一級品の偽物

弐式

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二.

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「名前は天然理心流の近藤様とか。見た感じ田舎侍といった感じでしたな」

 番頭から来客の印象を伝えられた伊助は、またいつもの手合いか、と思った。

 この混乱を千載一遇の機会ととらえ一旗揚げようとする者は多くおり、新たに刀を買い求める客も多かったので、刀剣商は大賑わいになっているのである。しかし、訪れるのは商人の伊助から見ても下らぬと思うような輩ばかり。仕事とはいえ、少々うんざりしていたのである。

 とはいえ神道無念流練兵館といえば、今や隆盛を極める江戸三大道場の一つでもあるため、その紹介とあれば無下に扱うわけにもいかなかった。

 なに、相手がつまらない手合いだったら、無銘の刀を適当な値で売ってやればよい……そんな罰当たりなことを考えていた。

 その男に会うまでは――。

 近藤という男が通された座敷へと入り、「不作法をいたしまして」と不在だったことを詫びて、正面に座布団を敷いて座った。平伏した伊助に対して近藤は、

「こちらこそ、突然にまかり越したる無礼。どうぞご容赦いただきたい」

 と、謝辞と一礼を返した。

 そんなやり取りをしながらも伊助は近藤という男を素早く上から下へと視線を走らせ観察する。悪い言葉を使うと値踏みした。

 確かに、番頭の言う通り、日に焼けた厳つい顔やみすぼらしくはないが質素な身なりを見ると、雰囲気はまさしく田舎の郷士のそれだった。しかし、正座してピンと張らせた背筋は一本筋が通っており、その肩幅はとても広く、毎日重い木刀で素振りをしている様子が目に浮かぶようであった。

 一流を担っているだけあって折り目正しい態度も好感のもてるものだったし、何よりもその顔つき、その眼光の鋭さは、なるほど、これこそ本物の侍のそれだと感じさせるものであった。

 侍といっても、礼節をわきまえ、武の道に精進し、文の道も決して怠らない、本当の意味での侍はほんの一握りに過ぎないのが実態である。

 玉石混在という言葉があるが、大抵の場合は本当の意味での玉はほんのわずかで、ほとんど全てが石である。侍にしても同様である。家柄に胡坐をかいた者、泰平に慣れてこの時代にどうしていいのか分からない者、日々の生活にも困窮している者、腕は立っても粗野で乱暴狼藉を働くしか能のない者。侍といったところで、ほとんどが石ばかりというのが伊助の率直な印象であった。

 「改めて、拙者は近藤と申す者。市ヶ谷甲良屋敷の天然理心流剣術・試護館道場、総師範を務めておる」

 と近藤が頭を下げ、伊助も簡単な挨拶を返した。

 それからすぐに商談ではなく、本題に入る前に互いに雑談を交わした。話はやはり剣術の話題である。巷では刀剣商ばかりではなく剣術道場も大賑わいである。話題には事欠かなかった。

「ところで近藤様は練兵館道場からの紹介と承っております。以前、練兵館には桂小五郎という御仁がおりましたが、ご存じですかな?」

「無論」

 後に倒幕・新政府樹立に大きな影響を与える維新三傑の一人、長州藩士・桂小五郎が練兵館で剣の修練を積むと同時に、後に桂と坂本竜馬を引き合わせる大村藩の渡辺昇ら維新に大きな影響与える英傑たちと、天下国家について大いに論じ合っていたのはほんの数年前の話。今の桂はすでに長州藩に戻り、藩政の中枢でその力をふるっていた。

「竹刀を交えたことはなかったが、剣の腕もさることながら、あの気迫はなかなか真似できぬものだった」

 近藤は懐かしそうに桂のことを語った。
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