切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

26.国産厨とドイツカメラバカ

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 放課後――。

 写真研究部が部活動に使っている多目的室に向かってみると、手芸部と写真研究部とを分けている衝立の向こう側から刺々しい声が聞こえて来ていた。

 晶乃が衝立をそっと開いて中を伺ってみると5人の男女がいた。4人が椅子に座っている。面識があるのは先日会った2年生の女子2人と男子1人。もう一人椅子に座って腕を組んでいる見覚えのない上級生らしい男子が、おそらく彩智が言っていた伊庭先輩だろう。

 もう1人立っている女子――。

 明るいを通り越して金髪に近い色の長い髪。アニメ以外で見たことないくらいに短くスカートの裾を上げ、「本当に同じ制服だよね」と思ってしまう着こなしっぷりは、ちょっと参考にしたいかな、と思う。もっとも、自分には似合いやしないだろうけれど、と晶乃は思う。同時に校則に触れないのだろうか、と心配にもなる。

 話している内容は分からないが、何かを寄こせと言っているような気がする。どうせあなた達には必要ないでしょうという言葉も。この金髪の上級生の態度はやたらと尊大で、言葉の端々に写真研究部の部員たちを見下すような思考が漏れ出ている。

「どう? この間の部長さんか、副部長さんはいる?」

「ううん」

 晶乃の後ろに隠れた彩智が声を潜めて尋ねてきた。あの両名とは顔を合わせたくないという意識があるらしい。

「見覚えのある人もいるけれど、見覚えのない人も……シンデレラの継母みたいな上級生がいる」

 晶乃は、初見の印象をそのまま口にした。

「毒リンゴ持った魔女みたいな先輩?」

「それはシンデレラじゃなくて――」

「聞こえているわよ、1年」

 晶乃と彩智がいる方に、金髪の上級生が目を向ける。あからさまな敵意が籠った鋭い目に、たじろぎつつも晶乃と彩智は中に入る。

「よぉ」

 伊庭が手を挙げて、彩智が小さく会釈を返す。

「新入部員?」

 金髪の女生徒が尋ねてきた。

「いえ、私たちは……」

 否定しようとした彩智の言葉には被せて、

「写真研究部なんて入るだけ無駄よ。どうせ来月にはなくなるんだから」

 ふふん、と金髪の上級生は嘲笑する。

 彩智の表情にあからさまに癇に障ったような影が浮かんだが、無視して伊庭の方に、「カメラを返しに来ました」と向かう。

「何? EE-MATIC? 国産レンジファインダーなんて粗悪品のカメラをよく使っているものね?」

「国産のレンジファインダーが粗悪ですか?」

 金髪の女生徒の嘲りの言葉に反応して彩智が言い返す。よせばいいのにとハラハラしながら晶乃は、伊庭の横に移動する。その位置が、もしも暴力沙汰になりそうだったらすぐに動けると判断したからだった。

「パルナックライカやライカMシリーズ、コンタックスⅠ型などそうそうたるドイツカメラのレンジファインダーの名機の完成度に比べたら、国産のニコンSPだのCanon7なんて、只のトイカメラよ。日本メーカーはライカのレンジファインダーに到底敵わないと思い知って、一眼レフに逃げたんだから」

「それは見解の相違というものでは? 日本メーカーはレンジファインダーのメリットより一眼レフのメリットを優先しただけ。日本製カメラの優秀性は世界でも知られていますし、今や日本メーカーが世界のカメラ産業を席巻しているという事実が、判断の正しさを示していると思いますが?」

「昔、「二番じゃダメなんですか」と言い放った政治家がいたけれど、信念を貫いて敗北したドイツと、矜持を捨てて一番になった日本と、どちらが立派か。まぁ、拝金主義者には理解できないでしょうね」

「何でレンジファインダーを否定して一眼レフに進んだことが矜持を捨てたことになるのか。何故そのことを肯定したら拝金主義になるのか。そのロジックは理解しがたいですが、つまるところ、あなたのような自称上級者にとっては、原価抑制で手頃な価格でカメラを供給して、自動露出・オートフォーカスといった革新技術でカメラを特別なものではなく誰にでも使える物にしてしまった日本メーカーが許せないんでしょう? だから、ことさらドイツカメラを褒め称えて、日本メーカーを貶める。宗教やっている人の感覚と一緒ですね」

 晶乃の目には、一瞬、両者の間に飛びちる火花が見えた気がする。

「まだ続くかなぁ」

 横の伊庭が机に肘をついて、呆れたように眺めていた。立ったままで腕組みをして「はぁ」と空返事した晶乃は「君も座ったらどうだ」と促され、少し迷ったが空いていた椅子に腰を下ろした。

