恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第三章「この手がつかむもの」・⑧

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       ※  ※  ※


「あっ・・・があぁッ‼ ぐああぁぁああああああぁぁあああッッ‼」

『ハヤト・・・っ‼ しっかりしてっ‼』

 空から再び強い光が降り注ぐと・・・それに合わせて、僕の心臓の痛みも強くなる。

 理不尽にして理解不能な激痛に、怒りさえ湧いてくるけれど・・・

 今、僕がすべきなのは・・・どうにもならない現象に、当たり散らす事ではない。

「──ハァ・・・ッ‼ ハァ・・・ッ‼ ・・・・・・お願い、だ・・・シルフィ・・・・・・!」

 震える手を握り締め、飛びかける意識をギリギリの所で引き戻し・・・ひたすらに、こいねがう。

「力を・・・! 皆に、君の力を・・・貸してあげて・・・っ‼」

 クロの新たな力だけでは・・・ラハムザードと渡り合う事は出来ても、倒す事は叶わないかも知れない。

 時間の感覚さえも曖昧だけれど・・・おそらく、もうすぐタイムリミットのはずだ。

『・・・・・・・・・』

 シルフィは・・・少しの沈黙を経てから、ぽつりと口を開く。

『・・・何度も言ってる通り・・・ボクの「使命」は、キミを護る事なんだ』

 今、彼女の表情は──呆れているだろうか、それとも、うんざりしているのだろうか。

 霞がかった視界では、その黄金きんの瞳がぼんやりと見えるだけだった。

『あらゆる悪意から、あらゆる災厄から、あらゆる脅威からキミを護る・・・それが・・・それだけが・・・ボクの使命で──存在する意味そのものなんだよ』

 判っていた。判ってはいたけれど・・・やっぱり、彼女の返事は変わらない。

 だけど──それでも──! それでも───っ!

「僕ひとりだけ・・・助かったって・・・! それじゃあ、ダメなんだ・・・っ!」

 意識を必死に繋ぎ止めながら、言葉を絞り出す。

「だって・・・っ! 僕という・・・人間を・・・形作っているのは・・・僕じゃないっ! 周りに居る・・・皆なんだよっ‼ ひとりぼっちじゃ・・・僕は・・・僕じゃなくなってしまう・・・っ‼」

『・・・・・・!』

 涙と鼻水と、胃から込み上げてくるものとで嘔吐えずきながら──叫ぶ。

「人間は弱いから・・・っ! ひとりでは・・・生きてはいけないからっ! 誰かに分けた心と、誰かにもらった心とが・・・「自分」を形作っていくんだって・・・そう、思う・・・っ‼」

