恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第二章「人類には牙のある事を」・⑥

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       ※  ※  ※


「・・・・・・そろそろ、アカネたちは動き始めるみたいね」

 時計が正午を差したのと、ほぼ同時に──ティータが、しめやかに呟く。

「・・・ッ‼ ・・・そう、なんだ・・・・・・」

 それが、「合図」なのだと判って・・・僕は、息を呑んだ。

 緊張のあまり、洗っている最中のお皿を落としそうになってしまう。

 ・・・朝ご飯を食べた後、あまりに手持ち無沙汰で・・・僕はずっと家の掃除をしていた。

 何かをしていないと、気が紛れないというのもあったけど──

 結局は、あと2時間で世界が滅亡してしまうかもしれないという事実を、まだ受け入れられずにいるのだと思う。

「それじゃあ──行くわ」

「・・・・・・」

 しかし、二人は違う。既に、戦う覚悟が決まっていた。

 ティータは、口調だけは散歩にでも出かけるかのように・・・・・・

 カノンは、TVの前の指定席から、無言で・・・それぞれ、ゆっくりと立ち上がった。

 ───家を出て行ってしまったクロは・・・まだ戻っていない。

「まっ・・・待って‼」

 そして、二人が居間の出口に差し掛かった所で──耐え切れず、叫んでしまう。

「僕も・・・・・・僕も行く・・・っ!」

 振り返った四つの瞳に、そう告げた。

『・・・・・・』

 すぐ後ろから、責めるような無言の視線を感じる。だけど───

「シルフィが連れて行ってくれないなら、這ってでもついて行くよ‼ このまま二人の戦いから目を背ける事なんて・・・やっぱり出来る訳ない・・・っ‼」

 どれだけ考えても、自分の心に嘘はつけなかった。

「・・・ハヤト。無理しなくてもいいのよ? 今度ばかりは・・・見るに耐えないくらい、酷い姿を晒してしまうかも知れないから・・・」

「・・・・・・おめぇは、アタシを信じてここで待ってろ」

 そんな僕のワガママを聞いた上で、二人は優しい言葉をかけてくれる。

 あくまで僕の安全を優先してくれているのだと、判る。

「それでも・・・・・・それでも僕は・・・見届けたい」

 なのに、僕という人間は、その優しさを踏みにじってしまう。

 善意から出た提案を断ってでも・・・自分のエゴを通そうとしてしまう。

「耐えられないほど辛くても、何も出来る事がなくても──目を背け続ける方が、僕にとってはもっとずっと辛い事だから・・・!」

 ・・・どうしようもない人間だと、自分でも思う。

 だけど、どうしても逃げたくなかった。

 命を賭して怪獣に立ち向かってくれる二人の戦いから逃げ出してしまえば──もう二度と、僕は彼女たちに顔向け出来ないと思ったから。

「だから・・・お願い・・・・・・しますっ‼」

 そう言いながら、精一杯の想いを込めて頭を下げる。

 すると──ティータは「ふぅ」と息を吐いて、呆れたように微笑んだ。

「・・・よくよく考えたら、宇宙の不死蝶の止り木たる貴方には、この私の華麗なる戦いを見届ける義務があるわよね♪」

 隣に立つカノンは、対照的に、ぐっと口角を持ち上げて笑みを作る。

「へっ! そうだったな・・・おめぇならそう言うよな、ハヤト」

 そして、僕の目の前まで来ると、背伸びをしてぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。

 くすぐったくて、恥ずかしかったけど・・・悪い気はしなかった。 

「シルフィはどう? 送り迎えくらいはしてくれる気になったかしら?」

 そんな僕たちを見て、クスクスと笑ってから、ティータは冗談めかして問いかける。

『・・・・・・はぁ~~~・・・・・・』

 すると、ずっと黙ったままだったシルフィは・・・大きな溜息で以て、それに応えた。

『・・・判ったよ。でも、いよいよってなったら、問答無用で脱出するからね』

 次いで、呆れた・・・というより、根負けしたのだと判る表情で、そう念押ししてきた。

「シルフィ・・・ありがとう・・・!」

 協力とは言わないまでも、ギリギリまで付き合うと言ってくれた事に胸を撫で下ろしていると、カノンが胸を張って宣言する。

「ハンッ! その心配は要らねぇよ! 勝つのはアタシだかんなっ‼」

「そうね・・・ふふっ♪」

