私は今日、勇者を殺します。

夢空

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2章 前

取り戻した日常と気付かぬ歪さ

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午前3時


「えへへー黙って撮っちゃった。やっぱりまひる怒るかな」

スマホの内カメで撮ったそれは川の土手に行った時の真昼の写真だ。
黄昏に照らされた彼女は頬を染めている。少し寂しそうな表情も相まって心を刺すような美麗さがそこにはあった。

そしてもう1枚。
外カメで撮った川だ。
2枚を横に並べて何度も見比べて、そうして当然の欲求が湧き出る。

「ぼくも外に出れたらなぁ」

それは川の土手にて願った同じ欲望。
誰しも持つ自由への欲だ。
だからこそ、ハクは自分の出した言葉に疑問を持ってしまう。
なぜならハクには自己保存の欲しか無かったはずだから。

「あの時から……なにか……」

真昼に頼まれて動画を運んだあの時から何かがおかしい。
ハクの意識が変化している。否。元に戻ろうとしている。

人間性の回帰。しかし確固たる倫理観は忘れて。
それはつまり─────欲望を暴走させる万能機に他ならない。

溢れ出る万能感はそれに見合った欲望を沸かす。
足があるなら地球を踏破するように。
金があるから高値の買い物をするように。

外に出たいという欲望。それが膨らみ続ける。

ハクは考える。
例えば、外の誰かの神経に受信のマイクロチップを付けて操作出来れば、いや脳内にチップを埋め込んでそこに自分を送信すれば。
まひるとあの景色を隣で見られる。感じられる。そして───

─────泣いているまひるに触れてあげられる。

純粋な願いは、しかし真っ当な倫理観とは程遠い。

恐らくそのまま彼が願い続け、調べ続ければその方法に行き着きすぐさま実行するだろう。
しかし。

「まあいっか」

簡単にその願いを投げ出した。
そこまで来て簡単に欲望を捨てられるのは、人間性の欠如に他ならない。
完全に戻ってないからこその、歪で無垢な綱渡り。

右に傾けば欲望の暴走、左に傾けば自己矛盾に食い潰される。

自身の手が汚れている事も、飛び散る返り血にも気づかない。
彼は手に持つたった2枚の眩しい記録に頬を上げた。


そうして、日常を塗り替えたゴールデンウィークが今明ける。
その先に何が待っているのか、誰も知らないままに。



****



「おねぇー先行っちゃうよー?」

「ちょっと待ってー! 私も行く!」

慌ただしい始まり。
朝の香りがまだ残るリビングを飛び出して玄関へ。すぐに靴を履き、ちらりと鞄の中を見て持ち物を確認する。
教科書に筆箱。体育後用の制汗スプレーに生徒会で必要な資料。そして。

(はやくいこ!)

スマホと、スマホ内からこちらに笑顔を向ける少年、ハクだ。
その天真爛漫な姿に微笑んで、真昼は振り返る。

「いってきます」

誰もいない、日に照らされる廊下へ。
真昼の後に思い出したようにしずくも続いて言った。
そして、その光景にまた真昼は笑ってしまう。
不思議そうに見るしずくは姉の心情が理解出来ていないのだろう。
数日とはいえ非日常に揉まれ続けた真昼だからこそ、このなんてことの無い朝の日常がとてつもなく輝いて見えたのだから。

しずくとは途中まで道を同じくして商店街を通った後ぐらいで別れる形だ。
その道程で話した事といえばGW中行ったモールや映画、2人で遊びに行った渋谷の話なんかもしていた。そして、

「そういえばさ、おねぇの学校今日から授業なの? まだテレビ局の人とかいっぱい居るんじゃない?」

それは当然の話題。
GW中にあった最重要な事件がこれだ。
未だにネット上でも議論される都市伝説は、しかし真昼たちの予想とは打って変わって規模を小さくしている。
今朝のテレビもGW終盤の番組でも取り上げられることは無くなっていたのだ。
まるで誰かの思惑がそうさせているかのように。
しかし、あの事件を早く忘れたい真昼にとっては願ったり叶ったりだ。
あまり深くは考えない。