 ・・・こんなのは、ただの僕のワガママだって、エゴだって、判ってる。

 シルフィに、「使命を無視して、命を賭けて戦ってくれ」って・・・

 そういうひどい事を願ってしまっているんだって・・・自覚してる。

「皆とじゃなきゃ・・・ダメなんだっ! もちろん・・・シルフィともっ‼」

 けれど、それでも──

 ほんの少しでも、今この時に世界を終わらせないために、出来る事があるとすれば・・・

 僕にはもう、これしか思いつかなかった。

「だから・・・お願いだ・・・っ!」

 恥も、外聞も、なけなしのプライドも・・・全てをかなぐり捨てて、僕は、頭を下げる。

「僕を守るのが・・・君の「使命」なら──僕ごと全部を、守って欲しい・・・っ! そのために必要なら・・・・・・何だってするから・・・っ‼」

 ・・・僕が代わりに差し出せるものなんて、何も思いつかないし・・・

 そもそも、どうすれば世界の命運ってやつと釣り合うのかすらも判らない。

 だけど・・・どんな事をしてでも・・・・・・皆が助かる希望に・・・僕は、賭けたかった。

『・・・・・・はぁ・・・・・・』

 すると──長い沈黙をおいてから、シルフィは大きく溜息を吐く。

『本っ当に・・・しょうがないなぁ、ハヤトは・・・・・・』

 そして、聞き慣れたフレーズを口にして──次いで、ぽつりと呟いた。

『キミは絶対そう言うって・・・判っていたのに・・・それでも、ボクは───』

「? シル、フィ・・・?」

 その「声」が・・・どうしてか、今にも泣き出しそうに聴こえてしまって・・・

 僕は思わず、彼女の名前を呼んだ。その理由が、知りたくて。

『・・・何でもないよ。ただ・・・「その時」はいずれ来るんだって、そう思っただけ』

 けれど、いつもの通り・・・煙に巻かれてしまう。

 目の前に居るはずの、相棒の心は・・・すごく近いようで・・・どこまでも、遠い。

『・・・ハヤト、力が欲しい? ・・・・・・皆を救える、力が』

 ──唐突に口にされたそれは・・・いつかどこかで聞いた気がする言葉だった。

「欲しい・・・欲しいよ・・・っ! たとえ、死ぬより辛い目に・・・遭うとしても・・・!」

 だから僕は、ほんの少し先回りまでして・・・その時と、同じ答えを返す。

『ふふっ・・・キミは変わらないね、ハヤト。本当に、変わらない』

 そして、微笑みを返してくれたシルフィの──黄金の瞳と、視線が交差する。

 いつの間にか・・・胸を抉るような痛みも、周囲の音も、自分が自分であるという感覚も・・・

 全てが、どこか遠くの出来事のようになっていた。

『───さぁ、目を閉じて』

 心は、どこまでも穏やかに・・・導かれるまま、僕の意識は・・・溶けてゆく。

『大丈夫だよ。目が覚めたら、ぜんぶ終わってる』

 懐かしく、あたたかな・・・「光」の中へと───

『・・・ボクが・・・・・・いや、ボクたちで・・・・・・終わらせるんだ───』

 僕の・・・全てが・・・・・・「光」になってゆく────





       ※  ※  ※


「───なん、なんだ・・・あれは・・・?」

 No.021が、再びの復活と、さらなる「進化」を遂げてすぐ・・・・・・

 私が、D班の遺した「メイザー・ブラスター」の元に辿り着いた、直後の事だった。

 ・・・今は、一分一秒を争う事態だと、頭では理解している。

 しかし、「それ」の姿を視界に収めてからというもの・・・

 私の足は、地面に縫い付けられたように動かなくなってしまう。

 廃墟の街の只中に、唐突に生じた眩い光──その中から、現れたモノ───

 生物なのか、無機物なのかすらも判らない。

 何故、今この戦場に現れたのかも、何も・・・判らない。

 「それ」は、何の前触れも、何の脈絡もなく──光と共に、現れたのだ。





 その姿について、最も近い表現を選ぶのであれば・・・「人の入っていない鎧」だろうか。

 白色の装甲に身を包んだ「それ」は、一見するとヒトの形に見えなくもない。

 だが・・・肩はあるが腕はなく、下半身はあるが脚はない・・・そんな、歪なヒト型だ。

 体高は、No.007とほぼ同程度。

 翼のような意匠を持つ両肩の前面には、菱形をした大きなオレンジ色のクリスタルが付いており、一際目を引いている。

 鎧で言う兜・・・要するに「顔」と思しき部分には、ヘルメットにでも付いてそうなバイザーがめ込まれており──

 その奥では、黄金の輝きを持つ双眸が、自ずから光を放っていた。

「あれは・・・ジャガーノート・・・なのか・・・・・・?」

 どういった原理なのか、羽撃きもせず浮いている巨体を前に、自然とそう口にしてしまう。

『───マスター。つかぬ事を伺いますが・・・いったい、何の事でしょうか?』

 すると・・・私の独り言に困惑するテリオの声が、右耳に届く。

 瞬間、ぞっとして──

 端末で司令室を呼び出した。

「松戸少尉ッ! 新たな高エネルギーの反応はないか⁉」

『えっ⁉ は、はいっ‼ こちらでは確認できませんが・・・何かあったんですか⁉』

 彼女は今、街中に散っていた各班の撤退を指揮しながら──ドローンからの映像を見ているはずなのだ。

 あんなものがあれば、当然反応するはずだろう。

 ・・・・・・そう・・・「あれ」が・・・

『・・・熱、光、動体、全てのセンサーを試しましたが、マスターの視線の先に生体反応は一切認められません。・・・私の目と耳では感知出来ない何かが、そこにいるのでしょうか?』

