恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第三章「この手がつかむもの」・⑨

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       ※  ※  ※


<あの・・・力は・・・・・・>

 私は、目の前にいる「何か」──

 アカネの表現を借りるなら、巨大な白い鎧の──

 その不可思議で底の視えない力に・・・思わず、息を呑む。

 邪辰の中でも、特に大きな力を持つラハムザード・・・しかも、真の姿に近付きつつある状態のそれが放つ熱線を───

 あの鎧は、いとも容易く防いでみせたのだ。

 ・・・果たして「あれ」は、私達の味方なのか・・・・・・

 それとも、ラハムザードの敵というだけなのか・・・・・・

<・・・・・・・・・>

 その正体や・・・目的によっては・・・・・・

 と、柄にもなく狼狽うろたえてしまった所で───

<─────>

 突然、頭の中に・・・直接「意思」だけが届いた。

 ──「ラハムザードを退ける方法がある」───と。

<えっ・・・⁉>

 ・・・・・・これは・・・あの白い鎧が発したもの・・・なのよね・・・?

 声ではなく、言葉ですらなく・・・相手の伝えたい意思だけが、伝わってくる。

 私が精神域クオリアを震わせるのとも違う・・・これは・・・感応波テレパシーの一種・・・?

<・・・・・・シルフィ、なの・・・?>

 咄嗟に問いかけたけれど、答えはなく───

<─────>

 再び、頭の中に意思が届く。

 ラハムザードを退ける・・・その「方法」について。

 ただ・・・伝えられたのは、「手段」ではなかった。

 辿り着くべきゴールは示されたけれど、そこまでの道程みちのりはこちらに委ねられているような・・・そんな曖昧なものだった。

<でも・・・どうやって───>

 そもそもの話、この白い鎧が信頼に足る存在なのかどうかも、まだ判然としない。

 軽々しく誘いに乗っていいものなのかと、逡巡した所で・・・・・・

<グオオオオォォォ・・・!>

 おそらくは、同じメッセージを受け取っていたのであろうクロが、こくりと頷いた。

 その思考には──「私に任せてくれませんか?」──とある。

<・・・! クロ・・・>

 確かに・・・今の彼女になら・・・出来るのかもかも知れない。

 ・・・不安な気持ちが、払拭された訳ではないけれど・・・今は、時間もない事だし──

 それに、元々が無茶をやってるんだもの。ここで立ち止まる方が、よっぽど本末転倒よね。

<──判ったわ! 貴女に、託すわね!>

 そして、今一度クロと視線を交わしてから──アカネに声を飛ばした。

<お願いアカネ! もう一度だけ・・・ヴァニラスを、ラハムザードまで届けて‼>

「・・・ッ! ・・・何か・・・考えがあるんだな⁉」

 最低限の言葉で、即座に行動に移ってくれる。さすがだわ。

 ・・・一瞬、あの子の目に光るものがあった気がしたけれど・・・いえ、きっと視間違いね。

 次いで、満身創痍ながら、なおも低く唸り声を上げるカノンに向き直った。

<カノンっ! あの黒いのに・・・思いっきりかましてやって頂戴っ!>

<・・・ルアアアァァッ!>

 予想通り、「言われなくてもわかってら!」と、威勢のいい返事が来る。

 ・・・・・・これで、よし。

 後は・・・・・・全力で、ぶつかるだけね・・・っ!