「君の友達は結構好戦的だな。桑島先生に――父親に似ているっていえば、似ているが」

「桑島先生もそういう人だったんですか?」

「どっちかと言えば、理詰めで相手を徹底的に追い詰めるタイプだったな。自分が正しかったら生徒相手でも同僚の教師相手でも容赦なしって感じ。相手の逃げ場を絶対に作らないタイプだったよ」

 その口調からはあまり好感を持っている様には聞こえなかった。

「桑島先生は、それを悪いと思っていないようだった。正しいことは正しい。自分が正しいから、相手もそれを無条件で受け入れて当たり前。自分は正しいから、相手の考えや意見に耳を傾ける必要も考えを改める必要もない。そう考えている節があった。そういうところが、俺は苦手だったな」

「そう……ですか」

 そんなやり通りをしている間にも、彩智と金髪の上級生の言い争いは続いていた。

「ライカMシリーズの完成度の高さや優秀性を否定する気は毛頭ありませんが、日本メーカーの戦後カメラ史や写真史に果たしてきた役割を、過小評価する必要もないと思いますが!」

「これだから国産厨は。国産と聞けば何だって有難がって本質を理解しようともしない」

「ドイツカメラ馬鹿につける薬はないという噂は本当のようですね!」

 むむっと両者の口が止まった所で、「そこまで」と、伊庭が口を挟んだ。

「……ここは、写真研究部の活動場所だ。上村サンは、活動の邪魔をしに来たのなら出て行ってくれ」

 それから小さく肩をすくめ、

「弘法は筆を選ばず。良い写真を撮るために最適なカメラやレンズを選択する必要があることは否定しないが、構図やライティングなんかも重要な要素だ。道具だけを論じても意味がないし、技術だけを論じても意味がない」

 要約すれば「大事なのはバランスだよね」ということなのだが、金髪の上級生は、人の悪そうな笑みを浮かべて、彩智――正確には彩智の持つカメラに真っすぐに立てた人差し指を向けた。

「だったら証明して見せてよ。EE-MATICそんなカメラでも、人を感動させられる写真が撮れるって」

「いいですよ」

 彩智の声は条件反射で応えたような感じだったが、これではもう引くに引けなくなった。

 隣の伊庭が額を押さえるのを見て、晶乃は慌てて立ち上がる。

「ちょっと! 写真研究部でもないのに何でそんな――」

 晶乃の抗議の声は無視された。

「明日から3連休だし、写真撮って現像する時間はあるでしょう? フィルム1本も撮れば、それなりの写真も1枚や2枚は撮れるでしょうから、それなりに楽しみにしておいてあげるわ」

 金髪の上級生は、最後まで上から目線の態度を崩すことなく言い放つと、その場を後にした。

「全く、彩智は……」

 呟いた晶乃に、

「どうしよう、晶乃」

 と半泣きの声が返ってくる。

「まぁ、あそこまで言ってしまったら、どうにもならんだろ? それとも今から撤回しに行くか?」

 伊庭が、半分笑いながら手の平に納まる半透明の円筒状のフィルムケースを差し出してきた。

「まぁ、現像のことを考えたら明日のんびり撮影にでも行くといいさ。良い写真が撮れなかったからって、別に取って食われるわけでもないし」

「そうします……」

 さっきまでの好戦的な雰囲気はどこへやら。しょんぼりと肩を落とした彩智は、伊庭からフィルムを受け取った。

「それにしても、上村部長は何をしに来たんですかね。いきなり、ウチの備品のカメラを引き渡せなんて。放っといても、写真部と写真研究部が合流したら自分らの物になるのに」

 静観していた2年生の谷口泰史が口を開く。

「そんなに、高価なカメラがあるんですか」

 晶乃が伊庭に尋ねる。

「いや。比較的手に入れやすいフィルムの一眼レフが2台と、古いデジタル一眼レフが3台。安いレンズが8本。全部中古で買った状態もそんなに良くない、それほど写真部が欲しいものでもないはずだ。多分、ここに来るための口実で、目的は別にあるか、単に嗤いに来たか言いがかりを付けに来ただけだろ。あの写真部の部長の上村朝陽は、正直、何を考えているか分からないところがあるから、目的が気にはなるが」

 何を考えているか分からない……か。

 彩智の手の中のEE-MATICと受け取ったばかりのフィルムを見ながら思う。確かに、生意気な新1年生に喧嘩を売ったところで、彼女にメリットがあるとは思えない。

「……ところで彩智」

 まだ頭を抱えている彩智のポニーテールを指先に巻き付けて悪戯しながら晶乃が言う。

「明日、撮るものが決まっていないのなら、ちょっと私に案があるんだけれど、どうかな」
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