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第一話 人類が滅んだので、知的遺産を残すため異世界へ転移するらしい

その三

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 彼女は旧ウィルハース王国――今はダルタール帝国のウィルハース自治領――その北東にある、トルトという小さな町に住む十三歳の少女。

 名前をフィスという。


 赤い髪を腰辺りまで伸ばしているが、今はトルト近くにあるトルドの森でクルミ拾いをしているため、三つ編みおさげにしていた。


 大陸北部は寒冷の気候。本格的な冬はまだ先なのだが、森の中はかなり冷え込んでいる。フィスは暖かそうな羊毛の民族衣装の上にゆったりとしたローブを羽織って、寒さに対処していた。


 彼女は幼い頃、両親を亡くしている。

 母親は一歳の頃、病気で亡くなったと聞いている。父親は五歳の時に亡くなっていた。

 その後、知人のてでこのトルトまでやってきて、料理屋を営む夫婦と一緒に暮らしている。


 フィスはこのトルドの森で四季折々の食材を集めては、養父母の店で出す料理の足しにしてもらっていたのだ。

 養父母はそんなことをしなくていいと言うのだが、面倒を見てもらっているのだからと、昼間はトルドの森へ、夕方からは店で働いた。


 今日も布袋一杯に木の実を収穫できた。お金にしたら銀貨一枚ほどの量である。

 そろそろ町に帰ろうか――という時、何かの気配を感じた。


 けものか――

 魔物か――


 魔除けの魔法を自分にかけているので、魔物に見付かってしまうことは滅多にない。それでも、出会い頭で見つけられ戦闘になることもある。

 息を殺して自分の気配を消す。そのまま離れて行けばそれで良し。近寄るようなら攻撃しなければならない。後手には回りたくない。


 相手の気配は明らかに近付いていた。


(これは……勘付かれているみたいね……)

 フィスはワンドをローブの内ポケットから取り出す――
 いつでも魔法を繰り出せるように、神経を研ぎ澄ました。
 
 ガサッと音がする。何かを乗り越えた音だ。かなり近い――フィスは振り向いた。


(……えっ?)


 フィスは絶句する。


「えーと……こんにちは」

 相手が声をかけてきた……しかし、混乱してあいさつを返せない。

 思わず口にしてしまった言葉がこれだ――


「な……なんで裸なの⁉」


 こんな森の中、裸でいきなり現れたら誰だって混乱する――いや、町中の方が問題か……


「服は⁉ 服はどうしたの⁉」

 フィスは慌てて、自分のローブを脱ぐ。

「――服は持ってませんが……」

「そんなわけないでしょ⁉ 女の子なのに!」


 そう言われて、森の中から全裸で現れた猫人族の娘は不思議そうな表情をする。そして、改めて自分の姿を見回していた。

 豊かなバスト――正直、フィスより大きい――丸びの帯びた美しい体の線。それを確認して、納得したかのような顔をする。


「なるほど――確かに『女性』です」


「何、訳のわからないこと言っているの⁉ 当たり前でしょ! 追い剥ぎにでもあったの? 可愛そうに……だから、気が動転しているのね?」

 フィスは彼女にローブを着させる。自分が着ていたときには、膝下まであったローブだが、彼女が羽織ると膝上のショートコートのようになる。すらりと長い足がフィスにはちょっとうらやましかった。


「私はフィスよ。あなたの名前は?」


 猫人族の娘はしばらく悩んだまま黙っていたが、「私はLP八七〇三七〇です」と応えた。当然、フィスは変な顔をする……

「なにそれ? 本当に名前? ……うーん。それじゃ『エル』って呼ぶね」

 何のひねりも無いが、これからネコ耳娘を受肉した元アンドロイドは「エル」と呼ばれることになる。
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