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第十三話「新たなる鼓動」
第三章「この手がつかむもの」・⑧
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※ ※ ※
「あっ・・・があぁッ‼ ぐああぁぁああああああぁぁあああッッ‼」
『ハヤト・・・っ‼ しっかりしてっ‼』
空から再び強い光が降り注ぐと・・・それに合わせて、僕の心臓の痛みも強くなる。
理不尽にして理解不能な激痛に、怒りさえ湧いてくるけれど・・・
今、僕がすべきなのは・・・どうにもならない現象に、当たり散らす事ではない。
「──ハァ・・・ッ‼ ハァ・・・ッ‼ ・・・・・・お願い、だ・・・シルフィ・・・・・・!」
震える手を握り締め、飛びかける意識をギリギリの所で引き戻し・・・ひたすらに、希う。
「力を・・・! 皆に、君の力を・・・貸してあげて・・・っ‼」
クロの新たな力だけでは・・・ラハムザードと渡り合う事は出来ても、倒す事は叶わないかも知れない。
時間の感覚さえも曖昧だけれど・・・おそらく、もうすぐタイムリミットのはずだ。
『・・・・・・・・・』
シルフィは・・・少しの沈黙を経てから、ぽつりと口を開く。
『・・・何度も言ってる通り・・・ボクの「使命」は、キミを護る事なんだ』
今、彼女の表情は──呆れているだろうか、それとも、うんざりしているのだろうか。
霞がかった視界では、その黄金の瞳がぼんやりと見えるだけだった。
『あらゆる悪意から、あらゆる災厄から、あらゆる脅威からキミを護る・・・それが・・・それだけが・・・ボクの使命で──存在する意味そのものなんだよ』
判っていた。判ってはいたけれど・・・やっぱり、彼女の返事は変わらない。
だけど──それでも──! それでも───っ!
「僕ひとりだけ・・・助かったって・・・! それじゃあ、ダメなんだ・・・っ!」
意識を必死に繋ぎ止めながら、言葉を絞り出す。
「だって・・・っ! 僕という・・・人間を・・・形作っているのは・・・僕じゃないっ! 周りに居る・・・皆なんだよっ‼ ひとりぼっちじゃ・・・僕は・・・僕じゃなくなってしまう・・・っ‼」
『・・・・・・!』
涙と鼻水と、胃から込み上げてくるものとで嘔吐きながら──叫ぶ。
「人間は弱いから・・・っ! ひとりでは・・・生きてはいけないからっ! 誰かに分けた心と、誰かにもらった心とが・・・「自分」を形作っていくんだって・・・そう、思う・・・っ‼」
・・・こんなのは、ただの僕のワガママだって、エゴだって、判ってる。
シルフィに、「使命を無視して、命を賭けて戦ってくれ」って・・・
そういうひどい事を願ってしまっているんだって・・・自覚してる。
「皆とじゃなきゃ・・・ダメなんだっ! もちろん・・・シルフィともっ‼」
けれど、それでも──
ほんの少しでも、今この時に世界を終わらせないために、出来る事があるとすれば・・・
僕にはもう、これしか思いつかなかった。
「だから・・・お願いだ・・・っ!」
恥も、外聞も、なけなしのプライドも・・・全てをかなぐり捨てて、僕は、頭を下げる。
「僕を守るのが・・・君の「使命」なら──僕ごと全部を、守って欲しい・・・っ! そのために必要なら・・・・・・何だってするから・・・っ‼」
・・・僕が代わりに差し出せるものなんて、何も思いつかないし・・・
そもそも、どうすれば世界の命運ってやつと釣り合うのかすらも判らない。
だけど・・・どんな事をしてでも・・・・・・皆が助かる希望に・・・僕は、賭けたかった。
『・・・・・・はぁ・・・・・・』
すると──長い沈黙をおいてから、シルフィは大きく溜息を吐く。