<<<アアアァァアアハハハハハハハハハッッッ‼>>>

 と、そこで、白い鎧に拘束されたままのラハムザードが、嗤い声を上げるのと同時・・・

 その全身の「眼」から、紫色の火球が、狙いも付けずに周囲一帯へと放たれた。

<くっ・・・! もうやけくそじゃないの・・・っ!>

 一発一発の威力は、私達にとっては大した事はない・・・けれど。

『ッ‼ やっ、やばっ──‼』

 JAGDの戦車は・・・そのうちの一つが命中しただけでも、致命的だろう。

 必死に火球を回避していた一台が、めくり上がったアスファルトにつまずいてしまい・・・

 刹那、無慈悲にも、炎の中に飲み込まれかけて──

<─────>

 その寸前で・・・空中に現れたオレンジ色の障壁が、それを防いだ。

『えっ⁉ はっ、なっ、何⁉ 死んだかと思ったのに‼ 何が起きたのっ⁉』

 ・・・アカネの思考を視た限り、あの白い鎧は、肉眼でしか視認出来ない「実体のある虚像」とでもいうべきモノらしく・・・

 戦車の中にいる子たちは、まだ存在を知らないのだろう。

<・・・・・・何者なのかは判らないけれど・・・一つだけハッキリしたわね>

 自己紹介もない上に、まともに会話もしない失礼な所は、実に虫が好かない。

 それでも・・・怪獣であろうと、人間であろうと・・・

 分け隔てなく守るその姿勢は、その意志だけは・・・信じてもいいんじゃないかと、そう思わせてくれた。

<オオオオオォォォォォォォォ・・・・・・ッッ‼>

 そして・・・遂に──最後の一合が、始まろうとしていた。

 紫の火球が降り注ぐ中、唸り声を上げたクロは、右肩の鎧を一度元通りに閉じる。

 つられて、噴き出していた炎は、風にさらわれるかのように解けて消えた。

 すると・・・全身に走る模様が、一層強く輝き始め──

 その体内で生成され続ける熱の全てが、あの子の右腕に──

 そして、その先の右手へと・・・集まっていく。

<! ふふっ・・・やっぱり最後は・・・それでなくっちゃね・・・!>

 敢えて排熱口を閉じる事で、エネルギーを体内に留め、高めているんだわ・・・!

 クロの意図を察し・・・改めて、あの子に託す事を決意する。

『おらああぁぁぁッッ‼』

 時を同じくして、火球の放出が止んだのを合図に、竜ヶ谷が吼えた。

 JAGDの戦車から発射された水色の稲妻は、執拗にラハムザードの胸の傷を狙う。

<アハハハハハハハァァアッッ‼>

 見た目以上に効いているのか・・・左の首が、戦車を叩き潰そうと振るわれる──が。

『・・・遅い・・・』

 ユーリャは、他の誰の助けも必要とせず、その攻撃を容易に躱してみせた。

 さすがはアカネの部下たちね・・・と、感心した瞬間──

<ルアアアアアアアアアアアアアア・・・ッッ‼>

 カノンの咆哮が、戦場に響き渡る。

 眼を向けると、あの子は、水色の光線を放つJAGDの機械──アカネが<ジャッカロープ>と呼んでいたそれから──強引に電気を奪い取って、自分の力へと変換していた。

 ・・・すぐ近くで、アカネが苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど・・・今だけは、大目に見て欲しいところね・・・・・・

<グルアアアアアアアアアアアアァァァァァァ────‼>

 そして、二台の戦車に翻弄されているラハムザードに向かって──

 カノンは、巨大な角の間から、<ジャッカロープ>のそれを遥かに上回る、凄まじい威力の光線を放った。

<<<───ッッ‼ アアァァアアアハハハハハハハハッッ‼>>>

 その光の激流は──ラハムザードにとっても、よほどの脅威だったのか───

 どこか慌てたような様子で、三つの口の全てから熱線を放ち、光線へとぶつける。

 せめぎ合う二色の光が、凄まじい熱と光を周囲に撒き散らすのを視て・・・即座に、叫んだ。

<───今よっ‼ 行ってっ‼>

<グオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッッ‼>

 声を合図に、ネイビーの巨体が全速力で駆け出す。

 その右手に宿る輝きは──既に、極大にまで達していた。

<マクスウェル! お願いっ! ミサイルを──>

「──いま要請した‼ 着弾まで20秒‼」

 無礼を承知で、アカネを介さず直接司令室へ声を飛ばしてしまったけれど・・・マクスウェルは応えてくれる。

 ここでしくじる訳にはいかないと、内心で気合いを入れ直した。 

<グルアアアアアアアァァァァァ・・・・・・ッッ‼>

 ラハムザードと撃ち合うカノンは・・・やや、苦しそうだ。

 熱線に押されて、紫色の光が、どんどん彼女に迫りつつある。

 ・・・けれど、それほどまでに食い下がってくれたお陰で・・・クロが、接近できた!

