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第十三話「新たなる鼓動」
第三章「この手がつかむもの」・⑩
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◆エピローグ
「・・・・・・ふぅ・・・・・・」
やるべき事を、終えて───
私は、<グルトップ>の後部荷室のカーテンを開け、その床に腰を落ち着けた。
───あれから───
No.007が、No.021を吹き飛ばし・・・No.011と例の白い鎧が、ヤツを追いかけて行った後・・・・・・
降りてきたNo.011が告げたのは、「No.021は誰にも手出しできない空間に追放した」・・・などと言う、何とも的を得ない報告だった。
さすがに額面通り信じる訳にもいかず・・・No.021の高エネルギーが消失してから、三十余分の待機を以て、改めて彼奴の「撃退完了」と判断。作戦終了を、全隊に通達した。
現時刻は、一五◯二──
No.011の言っていたタイムリミットは、とうの昔に過ぎていた。
「・・・今回ばかりは・・・さすがに疲れた・・・」
制帽を脱ぎ、髪留めを外す。
ジャケットを羽織ってから・・・溜息を一つ、吐いた。
「犠牲者が0ではなかったのが・・・心残りだな・・・・・・」
何かが一つ違えば、失われていたのは全人類だった──
それは間違いないだろうが、その代わりに失われてしまった命がある事も、疑いようのない事実なのだ。
「・・・ワガママ・・・なのだろうな・・・私は・・・・・・」
つくづく面倒な自分の性格に、思わず、自嘲する。
さて・・・部下たちに押し付けられるようにして小休止を取らされてしまった訳だが、やはり自分だけ何もしないというのはどうにも居心地が悪い。
本局への報告書の内容でも先に考えておくかと、立ち上がろうとして───
<ピピピ! ピピピ! ピピピ!>
突然・・・どこからか、電子音が耳に届いた。
腕の端末ではない。音を頼りに振り向けば・・・
荷室の一角にぽつんと、古めかしいデザインの携帯電話が置かれていた。
どうやら、これが着信を伝えていたらしい。
「・・・・・・・・・」
なぜ、こんなものが<グルトップ>の車内にあるのか・・・・・・
違和感と、それ以上の嫌悪感を胸に抱きながら、携帯電話を手に取ると──
やはり、そこには「非通知」の文字があった。
「・・・・・・私宛て・・・という事か」
最悪な気分のまま、通話ボタンを押し、電話を耳へと近づける。
『───ご無沙汰しております。ミス・キリュウ』
「この声・・・まさか・・・ッ‼」
聴こえて来たのは──忘れもしない、モンゴルで対峙した・・・「灰色の男」──
「プロフェッサー・フー」と名乗った、あの不気味な男の声だった。
『おや。覚えて頂いていたとは。光栄です』
わざわざ向こうからコンタクトを取ってくる意図が判らず、冷や汗が背中を伝う。
「・・・こんな時に・・・何の用だ・・・・・・」
警戒心を隠さずに問うと、ヤツは、あっけらかんとして答えた。
『いえ・・・大した要件ではありませんよ。ただ、一言・・・感謝を申し上げたく』
「・・・・・・何・・・?」
『あの黒いジャガーノート・・・ラハムザードは、我々にとっても厄介な存在だったのですよ。ですから、それを駆除された貴女に、是非ともお礼を・・・と思いまして』
あまりの意味不明さに・・・脳の血管が何本か切れた感覚がした。
「・・・喧嘩を売っているのか・・・?」
『いえいえ。まさか』
次に会う事があれば、必ず生まれてきた事を後悔させてやろうと、強く決意した所で──
『お礼ついでに・・・一つだけ、お教えいたしましょう』
唐突に・・・ヤツは、本題に入った。
『「星の徒」──主の命により、我々は、我々の事をそう認識しています』
・・・ウィーナー姉妹が血眼で探しているにも関わらず、いまだ杳として実態の見えない謎の組織──
まさか、その名前を・・・ヤツ自身の口から聞く事になるとはな・・・・・・
