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第二章 新しい生活
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しおりを挟む最近気づいた事だが、俺はゼンかゼルに寝て良いと言われると、寝てしまうらしい。今回もそれだったが、俺の身体は抵抗など一切せずに、眠ってしまう。
そして今、大学の練習を見ながらメモをとり、ちょこちょこゼルの方も見ていると、合同練習に来ていた人達と喋っているのが見えた。
「ゼン……俺が何か言って、スランプとか抜け出せるなら、伝えた方がいいと思う??」
「ん?? なんやいきなり。どうしたん??」
「どう思う??」
「せやなあ……俺はスランプ抜け出せる可能性が、少しでもあるんなら、自分のスタイル曲げてでも変わりたい思うし、成長したいっては思うな」
そっか。なら少し……でも俺が言ったら失礼かな。
「ゼン、俺が大学生相手にアドバイスしたら、生意気だよな」
「それはないな。ほんまに上手くなりたい思う奴やったら、どんな小さい事だろうと真剣に聞くし、それが凛くんの意見なら、尚更聞くべきやと思うな」
んー……でも俺はあの人達をずっと見てた訳じゃないし、間違った事言って、もっと悪くなっちゃうのも怖いな。
「監督、ちょいとええか??」
「なんだ?? おー、凛はまた……細かく書いてるね。ゼルと……ん?? これ進藤のやつか??」
ゼンに呼ばれた監督さんは、俺が持ってるタブレットを覗き込んで、誰のやつなのかも書いてないのに、ゼルのだと分かったらしい。
「確かにゼルのですけど、進藤さんって……あのMBで今ゼルと話してる人ですか??」
「やっぱりか。こいつ今伸び悩み中でな」
「あぁ……なんか今本人も、内定決まってるのに、止まったとかなんとか。もう一人の人も、全員伸び悩み中だって言ってますけど」
「……ゼン、どういう事だ?? 俺凛の話についていけないんだが」
「凛くんは口隠さんと、読唇術とまではいかんくても、大体は分かるらしいわ。俺も最近知った事やけど、びっくりよなあ。それが凛くんの片割れも、そうや言うんやから」
「凛はびっくり箱みたい奴だな。ココなんだが、なんで進藤が打つ時に迷ってるって思ったんだ??」
監督さんは、俺がちょろっと書いたところを指差して、真剣な表情で聞いてくる。
「迷ってるからとしか……多分あの人、今スランプじゃなくて、逆に成長途中です。いや、同じなんですかね。スランプって結局は、成長するからおきるものですし、そこを乗り越えられるかどうかで、その人の今後が変わるわけですから」
「……ゼン、凛は本当に高2か?? 詐欺だ」
「いちいち俺に聞かんでや。バレーの事んなると、スイッチ入ってまうんよ。本人楽しんどるんやからええやん」
確かに楽しい。こうしてレベルの高いものは、見てるだけで楽しいし、全部自分に活かせるから。
「凛、言い方を変えるよ。迷ってるっていうのは、どこを見て判断したんだ??」
「どこって言われても、手しかないんですけど、あとは目線が……なんだろ?? コートが見えてるのか、目でフェイントでもいれてるのかな。とりあえず見えた情報に、思考が追いついてない気がします。あとは……身長伸びたのか、ジャンプ力が上がったのか、昔のゼルを見てる感覚です。窮屈そう……でも俺はあの人のプレーをよく知ってるわけではないので、やっぱり本人に言わなくてもいいかな……と」
「ん……確かに身長は伸びたな。ジャンプ力は測ってないが……取り敢えず呼ぶか」
そう言って監督さんはMBの二人を呼び、俺は目があったゼルを呼んだ。
「凛、どうしたんや??」
「ゼル、また無意識に調子が良いコースばっかりになってる。それと、またジャンプ力あがった?? それともあのセッターの人がうまいとか??」
「またなっとったか……結構意識しとるはずなんやけど。あのセッター、俺が初めてやから調整しとるんやろうけど、どんどん打点引き上げてくるんよ」
少しずつ調整してるのか……それにしてもゼルは速攻でも跳ぶようになってきたな。ジャンプ力もだけど……あれ?? こんなに大きかったっけ??
