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第一話 人類が滅んだので、知的遺産を残すため異世界へ転移するらしい

その四

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 ***


「――承知いたしました。私はエルです」


「それでエルは何処どこからきたの?」

 今「エル」という名前をもらったばかりの元アンドロイドは、その質問に二つの解を考えた。一つは、前の世界の地球という星。もう一つは、この世界に転生して降り立った場所――つまり、ここから八十三メートルほど手前の場所。

 状況から考え、少女が求めているのは後述だろう――ということになり、その方向を指差す。

 フィスは指された方向を向いた。

「東? 確かそっちの方向には猫人びょうじん族の集落はなかったはずだけど……」

「猫人族?」

 それはどういう人種か? エルはハーミットにたずねる。

『こんなイメージね……』

 ハーミットはエルの脳裏に画像データを送る。大きな耳が特徴的の二次元キャラだ。

 エルは頭に手を乗せる。もふもふの耳が触れた。自分の手がくすぐったく、耳がピクピクと反応している。


「そもそも、猫人族が里から出てくることは滅多にないはずなのに……まあ、いいか……とにかくその格好では寒いでしょ? 私の家に来て」

 木の実を入れた袋を持ち上げると、「こっちよ」と言って歩き始めた。


「えーと、フィスさん? ところで……」

 エルが呼び止めるので、フィスが「なに?」と振り向く。

「あちらから来る大きな生命体はお知り合いですか?」


「………………えっ?」


 草木が揺れている。そして、何か唸り声も聞こえる。すると突然――

 グシャア!

 草木が派手に折れる音がして巨大な生物が現れた。


「ジャイアントグロー⁉」

 フィスが叫ぶ。

 熊のような容姿だが、体長は三メートル近い。そして最も特徴的なのは、攻撃手段となる二本の腕。脚よりも発達したそれはシャベルカーを二体連結したような容姿だ。白目をき、大きな口からヨダレが絶え間なくしたたり落ちている。つまり、尋常じゃない。

「上級モンスターが何故なぜこんな場所に!」

 フィスが声に出して驚きを示した。


「上級モンスターと言ってますが……」


 エルがハーミットに報告する。

ということはそれなりに強いのかもね。しかし、情報が足りないなぁ……まずは言葉が通じるか話してみて』

「――話す? 会話するのですか?」

 エルと名付けられた元アンドロイドのネコ耳娘は、ジャイアントグローに歩み寄る。それを見たフィスは慌てた。

「ばっ、バカっ! 下がって!」

 フィスの忠告を無視して、モンスターの前に立つ。

「――警告します。それ以上接近した場合、攻撃を開始します。直ちにこの場から立ち去って……」

 そこまで声にしたところで、ジャイアントグローの長い腕が横から飛んできた! エルの脇腹を強打する!

 その反動で十メートルほど吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられる。横転を繰り返したあと、紐の切れた操り人形のように、だらしなく横たわった。


「なっ!」

 フィスという赤毛の少女は「くっ!」と歯を食い縛り、大きなモンスターにワンドを向けた。


 その様子を薄目を開けて見ていたエル。だが、カラダは激痛で身動きできない。

『まだ調整ができていないのに、いきなり相手にするから。ちゃんと、準備しないとダメだよ』

 他人が聞いていたら、「そんなことを言っている場合じゃないだろう!」と怒りそうだが、ハーミットはのんきにそんなことを言う。

 話しかけろと言ったのはそっちでは? と、エルは思ったが、それより……


「痛いです……これが痛覚ですか?」

 初めて感じる痛み。カラダ全体に高圧の電気が流れたかのようだ。

『そうみたいだね……かなり派手に転んでいたけど、センサーも駆動部もエラーは出てないよ。念のため自己診断ダイアグノーシスをやってみて』

「了解……」

 エルは自己診断を開始する。

「光学カメラ――正常。赤外線センサー――正常。集音マイク――正常。送受信アンテナ――エラー。全てのバンドで受信できず」

『あ。それはスルーで――』

「各駆動部の異常――確認されず。起立開始」

 ゆっくりと立ち上がる。足を踏ん張っても違和感がないことを確認すると、再びジャイアントグローへと向かう。

「脚部駆動部の出力調整……最適化。反応速度……最適化……」

 エルはぶつぶつと呟きながら、フィスの横を過ぎる。


「エル! だ、大丈夫だったの⁉」


 そう呼びかけられるが、何も応えず前進を続けた。

「腕部の負荷リミッター――一万キログラムに変更。ギア比、一倍に設定……モードを『戦闘』に変更――」


 再びモンスターに近づいていく猫人族に、フィスは慌てて声をかける。

「ちょっと! 何やってるの! 止まりなさい!」

 彼女がどんなに叫んでも、エルは止まらない。

 ジャイアントグローは「ガゥルルル……」と威嚇の唸り声をあげた。しかし、それさえ気に留めない。

 そして、ジャイアントグローの長い腕が届く位置までエルが進入した矢先、大きく長い爪がエルの頭部に目掛け振り下ろされた!

「ダメーっ!」
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