「フン・・・陳腐な名前のお陰で、一気に胡散臭さが増したな」
素直な感想を述べると、「フフフ」と感情の籠っていない笑い声がした。
『おっと。そうそう・・・ふだん誰かにそう名乗る事はありませんので、この名を追っても徒労に終わる事だけは、先にお伝えしておきましょう』
「・・・案ずるな。そうするまでもなく、お前たちの尻尾は掴みかけているのだからな」
多少の強がりを交えて、脅しをかけると・・・意外な答えが返ってくる。
『勿論、自覚しております。ですので───我々はしばらく、姿を隠す事にします』
「・・・・・・何だと?」
思わずぽかんとしそうになるのを堪えて、訊き返した。
『いやはや・・・本来、計画は順調そのものだったのですが・・・全ては、アカネ・キリュウ・・・貴女の存在によって狂ってしまった』
「・・・私も随分と高く買われたものだな」
『お世辞ではありません。事実、そうなのですから』
と、そこで──それまでずっと感情のなかったヤツの声が・・・ほんの少しだけ、揺らぐ。
『最後に、もう一つだけ。・・・我々と共に来て頂けませんか?』
「・・・・・・・・・」
私は・・・あまりにも予想外だった、その言葉に───
『貴女は、敵に回すには惜しい傑物です。何卒、その力を我々の───』
「ク・ソ・く・ら・え・だッ‼」
電話を握り潰しそうになるのを必死に我慢しながら、強めの語気で、悪態を返した。
『・・・残念です。それでは、またいずれお会いしましょう』
どうやら、腹立たしい事に、ヤツの要件はこれで終わりらしい。
「・・・・・・あぁ、楽しみにしておこう。貴様の悔しがる顔を、ブタ箱まで見に行ってやる」
最後に、そう告げると──電話が切れる。
画面を見れば・・・予想通り、うんともすんとも言わなくなってしまった。
この電話を分解した所で、何も出ては来ないだろう。
思い返してみれば・・・あの男は本当に、感謝の意を伝えるのが目的だったように感じた。
・・・・・・実に・・・実に無意義な時間だったな・・・・・・
「やれやれ・・・世界を救ったばかりだと言うのに・・・まだまだ苦労は絶えないようだ」
呟きながら、どうにもこの徒労感を汚された気分になって、わだかまる。
「・・・・・・」
私は、周囲に人影がない事を、入念に確認してから・・・
隊服のジッパーを少し下ろし、胸の内ポケットから「おまもり」を取り出した。
「・・・・・・今回も、助けられたな・・・」
透明な袋に入った、2枚の写真。片方は、家族で撮ったもの。
そして、もう片方に映っているのは・・・十年前の、私と、ハヤト───
・・・見る度に、少々恥ずかしくなってしまう。
私も昔は、頭にリボンをつける程度には乙女だった事を思い出してしまうからだ。
しかし、今と比べても、随分と髪が長い。
そう言えば、母が褒めてくれたのが忘れられずに、切るのをずっと嫌がっていたんだっけか。いま思い返すと、何とも子どもらしい。
・・・子どもで思い出したが、体型も今とは比べるまでもなく、細い上に小さいかった。
この年代なら、女子の方が背丈が大きいのが普通だろうに・・・二つ下のハヤトと比べても、ほとんど違いがない。
・・・この痩躯で、この長髪だ。噂されていたという「お屋敷の幽霊」のあだ名は、まさに的を得ていると言える。
まぁ・・・この頃は二十歳まで生きられないとすら言われていたし、ハヤトと出会うまでは、自覚がないだけで顔つきも相当暗かったはずだ。
それも相まっての幽霊扱いだったのだろう。
──と、そこで、はたと良いアイデアを思いつく。
「! そうだ・・・! この写真・・・もしかしたら、ハヤトの記憶を取り戻すきっかけになるのではないか・・・⁉」
昔の自分を見せるのは、少々どころかだいぶ恥ずかしいが・・・
彼が探し求めている記憶を思い出す取っ掛かりに成り得るのであれば、そんなのは些細な事だろう。
むしろ、なぜ私は今までこんな簡単な事に気付かなかったのだろうか・・・
よし。そうと決まれば、今度ハヤトに会う時に、この写真を───