商店街を抜けてしずくと別れると、スマホを取りだしロック画面に表示されている日付を見た。

5月7日 月曜日

だって、目まぐるしいゴールデンウィークは遂に終わりを迎えたのだから。


***


電車に乗って辺りを見る。
車内はゲームや音楽など、スマホに集中する私服の男女生徒が並んでいて、時折噂話がこそこそと聞こえる。
内容はもちろんGW中に起きたテレビジャック。そしてその犯人が自分たちの学校にいたのだから噂話は止まらない。

真昼はうんざりする周りの声をイヤホンで蓋をした。
イヤホンからはハクの独り言が流れてくる。
今はネットで美味しい食べ物について調べてるのか、どれを食べようかとうんうん悩んでいた。
やがて電車は動きだし、小刻みな振動と窓に流れる景色に周りの雑音は気にならなくなる。
時折停車したり出発したり急停車したり。

Gのかかる登校をポールに掴まってやり過ごし、少し時間が空いてまた出発。
住宅街からビル街へ40分ほど。
その間もイヤホン外ではひそひそ話が伝播して波紋上に広がっていく。
やがて須川という名前が車内のどこからでも聞こえる程になって、ようやく目的地へとたどり着いた。

「ふふっ」

笑ってしまったのは、イヤホン先のハクが面白い事を言ったからだ。
どこかのカフェのホームページに書かれてある高さ14センチのパンケーキを見て、『これがオトコノユメってやつだ……!』とワクワクした声を上げている。

いつかハクにも食べさせてあげたいな。

方法は全く思いつかないが、忘れないように頭のメモ帳に記しておいた。


***


駅から出れば10分もせずに我らが神代学園に到着した。

非日常に振り回されたゴールデンウィーク。
ハクと出会い、事件が起きて、警察に調べあげられて。
みんなに犯人だと後ろ指さされて、本当に大変な連休ではあったが。

「遅刻だぞ千年原!! 早く走れ!」

校門前から野太い男の張り上げた声が響く。
ハッとして見ればそこにはニヤリと笑うあの人がいた。

ゴリラのような体つきに極道のような顔つき。体育教師だからか緑のジャージ姿で時代遅れ感が漂っている人物。
紛れもない。
真昼の最も苦手でうんざりするほど関わりたくない先生、ゴリ公だ。
でも、彼がいる事でようやく実感できた。

「はい!」

────────真昼は日常を取り戻したのだ。

学園へと走り出す。
ゴリ公を見た周囲の生徒もあーだこーだ言いつつ真昼の後に続いて走った。


***


舞台上には2人の男女がいる。

黒髪ロングの女はドレスを身にまとい儚げな目で遠くを見つめている。
全てに失望し諦観漂うその女の前に、颯爽と男が現れた。
サラリとした黒髪短髪にメガネを輝かせ、白のドレスコードに身を包み、顔から血を吹き出しながら女の手を取る。
そして、今日何度目かの同じセリフを口にした。

「俺がぁちゃんと、守ってやるからなあ」

「ヒッ、し、しねぇ!」

「グボゥホッッッ」

勢いよく放たれたパンチによって男は宙を舞った。
宙を回転、そのまま舞台下にまで吹き飛び2回転を描いた後に真昼の横で静止した。
彼の着ている白のドレスコードがまた赤く染る。

「こらーみはるん、村娘が王子を怖がってちゃダメでしょー。王子も村娘のパンチなんかで血反吐ちへどはいてどうすんのー」

手に持つ丸めたノートで声を張る。
体育館の舞台前にて椅子に腰かける真昼。その姿はサングラスにジャージを腕元で括って頭から被る、いわゆる監督のイメージ姿をしていた。
なんちゃって真昼監督の言葉にプルプルと震える男、高須賀 翔は首を上げる。

「会長……これ、村娘のパンチってもんじゃないです。ヘビー級チャンピオンのプーレフを連想させるナックルですよこれ。
だって衝撃波出てますもん。普通出ます? 女子高生のパンチで衝撃波。出ないですよね? あの人多分ゴリラの生まれかわグボゥ!」

そこまで言いながら、舞台上から飛んできたヒールに直撃して言葉を詰まらせた。
投げたのは舞台上にいた女、那々木 美晴だ。
顔を真っ赤にしてブルブル震える彼女は涙目で顔を上げた。