俺は立ってゼルを見上げると、やはり少し身長が高くなっている気がして、ゼルにピタッと抱きついてみた。
「凛!? どうしたん、可愛い事しよって」
「凛くん、俺にはしてくれへんの??」
んー、やっぱり少し大きくなったような……
俺がゼルから少し離れると、ゼンは俺を引っ張って、自分の膝に俺を乗せると満足そうに抱きついてくる。
「ゼル、身長伸びた??」
「ん?? インハイ前に測ってからは、全然測っとらんから分からんなあ……あ、でも凛が前よりも、小さいようには感じとったかも」
「あー、確かにお前伸びたかもしれんな。昨日凛くんがお前の上で乱れとっ……ふぐッ」
「ナニを言い出すんだ!! もっと他にも比べるところあるだろ」
俺はゼン顔にカメラが当たらないよう、ぬいぐるみを押し付けた。
「兄貴って194とかやったよな?? まだ伸びとるん??」
「まだ若干伸びとるけど、そろそろ195はいきそうやな。お前はその調子やと2メートルいくんちゃう??」
え、俺もせめて170はいかないと、身長差が大変な事になるんじゃ……
その後、ゼルはまた練習に戻って、俺はゼンが離してくれないため、そのままメモをとっていく。MBの二人はというと、監督さんと話してから、ぎこちなくも良い変化が出てきた気がした。
流石だな。この監督さん、うちの先生とは大違いだ。
少ししてお昼の休憩となり、俺は監督さんに呼ばれて、体育館にあるトレーニングルームに案内された。
「藤井、水間さん、それと天城も、ちょっといいか??」
呼ばれた三人は、俺と少し離れた場所で止まった。
「凛とゼルに紹介するな。コーチの藤井とスポーツトレーナーの水間さん。それと高校でゼンとチームメイトだった天城司だ。チームドクターとして、凛のケアもしてもらう予定だ」
「よろしく凛くん。ケアと言っても、俺はスポーツ関連が専門だから、軽く話を聞いたりする程度で、サポートするくらいしか出来ないけど、もしもの時に凛くんの気を紛らわせるような、高校の時のゼンの事とか話してあげる事は出来るよ」
落ち着いた声質の天城さんは、そう言って少し俺に近づき、軽くしゃがんで俺と目を合わせてくる。
「高校ん時って、お前余計な事まで言うやろ」
「あ、ゼン居たんだ。気づかなかったよ。余計な事なんか言う筈ないじゃん。俺は事実しか言わないよ。それに凛くんが脱走するよりはいいんじゃないの??」
「こんの腹黒。相変わらずやな」
「褒められても何も出ないよ」
仲良い……のか?? でもゼンの事知ってるなら、少し安心出来るかも。
「その二人は放っておくとして、私はコーチをさせてもらってる藤井です。監督から話は聞いてましたが、ビデオで見るのとは印象が大分変わるね。凛としてる印象でしたが……凛だけに」
……え、どうしよう。これ突っこむべきなの??
「コーチは変わらんなあ!! さっむいわ~」
「ブハッ……凛が露骨に戸惑っとるわ。珍しいなあ」
あ、やっぱり笑うところなのか。俺笑えないんだけど、どうしよう。
「藤井……お前のダジャレの後に、凛の無表情見ると、余計にさむいから止めろ!! 凛、ゼル、俺はスポーツトレーナーの水間だ。こいつの事は放っといていいぞ」
「あ、佐良凛です。大学に入れるよう頑張りますので、よろしくお願いします」
「ヴァルシア ゼル言います。よろしくお願いします」
俺はまさかの濃いキャラの人達に戸惑いながらも、ずっとこんな調子だった為、自然と肩の力が抜けていった。
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