『───すまない、アカネ。本当に・・・すまない───』
と、そこで唐突に視界がブラックアウトして──すぐ、元に戻る。
私は、何度か瞼を上下させ・・・思わず、首を傾げた。
「・・・? 今、私は何を・・・?」
直前まで、自分がいったい何を考えてたのか・・・うっかり忘れてしまう。
「どうやら・・・本当に疲れているらしいな・・・・・・」
私は、眉間を揉んでから・・・深く、溜息を吐くのだった───
※ ※ ※
「──さん! ───トさん! ───ハヤトさんっ!」
「・・・・・・・・・!」
名前を呼ばれ──ゆっくりと、目を覚ます。
ぼやけた視界の中には・・・こちらを心配そうに見つめる、クロと──
「やぁっと起きたか、ハヤト」
「私たちの活躍を見逃すなんて・・・勿体ない事したわね?」
腕組みをしながら口角を上げたカノンと、反対に口を尖らせているティータの姿があった。
三人とも・・・擬人態の姿なのに、全身が傷だらけだ。
「・・・‼ ごっ、ごめん・・・っ! 僕・・・いつの間に・・・・・・」
そして、今がどんな状況だったかを思い出し、慌てて跳ね起きる。
・・・・・・あっ! でも・・・皆が、こうして目の前にいるって事は・・・・・・‼
「勝った・・・んだね・・・っ‼」
思わず、拳を握りながら口にすると・・・笑顔が三つ、返って来る。
安堵しつつ、僕まで笑顔になった所で──それが、目についた。
「クロ・・・その、右腕・・・・・・」
「・・・! はいっ!」
戦いの中で、己のものとした彼女の右腕は・・・擬人態の姿でも、あるべき場所にあってくれた。
手の甲には赤い結晶が付いていて、ネイビーの装甲は二の腕にまで及んでいる。
少しデザインが変わっているのは、怪獣態の変化を反映したからなのだろう。
「・・・良かったよ・・・本当に・・・・・・」
笑顔を向けると、クロは再び微笑んでから──少し間をおいて、頭を下げた。
「ハヤトさん・・・それに、ティータちゃんも、カノンちゃんも、シルフィさんも・・・ごめんなさい。・・・こわくて、逃げ出してしまって・・・心配かけて、ごめんなさい!」
・・・やっぱり、彼女は優しくて真面目な、いい子だ。
だから・・・僕は・・・恥ずかしい気持ちを飲み込んで、彼女の頭に、そっと手を置く。
「・・・謝る必要なんてないよ・・・クロ」
そして、ゆっくりと・・・その紫紺の髪を労るように、頭を撫でた。
「帰ってきてくれて──ありがとう」
少しでも、僕の心が・・・感謝の気持ちが、伝わればいいなと思いながら。
「・・・はいっ! ただいま・・・ですっ!」
自身の熱を克服したはずの、彼女の頭は・・・やっぱりまだ、少し火照っていた。
「・・・シルフィも、ありがとね」
『はいは~~い。まぁ、大した事はしてないけどね~~』
敢えて僕たちの輪に入らず、ふわふわと浮いていた妖精さんにも、お礼を伝える。
いつも通りの飄々とした答えだけど・・・シルフィが色々と気を回してくれていた事には気が付いていた。
・・・僕が今日、再び心臓の痛みを訴え始めてから・・・おそらく彼女は、三人にそれが伝わらないようにしていたのだ。
僕が激痛に悶えていると聞けば、三人は絶対に心配してくれるだろう。
・・・それこそ、戦いに支障が出てしまうくらいに。
もしそんな事になって、万が一という事態になれば・・・僕は、僕自身が許せなくなってしまう。
シルフィは・・・そんな僕の気持ちを察して、汲んでくれたに違いない。
「大した事じゃなくても、だよ。本当に・・・ありがとう!」
『・・・・・・まぁ、そこまで言うなら・・・どういたしまして』
重ねて告げると──珍しく、少し恥ずかしそうにしながら、シルフィが感謝を受け取った。
・・・・・・どうしてか・・・どうしてなのかは判らないけれど・・・・・・
今日は、シルフィに・・・絶対にお礼を言わなくちゃって・・・そんな、気分だったんだ。
と、そこで──唐突に、ゴロゴロと雷鳴のような音が耳に届く。
・・・これは・・・いつものやつ・・・・・・だよね?