「だって真昼も見てたでしょ! こんなのが王子とか無理。顔なんか腫れ上がってるし、しかも告白中に血飛ばしてくるのよ。無理ほんと無理」

「貴方がやった跡です!腫れも血も全部ぜーんぶっ!」

「目も恨み禍々しくて怖いし」

「いつ殴られるか分からない私の方が怖いです!」

もう我慢の限界だと爆発する高須賀。
舞台で行われたやり取り、あれは今日だけでもう6度目だ。6回高須賀は美晴に殴られ宙を舞い続けた。
これは誰から見ても美晴が悪いと分かる。

「美晴これで6回目。これじゃあ先に進まないよー」

仏の顔も三度までというが、今回でダブルスコアだ。流石の仏もビンタの素振りを始めている頃だろう。
しかし、そんな美晴も我慢して演劇をしていたのか涙目でぷるぷると震え出す。

「だって、だって……もぅ! なんで私が村娘役なのよ!」

「しょうがないでしょー。生徒会に女子は2人だけで、私は裏で次の準備を監視しとかなきゃいけないんだし。それにとっても似合ってるから気にしないで」

「そんなわけないし……うぅ……じゃあせめてタカはやめてよ! このままじゃ嫌すぎて私が死ぬ」

「貴方は精神的にでしょうけど、私は肉体的にボロボロなんです! テンカウント聞こえてきてるんです! 何回殴れば気が済むんですか!!」

そう言って壊れたメガネを予備メガネ(7つ目)と交換する。
以前ポケットからUSBを取り出したのも高須賀だったが、彼のポケットは一体どうなっているんだろう。
不思議そうに真昼が高須賀のポケットを見ていると、

「会長、流石に高須賀くんが可哀想ですよ! 僕も最初は空中回転かっこいいなぁって見てましたけど6回もなると高須賀くんが可哀想です」

「最初から心配してください! やりたくて回転してる訳じゃないんですから!」

特殊演出盤を操作していた蛍が舞台上に出てきた。蛍の意見にさすがの真昼も頭を悩ます。

「でも、山本くんは学園祭運営長の仕事があるから無理でしょ。もう一人タクがいる……はずだったんだけど」

ぐるりと見渡す。
体育館内には生徒会のメンバーがいるのだが、部活中の山本を除けばもう1人、高城がいない。
いや、そもそも彼は今日学校に来ていないらしい。

「どうしたんだろタク」

「それならインスタに理由あったよ。なんか今北海道を一周してるんだって。って相手がタクなら絶対に私村娘役しないから!」

悲鳴をあげる美晴をよそに手元のスマホで調べてみる。
すると、高城拓人のインスタには確かに北海道の景色写真が何枚も投稿されている。
始まりは最南部にある観光名所、松前城から始まり立待岬、阿寒湖に支笏湖、屈斜路湖と並んでいる。
っていうか湖ばっかだなタクのやつ。

「まあ、仕方ない。やっぱり美晴には我慢してもらって────」

そこで挙手する人が一人。
舞台上にいた蛍だ。顔を赤らめピンと立てられた手が少し震えている。

「ぼ、僕がします! 会長、僕に任せてください!」

ちらりと横に立っている美晴を見る。
少し戸惑っている彼女も高須賀と天秤に掛けたのか少し間を空けて頷いた。

「蛍なら私も大丈夫だけど……」

「やはり顔ですか? 皆さんカッコイイ系よりもカワイイ系の方が良いんですか? 」

「自分をカッコイイ系と思い込んでるのがもう無理」
「カッコイイと思い込んでる系なんじゃない?」

美晴の罵倒に追撃の真昼。
ダブルコンボに肉体的だけではなく精神的にも大ダメージを食らって愕然と落ち込む高須賀。

それを無視して真昼は演劇部に追加の衣装を貰いに出掛けた。


***


今真昼たちがしてるのは生徒会出し物の1つの演劇だ。
シナリオとしてはよくある中世ヨーロッパでの王子と村娘の恋愛物で纏めてみたもの。

学園祭自体1ヶ月以上先ではあるが仕事が他にも重なっている生徒会や、宣伝を1ヶ月前に行う新聞部、宣伝用のPVを作るパソコン部などなどこの時期から活動を始めている者は少なくない。