『本っ当に・・・しょうがないなぁ、ハヤトは・・・・・・』
そして、聞き慣れたフレーズを口にして──次いで、ぽつりと呟いた。
『キミは絶対そう言うって・・・判っていたのに・・・それでも、ボクは───』
「? シル、フィ・・・?」
その「声」が・・・どうしてか、今にも泣き出しそうに聴こえてしまって・・・
僕は思わず、彼女の名前を呼んだ。その理由が、知りたくて。
『・・・何でもないよ。ただ・・・「その時」はいずれ来るんだって、そう思っただけ』
けれど、いつもの通り・・・煙に巻かれてしまう。
目の前に居るはずの、相棒の心は・・・すごく近いようで・・・どこまでも、遠い。
『・・・ハヤト、力が欲しい? ・・・・・・皆を救える、力が』
──唐突に口にされたそれは・・・いつかどこかで聞いた気がする言葉だった。
「欲しい・・・欲しいよ・・・っ! たとえ、死ぬより辛い目に・・・遭うとしても・・・!」
だから僕は、ほんの少し先回りまでして・・・その時と、同じ答えを返す。
『ふふっ・・・キミは変わらないね、ハヤト。本当に、変わらない』
そして、微笑みを返してくれたシルフィの──黄金の瞳と、視線が交差する。
いつの間にか・・・胸を抉るような痛みも、周囲の音も、自分が自分であるという感覚も・・・
全てが、どこか遠くの出来事のようになっていた。
『───さぁ、目を閉じて』
心は、どこまでも穏やかに・・・導かれるまま、僕の意識は・・・溶けてゆく。
『大丈夫だよ。目が覚めたら、ぜんぶ終わってる』
懐かしく、あたたかな・・・「光」の中へと───
『・・・ボクが・・・・・・いや、ボクたちで・・・・・・終わらせるんだ───』
僕の・・・全てが・・・・・・「光」になってゆく────
※ ※ ※
「───なん、なんだ・・・あれは・・・?」
No.021が、再びの復活と、さらなる「進化」を遂げてすぐ・・・・・・
私が、D班の遺した「メイザー・ブラスター」の元に辿り着いた、直後の事だった。
・・・今は、一分一秒を争う事態だと、頭では理解している。
しかし、「それ」の姿を視界に収めてからというもの・・・
私の足は、地面に縫い付けられたように動かなくなってしまう。
廃墟の街の只中に、唐突に生じた眩い光──その中から、現れたモノ───
生物なのか、無機物なのかすらも判らない。
何故、今この戦場に現れたのかも、何も・・・判らない。
「それ」は、何の前触れも、何の脈絡もなく──光と共に、現れたのだ。
その姿について、最も近い表現を選ぶのであれば・・・「人の入っていない鎧」だろうか。
白色の装甲に身を包んだ「それ」は、一見するとヒトの形に見えなくもない。
だが・・・肩はあるが腕はなく、下半身はあるが脚はない・・・そんな、歪なヒト型だ。
体高は、No.007とほぼ同程度。
翼のような意匠を持つ両肩の前面には、菱形をした大きなオレンジ色のクリスタルが付いており、一際目を引いている。
鎧で言う兜・・・要するに「顔」と思しき部分には、ヘルメットにでも付いてそうなバイザーが嵌め込まれており──
その奥では、黄金の輝きを持つ双眸が、自ずから光を放っていた。
「あれは・・・ジャガーノート・・・なのか・・・・・・?」
どういった原理なのか、羽撃きもせず浮いている巨体を前に、自然とそう口にしてしまう。
『───マスター。つかぬ事を伺いますが・・・いったい、何の事でしょうか?』
すると・・・私の独り言に困惑するテリオの声が、右耳に届く。
瞬間、ぞっとして──
端末で司令室を呼び出した。
「松戸少尉ッ! 新たな高エネルギーの反応はないか⁉」
『えっ⁉ は、はいっ‼ こちらでは確認できませんが・・・何かあったんですか⁉』
彼女は今、街中に散っていた各班の撤退を指揮しながら──ドローンからの映像を見ているはずなのだ。