「オイ! ハヤト! ハラへってきたぞ!」
「はぁ・・・最後は絶対こうなると思ってたわ・・・・・・」
「うふふっ・・・私もおなか空いちゃいましたっ!」
そして、また──みんなの笑顔が溢れる。
「・・・・・・・・・」
・・・僕は、心から・・・この笑顔を、また見る事が出来て良かったと──
明日からもまた、こうして皆でいられるのだと──
そんな幸せを・・・ようやく実感する。
クロが、カノンが、ティータが、アカネさんが、JAGDやそれに協力していた人たちが・・・そして、シルフィが──
命を賭して戦ってくれたお陰で、今、この時がある。
今日で終わってしまうかも知れなかった世界に──
明日もまた、陽が昇るんだ。
「・・・・・・みんな・・・本当に・・・ありがとう・・・」
最後に、そう呟いてから・・・僕は、皆に声をかけた。
「それじゃあ・・・帰ろっか! 皆で!」
「はいっ! みんなで一緒に、ですっ!」
「オウ! ハラもへったしなッ!」
「ふふっ♪ 今日はみんなで祝勝会ね♪」
『はいは~い。それじゃあ送るからね~~』
・・・こうして、激闘を終えた僕たちは、最後は何だかいつも通りの感じで・・・
傾いてきた陽の光を背に、家路を急ぐのだった────
「・・・・・・ふぅ・・・・・・」
やるべき事を、終えて───
私は、<グルトップ>の後部荷室のカーテンを開け、その床に腰を落ち着けた。
───あれから───
No.007が、No.021を吹き飛ばし・・・No.011と例の白い鎧が、ヤツを追いかけて行った後・・・・・・
降りてきたNo.011が告げたのは、「No.021は誰にも手出しできない空間に追放した」・・・などと言う、何とも的を得ない報告だった。
さすがに額面通り信じる訳にもいかず・・・No.021の高エネルギーが消失してから、三十余分の待機を以て、改めて彼奴の「撃退完了」と判断。作戦終了を、全隊に通達した。
現時刻は、一五◯二──
No.011の言っていたタイムリミットは、とうの昔に過ぎていた。
「・・・今回ばかりは・・・さすがに疲れた・・・」
制帽を脱ぎ、髪留めを外す。
ジャケットを羽織ってから・・・溜息を一つ、吐いた。
「犠牲者が0ではなかったのが・・・心残りだな・・・・・・」
何かが一つ違えば、失われていたのは全人類だった──
それは間違いないだろうが、その代わりに失われてしまった命がある事も、疑いようのない事実なのだ。
「・・・ワガママ・・・なのだろうな・・・私は・・・・・・」
つくづく面倒な自分の性格に、思わず、自嘲する。
さて・・・部下たちに押し付けられるようにして小休止を取らされてしまった訳だが、やはり自分だけ何もしないというのはどうにも居心地が悪い。
本局への報告書の内容でも先に考えておくかと、立ち上がろうとして───
<ピピピ! ピピピ! ピピピ!>
突然・・・どこからか、電子音が耳に届いた。
腕の端末ではない。音を頼りに振り向けば・・・
荷室の一角にぽつんと、古めかしいデザインの携帯電話が置かれていた。
どうやら、これが着信を伝えていたらしい。
「・・・・・・・・・」
なぜ、こんなものが<グルトップ>の車内にあるのか・・・・・・
違和感と、それ以上の嫌悪感を胸に抱きながら、携帯電話を手に取ると──
やはり、そこには「非通知」の文字があった。
「・・・・・・私宛て・・・という事か」
最悪な気分のまま、通話ボタンを押し、電話を耳へと近づける。
『───ご無沙汰しております。ミス・キリュウ』
「この声・・・まさか・・・ッ‼」
