恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第二章「邪悪なる狩人」・③

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「なっ・・・⁉」

 瞬時に巨大な「弾丸」と化した怪獣は、器用に触腕を操って軌道を修正し、地上に向かって真っ直ぐ体当たりを仕掛けた。

 得意の突進を返される形になったカノンは、体勢を立て直す間もなく、その直撃を受けざるを得なくなってしまう。

<グルルッ・・・⁉>

 そして、両者が激突する瞬間──

 水色の稲妻が四方に散って、重力を味方に付けた怪獣の攻撃を相殺する。

 ・・・が、しかし、その威力を完全に抑える事は出来ず・・・・・・

<ルアアアアァァァァ・・・ッ‼>

 以前、彼女が宿敵であるレイバロンにそうしたように・・・カノンの巨体は水色のバリアごと、地面をスライドするように弾き飛ばされてしまう。

 身体を浮かすまいと、カノンは上下の牙を食い縛りながら、4つの肢を深く地面に食い込ませるようにして踏ん張った。

 衝撃でめくれ上がったアスファルトとコンクリートの塊が散弾のように飛び散って、周囲の建物に突き刺さっていく。

 ・・・それから、数百メートルの距離を移動して・・・ようやく、カノンの身体が止まる。

 横浜ベイブリッジの反対側にある、鶴見つばさ橋の手前ギリギリで、だ。

「・・・・・・ふぅ」

 正直・・・見守っている最中は、生きた心地がしなかった。

 橋の上では、未だ逃げ遅れた数十台の車が走っている。

 もしもカノンがあのまま突っ込んでいたら・・・考えただけで、恐怖のあまり体がぶるりと震えた。

<ルアアアァァ・・・ッ!>

 予想外の攻撃をどうにか耐えきったカノンは、頭を左右に振って、気合を入れ直す。

 ただ見守るだけじゃなく、僕も何か役に立たなくちゃ・・・と、怪獣に対抗する手立てを考えるべく、何かヒントはないものかと思案していると──

 再び触腕を束ねて両腕脚を形成した怪獣は、カノンの前方に着地するや否や、胴体から伸ばしたままだった触腕を四本、地面に突き刺した。

 また何か仕掛けてくる──そう確信した、次の瞬間───

 怪獣の開けた穴から、大きな亀裂が走り・・・それは不運にも、真っ直ぐに鶴見つばさ橋の橋脚へと向かっていった。

「っ‼ 危ないっ‼」

 叫んだのと同時に、ビシッ‼と大きな音を立てて、橋脚の一部が崩壊する。

 さらに、亀裂はあっという間に橋桁はしげたにまで届き・・・再び、不穏な音があたりに響く。

<グルアァァ・・・・・・ッ‼>

 そこで、何が起こるのかを察したカノンが、反射的に動いた。

 巨体をなげうつように、横倒しになって橋の下へと滑り込み──崩落した道路を、その胴体で以て受け止めたのだ。

 ・・・彼女の甲羅には巨大なトゲが付いているから、四足歩行のままの姿勢で入り込んでいたら、むしろ橋を両断する結果になってしまっていただろう。

 カノンは、そこまで考えて、避難する人たちを守ってくれたんだ・・・‼

「ありがとう・・・っ!」

 しかし、感謝したのも束の間・・・

 黒い怪獣は、相手が無防備な姿を晒した事に狂喜し、地面に突き刺していた触腕をすぐさま引き抜いて、攻撃を開始した。

<ギイィィシャハハハハハハッ‼>

 展開された触腕が鞭のように振るわれ、カノンを殴打する。

 先端で突く「点」の攻撃ではなく、触腕の腹で叩く「面」の攻撃は、カノンを守るバリアを著しく消耗させ、みるみるうちに水色の光はその輝きを失っていく。

 程なくして、数回に一度は触腕による攻撃が当たるようになってしまい・・・これを機と見たのだろう。

 怪獣は、鞭を振るい続けながら、両腕を前方に向かって構えた。

 すると、その先端の「手」に当たる部分──黒い外殻で象られた翼の根元に付いている部位が、つい先程の出来事を繰り返すかのように・・・文字通り、口を開いた。

 そこに並んだ鋭い牙を見て、ようやく僕は、怪獣の両の「手」が、ギアーラの尻尾の先にあった「もう一つの頭」そのものである事に気付く。

 両腕を構えた姿は、まるでファンタジーに出てくる三つ首竜のようだ。

<ギイィィィシャアァァハハハハッ‼>

 そして、再び怪獣が嗤うと──両手の頭が、突然、

 ・・・否。あまりにも動きが速すぎてそう見えただけで・・・実際には、手首と両手の頭とが、ピンク色の肉で出来たとでも言うべきもの──紫色の触腕とは質感の異なる、グロテスクなスポンジ状の表面をしていた──で繋がれていた。