あんなものがあれば、当然反応するはずだろう。
・・・・・・そう・・・「あれ」が・・・見えてさえいれば。
『・・・熱、光、動体、全てのセンサーを試しましたが、マスターの視線の先に生体反応は一切認められません。・・・私の目と耳では感知出来ない何かが、そこにいるのでしょうか?』
「・・・・・・・・・」
どうやら、あの巨大な白い鎧は・・・常識の通じない能力を持つジャガーノートたちとは、少々違う意味で「非科学的」な存在らしい。
<<<アアァァアアアァァアアハハハハハハハハッ‼>>>
絶句していると──嗤い声の三重奏が、訪れていた静寂を瞬時に打ち破る。
そして、No.021は、全身から噴き出す炎を大きく揺らめかせて──
そこから生じる紫色のエネルギーを、三つの首全てに集約させ始めた。
・・・今のヤツは、もはや力を一点に集中させる必要すらないらしい。
<ッ‼ しまっ───>
さらには、その力を高める時間さえも、必要とせず──
即座に三つの口から放たれた熱線は、相対する三体のジャガーノートへと、それぞれ浴びせかけられる。
No.011が狼狽した声を出した時には、既に、紫色の光は寸前まで迫っていた。
直撃する・・・! と、息を呑んだ・・・その瞬間───
<──────>
巨大な白い鎧の、胸の中央にあるクリスタルが、強い光を放つ。
すると、No.021の放った三つの熱線は・・・その全てが、突如として空中に出現したオレンジ色の障壁に阻まれ──
即座に、霧散してしまったのである。
「ッ‼ ・・・ヤツらを・・・守った、のか・・・?」
獣のように声を上げる事もしなければ、ましてやその場から動いてすらいなかったが・・・
今のは、間違いなく「あれ」の仕業だろう。
<・・・・・・っ⁉ なっ、何なの・・・⁉ あれ・・・っ!>
そこで、恩人の正体を探ろうとあたりを見回したNo.011が・・・ようやく、背後に佇むその巨大なシルエットに気が付いた。
私だけに見える存在ではなかった事に少々安心しつつも・・・
ヤツらの知り合いでもないとなると、依然、あれの正体は一切不明なままという事になる。
<──────>
白い鎧は、No.011の問いかけに答える事はせず・・・
両肩にあるオレンジ色の結晶から、強烈な光を放った。
「な、なんだ・・・っ⁉」
思わず叫んだ、次の瞬間──
結晶の前面の空間に、巨大な円形の模様が浮かび上がる。
見た事もない記号が描かれたそれは、ファンタジーに出てくる「魔法陣」のようだ。
そして、この模様がいったい何を示すものなのかについて、思考する暇さえなく──
そこからオレンジ色の「光の鞭」が十数本ほど生じると、それらは素早い動きでNo.021へと殺到し、黒い巨体を瞬く間に雁字搦めに拘束してしまった。
<<<アアァァアアハハハハハハハハッッ⁉>>>
電光石火の早業に、さしものNo.021も困惑している様子だ。
・・・この白い鎧は・・・・・・我々の・・・味方なのか・・・?
私は立ち尽くしたまま、圧倒的な力を見せつけるだけのその背中を・・・見上げる。
<──────>
すると、どうしてか──肩越しに振り返った「それ」と、目が合った。
「・・・いったい、貴様は・・・何者なん───」
そして、胸中の疑念を吐き出そうと・・・口を開いた、その瞬間───
「うっ・・・⁉」
・・・唐突に、見た事のない景色が・・・記憶として、脳裏に浮かび上がる。
これは・・・まさか・・・以前、ハヤトと改めて「ともだち」になった時と、同じ──?
『───大丈夫だよ、アカネちゃん』
現れたのは・・・やはり、十年前の・・・子供の頃のハヤトだった。
以前に見た光景とは、全く違う場所──いや、ここはもしや・・・・・・
私の住んでいた屋敷の・・・裏手の森・・・か・・・?