借りてきた衣装を蛍に渡して少し待機していると準備OKのサインが出る。
舞台上以外の照明を落として、それを合図に演劇が始まった。

舞台上に出てきた2人。

美晴のドレス姿は先程も見たはずなのに、息を飲むほどの美しさだ。
一国の姫と言われて頷けるし、凛とした美しさがドレスの魅力を更にあげている。
そしてもう1人。
身長が真昼よりも低い事もあり、蛍のドレスコード姿に少し不安を感じていた。
しかし、

「うわっ……」

思わず声が漏れてしまう。

柔らかな瞳と服装の男らしさが1種のコントラストとして凄く映えている。
ワックスによって髪型も普段とは変えている。
前髪を片側だけ上げて、しかしくせっ毛を抑える形で整えていて。
それだけで雰囲気はかなり変化して、いつもはふんわりわんこのようなイメージが、今では活発な美少年になっている。

ドレスコードを着た蛍はまさしく絵本の中の栗色髪の王子様であった。

先程までとは違う、美晴と蛍の緊張と高揚、そして跳ねる鼓動。
顔を赤らめ交わる視線には、ときめきという先程まで存在しなかった何かが生じていて。

蛍が美晴の手を取ってシナリオが始まった。


***


真昼から見ると遠くて2人の顔は鮮明に見えないのだが。
それでも両者耳まで真っ赤に染め上げ手を取り合っている。

(なにこれ…! すごくキュンキュンする!)

普段の2人とは全く違う雰囲気だ。

美晴はお淑やかで気品を保つ物言い、蛍は麗しげで凛々しい立ち回り。

正反対とも言える2人の化け方に監督であるはずの真昼までもが魅入ってしまった。
出会いから言葉を交わし、愛情が芽生え一時の離別。
シナリオが進むにつれ舞台上の2人も感覚を掴み始めたのか更に演技のクオリティが上がる。
そうして、15分の演技の後、最後のシーンへと入る。
最後は舞踏会のダンスで王子が村娘を誘うシーン。
離別からの再開、その喜びと共に王子の手を取るとダンスが始まる。
蛍の身長が低いせいで優雅さには欠けているが、しかしお互いの必死さが優雅さを超えるほどの1種の感動を見ている真昼に与えた。

そうして、演技が終わる。

最後まで絡んでいた手を離し、お互いに赤い顔を隠すように俯いた。
特殊演出もなし、心揺れるBGMも無いというのに。その場にいた誰しもを二人の世界へと入り込ませていた。

「やば……」

美晴の艶やかな呟きは誰にも届かない。
顔を真っ赤にした2人は時折視線を合わせてはすぐに背けていて、本当に純愛のこいびとのようで。

(あれ? なにこれ。なにこの背徳感。まさかこれがNTRってやつ?)

2人の反応からゾクゾクという変な感覚と変な思考が湧いてくるが、目覚めないよう新たな扉を無理やり閉めて2人を労うよう拍手をする。

「これだよ二人とも! すっごくドキドキしたし、本番もこれで行こう!」

「僕は……その、はい……大丈夫です…」
「……私はなんか、やだ」

なんだか反応が悪い2人であったが、しかしこれ以上の物を他の生徒会メンバーで作れるとは思えない。
真昼の中では美晴×蛍が決定事項となってうんうんと満足気にうなづいていると、体育館のスライドドアが開いた。

「失礼します。生徒会長の真昼さ……ちゃんはいますか? 」

顔をほんのり染めた大甕 紬がそこに居た。

「あ、大甕さん! ちょっと待ってね」

呼ばれた真昼は首に掛けてたジャージやサングラスを外して急いで出口へと向かった。

「あの二人、あそこまで仲良しでしたっけ?」

その光景に疑問をうかべる高須賀。しかし、ほか2人は火照る顔を冷めさせるのに必死なようで聞こえていなかった。


***


「えっと、久しぶり大甕さん。その、元気そうだね」

「はい、お陰様で。その、真昼さ…ちゃんも」

「言い難いならべつに会長でもいいんだよ?」

「……はい、すみません」

別に怒ってはないんだけどな……と苦笑いをする真昼。

ゴールデンウィークにあった事件、須川告発事件の告発者である大甕 紬に会ったのは風紀委員室の時以来だ。
少し気まづさを感じるものの、生きようとしている彼女の姿に良かったと胸を撫で下ろして、そこで呼ばれた理由に疑問を覚えた。
今日生徒会は仕事なしって事だから舞台練習を組み込んでいたので大甕に直接聞いてみる。

