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第一話 人類が滅んだので、知的遺産を残すため異世界へ転移するらしい
その五
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***
ジャイアントグローの鋭い爪が目の前にいる猫人族の娘に突き刺さろうとした!
フィスは目を反らす……
何も聞こえない――
肉を切り裂く、おぞましい音――それが聞こえることを予測していたのだが、それどころか、どんな音も聞こえない。
恐る恐る顔を上げると、あり得ない光景を目にする。
男性の胴回りよりはるかに太い腕の先端にある爪――それは鋼鉄の盾をも串刺しにするという――を猫人族の娘が、その細い腕だけで受け止めていた。
「……嘘、でしょ?」
その状況を、即座に理解できない。
ジャイアントグローは爪をめり込ませようと、グイグイと押し込むのだが、一ミリたりとも押し込めない。それどころか押し返されている。
そのモンスターはもう一つの腕をやはりエルへと振り下ろす――が、今度はその爪の先端をエルはいとも簡単に掴んだ。
「な……何が起きてるの⁉」
フィスはその場に立ち尽くす。驚愕を通り越し、呆然とするしかない……
モンスターは自分の爪を掴んだ相手の手を引き離そうとしているのだが、ビクともしない。
それどころか、エルは片手だけでジャイアントグローを持ち上げる。そして、そのまま投げ飛ばした!
激しい振動と音でフィスは「きゃあ!」と声をあげてしまう。
***
仰向けになったモンスターの上にエルは乗っかり、重粒子ビームを撃ち込もうと両腕をそのおぞましい顔に向けた。
『エラー――MPが不足してます』
…………あれ?
聞いたことのないメッセージが頭の中に聞こえる。
(……MP?)
いったい、何のこと?
エラー内容を確認している間に、パワーシャベルのような腕がまた飛んできて、エルを払い飛ばす。
「エル!」
そう叫ぶ声が聞こえた。自分を心配してのことだとは思ったが、さすがに今、それに応える余裕はない。
エルは空中で体勢を変え、木の幹を蹴って再びモンスターへ向かう。払い飛ばされた時の倍以上のスピードで――
また空中で半回転して、起き上がろうとしていたジャイアントグローの首に蹴りを加えた。
いくらず太い首だといっても、砲弾ほどの威力で直撃を食らえばさすがに致命的だ。首が変な曲がり方をしながら巨大なモンスターは崩れ落ち、泡を吹く。
しかし、エルは容赦なく馬乗りになると、そのままモンスターの顔を何度も素手で殴る――相手はモンスターだからといって、さすが見るに耐えない……
「エル! もういいから! もうとっくに死んでるから!」
フィスがそう叫ぶと、エルは動きを止めた。
「そうですか……人間以外の動物を殺害したことがなかったので、どの程度で死亡したと判断していいのかわかりませんでした」
怖いことをさらっと言うエルに、フィスは「えっ?」とヘンな表情を見せていた。
「えーと……まあ、いいや……エル、ちょっと退いて」
エルがジャイアントグローから降りると、フィスはそのモンスターの胸元に手を乗せ、詠唱を開始した。
すると、手のひらにほわっと暖かい光が見え、そして何か輝くモノが現れる。
「本当は胸を裂いて取り出すのだけど、気持ち悪いでしょ? こうやって魔法でも取り出せるの――それにしても、さすがに上級モンスターとなるとスゴいわね。こんなに大きなモノ、初めて見たわ」
フィスが手にしたものは、赤く輝く結晶のようなものだった。ウズラの玉子ほどの大きさがある。これが宝石なら、数百万円の価値があるだろう……
「それは……何ですか?」
エルがたずねると、フィスは少し驚いた顔をする。
「あなた、魔石を見たことないの?」
魔石? 初めて聞く単語に頭を傾げる。
その様子を見て、フィスはため息を吐いた。
「……まあ、いいわ。魔石はね、モンスターから取れるの。だいたいはゴブリンやオークのように『魔物』と呼ばれている種族が魔石を体内に取り込みモンスターになるのだけど、ジャイアントグローみたいに、野獣が魔石を体内に取り込んでモンスターになったりするわ。時には人間もモンスターになったりするのよ」
「はあ……」
エルは気の抜けた返事をする。