『決めたんだ。僕に出来る事があるなら・・・僕は、それをしようって』
時間は、夜。天気は・・・嵐だ。
身を打つ強い雨と、身を切る激しい風の中・・・私とハヤトは、傘もささずにいる。
そんな状況で・・・私は、必死に「何か」を彼へと訴えていた。
だが、ハヤトは・・・ふるふると首を横に振ってから、ただただ、微笑む。
『だから、信じて。必ず・・・帰ってくるから───』
そして、最後にそんな寂しい言葉を告げて・・・ハヤトは、私に背を向けた。
・・・・・・それから・・・彼の身体は・・・眩い光に包まれて────
「───ッ‼」
そこで、突然意識が現実へと引き戻される。
「・・・今・・・のは・・・・・・」
困惑しつつ、戦場で白昼夢を見るとは隊長失格だな・・・と、端末へ目を向けると──
ぽた、ぽた・・・と、その文字盤に、透明な雫が落ちる。
「・・・? なんだ・・・これ、は・・・・・・」
───それが、自分の目から溢れたものだと気が付くまでに・・・少しの時間を要した。
「あっ・・・があぁッ‼ ぐああぁぁああああああぁぁあああッッ‼」
『ハヤト・・・っ‼ しっかりしてっ‼』
空から再び強い光が降り注ぐと・・・それに合わせて、僕の心臓の痛みも強くなる。
理不尽にして理解不能な激痛に、怒りさえ湧いてくるけれど・・・
今、僕がすべきなのは・・・どうにもならない現象に、当たり散らす事ではない。
「──ハァ・・・ッ‼ ハァ・・・ッ‼ ・・・・・・お願い、だ・・・シルフィ・・・・・・!」
震える手を握り締め、飛びかける意識をギリギリの所で引き戻し・・・ひたすらに、希う。
「力を・・・! 皆に、君の力を・・・貸してあげて・・・っ‼」
クロの新たな力だけでは・・・ラハムザードと渡り合う事は出来ても、倒す事は叶わないかも知れない。
時間の感覚さえも曖昧だけれど・・・おそらく、もうすぐタイムリミットのはずだ。
『・・・・・・・・・』
シルフィは・・・少しの沈黙を経てから、ぽつりと口を開く。
『・・・何度も言ってる通り・・・ボクの「使命」は、キミを護る事なんだ』
今、彼女の表情は──呆れているだろうか、それとも、うんざりしているのだろうか。
霞がかった視界では、その黄金の瞳がぼんやりと見えるだけだった。
『あらゆる悪意から、あらゆる災厄から、あらゆる脅威からキミを護る・・・それが・・・それだけが・・・ボクの使命で──存在する意味そのものなんだよ』
判っていた。判ってはいたけれど・・・やっぱり、彼女の返事は変わらない。
だけど──それでも──! それでも───っ!
「僕ひとりだけ・・・助かったって・・・! それじゃあ、ダメなんだ・・・っ!」
意識を必死に繋ぎ止めながら、言葉を絞り出す。
「だって・・・っ! 僕という・・・人間を・・・形作っているのは・・・僕じゃないっ! 周りに居る・・・皆なんだよっ‼ ひとりぼっちじゃ・・・僕は・・・僕じゃなくなってしまう・・・っ‼」
『・・・・・・!』
涙と鼻水と、胃から込み上げてくるものとで嘔吐きながら──叫ぶ。
「人間は弱いから・・・っ! ひとりでは・・・生きてはいけないからっ! 誰かに分けた心と、誰かにもらった心とが・・・「自分」を形作っていくんだって・・・そう、思う・・・っ‼」
・・・こんなのは、ただの僕のワガママだって、エゴだって、判ってる。
シルフィに、「使命を無視して、命を賭けて戦ってくれ」って・・・
そういうひどい事を願ってしまっているんだって・・・自覚してる。
「皆とじゃなきゃ・・・ダメなんだっ! もちろん・・・シルフィともっ‼」
けれど、それでも──
ほんの少しでも、今この時に世界を終わらせないために、出来る事があるとすれば・・・
僕にはもう、これしか思いつかなかった。
「だから・・・お願いだ・・・っ!」
恥も、外聞も、なけなしのプライドも・・・全てをかなぐり捨てて、僕は、頭を下げる。
「僕を守るのが・・・君の「使命」なら──僕ごと全部を、守って欲しい・・・っ! そのために必要なら・・・・・・何だってするから・・・っ‼」
・・・僕が代わりに差し出せるものなんて、何も思いつかないし・・・
そもそも、どうすれば世界の命運ってやつと釣り合うのかすらも判らない。
だけど・・・どんな事をしてでも・・・・・・皆が助かる希望に・・・僕は、賭けたかった。
『・・・・・・はぁ・・・・・・』
すると──長い沈黙をおいてから、シルフィは大きく溜息を吐く。
『本っ当に・・・しょうがないなぁ、ハヤトは・・・・・・』
そして、聞き慣れたフレーズを口にして──次いで、ぽつりと呟いた。
『キミは絶対そう言うって・・・判っていたのに・・・それでも、ボクは───』
「? シル、フィ・・・?」
その「声」が・・・どうしてか、今にも泣き出しそうに聴こえてしまって・・・
僕は思わず、彼女の名前を呼んだ。その理由が、知りたくて。
『・・・何でもないよ。ただ・・・「その時」はいずれ来るんだって、そう思っただけ』