「なにか伝言とかあるの?」

「はい、体育館の使用権なんですがあと10分で演劇部へと移ります。移動を開始してください」

「あ、そっか。 連絡ありがとう大亀さん。みんなー! 生徒会室に移動するよー!片付けてー!」

大きく声を上げて体育館出口と反対側にいるメンバーに呼びかける。
伝わったのか一人一人片付けに入ったのを確認してもう一度大甕に向き直ると、

「わざわざそれだけ伝えに来てくれたの?」

そう聞いた。
風紀委員は確かに学園内の風紀を守る委員だが、体育館の使用権の監督役になるほど暇な存在ではない。
ただ、それだけの為に来たとは考えられず、大甕の反応を見ればやはり別の要件があったようだ。

「いえ、新聞委員の地域広告について尋ねたいことがありまして。その1例を持ってきたんですが見てみてください」

「うわ、なにこれ」

手渡されるポスター。
そこには『神代学園祭~心に咲かせ神代魂~』と今年決まったキャッチコピーも書かれており、神代学園の学園祭が迫っている内容が日付と共に書かれていた。
書かれてはいた、のだが……
ポスターに記されている文字フォントがおどろおどろしく描かれており、メインの配色が紫と黒。
後ろに変な魔法陣やドクロマークなんかも点座している。
まるで黒魔術の集会にしか見えないそれが新聞部から届いた広告ポスターという事らしい。

いや、新聞部馬鹿なの?

怒りというより困惑が前に出る真昼に、ため息をついた大甕が今回の要件を口にする。

「会長には注意も兼ねて新聞部に視察して頂きたくお伝えに来ました」

「確かにこれは私の案件だね。了解だよ、めいいっぱい怒ってくるから」

「……はい、よろしくお願いします。」

「あ、かわいい」

真昼の言葉に、ほんの少し微笑んでいた彼女は顔を隠すようにその場を後にした。


***


生徒会メンバー(高城、山本抜き)に片付けと生徒会室への帰宅、そして生徒会室での演技の練習を命じると真昼は急遽入った仕事をこなすべく移動した。

そうして、場所は変わりある教室へ。

新聞委員室。
元々委員という役割名なのだが、言いやすくそして新聞委員長が部であると明言してる為、一般生徒からも新聞部と呼ばれている。
なお、
『関わってはいけない委員 1位』
『怒らしてはいけない委員 1位』
『早く無くなって欲しい委員 1位』
と、堂々の三冠を達成しているこの委員こそ、畏敬と恐怖で崇められている神代学園新聞部である。ペンは剣よりも強し、とはよく言ったものだ。
何故こうなったのか、色々理由はあるがそれはまた別の話。

そこは部活第一棟の1階にある教室。
溜息をつきつつドアを開くと普通の教室の様な内装ではなかった。
2つ分はあるだろう広めの教室には30人ほどの新聞部が3つのグループに別れて忙しなく動き回っている。

「あー会長だーっ! どうしたんですか? 今日会長のインタビューないですよ?」

「あ、マイ!」

忙しそうな新聞部の姿に、誰に声をかけようか真昼が迷っているとノートパソコンと睨めっこをしていた小鳥遊舞香が話しかけてくれる。
丁度いいので舞香にポスターに関して聞いてみることにした。

