切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

25.レンジファインダー

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「それで貰ってきたの?」

 昼食が終わり、午後の最初の授業が終わった後の10分休憩。彩智が見せてきたカメラを手に取った晶乃はぐるりと外観を眺めてから、ファインダーを覗き込んだ。

「まさか! 押し付けられたんだよ! 放課後に返しに行ってくるよ!」

 憮然とした顔をする彩智を、ファインダー越しに見る晶乃。この間のデジタル一眼レフカメラと見え方が全く違う。ファインダーからレンズの黒い胴部の端が僅かに見えるのだ。やっぱり古いカメラだからだろうか。

 同時に、ファインダー越しに見える教室の風景が、うっすらとした二重の像が出来ていることに気付いた。

「ねぇ……このカメラ、ひょっとして壊れてない?」

「そのカメラは単焦点――ズームレンズと違って焦点距離が変えられないレンズを使っているから、ズームが出来ないのは壊れているわけじゃないよ」

 先読みした彩智が言うのを、晶乃は「そうじゃなくて……」と首を振って、カメラを突き出した。

「ファインダーの中が薄っすらと二重になっているんだよ」

「ああ……」

 小さく頷く彩智。

「このカメラは、EE-MATICイーイー・マチックっていう小西六写真工業――後のコニカ株式会社から1963年に発売されたカメラなんだけれど、このカメラはレンジファインダーなの」

 彩智の台詞がつい先ほどネットで仕入れたばかりのものだとは、晶乃は知る由もない。

「レンジファインダー? ファインダーはこの覗き窓のことだよね。レンジはショートレンジとかロングレンジとかの、距離のことかな?」

 あてずっぽうで言ってみる。

「微妙に正解に近いのが悔しいなぁ。レンジファインダーっていうのは本来、距離計そのものを指す言葉なんだけれど、日本では光学視差式距離計のことを指すことが多いらしいね。光学視差式距離計を組み込んだカメラってこと。ファインダーから二重に見える像を、ピントリングを回して合致させることでピントを合わせるんだよ」

「ああ、なるほど」

 光学視差式距離計の意味とか、レンジファインダーの仕組みとかは全然分からないものの、ピントリングを回すと薄っすらとした像も横に動くことは理解した。

「撮影するためのレンズからミラーとプリズムを通してファインダーに映像を写すのが一眼レフ。一眼レフのファインダーから見えるのは、実際に写真になる画と同じものなの。レンジファインダーのファインダーは、撮影レンズとは無関係な素通しのガラス窓なので、実際に撮影する写真とはズレが出る」

「ふむふむ」

 彩智の説明を聞いて、レンズの胴部が見えていたのは古いからではなくカメラの仕組みの違いだと理解する。

「フィルムは入っていないから、シャッターを切っても大丈夫だよ。右手の方の巻き上げレバーを操作して、シャッターボタンを押せばいいの」

 言われたとおりにやってみるが、何故かシャッターが押し込まれず動揺する。

「ど、どうしよう。壊しちゃった?」

「巻き上げレバーを完全に戻すとシャッターは切れない」

 彩智に言われた通り、ちょっとだけ巻き上げレバーを手前に動かすとシャッターが切れた。

「おおっ!」

 無機質な中にもどこか味を感じる音だと晶乃は思う。もう一回。また巻き上げレバーを操作してシャッターを切る。カシャリ。何だか面白くなってきて、それを何度も繰り返す。

 1963年のカメラということは言うまでもなくデジタルカメラではなくフィルムを使用するカメラである。オートフォーカスも存在していない時代のカメラであり、ピント合わせは手動で行わなければならない。モータードライブも付いていないから、フィルムも一枚ごとに巻き上げなければならない。そんなカメラを、不便なカメラと見るか味のあるカメラと見るかはさておき、2004年に発売されたデジタル一眼レフのNikon D70を骨董品のように感じる晶乃にとっては、50年前のカメラなんて古墳からの出土品のような感覚である。

 しかし、カメラを扱うことの面白さは、むしろ古いカメラの方がずっと上なのではないかと、シャッターを切りながら晶乃は思う。

「ちなみにそのカメラのレンズの周りのぶつぶつの透明な球体が露出計になっていて、カメラが自動的に最適なシャッター速度を割り出して撮影できるようにもなっているんだよ」

「なるほど。意外にハイテクなんだね」

 晶乃が両手で持っているカメラを指さして説明していた彩智の口調が呆れを含んだものになった。

「晶乃って、変なところで子供だよね」

「そうかな。でも面白いもの」

 顔がにやけてくるのを感じていた晶乃は「要らないのなら、私が貰っちゃおうかな」と抱き寄せる。「晶乃」と拗ねたような、怒ったような口調で彩智が手を伸ばす。

「寄越しなさい」

「冗談だって」

 半分は本気だった晶乃は、笑いながら彩智の小さな掌の上に、ちょっと存在感を感じるEE-MATICを載せる。

「それでどうする? 放課後は付き合おうか?」

「だから見せたんだよ」

 さも当たり前のように彩智は言う。
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