「ゴブリンやオークなどは元々攻撃的だけど、魔石を体内に取り込んで、モンスター化すると元の種族よりもっと攻撃的になって、強さも二段階くらいアップするみたいね。ちなみに、ジャイアントグローは見ての通り、元々は熊よ」
フィスは話を続ける。
「地べたに転がっている魔石は普通の石ころと区別が付かないのだけど、モンスターの体内で活性化すると、こんなふうに美しく輝くの。そうなると、宝石としての価値も出るし、魔道具も作れるの」
「魔道具?」
また知らない単語が出てきた。
「そう、魔道具。武器から生活用品まで魔道具は私達のあらゆる活動に欠かせないモノよ」
そうらしいですよ……と、ハーミットに伝えると、『なるほど。そういう設定ね』とハーミットの声が聞こえる。
「設定……ですか……」
エルは、何だかなあ……と少し呆れた表情をした。
「はい、手を出して」
エルは言われた通りにすると、フィスは魔石をその手に乗せる。
「これは?」
「あなたが倒したのだから、あなたのモノよ。売ってもいいし、魔石は魔法を使うときの触媒にもなるから、持っていて損はないわ……でも、あなた魔法は使えるの?」
魔法……いったいどうなのだろう? エルは即答しなかった。
「本当は魔石だけでなく、爪や毛皮も高く売れるのだけど……こんなの持ち帰ったら町が大騒ぎになってしまうし……残念だけど捨てていくしかないわね」
フィスはジャイアントグローの死骸を見て、勿体無いなあ……という顔をしていた。
「それにしても、上級モンスターを素手で倒すなんて聞いたことないわ。あなた、いったい何者なの?」
「足も使いましたが……」とエルは応えるが、「そういうことじゃないの!」と怒られる。
「……まあ、いいわ。それについてはあとでゆっくりと聞かせてもらうわよ。でも、これからは私の指示に従うこと! 確かにあなたは強いけど、この辺りには物理攻撃が全く通じないモンスターも沢山いるんだからね!」
「指示……ですか……」
エルはハーミットに、現在の指揮官は誰なのか質問する。
『指揮官? 今は空白だね……』
それなら……ということで、フィスの指揮下に入っていいか確認する。
『いいんじゃない? それじゃ登録するね』
ハーミットは指揮官の欄に「フィス」と入力する。
「承認されました。現時点よりLP八七……いえ、『エル』は、フィスの指揮下に入ります」
「あの……そんなに仰々しく応えられても……まあ、わかってくれたら、それで良いから……」
なんかやりづらいなあ……という顔をするフィス。
しかし、これが史上最強――いや最恐コンビの誕生した瞬間であったとは、その時点で誰も知る由もない……
ジャイアントグローの鋭い爪が目の前にいる猫人族の娘に突き刺さろうとした!
フィスは目を反らす……
何も聞こえない――
肉を切り裂く、おぞましい音――それが聞こえることを予測していたのだが、それどころか、どんな音も聞こえない。
恐る恐る顔を上げると、あり得ない光景を目にする。
男性の胴回りよりはるかに太い腕の先端にある爪――それは鋼鉄の盾をも串刺しにするという――を猫人族の娘が、その細い腕だけで受け止めていた。
「……嘘、でしょ?」
その状況を、即座に理解できない。
ジャイアントグローは爪をめり込ませようと、グイグイと押し込むのだが、一ミリたりとも押し込めない。それどころか押し返されている。
そのモンスターはもう一つの腕をやはりエルへと振り下ろす――が、今度はその爪の先端をエルはいとも簡単に掴んだ。
「な……何が起きてるの⁉」
フィスはその場に立ち尽くす。驚愕を通り越し、呆然とするしかない……
モンスターは自分の爪を掴んだ相手の手を引き離そうとしているのだが、ビクともしない。
それどころか、エルは片手だけでジャイアントグローを持ち上げる。そして、そのまま投げ飛ばした!
激しい振動と音でフィスは「きゃあ!」と声をあげてしまう。
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仰向けになったモンスターの上にエルは乗っかり、重粒子ビームを撃ち込もうと両腕をそのおぞましい顔に向けた。
『エラー――MPが不足してます』
…………あれ?
聞いたことのないメッセージが頭の中に聞こえる。
(……MP?)
いったい、何のこと?