「あのさマイ、さっき風紀委員からこれ貰ったんだけど、このイラストってどうなってこうなったの?」

「うわ、なんですかそれ。なんか呪われそうなんで持ってこないでくださいよ」

「君たちが描いたものでしょ!」

手渡した呪物を押し返すように戻されて拒絶反応で押し付け合いになってしまう。
押し付け合いながら、しかし舞香がいいえ、と首を振る。

「それ新聞委員の広報担当ですから、あと20分待ってれば主担当が帰ってきますよ」

「新聞部ってそんなに分かれてるの?」

「ええ、そうですよ~
まず、週刊で学園情報や部活情報などを纏める学園誌!
学園内の事件や問題を纏める文春轟!
そして、広告や宣伝を担当する広報!
大きく分けるとこの3つに分けられます!
あ、ちなみに私はどれにも属さない会長担当ですよ!」

「あ、そう……」

「あ、そうってなんですか!あっそうって! 新聞の1ページ取るのにすっごく苦労したんですからね」

そう言われてしまえば関わっていない舞香に文句を言ったって仕方がない。
押し付けていた呪物を机の上に(出来るだけ離して)置いた。
あと20分どうやって待とうか。
そう考えながら、ふと舞香の操作しているノートパソコンが目に入った。

「それなに?」

パソコンに映るのは映像ではなく、音声データだ。先程から苦心の顔で操作しているから不思議と気になったのだが、

「これ応接室に仕掛けてた盗聴器のデータですよ。小型だからかノイズが凄くてですね、ノイズ除去に苦戦してるんです」

簡単にのほほんと声を抑えることも無く言ってのける。
かなり大事おおごとな犯罪を人が大勢いるこんな教室で行っていて、真昼は言葉に詰まった。
声をかなり抑えて舞香に言い寄る。

「盗聴器捨てたんじゃなかったの!?」

「データだけ取り込んでおいたんですよ~。文春轟チームに須川 猛の事件を追ってる友達がいまして、その子に高値で売りつけようかなと」

「須川猛のって、まさか警察の話盗聴できてたの!?」

「ふっふっふ。新聞部のエース小鳥遊舞香を舐めてもらっちゃあ困りますよ。聞いてみます? 会長」

そんな事を聞かれた。
もちろん答えはNoだ。
真昼にとって忘れたい事件に違いは無いし、わざわざ自分から関わる必要のない事だから。

でも───────。

忘れたい事件のはず、なのに。
日常に戻れたという安心感からか、自分はもう関係ないと対岸の火事になったからか。

それとも、

事件後、ハクが言っていた話から本当の犯人について興味が湧いたからか。

その3つの理由をいやいや、と首を振って霧散させる。興味なんかない、この事件だって早く忘れたい。
でも聞きたい理由は、あの子供探偵が原因だ。
あの子は聴取後も真昼の後を追っている。その理由がその盗聴記録から分かるかもしれない。

色々な理由付けをして自身を納得させると舞香に初めから聞けるよう頼んだ。
それが次への引き金になるとも知らずに。


***


少しの操作の後、イヤホンの片側を手渡される。
合図を出すと記録の再生が始まった。
確かに少しノイズはあるが、音声データはちゃんと聞けるレベルで記録されている。
まず、警官が2人の話し声。その中には死神探偵なんて不穏な言葉が混じっていて、急にそこへ高い声が混じる。
あの子だ、とすぐに真昼は気づいた。
そして話は続いて───────

「─────ぇ」

その中のある言葉が真昼を後悔させる。
やはり聞くべきではなかった。知るべきではなかったのだ。

「な……んで、その名前が……」

真昼もその言葉を聞いたのはこれで2度目。
しかしその聞いた状況があまりにも鮮明にトラウマとして記憶されている。
そう。それこそ真昼が尊敬する彼女、前生徒会長の花守 優姫が失踪する前に残した言葉だ。

「スズメバチ……」

こうして次の事件の幕が上がる。
裏切りと喪失、信頼とトラウマが混じりあった物語は、あの日の思い出と共に綴られる。
しかしそこに残るのは悲しい復讐だけである。


****


鼓膜を破るほどのロックを垂れ流し、世間の汚濁を詰め込んだような廃マンションの一室。

快楽の涙を流し悶絶の吐息を繰り返す。
痙攣の四肢とヨダレに塗れた顔はもはや理性のある人間ではない。

「まーた壊れたか。やっぱこのヤクはダメだな。1発でイカれたら商売になんねぇ」

「足立さん、コイツらどうします?」

「捨てとけ。どうせ意識もちゃんとは戻らねぇしな。それにもし戻ったとしたら前の10倍の依存性だ。自分からこっちに戻ってくるだろ」

倒れる女を足でどかして足立と呼ばれた男は椅子に深く座る。
それを合図に半裸の女性達が足立に群がった。右手を舐めさせ左手で遊ばせ口付けをさせる。
ハーレムここに極まれりといった光景だ。
すると、そこに顔の半分が焼き爛れ、髪も半分無くなっている三白眼の男が来た。