「・・・? 何笑ってんだ? 気色ワリーぞハネムシ」

「今ばかりは、あなたの無鉄砲さが心強いわね。ト・カ・ゲ・ちゃん♪」

「あん? ケンカ売ってんのか?」

 いつの間にか、二人のやり取りは普段の空気を取り戻していて・・・気が付けば、戦いを前にしたシリアスな雰囲気は、どこかへ行ってしまっていた。

「・・・・・・」

 だけど、今・・・ここに、クロはいない。

 決して彼女に戦って欲しい訳ではなく・・・むしろ戦いたくないと言うなら、僕はその意志を尊重したい。

 それを彼女が「選んだ」なら、迷う事なくその決断を肯定したい。

 でも、もし──クロが選ぶ事すら出来ずに、ひとりぼっちで苦しんでいるのなら───

「・・・・・・ハヤト」

 そこまで考えた所で、ティータにそっと手を握られる。

 振り向けば・・・そこには、深い慈愛をたたえた二色の眼差しがあった。

「信じてあげましょう・・・クロを。あの子の胸には、貴方が与えた優しい心とあたたかい言葉が、今もしっかりと宿っているはずよ」

「・・・・・・うん。そうだね・・・」

 先程とは違って、形だけではなく・・・心の中でも、頷いた。

 ──そうだ。僕は知っている。とっくに判っている。

 クロは・・・強い子なんだって。

 だから、僕が彼女を守りたいと願う意志が、彼女の足枷になってはいけないんだって。

 ・・・きっとクロはもう、自分がどうするかを、自分の意志で選ぶ事が出来る。

 僕は──そう信じる。信じて、待つ。

 そして、ようやく決まった覚悟を胸に・・・僕はシルフィに促されるまま、目を閉じた。

 僕たちの明日を決める戦いへと、赴くために───


       ※  ※  ※


「──キリュウ隊長、基地における全作業、完了致しました」

「了解した」

 時計型端末に目を向ければ、時刻は一二二五を指していた。

 ギリギリになってしまったが、今は間に合った事に・・・いや、間に合わせてくれた事に、感謝するべきだろう。

「よし、それでは───」

 時間もない事だし、早々にここを発たなければ・・・と、早々に号令をかけようとして──

「キリュウ隊長ッ‼ 具申致しますッッ‼」

 声を張ったマクスウェル中尉に、阻止されてしまう。

「どっ、どうした・・・?」

「いえ・・・時間がないのは重々承知ではありますが───」

 そして、コホン!とわざとらしく咳をすると・・・

「ここは一つ、隊長から皆へ直々に、作戦前の激励のお言葉を頂ければと思いまして」

 本当に唐突すぎる提案を、投げかけてきた。

『とてもよいお考えだと思いますわっ‼』

『私もマザーに賛成です。是非とも、マスターの雄弁を拝聴したいものです』

 すかさず、右耳からやかましい声が飛んでくる。

 「地底世界」の調査の時と同じく、今回もテリオとの回線にサラが割り込んでくる設定になっているのだが・・・少しイヤホンを付けるのが早かったらしい。

 苛立つ気持ちに従って手早くイヤホンの電源を切り、ポケットに突っ込む。

 ・・・が、しかし。その手間が命取りだったらしい。

「おいおいお前たち・・・・・・」

 湧き立つ司令室の空気を鎮めようとした頃には、時既に遅く──

「隊長! 端末の方、基地の全スピーカーに接続完了しました! いつでもどうぞ!」

「・・・・・・・・・」

 もはや、外堀が完全に埋まっていた。

 松戸少尉め・・・「今日の作戦は私も現場に出ます!」と息巻いていたが・・・どうやらやる気が高まりすぎて、周りが見えていないらしい。

 無言で視線を向けると、「ひぃっ!」と小さく叫んで大人しくなった。

 きっと今ので、いつもの冷静さを取り戻してくれた事だろう。

「・・・・・・ハァ・・・」

 ・・・しかし、どうやら目の前の緊急任務からは、逃れられそうになかった。

 私は観念して、咳払いを一つしてから──端末へと語りかける。

「───機動部隊隊長の桐生だ。・・・皆の時間を、少しだけもらいたい」

 背後のスピーカーから自分の声が返ってきて、今すぐ中止したい気持ちが湧いてくる。

 しかし、これも隊長の仕事か・・・と思い直し、拙いスピーチを始める事にした。

「半年ほど前の就任以降──皆には何かと迷惑をかけてすまない。ジャガーノートの影も形もなかったこの国に、ヤツらを呼び込んだのは私ではないかと疑われてもしょうがないタイミングだったと、自分でも思う。だが、おそらくは今後も忙しいままだろう。腹を括ってくれ」

