恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十三話「新たなる鼓動」

 第三章「この手がつかむもの」・①

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◆第三章「この手がつかむもの」


「・・・・・・いよいよ・・・なんだね・・・」

 空に浮く球体の外では、一度は無人となった横浜の街を、たくさんの人が走り回っていた。

 彼らの動きは、素人目にも洗練されている事が判る。

 制服からして、たぶん自衛隊と・・・外国の人も多いから、横須賀基地から在日米軍が来ているのかも知れない。

 さらに、集結しつつあるのは人だけではなかった。

 いつものJAGDのパラボラ戦車 (いつもとは下の部分が違う気がする) だけでなく、長い砲身を持つ戦車が何台も見える。

 おまけに、初めて見る高さ30メートルはありそうなパラボラアンテナの装置まで。

 おそらく、は戦車の方と同じなのだろう。

「文字通りの、総力戦ね」

 同じく、戦いの準備を進める人たちを見下ろしながら、ティータが呟く。

「本当なら、メロたちにも協力をお願いしたかったけれど・・・・・・」

 次いで、二色の瞳は、その全ての戦力が注がれようとしている相手へと移った。

 つられて目を向ければ──そこには、白い塔の頂上に鎮座する漆黒の「台座」と、その中央で煌々と燃え続ける紫の炎があった。

「さすがに・・・相手が悪かったね・・・」

 メロちゃんたちは、高熱が弱点。しかも、相手は彼女らの一番のともだちでありながら、一番の天敵でもあるクロの力の根源たる存在なのだ。

 猫の手も借りたい状況とは言え、さすがにはばかられるというのがティータと僕の一致した意見だった。

「・・・炎が・・・大きくなってる・・・」

 怪しげな輝きを放つ紫の炎は、昨日よりも格段にその大きさを増している。

 時刻はもうすぐ午後1時・・・ティータの言っていた「タイムリミット」までは、あと1時間ほどしかない。

 間違いなく、力の高まりと炎の大きさは比例しているのだろう。

 身震いしながら、ふと、頭に浮かんだ疑問が口を衝いて出る。

「・・・・・・ラハムザードは・・・どうして地球に来たんだろう・・・・・・?」

 独り言のつもりだったけれど、隣に立つティータが答えた。

「一番可能性が高いのは、クロがいたから・・・という事になってしまうのかしらね」

 そして、考えなしに呟いてしまった事を即座に後悔する。

 自責の念に駆られながらも、続くティータの話に耳を傾けた。

「昨日の怪獣の断末魔──おそらく、ルリムスによるものだったのでしょうけれど──あれは、ラハムザードに向けたものだったのでしょうし」

 「ルリムス」──大黒埠頭で戦った怪獣の身体の中から現れた、「黒い指」のような生物の名前であり・・・その正体は、ラハムザードの体表から零れ落ちるなのだそうだ。

 クロの記憶の中にも出てきた、彼女が怪獣となったきっかけの一つでもある。

「ハヤトから聞いた話と合わせて考えれば、おそらくあの子の生まれた星にあった「塔」が壊された時・・・クロとラハムザードは、星の残骸ごと「廃空間カダス」に飲み込まれたのね」

「そして・・・クロは永く苦しい旅路の果てに、地球に辿り着いた・・・・・・」

「えぇ。一方でラハムザードは、自らの分身の声に呼応して、この星へとやって来た・・・多分、クロが来たのと同じルートを辿って、ね」

 そこまで口にしてから、ティータは少し目を伏せる。

「やっぱり・・・あの「時空裂傷」から・・・なのでしょうね・・・・・・」

 言いながら、彼女の瞳が揺れた・・・気がした。

 聞き覚えのない単語に、首を傾げていると──

『・・・それについて、キミが責任を感じてもしょーがないんじゃない?』

「そう、ね・・・ありがとう」

 意外にも、シルフィがティータを慰めた。どうやらその「時空裂傷」なるものについては、二人しか知らない何かがあるらしい。

 ・・・少しだけ疎外感を覚えたけれど・・・問い質す空気でもなかったので、僕は沈黙を選ぶ事にした。

「・・・ラハムザードも、本来は・・・破壊の化身ではなかったはずのだけれどね」

 そんな思考もお通しだったようで、ティータはすかさず話題を変えた。

「「邪辰ノージアム」・・・だっけ? それになる前は、良い存在だった・・・って事?」

 もうあまり時間がない事を感じつつも・・・純粋に気になる話だったので、ほとんど無意識に聞き返してしまう。

 「うぅん・・・」と首をひねってから、ティータが答えてくれた。

「変質する前の「眷属メブラム」と言うのも、善悪で括るには少し軸のズレている存在ではあるのだけれど・・・まぁ、少なくとも、今のように暴れ回るモノではなかったと思うわ」