<オオオオオオオオオオォォォォッッ‼>

<・・・・・・ッ‼ ハァ───ハハハハハハッ‼>

 目前まで迫った脅威に、右の首が反応する。

 熱線を吐き続けたまま・・・クロの方へと鼻先を向けて──

「させるか・・・ッ‼」

 瞬間──その脳天を、一条の光が貫いた。

 地上に眼をやれば、いつもの大きな銃を構えた、アカネの姿が視えた。

 同時に、右の首から放たれていた紫の光は霧散し・・・クロの身体が、さらに近付く。

<──アハハハハハハハハハハハッ‼>

 すると、既にカノンとの撃ち合いを制しかけていたからか──

 あと一歩という所で、中央の頭が振り向いて・・・クロの行く手を阻もうとする。

<これで・・・最後よっ‼>

 そう──裏を返せば、いまラハムザードが相手に出来るのは、クロとカノンだけ・・・・・・

 接近してきていたミサイルを迎撃する余裕など・・・どこにもなかったのだ。

 私は、赤の力でミサイルを、全て──ラハムザードの足元目掛けて殺到させる。

<アァ──ハハハハハハハハッッ⁉>

 大爆発と共に陥没した地面は、ラハムザードの体勢を崩し・・・

 紫の光の射線を、上方へと逸らせた。

<───決めちゃいなさいっ‼ クロっっ‼>

 そして、思わずそう叫んだ・・・・・・直後。



<グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ────ッ‼>


 
 遂に───白熱化したクロの右手が──ラハムザードの左胸へと、届いた。

 ──刹那、その手の甲にある赤い結晶が、凄まじい光を放つ。

 同時に、前腕の鎧の一部がバキン‼と音を立てて跳ね上がると──

 体内に蓄積された全ての熱が、右の掌へと集約され───

 そして、弾けた。

<<<アアアアアァァアァァアァアアアハハハハハハハハハハハハッッッ⁉>>>

 熱を流し込むライジングフィストとは、全く違う・・・・・・

 集めた熱エネルギーを、・・・これが、クロの・・・新しい力・・・‼

<<<アアアアアアアアアアアァァァァァァァ─────>>>

 さらに、桁外れの衝撃がラハムザードを襲った瞬間・・・その動きを封じていた光の鞭が、唐突に消滅した事で──

 黒い巨体は、遥か上空へと打ち上がった。

 ダメージのせいか、「翼」を広げる事さえ出来ていない。

<グルルルルルル・・・・・・>

 直後、クロの右肩と二の腕の装甲が、再度、左右に開いて・・・そこから、炎が噴き出す。

 余剰になった熱を排出したのだと理解して・・・

 改めて、あの子が自分の力を完全に制御出来るようになったのだと・・・

 嬉しさと、誇らしさと・・・ほんの少しの嫉妬心が、胸に去来した。

<さて・・・作戦通りにはいったけれど、この後はどうす──>

 そして、先程、「ラハムザードを退けるために、あれを宇宙にまで飛ばして欲しい」と伝えてきた・・・その本人へと眼を向けると───

<─────>

 突然、私の目の前で・・・その姿が、消えた。

<えっ⁉ なっ・・・⁉>

 困惑とともに、周囲を視回し・・・まさかと思って、上空へ目を向けると・・・居た。

 白い鎧は、既に成層圏へと到達しつつあるラハムザードと、並行して上昇していたのだ。

<・・・・・・あぁ~~~っ! もうっ!>

 さすがに、顛末を見届けない訳にもいかず・・・私は、全速力でその後を追う。

 それから──わずか、数十秒後・・・私達は、宇宙空間へと出ていた。

<ハァ──ハァッ‼ ハハハハハァアァッ‼>
<アハハハハハ‼ アァ──ハハハハハッ‼>
<アアハハハハッッ‼ アァハハハハハハ‼>

 全身から炎を噴き出す事で、ようやく慣性を相殺したラハムザード──

 その、全く揃っていない笑い声が・・・クロの技の威力を、何より雄弁に物語っていた。

 けれど・・・もう、時間がない───

 星道が完全に開きかけているのが、肌で判った。

 自分の意思とは関係なく、身体が小刻みに震えてしまっているのを自覚する。

<─────>

<・・・・・・えっ・・・?>

 そこで、またしても・・・白い鎧から、意思が届く。


 ────「大丈夫だよ」────と。


 ・・・一切の「波」がないから、あくまで推測とは言え・・・

 胸にあるオレンジ色の結晶に、防御や拘束に特化した力・・・

 目の前の「それ」は、十中八九シルフィが変身したモノだと思っていたけれど・・・・・・

 今のは、どうしてか・・・シルフィのとは、違う感覚がした。

<<<───アアァァァァアハハハハハハハッッ‼>>>

 と、そこで、ラハムザードが体勢を整えてしまう。

 思わず、息を呑んだ・・・けれど、一方の白い鎧も、既に準備は完了していたらしい。

 両肩の前面に、アカネが「魔法陣」と表現していた、光る模様を展開すると──

 その内部から・・・細長い、オレンジ色の「柱」を連続で射出した。

<あれは・・・っ‼>

 間違いない・・・私がザムルアトラを相手に暴走してしまった時に・・・それを抑えるためにシルフィが使ったものと・・・同じものだ・・・!