聴こえて来たのは──忘れもしない、モンゴルで対峙した・・・「灰色の男」──
「プロフェッサー・フー」と名乗った、あの不気味な男の声だった。
『おや。覚えて頂いていたとは。光栄です』
わざわざ向こうからコンタクトを取ってくる意図が判らず、冷や汗が背中を伝う。
「・・・こんな時に・・・何の用だ・・・・・・」
警戒心を隠さずに問うと、ヤツは、あっけらかんとして答えた。
『いえ・・・大した要件ではありませんよ。ただ、一言・・・感謝を申し上げたく』
「・・・・・・何・・・?」
『あの黒いジャガーノート・・・ラハムザードは、我々にとっても厄介な存在だったのですよ。ですから、それを駆除された貴女に、是非ともお礼を・・・と思いまして』
あまりの意味不明さに・・・脳の血管が何本か切れた感覚がした。
「・・・喧嘩を売っているのか・・・?」
『いえいえ。まさか』
次に会う事があれば、必ず生まれてきた事を後悔させてやろうと、強く決意した所で──
『お礼ついでに・・・一つだけ、お教えいたしましょう』
唐突に・・・ヤツは、本題に入った。
『「星の徒」──主の命により、我々は、我々の事をそう認識しています』
・・・ウィーナー姉妹が血眼で探しているにも関わらず、いまだ杳として実態の見えない謎の組織──
まさか、その名前を・・・ヤツ自身の口から聞く事になるとはな・・・・・・
「フン・・・陳腐な名前のお陰で、一気に胡散臭さが増したな」
素直な感想を述べると、「フフフ」と感情の籠っていない笑い声がした。
『おっと。そうそう・・・ふだん誰かにそう名乗る事はありませんので、この名を追っても徒労に終わる事だけは、先にお伝えしておきましょう』
「・・・案ずるな。そうするまでもなく、お前たちの尻尾は掴みかけているのだからな」
多少の強がりを交えて、脅しをかけると・・・意外な答えが返ってくる。
『勿論、自覚しております。ですので───我々はしばらく、姿を隠す事にします』
「・・・・・・何だと?」
思わずぽかんとしそうになるのを堪えて、訊き返した。
『いやはや・・・本来、計画は順調そのものだったのですが・・・全ては、アカネ・キリュウ・・・貴女の存在によって狂ってしまった』
「・・・私も随分と高く買われたものだな」
『お世辞ではありません。事実、そうなのですから』
と、そこで──それまでずっと感情のなかったヤツの声が・・・ほんの少しだけ、揺らぐ。
『最後に、もう一つだけ。・・・我々と共に来て頂けませんか?』
「・・・・・・・・・」
私は・・・あまりにも予想外だった、その言葉に───
『貴女は、敵に回すには惜しい傑物です。何卒、その力を我々の───』
「ク・ソ・く・ら・え・だッ‼」
電話を握り潰しそうになるのを必死に我慢しながら、強めの語気で、悪態を返した。
『・・・残念です。それでは、またいずれお会いしましょう』
どうやら、腹立たしい事に、ヤツの要件はこれで終わりらしい。
「・・・・・・あぁ、楽しみにしておこう。貴様の悔しがる顔を、ブタ箱まで見に行ってやる」
最後に、そう告げると──電話が切れる。
画面を見れば・・・予想通り、うんともすんとも言わなくなってしまった。
この電話を分解した所で、何も出ては来ないだろう。
思い返してみれば・・・あの男は本当に、感謝の意を伝えるのが目的だったように感じた。
・・・・・・実に・・・実に無意義な時間だったな・・・・・・
「やれやれ・・・世界を救ったばかりだと言うのに・・・まだまだ苦労は絶えないようだ」
呟きながら、どうにもこの徒労感を汚された気分になって、わだかまる。
「・・・・・・」