 怪獣は両腕を振るってこのチェーンを操り、カノンのバリアの隙間を狙う。

<グルアアアァァァッッ‼>

 敵が未知の攻撃を仕掛けてきた事に、カノンも身の危険を感じたのだろう。

 絞り出すかのようにバリアの出力を上げ・・・一時的にその輝きを取り戻した水色の稲妻で以て、襲い来る触腕と、牙の並んだ双頭とを跳ね除けた。

 ・・・が、しかし。怪獣は退く素振りを見せない。

 触腕の表面に雷が伝導い、射出した「頭」がスパークして焼け焦げても・・・瞬時にその傷を再生し、バリアに己の体を食い込ませてくる。

 ───そして、遂には・・・・・・

「あぁっっ⁉」

 怪獣の右手が、バリアを突き破り、カノンの体表に達してしまう。

 首長竜の頭部を思わせるそれは、獰猛な牙を突き立てて、緑色の鱗に噛み付き・・・

 瞬間、真っ赤な鮮血が噴水のように迸った。

 悔しさと恐怖で、思わず吐き気が込み上げてくるが・・・怪獣の攻撃は、まだ終わらない。

 「頭」の噛み付いた箇所──その周囲の体表が、突然、

<グッ・・・⁉ ル、アアアァァァアアア・・・ッッ‼>

 同時に、カノンは苦悶に満ちた声を上げ、その巨体を小刻みに震わせる。

『まずいね・・・あれは・・・毒だ』

 渋面を作ったシルフィの呟きに──以前、ギアーラと戦った際、クロが敵の放った毒に苦しめられた事を今さら思い出し・・・僕は、ひたすらに自分の迂闊さを呪った。

<グルルアァァ・・・ッ! アアァァアァ・・・・・・ッ‼>

 カノンの体表に生じた紫色の部位は、じわじわとその面積を広げ・・・

 それに比例して、体の震えも大きくなってきているように見える。

 ・・・彼女の横腹の上には、先程の橋の崩壊時に身を挺して受け止めた車が数台、未だ乗ったままになっている。

 今の状態のまま、これ以上の攻撃を受ければ・・・それらがどうなってしまうかは、火を見るより明らかだった。

 絶望的な状況に、頭が真っ白になりかけた──その時。


「───わっ・・・! 私が・・・行きます・・・っ‼」


 すぐ隣で、フラフラと体を揺らしながら・・・クロが、立ち上がった。

「で、でも・・・っ! 今の状態じゃ・・・!」

 彼女の橙色の瞳には、いつもと同じ、強い意志が宿っている。

 ・・・なのに、思わず引き留めてしまうくらい・・・今の彼女は、苦しそうだった。

「ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッ!」

 未だ呼吸は荒く、まさに残息奄々といった様子で、とてもじゃないけど戦える状態には見えない。

 現に、立ち上がった今も、膝はカタカタと震え、額からは滝のように汗が流れている。

 間違いなく、尋常ではない。

 彼女の体には・・・何かが起こっていた。

 ・・・それでも・・・クロは、ぐっと拳を握り、前を向く。

「カノン・・・ちゃんは・・・身を挺して・・・皆を・・・守ってくれています・・・っ!」

 そして、怪獣の毒に苦しむカノンを見つめ──「だから!」と叫ぶ。

「私にも・・・出来る事があるなら・・・! それをしないのは・・・嫌・・・なんです・・・っ‼」

 まなじりに大粒の涙を浮かべ、クロはなおも叫んだ。

 彼女は、本当に良い子で、純真で──

 それ故に・・・悲痛だった。

「クロ・・・・・・」

 止めても聞いてくれないのは、短い付き合いではないから判っている。

 同時に、今カノンを助けるためには・・・結局、クロに戦ってもらう他ないという事も。

「・・・・・・気をつけて、ね」

 それでも・・・クロの背中に声をかけるのと同時に、心の軋む音がした。

 比べるのも烏滸おこがましい己の無力さが・・・ただただ、悔しかった。

『・・・・・・』

 クロの方を見れないまま、オレンジ色の粒子が球体の中に溢れていく。