「・・・・・・・・・」

 どうやら、あの巨大な白い鎧は・・・常識の通じない能力を持つジャガーノートたちとは、「非科学的」な存在らしい。

<<<アアァァアアアァァアアハハハハハハハハッ‼>>>

 絶句していると──嗤い声の三重奏が、訪れていた静寂を瞬時に打ち破る。

 そして、No.021は、全身から噴き出す炎を大きく揺らめかせて──

 そこから生じる紫色のエネルギーを、三つの首全てに集約させ始めた。

 ・・・今のヤツは、もはや力を一点に集中させる必要すらないらしい。

<ッ‼ しまっ───>

 さらには、その力を高める時間さえも、必要とせず──

 即座に三つの口から放たれた熱線は、相対する三体のジャガーノートへと、それぞれ浴びせかけられる。

 No.011が狼狽した声を出した時には、既に、紫色の光は寸前まで迫っていた。

 直撃する・・・! と、息を呑んだ・・・その瞬間───

<──────>

 巨大な白い鎧の、胸の中央にあるクリスタルが、強い光を放つ。

 すると、No.021の放った三つの熱線は・・・その全てが、突如として空中に出現したオレンジ色の障壁に阻まれ──

 即座に、霧散してしまったのである。

「ッ‼ ・・・ヤツらを・・・守った、のか・・・?」

 獣のように声を上げる事もしなければ、ましてやその場から動いてすらいなかったが・・・

 今のは、間違いなく「あれ」の仕業だろう。

<・・・・・・っ⁉ なっ、何なの・・・⁉ あれ・・・っ!>

 そこで、恩人の正体を探ろうとあたりを見回したNo.011が・・・ようやく、背後に佇むその巨大なシルエットに気が付いた。

 私だけに見える存在ではなかった事に少々安心しつつも・・・

 ヤツらの知り合いでもないとなると、依然、あれの正体は一切不明なままという事になる。

<──────>

 白い鎧は、No.011の問いかけに答える事はせず・・・

 両肩にあるオレンジ色の結晶から、強烈な光を放った。

「な、なんだ・・・っ⁉」

 思わず叫んだ、次の瞬間──

 結晶の前面の空間に、巨大な円形の模様が浮かび上がる。

 見た事もない記号が描かれたそれは、ファンタジーに出てくる「魔法陣」のようだ。

 そして、この模様がいったい何を示すものなのかについて、思考する暇さえなく──

 そこからオレンジ色の「光の鞭」が十数本ほど生じると、それらは素早い動きでNo.021へと殺到し、黒い巨体を瞬く間に雁字搦がんじがらめに拘束してしまった。

<<<アアァァアアハハハハハハハハッッ⁉>>>

 電光石火の早業に、さしものNo.021も困惑している様子だ。

 ・・・この白い鎧は・・・・・・我々の・・・味方なのか・・・?

 私は立ち尽くしたまま、圧倒的な力を見せつけるだけのその背中を・・・見上げる。

<──────>

 すると、どうしてか──肩越しに振り返った「それ」と、目が合った。

「・・・いったい、貴様は・・・何者なん───」

 そして、胸中の疑念を吐き出そうと・・・口を開いた、その瞬間───

「うっ・・・⁉」

 ・・・唐突に、見た事のない景色が・・・記憶として、脳裏に浮かび上がる。

 これは・・・まさか・・・以前、ハヤトと改めて「ともだち」になった時と、同じ──?


  『───大丈夫だよ、アカネちゃん』


 現れたのは・・・やはり、十年前の・・・子供の頃のハヤトだった。

 以前に見た光景とは、全く違う場所──いや、ここはもしや・・・・・・

 私の住んでいた屋敷の・・・裏手の森・・・か・・・?


  『決めたんだ。僕に出来る事があるなら・・・僕は、それをしようって』


 時間は、夜。天気は・・・嵐だ。

 身を打つ強い雨と、身を切る激しい風の中・・・私とハヤトは、傘もささずにいる。

 そんな状況で・・・私は、必死に「何か」を彼へと訴えていた。

 だが、ハヤトは・・・ふるふると首を横に振ってから、ただただ、微笑む。


『だから、信じて。必ず・・・帰ってくるから───』


 そして、最後にそんな寂しい言葉を告げて・・・ハヤトは、私に背を向けた。

 ・・・・・・それから・・・彼の身体は・・・眩い光に包まれて────

「───ッ‼」

 そこで、突然意識が現実へと引き戻される。

「・・・今・・・のは・・・・・・」

 困惑しつつ、戦場で白昼夢を見るとは隊長失格だな・・・と、端末へ目を向けると──

 ぽた、ぽた・・・と、その文字盤に、透明な雫が落ちる。

「・・・? なんだ・・・これ、は・・・・・・」

 ───それが、自分の目から溢れたものだと気が付くまでに・・・少しの時間を要した。

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