私は、周囲に人影がない事を、入念に確認してから・・・
隊服のジッパーを少し下ろし、胸の内ポケットから「おまもり」を取り出した。
「・・・・・・今回も、助けられたな・・・」
透明な袋に入った、2枚の写真。片方は、家族で撮ったもの。
そして、もう片方に映っているのは・・・十年前の、私と、ハヤト───
・・・見る度に、少々恥ずかしくなってしまう。
私も昔は、頭にリボンをつける程度には乙女だった事を思い出してしまうからだ。
しかし、今と比べても、随分と髪が長い。
そう言えば、母が褒めてくれたのが忘れられずに、切るのをずっと嫌がっていたんだっけか。いま思い返すと、何とも子どもらしい。
・・・子どもで思い出したが、体型も今とは比べるまでもなく、細い上に小さいかった。
この年代なら、女子の方が背丈が大きいのが普通だろうに・・・二つ下のハヤトと比べても、ほとんど違いがない。
・・・この痩躯で、この長髪だ。噂されていたという「お屋敷の幽霊」のあだ名は、まさに的を得ていると言える。
まぁ・・・この頃は二十歳まで生きられないとすら言われていたし、ハヤトと出会うまでは、自覚がないだけで顔つきも相当暗かったはずだ。
それも相まっての幽霊扱いだったのだろう。
──と、そこで、はたと良いアイデアを思いつく。
「! そうだ・・・! この写真・・・もしかしたら、ハヤトの記憶を取り戻すきっかけになるのではないか・・・⁉」
昔の自分を見せるのは、少々どころかだいぶ恥ずかしいが・・・
彼が探し求めている記憶を思い出す取っ掛かりに成り得るのであれば、そんなのは些細な事だろう。
むしろ、なぜ私は今までこんな簡単な事に気付かなかったのだろうか・・・
よし。そうと決まれば、今度ハヤトに会う時に、この写真を───
『───すまない、アカネ。本当に・・・すまない───』
と、そこで唐突に視界がブラックアウトして──すぐ、元に戻る。
私は、何度か瞼を上下させ・・・思わず、首を傾げた。
「・・・? 今、私は何を・・・?」
直前まで、自分がいったい何を考えてたのか・・・うっかり忘れてしまう。
「どうやら・・・本当に疲れているらしいな・・・・・・」
私は、眉間を揉んでから・・・深く、溜息を吐くのだった───
※ ※ ※
「──さん! ───トさん! ───ハヤトさんっ!」
「・・・・・・・・・!」
名前を呼ばれ──ゆっくりと、目を覚ます。
ぼやけた視界の中には・・・こちらを心配そうに見つめる、クロと──
「やぁっと起きたか、ハヤト」
「私たちの活躍を見逃すなんて・・・勿体ない事したわね?」
腕組みをしながら口角を上げたカノンと、反対に口を尖らせているティータの姿があった。
三人とも・・・擬人態の姿なのに、全身が傷だらけだ。
「・・・‼ ごっ、ごめん・・・っ! 僕・・・いつの間に・・・・・・」
そして、今がどんな状況だったかを思い出し、慌てて跳ね起きる。
・・・・・・あっ! でも・・・皆が、こうして目の前にいるって事は・・・・・・‼
「勝った・・・んだね・・・っ‼」
思わず、拳を握りながら口にすると・・・笑顔が三つ、返って来る。
安堵しつつ、僕まで笑顔になった所で──それが、目についた。
「クロ・・・その、右腕・・・・・・」
「・・・! はいっ!」
戦いの中で、己のものとした彼女の右腕は・・・擬人態の姿でも、あるべき場所にあってくれた。
手の甲には赤い結晶が付いていて、ネイビーの装甲は二の腕にまで及んでいる。
少しデザインが変わっているのは、怪獣態の変化を反映したからなのだろう。