<<<アァァァァアハハハハハハハハハハハッ⁉>>>

 不意を突かれたラハムザードは、雨のように降り注ぐそれを、まともに食らってしまう。

<─────>

 白い鎧は、一言も発さずに、ひたすら「柱」を放ち続ける。

 いったいどうするつもりなの・・・? と、疑問に思いながら、何気なくラハムザードが押しやられている方向へと眼を向けた事で──

 私は、ようやく理解する。

<・・・! 成程・・・!>

 そこには───件の、「時空裂傷」が、口を開いて待ち受けていたのだ。

<<<アァァアアアァアアアハハハハハハハハッ‼>>>

 事ここに及んで、ラハムザードも、白い鎧の意図を察したらしい。

 駄々っ子のように全身を振り乱しながら・・・紫色の熱線と火球とを、周囲へ撒き散らす。

<─────>

 しかし・・・その黄金の眼差しは、一切動じる気配を見せない。

 自分の身体に到達する攻撃だけを精確に防ぎつつ、無慈悲に「柱」を叩き込み続けた。

<<<アアァアァァアアアアァァアハハハハハハハハッッ⁉>>>

 ・・・そして、遂に──

 黒い巨体は、星の海の切れ目の内部・・・「廃空間」へと差し掛かる。

 白と、黒と、灰色だけが支配する、 全ての世界が最後に辿り着く場所──

 色を失くした無限の牢獄へ・・・破壊の化身が帰る時が来たのだ。

<─────>

 そこで、白い鎧の胸の結晶が、強く光を放つと・・・

 魔法陣から、新たにオレンジ色の光の鞭が現れる。

 そして、時空裂傷へと伸びてゆくその先端は──

 何とも不可思議な事に、裂け目の両端を掴んで・・・強引に閉じてゆく。

 理解不能の能力を前にして、絶句していると──再び、嗤い声が響いた。

<アハハハハハハハハハハハハハハ───ッッ‼>

 その黒い巨体は、既にほとんどが穴の向こう側にあったけれど・・・

 最後に、一矢報いようとしたのか・・・中央の首が、自分の外殻を破壊しながら伸びて──白い鎧へと襲いかかる。

 裂け目を閉じるのに集中しているのか、白い鎧の身体はがら空きだった。

 己を封じようとしている憎むべき相手を噛み砕かんと、黒い首が迫って──

<いい加減に・・・なさいっ‼>

 私はそれを、赤の力で鷲掴みにして──裂け目の向こうへと、押し戻す。



<<<アァァアアアァアアアアアハハハハハハハハハハハハ───────>>>



 そして、直後・・・白い鎧によって、時空裂傷は完全に閉じられ───

 ・・・本来の力を取り戻す、そのギリギリの所で・・・邪辰の姿は、虚空の彼方へと消えた。

 耳触りな、あの嗤い声は・・・・・・もう、聴こえない。

<・・・・・・・・・>

 ・・・私は、一部始終を見届けておきながら・・・すぐには、実感が湧かなかった。

 長く、苦しい戦いの決着にしては、何と言うか・・・とても、静かだったから。

<・・・・・・けれど、間違いなく・・・終わった、のよね・・・・・・って、えっ?>

 呟きながら、背後へ振り向くと──

 既に、白い鎧の姿は・・・どこにもなかった。

 茫然としてしまってから・・・とても簡単な事に気が付いて、その場で話しかける。

<・・・シルフィ、聴こえるかしら?>

『───ん~? ど~したの~?』

 間を置かずに、すぐさま返事が頭の中に響いた。

 まるで、私がすぐにそうするだろうと・・・予期していたみたいに。

<・・・いえ。何でもないわ。・・・・・・ありがとうね>

『何のこと~?』

 相変わらずの、ナマイキな態度だったけれど・・・問い詰めるのは、野暮ってものよね。

 ・・・私は、ほんのちょっとのモヤモヤを、ぐっと飲み込んで──

 改めて、とまを守る事が出来た喜びを噛み締めつつ・・・・・・

 翼をひるがえし、青く澄んだ星へと、降りてゆくのだった───

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