けれど、いつもの通り・・・煙に巻かれてしまう。
目の前に居るはずの、相棒の心は・・・すごく近いようで・・・どこまでも、遠い。
『・・・ハヤト、力が欲しい? ・・・・・・皆を救える、力が』
──唐突に口にされたそれは・・・いつかどこかで聞いた気がする言葉だった。
「欲しい・・・欲しいよ・・・っ! たとえ、死ぬより辛い目に・・・遭うとしても・・・!」
だから僕は、ほんの少し先回りまでして・・・その時と、同じ答えを返す。
『ふふっ・・・キミは変わらないね、ハヤト。本当に、変わらない』
そして、微笑みを返してくれたシルフィの──黄金の瞳と、視線が交差する。
いつの間にか・・・胸を抉るような痛みも、周囲の音も、自分が自分であるという感覚も・・・
全てが、どこか遠くの出来事のようになっていた。
『───さぁ、目を閉じて』
心は、どこまでも穏やかに・・・導かれるまま、僕の意識は・・・溶けてゆく。
『大丈夫だよ。目が覚めたら、ぜんぶ終わってる』
懐かしく、あたたかな・・・「光」の中へと───
『・・・ボクが・・・・・・いや、ボクたちで・・・・・・終わらせるんだ───』
僕の・・・全てが・・・・・・「光」になってゆく────
※ ※ ※
「───なん、なんだ・・・あれは・・・?」
No.021が、再びの復活と、さらなる「進化」を遂げてすぐ・・・・・・
私が、D班の遺した「メイザー・ブラスター」の元に辿り着いた、直後の事だった。
・・・今は、一分一秒を争う事態だと、頭では理解している。
しかし、「それ」の姿を視界に収めてからというもの・・・
私の足は、地面に縫い付けられたように動かなくなってしまう。
廃墟の街の只中に、唐突に生じた眩い光──その中から、現れたモノ───
生物なのか、無機物なのかすらも判らない。
何故、今この戦場に現れたのかも、何も・・・判らない。
「それ」は、何の前触れも、何の脈絡もなく──光と共に、現れたのだ。
その姿について、最も近い表現を選ぶのであれば・・・「人の入っていない鎧」だろうか。
白色の装甲に身を包んだ「それ」は、一見するとヒトの形に見えなくもない。
だが・・・肩はあるが腕はなく、下半身はあるが脚はない・・・そんな、歪なヒト型だ。
体高は、No.007とほぼ同程度。
翼のような意匠を持つ両肩の前面には、菱形をした大きなオレンジ色のクリスタルが付いており、一際目を引いている。
鎧で言う兜・・・要するに「顔」と思しき部分には、ヘルメットにでも付いてそうなバイザーが嵌め込まれており──
その奥では、黄金の輝きを持つ双眸が、自ずから光を放っていた。
「あれは・・・ジャガーノート・・・なのか・・・・・・?」
どういった原理なのか、羽撃きもせず浮いている巨体を前に、自然とそう口にしてしまう。
『───マスター。つかぬ事を伺いますが・・・いったい、何の事でしょうか?』
すると・・・私の独り言に困惑するテリオの声が、右耳に届く。
瞬間、ぞっとして──
端末で司令室を呼び出した。
「松戸少尉ッ! 新たな高エネルギーの反応はないか⁉」
『えっ⁉ は、はいっ‼ こちらでは確認できませんが・・・何かあったんですか⁉』
彼女は今、街中に散っていた各班の撤退を指揮しながら──ドローンからの映像を見ているはずなのだ。
あんなものがあれば、当然反応するはずだろう。
・・・・・・そう・・・「あれ」が・・・見えてさえいれば。
『・・・熱、光、動体、全てのセンサーを試しましたが、マスターの視線の先に生体反応は一切認められません。・・・私の目と耳では感知出来ない何かが、そこにいるのでしょうか?』
「・・・・・・・・・」
どうやら、あの巨大な白い鎧は・・・常識の通じない能力を持つジャガーノートたちとは、少々違う意味で「非科学的」な存在らしい。
<<<アアァァアアアァァアアハハハハハハハハッ‼>>>
絶句していると──嗤い声の三重奏が、訪れていた静寂を瞬時に打ち破る。
そして、No.021は、全身から噴き出す炎を大きく揺らめかせて──
そこから生じる紫色のエネルギーを、三つの首全てに集約させ始めた。
・・・今のヤツは、もはや力を一点に集中させる必要すらないらしい。
<ッ‼ しまっ───>
さらには、その力を高める時間さえも、必要とせず──
即座に三つの口から放たれた熱線は、相対する三体のジャガーノートへと、それぞれ浴びせかけられる。
No.011が狼狽した声を出した時には、既に、紫色の光は寸前まで迫っていた。
直撃する・・・! と、息を呑んだ・・・その瞬間───
<──────>
巨大な白い鎧の、胸の中央にあるクリスタルが、強い光を放つ。
すると、No.021の放った三つの熱線は・・・その全てが、突如として空中に出現したオレンジ色の障壁に阻まれ──
即座に、霧散してしまったのである。
「ッ‼ ・・・ヤツらを・・・守った、のか・・・?」