「・・・良かったよ・・・本当に・・・・・・」
笑顔を向けると、クロは再び微笑んでから──少し間をおいて、頭を下げた。
「ハヤトさん・・・それに、ティータちゃんも、カノンちゃんも、シルフィさんも・・・ごめんなさい。・・・こわくて、逃げ出してしまって・・・心配かけて、ごめんなさい!」
・・・やっぱり、彼女は優しくて真面目な、いい子だ。
だから・・・僕は・・・恥ずかしい気持ちを飲み込んで、彼女の頭に、そっと手を置く。
「・・・謝る必要なんてないよ・・・クロ」
そして、ゆっくりと・・・その紫紺の髪を労るように、頭を撫でた。
「帰ってきてくれて──ありがとう」
少しでも、僕の心が・・・感謝の気持ちが、伝わればいいなと思いながら。
「・・・はいっ! ただいま・・・ですっ!」
自身の熱を克服したはずの、彼女の頭は・・・やっぱりまだ、少し火照っていた。
「・・・シルフィも、ありがとね」
『はいは~~い。まぁ、大した事はしてないけどね~~』
敢えて僕たちの輪に入らず、ふわふわと浮いていた妖精さんにも、お礼を伝える。
いつも通りの飄々とした答えだけど・・・シルフィが色々と気を回してくれていた事には気が付いていた。
・・・僕が今日、再び心臓の痛みを訴え始めてから・・・おそらく彼女は、三人にそれが伝わらないようにしていたのだ。
僕が激痛に悶えていると聞けば、三人は絶対に心配してくれるだろう。
・・・それこそ、戦いに支障が出てしまうくらいに。
もしそんな事になって、万が一という事態になれば・・・僕は、僕自身が許せなくなってしまう。
シルフィは・・・そんな僕の気持ちを察して、汲んでくれたに違いない。
「大した事じゃなくても、だよ。本当に・・・ありがとう!」
『・・・・・・まぁ、そこまで言うなら・・・どういたしまして』
重ねて告げると──珍しく、少し恥ずかしそうにしながら、シルフィが感謝を受け取った。
・・・・・・どうしてか・・・どうしてなのかは判らないけれど・・・・・・
今日は、シルフィに・・・絶対にお礼を言わなくちゃって・・・そんな、気分だったんだ。
と、そこで──唐突に、ゴロゴロと雷鳴のような音が耳に届く。
・・・これは・・・いつものやつ・・・・・・だよね?
「オイ! ハヤト! ハラへってきたぞ!」
「はぁ・・・最後は絶対こうなると思ってたわ・・・・・・」
「うふふっ・・・私もおなか空いちゃいましたっ!」
そして、また──みんなの笑顔が溢れる。
「・・・・・・・・・」
・・・僕は、心から・・・この笑顔を、また見る事が出来て良かったと──
明日からもまた、こうして皆でいられるのだと──
そんな幸せを・・・ようやく実感する。
クロが、カノンが、ティータが、アカネさんが、JAGDやそれに協力していた人たちが・・・そして、シルフィが──
命を賭して戦ってくれたお陰で、今、この時がある。
今日で終わってしまうかも知れなかった世界に──
明日もまた、陽が昇るんだ。
「・・・・・・みんな・・・本当に・・・ありがとう・・・」
最後に、そう呟いてから・・・僕は、皆に声をかけた。
「それじゃあ・・・帰ろっか! 皆で!」
「はいっ! みんなで一緒に、ですっ!」
「オウ! ハラもへったしなッ!」
「ふふっ♪ 今日はみんなで祝勝会ね♪」
『はいは~い。それじゃあ送るからね~~』
・・・こうして、激闘を終えた僕たちは、最後は何だかいつも通りの感じで・・・
傾いてきた陽の光を背に、家路を急ぐのだった────
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