しか感じられない事もあり、内心しぶしぶ真昼が折れた。
「すみません、じゃあおねが────」
「真昼ーどうしたの?」
頼もうとしたその時、生徒会の1人那々木美晴が生徒会室から迎えに来てくれた。
「………………」
「えっと生徒会の那々木美晴です。会長に何か御用でしょうか?」
「……ああ、いや! 千年原さんが今転んでね! 重そうな荷物を1人で持っていたから手伝おうかとしていた所だ! 生徒会の人が来たならもう大丈夫だな!」
「あ、はい! ご好意ありがとうございました」
うんうん、と頷いて近藤は職員室へと向かって、その姿が見えなくなってからムッとした顔の美晴が小さく言う。
「真昼大丈夫? アイツになんかされたの?」
「ううん、大丈夫。声も体も大きいからちょっと怖かっただけ」
あはは、と笑いスカートを払って立ち上がる。美晴はまだ近藤の去っていった廊下を睨んでいた。
「真昼、あの人あんまり信用しない方がいいと思う」
「どうして? 確かに全校集会の後は生徒の評判最悪だったけど、普通にいい人そうだよ?」
「そうなんだけど……」
どうやら美晴自身も確信している訳ではないらしい。言葉にできない漠然とした不安感を何とか言葉にしようと少し考え込んで、
「私が来た時雰囲気が変わったような気がしたの。なんか値踏みをされてるみたいな」
「あはは、なにそれ。みはるんが繊細なだけだよ」
「ちょっと真昼! 心配してるのに!」
美晴の言葉にした直感を笑って流す真昼。
先程も、『一人で転けた』と言って真昼の不注意を流してくれた先生だ。それにあの笑顔に裏なんて感じなかった真昼は美晴の言っていることに共感できない。
膨れた美晴を宥めつつ真昼たちは生徒会室へと向かった。
その様子を去っていった反対側の廊下の柱から近藤が覗いていた。
「よし! 警戒はされてないな! これで仕事が捗る!」
裏のない不変の笑顔が輝いている。
それが善意なのか、それとも悪意に輝く笑顔なのかは、本人しか分からない。
しかし、2人に信用されていると思い込んでいる近藤は間違いなくこの仕事に向かない人物であった。
****
書類確認を生徒会総出で終わらした後、全員を帰して職員室へ届ける。
これで真昼も帰れると思っていたのだが。
「ゴぉリぃ公、また無茶ぶりだよおお」
また新たな申請書の確認を申し付けられ、1人寂しく確認作業に入っていた。
中身の1つは、部活の出し物一覧の書かれた書類だ。その出し物詳細を見て、度が過ぎているものは不許可にして、グレーゾーンと生徒会許可済みの出し物だけを教師側へと提出。その後は教師たちの第2次選考で無事認められれば学園祭で行えるという手筈だ。
書類の束の中には他にもあり、有志ライブの貸出許可書や学園の場所指定許可書、教師が学園祭に参加する許可書何てものもある。
「誰が言い出したんだろ……って花蓮先生だよねこんなの」
元気で可愛らしい英語教師を頭に思い浮かべつつ、次から次へと書類に目を通す。
結局一人で書類整理を行っていると、やはり静かな事もあり考え事に集中してしまう。
もちろん、内容は昨日の夢だ。
朝思い出した時は反射的に見ないふりを決めていたが、でも今なら不思議と分かる。
真昼は今度こそ先輩の死の謎を解く必要があると。
そしてその手がかりは復活したスズメバチだ。須川と関係があったなら、その友人である前坂、高野、美綴が何か知っているだろう。
それに街全体で聞き込み対象を花守からスズメバチに変えればそのグループの拠点だって得られそうだ。
しかし、と腕を組んで唸る。
それだけ大規模的に探るなら仲間が必要だ。真昼1人だけじゃ限度あるのはもう分かっている。
だがただの友人に頼ってはいけない。
スズメバチという名前はここら一帯では有名な喧嘩グループであり、それを真昼も知っているから。
だから真昼は同じ過去を持つある友人が頭に思い浮かんだ。
花守会長が失踪した時も、真昼と共に調査を続けた同盟的存在。
その仲間に電話を掛けようとカバンからスマホを取りだして────急なドアの開く音で直ぐに仕舞った。
「もう下校時間ですよ会長」
「大甕さんかぁ、びっくりした」
張り裂けそうな程の拍動。
少し冷や汗を感じつつ、生徒会室に登場した大甕に「どうしたの?」と聞いてみる。
普段生徒会室に来ない彼女が何故こんな夜遅くに来たのか。簡単な質問のはずなのになかなか返答が来ない。
「とりあえず入りなよ」
「……はい」
生徒会室に促して、ようやく入った彼女はドアを閉めた後も再び静かになった。
要件はあるはずなのだろう。
口が開いたり、でも言葉が出る前に閉じたりを繰り返している。
普段自分の意見を真っ直ぐ簡潔に言う彼女にとっては珍しい行動だ。
こちらから察した方がいいのか?と真昼は少し考えるが、大甕がこんなに言い難いことが何も思いつかない。
もしかして学園祭関係で何か失敗して、それを謝りに来たのかな?