獣のように声を上げる事もしなければ、ましてやその場から動いてすらいなかったが・・・
今のは、間違いなく「あれ」の仕業だろう。
<・・・・・・っ⁉ なっ、何なの・・・⁉ あれ・・・っ!>
そこで、恩人の正体を探ろうとあたりを見回したNo.011が・・・ようやく、背後に佇むその巨大なシルエットに気が付いた。
私だけに見える存在ではなかった事に少々安心しつつも・・・
ヤツらの知り合いでもないとなると、依然、あれの正体は一切不明なままという事になる。
<──────>
白い鎧は、No.011の問いかけに答える事はせず・・・
両肩にあるオレンジ色の結晶から、強烈な光を放った。
「な、なんだ・・・っ⁉」
思わず叫んだ、次の瞬間──
結晶の前面の空間に、巨大な円形の模様が浮かび上がる。
見た事もない記号が描かれたそれは、ファンタジーに出てくる「魔法陣」のようだ。
そして、この模様がいったい何を示すものなのかについて、思考する暇さえなく──
そこからオレンジ色の「光の鞭」が十数本ほど生じると、それらは素早い動きでNo.021へと殺到し、黒い巨体を瞬く間に雁字搦めに拘束してしまった。
<<<アアァァアアハハハハハハハハッッ⁉>>>
電光石火の早業に、さしものNo.021も困惑している様子だ。
・・・この白い鎧は・・・・・・我々の・・・味方なのか・・・?
私は立ち尽くしたまま、圧倒的な力を見せつけるだけのその背中を・・・見上げる。
<──────>
すると、どうしてか──肩越しに振り返った「それ」と、目が合った。
「・・・いったい、貴様は・・・何者なん───」
そして、胸中の疑念を吐き出そうと・・・口を開いた、その瞬間───
「うっ・・・⁉」
・・・唐突に、見た事のない景色が・・・記憶として、脳裏に浮かび上がる。
これは・・・まさか・・・以前、ハヤトと改めて「ともだち」になった時と、同じ──?
『───大丈夫だよ、アカネちゃん』
現れたのは・・・やはり、十年前の・・・子供の頃のハヤトだった。
以前に見た光景とは、全く違う場所──いや、ここはもしや・・・・・・
私の住んでいた屋敷の・・・裏手の森・・・か・・・?
『決めたんだ。僕に出来る事があるなら・・・僕は、それをしようって』
時間は、夜。天気は・・・嵐だ。
身を打つ強い雨と、身を切る激しい風の中・・・私とハヤトは、傘もささずにいる。
そんな状況で・・・私は、必死に「何か」を彼へと訴えていた。
だが、ハヤトは・・・ふるふると首を横に振ってから、ただただ、微笑む。
『だから、信じて。必ず・・・帰ってくるから───』
そして、最後にそんな寂しい言葉を告げて・・・ハヤトは、私に背を向けた。
・・・・・・それから・・・彼の身体は・・・眩い光に包まれて────
「───ッ‼」
そこで、突然意識が現実へと引き戻される。
「・・・今・・・のは・・・・・・」
困惑しつつ、戦場で白昼夢を見るとは隊長失格だな・・・と、端末へ目を向けると──
ぽた、ぽた・・・と、その文字盤に、透明な雫が落ちる。
「・・・? なんだ・・・これ、は・・・・・・」
───それが、自分の目から溢れたものだと気が付くまでに・・・少しの時間を要した。
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しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。
鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。
温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。
彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。
一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。
アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。
ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。
やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。
両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は?
これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。
完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。
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