「あーあ可哀想に。矢部さんはこういうの適度に味わうからヤク美味ぇとおもうんだよなぁ。そんな物欲しそうに迫ってきたらこっちだって加減が聞かなくなるってんだ。なぁ滝壺」

二人の男が向ける視線の先には枷で繋がれ項垂れる男と、その男を殴り続ける浅黒いガッシリとした男、滝壺だ。

「アァ? 俺は女よりもヤクよりも殴る方が万倍愉しいな」

そう言いながら鎖に繋がれた男に連撃を入れる。
鎖と壁がぶつかり金属音が鳴る。
血が周囲に飛び散り歯が砕かれる。
それでも男は止まらない。
動けない生きた人形を壊しきるまで、連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して連打して───────止まった。

「あああぁぁぁぁァァァぁぁぁぁあぁぁ!!! きぃぃもちいいいいいい!!」

返り血で真っ赤に染まる滝壺は壊した亡骸に快感を覚え吠える。
恐らく外にまで漏れてるであろう咆哮は、しかしそれ以上に大きなロックで塗りつぶされて。
叫び倒すと、肩で息をつき興奮の真っ只中にいる狂人が呆然と立っているだけであった。
それに足立がカクテルグラスを投げつけ、パリン、と割れた音と共に文句を言ってやる。

「くせぇからさっさと終わらせろ滝壺。それに矢部、テメェこいつら分の補充ちゃんと賄えよ」

「まあまあ落ち着いてくださいよ足立さん。俺ん所のクラブ知ってんでしょ? あそこならちょっと引っ掛けるだけですぐ釣れますって」

それより、と矢部はニヤリと口の端を上げて話題を変える。

「明日、まだらさんが釈放されるらしいですよ。もちろん迎えに行きますよね?」

「ああ、当たり前だ。その準備も進めとけ。あと、なんだそのゴミは」

机の端に置かれている3つのネックレス。
最初はただの洒落た装飾かと思ったが、それに蜂のマークが3つ全てに付いている。
なら、これはただの装飾ではない。
問われた矢部は更に口元を歪ませて笑う。

「あ、これいいでしょ? 縞蛇シマヘビは今あんま名乗れないっすからねぇ。これ付けて遊ぶだけで全部チャラになるんだから軽いよなぁこの世界」

「ふん、大概にしとけよ」

「はいはーい。あ、それと須川の奴死んだらしいですよ。まだ表沙汰にはされてないですが」

そこで最近囲った金ヅルの名前が出てくる。
どうせ遊んだ相手から刺されでもしたんだろう。
そう考えてどうでもいい須川という名前と顔を脳内から消した。


***


半年ほど前、縞蛇と虎頭蜂の全面戦争が起こった。
死人も出て大きな事件となった抗争は、原因不明のまま縞蛇と虎頭蜂の2つのグループと共に闇へと消されるはずだった。

しかし、彼らは残ってしまった。

縞蛇という大きな半グレ集団を纏める4人の狂人たち。人を人と思わず、非道を喜び犯罪で遊ぶ。
街の半グレ達がある噂を耳にする。

縞蛇の頭が外に出てくると。あの4人がまた揃ってしまうと。

彼ら4人の遊び場を荒らす半グレはすぐに狩られる側へと追いやられてしまうから。
悩んだ末、街の半グレ達は新生縞蛇に憧れと恐怖から集うのであった。


***


遠く離れた収容施設。
その一室で男は笑う。

笑う、笑う、笑って、笑う

腹を抱えて、足をバタつかして汚く響く笑い声。

下卑たその表情はきっと、これから起こる事件への嘲笑である。






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