 言われて、思わず眼下を見渡す。

 昨日、アカネさんと回るはずだった街は・・・その景観を、大きく変えてしまっていた。

「それこそ、以前出会ったオリカガミのように・・・元は壊すためのエネルギー源ではなく・・・自らの「半身」を探し続けていたのかも知れないわね・・・・・・」

「・・・・・・?」

 そして、最後にティータが何かを呟いた──直後。

 ゴオッ‼と鋭く空を裂く音がして・・・次いで、耳をつんざく爆裂音が辺りに響き渡る。

 目を向ければ、ラハムザードの体表に爆煙が上がっていた。

「・・・始まった・・・のね」

「・・・・・・」

 横浜にテレポートしてから、ずっとあぐらをかいて座り込んでいたカノンが、ティータの呟きを合図にパチリと目を開く。

 昨日と同じく・・・その背中からは闘気が満ち満ちていた。

 一方で僕はと言えば、緊張で心臓がばくばくいっている。

 球体の外では、ミサイルの雨あられに戦車隊の砲撃までもが加わったために、度重なる爆音に縮み上がっていた。

『う~ん・・・ほとんど効いてないね?』

 他方、やはりというか何というか・・・相棒の方は、こんな時でもいつも通りだったけど・・・冷静な視点で以て、現状を正確に言い当てていた。

 音と光に驚きっ放しで気付けなかったけど、彼女の言う通り、ラハムザードはミサイルにも戦車の攻撃にも何ら反応を見せていない。

 昨日、になる前と同じく・・・だ。

「・・・! あんだァ・・・?」

 と、そこでカノンが何かに気づいた素振りを見せる。

 視線を追うと・・・例の巨大パラボラ装置の一つが、水色の光を放ち始めていた。

 そして、その輝きが極大に達すると、パラボラの部分が音を立てて動き出し、「スポイト」のような細長い形に変わり──

 次いでその先端から、勢い良く水色の光線が放たれる。

「! あれは・・・カノンのと同じ・・・!」

 どうやら、先程の予想は間違っていなかったようだ。

 カノンが体内のエネルギーを高めて角の間から放出するのと、原理は同じなのだろう。

 アカネさんがいつも戦場で使っているあの大きな銃は、あれの小型版と言ったところか。

「・・・っ! 「星望ペクタム」が解けるわ・・・!」

 と、そこで、ティータの頭にある触覚がぴくりと立ち上がる。

 放たれた水色の光線は、ラハムザードの外殻の一部を弾き飛ばし、その赤黒い内部を露出させる事に成功していたのだ。

 残念な事に、すぐさまその傷は再生されてしまったけれど・・・

 次の瞬間、紫の炎がフッと立ち消えるのを合図に、台座と化していた黒い巨体が、ゆっくりと動き出すのが見えた。

 あの装置の一撃は、ミサイルの雨よりも強力だったという事なんだろうか・・・?

「・・・・・・よーやく出番か」

 少々疑問に思っていると、パン!とふとももを叩いてカノンが立ち上がる。

 ・・・今は、二人を送り出す方が先決だと気持ちを切り替えて、彼女たちに身体を向けた。

「二人とも・・・頑張ってね・・・!」

 本当は、もっと色々と伝えておきたい言葉があったけれど・・・

 これが決して最後ではないのだと── 二人とアカネさんたちは、必ずラハムザードに打ち勝ってくれるに違いないと──

 そう信じているからこそ、今はこれだけで充分だと・・・僕は、弱気を飲み込んだ。

 そして、二人が頷いてくれたのと同時に──彼女たちの体は、光へと変わってゆく。

「あっ、そうそう・・・一つ言い忘れてたわ」

 と、球体の外へと飛び出す前に、ティータはシルフィに顔を向ける。

「アカネはあそこよ。・・・何かあったら・・・頼むわね」

 指差す先には、ダークグレイの仮設テントがあった。

 おそらくあれが、この戦いにおけるJAGDの「司令室」なのだろう。

『・・・・・・』

 シルフィは、承諾も拒否もせず・・・視線を逸らしたまま、無言を返した。

 眉尻を下げたティータは、薄く笑ってから、こちらに背を向ける。

「・・・それじゃあ、行ってくるわ!」

 最後に、そう言い残して──華奢な背中は白い翼へと変わり、羽撃はばたいて行った。

 ・・・今のは・・・物別れではなかったのだと、そう思いたい。

 昨日だって、アカネさんが命の危機に陥った際・・・シルフィは、何か行動を起こそうとしていたんだ。

 彼女の中にも、「使命」とは別の何かがあると・・・僕は、信じている。

「・・・・・・」

 下唇をきゅっと噛んだ所で・・・意外にも、カノンがまだ球体の中にいた事に気付いて、少々驚いてしまう。

 てっきり、一も二もなく出て行ってしまったものとばかり・・・

 何かあったのかと不安になって、声をかけると───

「どうしたのカノ───んんっ⁉」

 虚を突かれて、軽々と唇を奪われてしまう。

「───ぷはっ! ・・・ケーキヅケってヤツだ! じゃ、行ってくンぞ!」

 そして、僕が目をパチクリさせている間に・・・さっさと球体の外へ飛び出してしまった。

『もぉ~~カノンはほんとに緊張感がないんだから~~』

 頬を膨らませたシルフィに対して、「それ君の言えたセリフ?」とは思いつつも・・・今の僕には、そんなツッコミを口に出せる余裕なんてなかった。

 ・・・触れ合ったカノンの唇が・・・少しだけ震えていたのが判ってしまったからだ。

「・・・・・・・・・」

 引き留めるべきだっただろうかと、そんな考えが一瞬頭に浮かんで・・・すぐに掻き消した。

 恐れ知らずに見える彼女だって・・・あんなのを相手にすれば、恐くない訳がない。

 それでも──彼女は立ち向かっていったのだ。

 だから、僕もまた、決意を新たにする。

 少しでも二人の役に立てるよう、あの怪獣を必死に観察するんだ!

 それがきっと・・・数少ない、今の僕にも出来る事のはずだから・・・!

「絶対に・・・終わらせるもんか・・・! この世界を・・・っ!」

 誰にともなく、そう呟き・・・

 僕は、ランドマークタワーの頂上で、いよいよ立ち上がった邪辰の巨体を・・・真っ直ぐに見据えるのだった。

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