 これは、中尉の思いつきで始まった突発的なイベントだ。

 原稿も草案すら用意していないから、全てが完全な即興アドリブ

 故に・・・口を衝いて出てくるのは──普段から考えている事だけだった。

「毎回、機動部隊の後始末に奔走させてしまっている警備課と整備課には、いくら感謝しても足りない思いだ。それに、研究課も総務課も、私が来て以降、作業量が格段に増えた事と思う。・・・皆のお陰で、私たち機動部隊は戦う事が出来る。いつも、ありがとう」

 そこまで言って、一度、こめかみを掻く。

 ・・・さて。気恥ずかしくてたまらないが、少しは演説じみた話をせねば格好がつかないか・・・と、覚悟を決めた。

「──私の事は、恨んでくれてもいい。死神だ疫病神だと、いくらでも後ろ指を指してくれて構わない。ただ、皆には今一度──No.021を倒すため・・・そして、ヤツを倒した後、人々が再び安寧の日々を取り戻すために・・・その力を、貸して欲しい!」

 そこで、司令室でニヤニヤしていた皆の空気が一変したのを、肌で感じた。

「今度の敵は・・・あまりにも強大だ。ヤツと比べれば、人という生き物はあまりに脆く、儚く・・・ひとりでは何も出来ない、ちっぽけな存在に過ぎないだろう」

 悔しいが、それは事実だった。

 しかし勿論、私が言いたいのはそんな事ではない。

「だが・・・ひとりでは成し得ない事を成すために、人は手を取り合う事が出来る。それこそが、壊す事しか出来ない怪物とは違う、人だけの持つ強さなのだと・・・私は思う!」

 再び、司令室の空気が変わる。部下たちの背筋が、ピンと張られたように見えた。

 ・・・そういえば以前、No.007が突然この基地の直上に現れた時も、マイクに向かって咄嗟に叫んだ事があったな・・・と、今更ながら思い出す。

「傍らに立つ戦友のため、戦う術を持たない友のため──そして、人という種の営みを支える、名も知らぬ誰かのため──皆の力と命を、私に預けて欲しい!」

 あの時は、「猟犬」の二つ名で無理やり混乱を収めた訳だが・・・今はもう、そんな事をする必要もないだろう。

 なにせ・・・今となっては既に、私の部下たちも皆、「ジャガーノートですら殺せなかった不死身の猟犬」となったのだから。

「私たちひとりひとりの力はちっぽけでも、我々は人類存亡の最後の砦・JAGDの一員だ! その叡智と、技術と、勇気の全てを以て・・・教えてやろうではないか!」

 故に、私の伝えるべきは・・・たった一つだ。


「───我らに仇なす下等生物バケモノに・・・人類ひとには牙のある事をッ‼」


 すると、そこまで言い終えた所で───

『『『おおぉぉ──ッッ‼』』』

 基地の壁伝いに・・・司令室にまで、揃った雄叫びが届いた。

「・・・皆、ありがとう。しっかりと聴こえたよ」

 応えてくれた嬉しさと、どうしても感じてしまう気恥ずかしさで・・・顔が紅くなったのを自覚する。

 ・・・やはり、慣れない事はするべきではないな。

「後は各自、事前に指示した通りに。攻撃開始は一三○○だ! 以上!」

 そして、強引にスピーチを締め括ると──すぐ近くから、拍手の音が響いた。

「お疲れ様でした、隊長」

「その言葉は少し早いな、中尉」

「そうですね。・・・では後ほど、作戦成功の折に改めて」

 意図を察しての返しに、互いに微笑んでから──私は、皆の顔を見回す。

「それじゃ、いっちょやってやりましょうぜ! 隊長ッ!」

「・・・いつも通りに・・・やるだけ・・・・・・」

「No.021については判らない事だらけですが、後は現場で何とかしてみせます!」

「は、初めての出動で・・・めちゃくちゃ緊張してますけど・・・がっ、がんばりますっ‼」

 そして、銘々の意気込みを受け取った。全員、気合いは十二分のようだ。

「───よし」

 私は、息を一つ吐き・・・そして、声を張り上げた。


「行くぞ! JAGD極東支局機動部隊──総員、出撃ッ‼」


『『『『『アイ・マムッッ‼』』』』』






                       ~第三章へつづく~
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