エラー内容を確認している間に、パワーシャベルのような腕がまた飛んできて、エルを払い飛ばす。
「エル!」
そう叫ぶ声が聞こえた。自分を心配してのことだとは思ったが、さすがに今、それに応える余裕はない。
エルは空中で体勢を変え、木の幹を蹴って再びモンスターへ向かう。払い飛ばされた時の倍以上のスピードで――
また空中で半回転して、起き上がろうとしていたジャイアントグローの首に蹴りを加えた。
いくらず太い首だといっても、砲弾ほどの威力で直撃を食らえばさすがに致命的だ。首が変な曲がり方をしながら巨大なモンスターは崩れ落ち、泡を吹く。
しかし、エルは容赦なく馬乗りになると、そのままモンスターの顔を何度も素手で殴る――相手はモンスターだからといって、さすが見るに耐えない……
「エル! もういいから! もうとっくに死んでるから!」
フィスがそう叫ぶと、エルは動きを止めた。
「そうですか……人間以外の動物を殺害したことがなかったので、どの程度で死亡したと判断していいのかわかりませんでした」
怖いことをさらっと言うエルに、フィスは「えっ?」とヘンな表情を見せていた。
「えーと……まあ、いいや……エル、ちょっと退いて」
エルがジャイアントグローから降りると、フィスはそのモンスターの胸元に手を乗せ、詠唱を開始した。
すると、手のひらにほわっと暖かい光が見え、そして何か輝くモノが現れる。
「本当は胸を裂いて取り出すのだけど、気持ち悪いでしょ? こうやって魔法でも取り出せるの――それにしても、さすがに上級モンスターとなるとスゴいわね。こんなに大きなモノ、初めて見たわ」
フィスが手にしたものは、赤く輝く結晶のようなものだった。ウズラの玉子ほどの大きさがある。これが宝石なら、数百万円の価値があるだろう……
「それは……何ですか?」
エルがたずねると、フィスは少し驚いた顔をする。
「あなた、魔石を見たことないの?」
魔石? 初めて聞く単語に頭を傾げる。
その様子を見て、フィスはため息を吐いた。
「……まあ、いいわ。魔石はね、モンスターから取れるの。だいたいはゴブリンやオークのように『魔物』と呼ばれている種族が魔石を体内に取り込みモンスターになるのだけど、ジャイアントグローみたいに、野獣が魔石を体内に取り込んでモンスターになったりするわ。時には人間もモンスターになったりするのよ」
「はあ……」
エルは気の抜けた返事をする。
「ゴブリンやオークなどは元々攻撃的だけど、魔石を体内に取り込んで、モンスター化すると元の種族よりもっと攻撃的になって、強さも二段階くらいアップするみたいね。ちなみに、ジャイアントグローは見ての通り、元々は熊よ」
フィスは話を続ける。
「地べたに転がっている魔石は普通の石ころと区別が付かないのだけど、モンスターの体内で活性化すると、こんなふうに美しく輝くの。そうなると、宝石としての価値も出るし、魔道具も作れるの」
「魔道具?」
また知らない単語が出てきた。
「そう、魔道具。武器から生活用品まで魔道具は私達のあらゆる活動に欠かせないモノよ」
そうらしいですよ……と、ハーミットに伝えると、『なるほど。そういう設定ね』とハーミットの声が聞こえる。
「設定……ですか……」
エルは、何だかなあ……と少し呆れた表情をした。
「はい、手を出して」
エルは言われた通りにすると、フィスは魔石をその手に乗せる。
「これは?」
「あなたが倒したのだから、あなたのモノよ。売ってもいいし、魔石は魔法を使うときの触媒にもなるから、持っていて損はないわ……でも、あなた魔法は使えるの?」
魔法……いったいどうなのだろう? エルは即答しなかった。
「本当は魔石だけでなく、爪や毛皮も高く売れるのだけど……こんなの持ち帰ったら町が大騒ぎになってしまうし……残念だけど捨てていくしかないわね」
フィスはジャイアントグローの死骸を見て、勿体無いなあ……という顔をしていた。
「それにしても、上級モンスターを素手で倒すなんて聞いたことないわ。あなた、いったい何者なの?」
「足も使いましたが……」とエルは応えるが、「そういうことじゃないの!」と怒られる。
「……まあ、いいわ。それについてはあとでゆっくりと聞かせてもらうわよ。でも、これからは私の指示に従うこと! 確かにあなたは強いけど、この辺りには物理攻撃が全く通じないモンスターも沢山いるんだからね!」
「指示……ですか……」
エルはハーミットに、現在の指揮官は誰なのか質問する。
『指揮官? 今は空白だね……』
それなら……ということで、フィスの指揮下に入っていいか確認する。
『いいんじゃない? それじゃ登録するね』
ハーミットは指揮官の欄に「フィス」と入力する。
「承認されました。現時点よりLP八七……いえ、『エル』は、フィスの指揮下に入ります」
「あの……そんなに仰々しく応えられても……まあ、わかってくれたら、それで良いから……」
なんかやりづらいなあ……という顔をするフィス。
しかし、これが史上最強――いや最恐コンビの誕生した瞬間であったとは、その時点で誰も知る由もない……
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