 己の心の弱さを、歯痒く感じてると・・・

『クロ、絶対に無理しないで。あの怪獣はもしかしたら──』

 不意に、シルフィがクロへ何かを言いかけて──途中で、押し黙る。

『・・・いや、ごめん。何でもない。とにかく気をつけて』

 そして、全てを伝える前に、言葉を濁した。

「は、い・・・っ!」

 ・・・クロには、もはやそれを問い質す余裕もなかったらしい。

「ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッ! ・・・・・・行き、ますっっ‼」

 変わらず息を切らしたまま、彼女の体は光へと変わり、球体の外へと飛び出して行く。

 いつもより弱々しく見える白い太陽を見送りながら・・・シルフィに声をかけた。

「・・・クロに、何を言おうとしたの・・・?」

『・・・・・・ごめん。忘れて。・・・知らないままなら、その方が良い事だから』

 責めるような口調になってしまった問いは・・・やはり、いつものようにはぐらかされる。

 ・・・いったいシルフィは・・・何に気付いてしまったのだろう・・・?

<グオオオオオオオオオオォォォォォッッ‼>

 答えは出ないまま・・・地上に降り立ったもう一つの太陽が、ネイビーの巨竜へと変わった。

 ───すると、突然、カノンへの攻撃を続けていた怪獣の動きがピタリと止む。

「・・・っ!」

 不自然にすら感じる挙動に、悪寒が走った。

 怪獣は、展開していた触腕と両手の「頭」を胴体に戻し、クロの方へと向き直り──

<ギイイィィィイイイシャハハハハハハハァァアアッッ‼>

 そして・・・一際大きな声で嗤った。

 同時に、全身の黒い外殻の各部から、赤い光を放ち始める。

 禍々しいその様は、「歓喜」の意思表示なのだと・・・どうしてか、判ってしまった。





 と、そこで──不意に、おかしな事に気付く。

「あの怪獣・・・どこか・・・クロに似てる・・・・・・?」

 カノンと同じ装甲と力を持っていたレイバロンのように、一目見れば判るという程ではないけれど・・・

 外殻の各所に付いている「中が空洞になったヒレ」は、クロの腕や背中から生えているものと、似通った意匠を持っているように見えた。

「・・・・・・っ!」

 そして、観察を続けるうち・・・胴体の上にある球体から透けて見える、二つの目玉の存在に気付いて──思わず、息が詰まる。

 赤く光る巨大な眼球は、サッカーボールのパネルの如く、五角形の連なりによって構成されており・・・

 そして、その升目の中では、小さな「瞳」がギョロギョロと地を這う蟲のようにせわしなく動き回っていたのだ。

 ・・・・・・あれは・・・あの「眼」は・・・・・・まさか・・・・・・・・・

「うっ・・・‼」

 ──瞬間、再び心臓に刺すような痛みが走る。

 同時に頭までクラクラとし始めて、立っているのが辛くなり・・・慌てて膝をついた。

『! ・・・大丈夫・・・?』

 即座に、シルフィが声を掛けてくれる。・・・その声に、普段の飄々とした雰囲気はない。

 黄金きんの瞳は、純粋に僕の身を案じてくれていた。

「う、うん・・・大した事・・・ないよ・・・」

 口ではそう言いつつ、実際の所は倒れないようにするのがやっとの状態だ。

 以前、そうしたように、服の上から母さんの形見のペンダントを握りしめる。

 てのひらにあたたかな感触が広がるけれど・・・やはり、むしばむような拍動は収まらない。

「・・・この・・・痛みは・・・何なんだ・・・?」

 頭の中でぐるぐると思考が巡るも、結局答えは出ないまま・・・

 今の僕に出来るのは・・・意識を手放さないよう、痛みに耐える事だけだった──

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