恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第二章「邪悪なる狩人」・②

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「気をつけてね・・・カノン・・・!」

 拳を握り、黒い怪獣と対峙するカノンを見つめる。

「ハァ・・・ハァ・・・カ・・・ノン・・・ちゃん・・・・・・」

 隣にいるクロも、浅い呼吸で苦しそうにしながら、心配そうな眼差しを向けていた。

 ・・・ほんの一分前の事。

 僕たちが埠頭に着くや否や・・・怪獣は持っていた潜水艦の残骸を放り投げ、僅かな間にジャンクションを破壊・・・・・・

 その様子を見たカノンから、たった一言──「あのタコ足がいるとハヤトは困んのか?」と問われ・・・

 僕は、引き留めたい気持ちをぐっと堪えて、無言で頷いたのだった。

 そして、今───

<ギィィィシャァアアハハハハハハッ‼>

<ルアアァァァァァ・・・ッ!>

 カノンは、ジャンクションを守るように立ち、怪獣との睨み合いを続けている。

 いつもなら、まず突進を仕掛けているであろう彼女が・・・だ。

『ずいぶん成長したねぇ~カノンも』

 シルフィも同じ事を思ったみたいだけど・・・緊迫した状況ながら、彼女の口調はやはりどこかゆるい。

 その図太さを少し分けて欲しいくらいだ──なんて考えていると、ふと、鋭く唸るエンジン音が耳に飛び込んで来る。

「! あれは・・・アカネさんだ・・・!」

 眼下に目を向ければ、見覚えのあるバイクにまたがる、白いトレンチコートを羽織った人影が見えた。

 着替える間もなく、戦場に駆け付けてくれたんだ・・・!