でもそれなら対応策含めてスパッと言うはずだし……
いくら考えても相手の意図が思いつかず静かになって数分経った頃、とうとう口から言葉を発した。
「あの、会長。お願いがあって今日は来たんですが、その、もし嫌じゃなければで良いんですが……」
ようやく出たのは歯切れの悪い言葉だ。
お願い、という全く予想外の言葉が出てきたため真昼は首を傾げる。
加えてお願いという言葉は真昼にとってあまりいいものではない。
いつも真昼にその言葉を使うのは、生徒会の仕事でやらかした高城の謝り文句だからだ。
『一生のお願い聞いてくれ。まず今から何を聞いても怒らないこと、いいな?』
『一生のお願いだ! 頼むからこの資料先生に持ってってくんね? 締切先週なの忘れててさ』
などなど。
だから、相手が高城では無いにしろ過去の記憶に引っ張られて嫌な予感を感じつつ待っていると、大甕がお願いの内容を口にした。
「私の事2人の時は紬って呼んでくれませんか? 私も真昼ちゃんって呼びます……呼ぶから」
それは過去の嫌な記憶が吹き飛ぶほどの純粋な願いだった。
純粋すぎて一瞬理解が届かず少しの間が空いてしまう。その間に大甕が不安げな顔を表し謝ろうとするその直前に真昼が頷く。
「うん、もちろん良いよ! 友達だし、別に2人の時だけじゃなくても全然言うから」
「……! ありがとうござ……ありがとう」
今のやり取りだけで少し彼女が見えた気がする。
彼女は絶望的なまでに距離の詰め方が下手なのだ。友人だと言った真昼に報いるために、大甕からも距離を詰めようとまずは呼び名から攻めていったのだろう。そう考えると少し微笑ましい。
和やかな空気が流れる中、しかしそれでも大甕は緊張しているようだ。
まだ要件はあるらしい。
「あ、あの。もう1つ良い?」
顔を伏せているから表情は分からないが、耳まで真っ赤になっている。
少し真昼は考える。
呼び名の次、大甕が要求する友達っぽい行い。
思いついたのは下校直前のこのタイミングだ。
恐らく彼女は一緒に下校しないかと聞いてくるに違いない。
そう思いつくと、ここで真昼の悪い所が出てしまう。
いじらしい大甕を見守りたくて、次のお願いに気づいてもこちらからは口を出さない。
顔を真っ赤にして必死に言葉を紡ぐ彼女に(頑張れ頑張れ!)と応援していた。
そして、大甕は動いた。
「その……お願い、します」
真昼の前に立って腕を小さく広げている。
真っ赤な顔のまま瞼をしっかりと閉じてふるふると震えていて、まるでハグを待っているよう。
っていうか正に待っていたのだ。
(うぇ!?)
その大甕の行動で察せないほど真昼は鈍感ではない。
自分の想像していた要求の斜め上を責められて変な声を胸にとどめる。
確かに美晴とよく抱きついたりはするが、こんな真っ赤な顔で頼まれる事は全く無かった。
今の状況に内心かなり驚いているが、しかしこのまま放置はまずいだろう。
「えっと……こうかな?」
ドキマギしつつ、さらに1歩大甕へと近づく。
もうお互いの服が触れるほど近い。その距離から震える体に腕を回して。
そっと───────2人の距離がゼロになる。
もう5月だというのに。
その瞬間、桜の香りがした。
***
触れ合う身体と小さく漏れる声。
身体の震えは少し止み、行き場のない大甕の手が真昼の背中へと伸びる。
真昼と大甕の身長に差はない。
だから抱き合った時ふわりと香る花の名前に真昼は気づいた。
嗅覚の次は触覚だ。
触れる身体から震えが小さくなっても、その更に先にある拍動音が激しく高鳴っている。
真昼にそっち系の趣味は無いのだが、花の香りと柔肌の感触、そして女子同士でもあまりしない本気の抱き合い。
激しく高鳴っているのは大甕だけではない。真昼も徐々に大きく高く心臓が跳ねている。
その反応に真昼自信が有り得ないと驚いた。
女の子と抱きつくだけでドキドキするってやっぱり私そっち系? いや、私にはショタコンという好みがあって………ってどっちに転んでも私の趣味普通じゃないよぉ!いいからうるさい鼓動収まって!
と自身に言い聞かせつつ、まだ震えている大甕を見て気づく。
そういえば、大甕はまだ男性恐怖症が治っていないのにも関わらず今日学校に登校していた。
机の隣は男の子で、すれ違ったり、それこそぶつかったりもあるかもしれないのに。
どれだけ心細かったのだろう。
そう考えると今抱えている少女が愛おしくなる。
どれだけ真面目でどれだけ頑張り屋で。なのに誰にもその頑張りが見えていない。
登校してから約10時間、恐怖を隠して過ごす日常は苦しいに違いないのだから。
彼女をさらに強く抱きしめて、耳元で小さく言った。
「お疲れ様、紬。今日も頑張ったね」
「……っは、はい……ありがとう、ございます。」
また彼女は静かに泣く。
顔を真昼の肩に押し付けて、さらに強く抱きしめる。
部活が終わっているからか、何も雑音は聞こえない。ただ彼女のすすり泣く声だけが生徒会に響いていた。
***
泣き止んだのを確認すると、触れ合っていた体を少し離す。
まだ距離は近い。少し体が前に傾けば唇が触れてしまう、そんな距離で真昼は大甕の赤くなった目を覗き込む。
「もう大丈夫?」
「はっ……はい……大丈夫、です」
惚けた顔の大甕。泣き疲れたのだろう。
泣き顔は誰にも見られたくないはずと、直ぐに大甕から離れる。
「ぁ………」と小さな声とともに大甕が少し不服そうな顔をした。
「今からこの書類先生に預けたら私も帰れるから一緒に帰ろ、紬」
「は、はい! あ、私も書類運び手伝いま……手伝う」
不服そうな顔は直ぐにいつもの無表情へと戻る。でも前よりも少しだけ微笑み度が増している事に真昼は気づいていた。
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皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
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