 ・・・アカネさんなら、きっと逃げ遅れている人たちの避難を優先してくれるはず・・・

 けれど、怪獣が迫っているこの状況では、交通整理一つするのも容易ではないだろう。

「・・・カノン! 後ろの建物を守って!」

 今の僕に出来るのは・・・矢面に立つカノンに、お願いする事くらいだ。

 そして、怪獣と対峙したままのカノンが、渋々と言った様子で頷いてくれた所で──

<───ギシャアアアアハハハハッッ‼>

 睨み合いに痺れを切らしたのか・・・黒い怪獣が、仕掛けた。

 四方に伸ばしていた紫色の触腕が、計五本──

 クイと鎌首をもたげたかと思うと、まるでボクサーが放つパンチのように鋭い動きで、カノンへ向かって殺到する。

<グルアアァァッ‼>

 しかし、先制の連撃は──そのことごとくが、カノンの身体から発せられる障壁に弾かれた。

 以前までは「死角」になっていた両の角にもバリアが張られているのが見えて・・・思わず、小さくガッツポーズをしてしまう。

 昼下がりの陽光を受けて表面がてらてらと光っていた触腕は、水色の電撃によって焼け焦げて、先端から白煙を立ち昇らせる。

<シャアアアアァァァハハハハハッ‼>

 怪獣は、反射的に痛がるような素振りを見せたものの・・・

 その口から漏れる鳴き声は、やはり嗤っているようにしか聴こえず・・・底知れない不気味さを感じさせた。

 そして、そんな空恐ろしさに息を呑んだ途端・・・・・・

<ギイィィシャハハハッ‼>

 怪獣は、再び紫の触腕を伸ばすと──

 すぐ横の高架橋を走っていた車を手当たり次第に掴んで、カノンに投げ付けたのである。

「なっ・・・‼」

 軽自動車から、大きなトラックまで、種類は様々だったけど・・・その全てに、例外なく、人間が入っているのだ。

 ・・・なんて・・・なんて残酷な事を・・・っ‼

<グルアァァァ・・・ッ⁉>

 もしも、この場にティータがいれば、空中の車を「赤の力」で捕まえて、無事に地上へ降ろす事が出来たかも知れない。

 ・・・けれど、それはあくまで・・・もしもの話だ。

 本能的に展開された水色の障壁は、炸裂する火花で以て──

 空中を無抵抗に飛んでいた数台の車を、瞬時に焦げた鉄塊へと変えてしまった。

 言葉を失っていると・・・シルフィが、カノンへ語りかける。

『・・・怪獣が放り投げた瞬間に、中の人はもう死んでた。キミは悪くない』

 その声音は優しく、決して嘘を言っている訳ではないと判った。

 ───しかし、彼女のそんな気遣いも・・・カノンの怒りを鎮めるのには、足りなかった。

<グルルアアアアアアアアァァァ────ッッ‼>

 開いた口から放たれる、雄叫びという名の雷轟が、空気を激しく震わせる。

 ・・・カノンは、投げられた鉄の箱に、を理解していたのだろう。

 カッと開いた双眸で、対峙する敵を睨んだまま──

 彼女は背中の黒い装甲に稲妻を纏わせながら、肉食動物を思わせる素早さで怪獣へ飛びかかった。

「・・・・・・」

 がむしゃらな突進攻撃は、冷静さを失ってしまったように見える選択だけど──今この場においては、正解なのかもしれない。

 こちらが守勢に立っている間に、あの怪獣が何をしでかすのか・・・どんなに残忍な攻撃をして来るのか・・・まるで想像がつかないからだ。

『・・・ティータの言ってた通り・・・なのかもね・・・・・・』

 シルフィの小さな独り言が、頭の片隅で響く。

 ティータをして、「何かおかしい」と言わしめた、黒い怪獣──その喉元に、カノンの角が迫る。

 雷光を迸らせる二本の巨槍は、真っ直ぐに相手の胴体中央を狙っていた。

<ギイィイシャハハハハハハッ‼>

 だけど・・・体長100メートルを超える高速の弾丸が、今まさに激突して来ようという状況に在ってなお──怪獣は、どこまでも愉しそうに嗤う。

 そして、衝突の寸前・・・四本の触腕がカノンの両角を掴み、上方へと軌道を逸らせた。

 ・・・直撃は免れたものの、勢いを殺す事は出来ないはず。

 初めてカノンと戦った時のクロがそうだったように、黒い怪獣も、されるがままに押し切られそうになり──

「えっ・・・⁉」

 しかし、少し後方へ移動した所で、突然ピタリとその後退が止まった。

 ・・・見れば、「モップ」のような形に束ねられていた両脚の触腕がほどけて広がり、地面や周囲の建物へと張り付いていたのである。

 タコのそれに酷似した触腕の裏には・・・当然ながら、吸盤がびっしりと並んでいたのだ。

「カノンの突進を・・・止めるなんて・・・っ!」

 今まで、躱される事さえなければ、あらゆる相手を跳ね飛ばし・・・あるいは投げ飛ばしてきた彼女の突進が真正面から受け止められた事実に、僕は少なからず動揺してしまう。

 しかし、当のカノンは、その事になんら気落ちする様子を見せず───

<グルアアアアアァァァァッッ‼>

 再度、雄叫びを上げると、両角から水色の稲妻を迸らせる。

 接触している触腕から、電撃が怪獣へと伝導つたわり──その全身を激しく痙攣させた。

 ・・・どうやら、心配するだけ野暮だったみたいだ。

<ギシャアアアァァァハハハハハハッ‼>

 怪獣の嗤い声は依然止まないものの、明確に苦しんでいるように見える。

 瞬間、巨体の各所で水色の光がスパークして、外殻や触手の一部が弾けて飛び散った。

 このまま放電を続ければ、怪獣を倒せるんじゃないか・・・? と、そんな甘い考えが脳裏を過った、その時──

 唐突に、有り得ない現象が起きる。

「なっ・・・何だ・・・っ⁉」

 電撃によって出来た傷口の一つが、にわかに脈動を始めると・・・

 まるで映像が逆再生されるかのように、みるみるうちに傷が塞がり──元通りに治ってしまったのだ。

 次いで、全身でも同様の現象が起き・・・弾け飛んだ体組織が、破壊された先から修復されていく。

 理解不能な光景を前にして、僕は完全にパニックに陥っていた。

「まさか・・・! ザムルアトラみたいに、体積を「分配」してるのかっ⁉」

 そして、考えられる最悪の予想を口にすると・・・やや間をおいて、シルフィからそれを否定する言葉が返ってくる。

『・・・いや、違うね。あれは──文字通りの「再生」だよ』

 告げられたのは・・・最悪を更に超える、絶望としか言えない事実だった。

『多分だけど・・・自前の生命力を無理やり引き出して、強引に体組織を修復してるのかも知れない。・・・こんな事が出来るなんて・・・あの怪獣・・・まさか・・・・・・』

  そこまで言って、シルフィは言葉尻を濁す。

 ──「生命力を無理やり引き出す」と聞いて、真っ先に思い出すのは・・・以前、オティオンを助けるためにティータが使った、彼女の鱗粉の効能だ。

 シルフィの言葉通りなら・・・あの怪獣は、自前でが出来るという事なんだろう。

 ・・・だとしたら・・・一体どうやって倒せば───

<ギイィシシシシシッ‼ シャアアァァァァァハハハハハッ‼>

 と、懊悩した所で、怪獣が一際ひときわ大きな声で嗤い・・・

 同時に、胴体の中央から前方に迫り出している首が、

 そして、その内部に見えた鋭い乱杭歯を見て──ようやく理解する。

 僕が「首」だとばかり思っていた部分は、その全てが、怪獣の「大顎」だったのだ。

<・・・・・・ッ‼ グルァァアアアッ‼>

 自分に向かって大口が開けられたのを理解した途端、カノンがぶるりと身体を震わせる。

 ・・・もしかして、レイバロンの光線を食らった時の事を思い出したんだろうか。

<グルァァァアアアアアアアアアァァァァァッッ‼>

 彼女は、相手のそれにも引けを取らない大音量の咆哮を上げると──

 反動をつけるようにして、首を左右に大きく振り始めた。つられて、角を掴む怪獣の触腕も振り回される。

 首が四往復もする頃には、辺り一帯にびっしりと張り付いていた吸盤のほとんどが外れ・・・

 カノンが勢いよく頭を上方に跳ね上げると、遂には怪獣の体が宙に浮いた。

<ルアアアアァァァァァッ‼>

 その機を逃さず、彼女は裂帛の気合と共に、身体ごと大きく旋回。

 そして、遠心力が極限に達した瞬間・・・トドメとばかりに角から稲妻を放ちながら、首を激しく左に振る。

<ギイィィィィイイイイィィイイッッ⁉>

 中心から外に向かってかかる力と雷の衝撃によって、怪獣の触腕が角から外れ──

 勢いそのまま、紫色の巨体は大空へと放り投げられた。

「よし・・・っ!」

 放物線を描きながら、怪獣は海の方へと堕ちていく。

 避難する人たちからも遠ざけられたし、一石二鳥だ!

 と、カノンの咄嗟の判断を褒めちぎりたくてたまらなくなった、次の瞬間・・・再び、不気味な嗤い声が耳朶を打つ。

<ギイィィィィィシャハハハハハハハハッッッ‼>

 怪獣は、両腕に備えたギアーラのそれと同じ翼状のヒレを、脇を締めるようにして胴体に沿わせ、まるでホオズキの実のようなシルエットに変わると──

 触腕を身体の後方に展開し、そこに並んだ吸盤全てから、何かの液体を凄まじい勢いで噴射し始めたのである。

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