恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第一章「あるいはキノコでいっぱいの日」・⑤

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「──! どうやら、バカンスは終わりみたいね」

 相棒の頑固さに苦笑したところで・・・突然ティータが遠くを指差す。

 目を凝らすと──白くて大きなクルーズ船が、ぽつんと浮かんでいるのが見えた。

「あー・・・残念だけど、今からもう一度って空気でもないしね」

 球体の中にいる僕らはともかく、クロとカノンの「息抜き」を人に見られたら大変だ。

 クロに擬人態に戻るよう伝えていると・・・ティータは今一度怪獣たちの方へ向き直って、再び例の甲高い声を発していた。

 きっと、「棲家すみかを荒らしてしまってごめんなさい」と謝っているのだろう。

 ・・・そういえば、ずっと球体の中にいたから、ティータの言葉は怪獣にとって天の声のように聴こえていたんじゃないだろうか・・・と今更ながら思った。

「──ふぅ・・・さっきのキノコの怪獣さん、ヤケドしてないでしょうか・・・?」

 そこで、クロが球体の中へ戻って来る。

 どうやら自分に触れた、好奇心の強い個体の事を心配しているらしい。

 ・・・相変わらず良い子だなぁ・・・クロは・・・・・・

「だいぶ熱がってたけど、もう平気みたいだよ。ほら──」

 1体だけ小さいので、すぐに見分けがつく。

 クロに教えるため、指を差すと──

 その一つ目は・・・・・・

「・・・ッ!」

 心臓がドキリと跳ねたところで・・・

 今さっき「球体の中にいるから見えないんだ」と自覚した事を思い出し、ただの気のせいだと小心者の自分を納得させた。

「ほっ・・・無事でよかったです」

 そこで、クロが胸を撫で下ろしたのを見て・・・区切りも良いし、引き上げる事を決意する。

「それじゃあそろそろ帰ろっか。えっと、カノンは──」

 今回の発起人は彼女だし、まだ発散し足りねぇ‼と言われる事も覚悟してたけど・・・

「んがあぁぁ・・・んごぉぉぉ・・・・・・」

 ・・・僕とティータの話が退屈だったのか、既に夢の中だった。

『今のうちに連れ帰るとしよ~~。それじゃあ皆、目を閉じて~~』

 苦笑の途中で、シルフィの声が頭に響く。

 そして、言われる通りに目を閉じ・・・僕らの短いバカンスは、こうして幕を閉じた。


 ・・・けれど・・・今、思い返してみれば・・・・・・

 この時、既に──悪夢は始まっていたんだ────


       ※  ※  ※


「ふぅ・・・ギリギリ間に合いそうだ・・・」

 ショーの開演15分前にして、ようやく「すかドリ」のゲートが見えて来る。

 今までは<ヘルハウンド>で走って来ていたために、歩いてくるのは初めてで、思いの外時間がかかってしまった。途中からは小走りだった。

 先んじてオンラインチケットを取っておいたのは正解だったな。

「すいません。入場を──」

 前に来た時に手間取った失敗を生かし、今回は準備万端だ。

 スマートフォンでチケットの読み取り用QRコードを表示しつつ、入場ゲートのスタッフへ窓越しに声をかけて───

「あい~~?」

「・・・う、うん・・・?」

 声をかけた・・・のだが・・・・・・

 入場ゲートの横に佇むスタッフの女性は、心ここにあらずと言った様子だった。

「あぁ~~入場ですかぁ~~? そちらからどうぞ~~~」

「は、はぁ・・・では・・・・・・」

 無気力に促され、時間もないのでそのまま進ませてもらう事にする。

「こんなに涼しくて過ごしやすい日はなかなかないし~~こういう時は~~お昼寝しなきゃソンだよね~~ぐぅ・・・・・・」

 ゲートを通り過ぎた後、背中からそんな声が聴こえてくる。

 ・・・今のスタッフの方は、以前来た時にはハキハキとした笑顔を向けてくれた記憶があったのだが・・・今日は体調でも悪いのだろうか・・・?

 思わず首を傾げつつ・・・歩みを進め、いよいよ園内へと入ると──

 至る所にあしらわれた、オレンジ色のパンプキンと、コウモリや魔女の帽子が目に飛び込んできた。

「そうか・・・もうハロウィンの飾り付けなんだな」

 実際のハロウィンは一月先だが、クリスマスと一緒で、お客を相手にする商売はこういう装飾やキャンペーンも先取りするのが世の常というものなのだろう。

 そして同時に、看板に大きく描かれた「コスプレ来園キャンペーン」の文字が目に入る。

 ・・・成程。ハロウィンと言えば仮装・・・という事か。

 指定の衣装や小物を数点身につけて来園すると、入場代金が割引になるというサービスのようだ。

 ノリの悪い私には無縁の催しだが・・・辺りを見回せば、確かに、普段着とは言い難い格好の客が散見される。

「・・・・・・う、うん・・・?」

 が、そこでふと──

 この「作られた空間」に在ってなお・・・凄まじい違和感を感じる光景が、目の前で展開されていた事に気がついてしまう。

「なっ・・・なぜ───」

 いくら私でも、アナハイムにある──日本だと千葉だったか──某遊園地では、動物の耳がかたどられたカチューシャを付ける文化がある事くらいは知っている。

 しかし、今・・・私の見える限り、誰も彼もが頭に付けていたのは───

「ハロウィンなのに・・・キノコなんだ・・・・・・?」

 客もスタッフも関係なく・・・彼らの頭には、色とりどりのキノコが飾られていた。

 ・・・確かに秋の味覚ではあるが、いくら何でも強引過ぎやしないか・・・?

 それとも私が知らないだけで、今はああいうファッションが流行っているのか・・・?

 しかも───

「イヤッフオォォオオウ‼ 楽しいぃィィィィイッッ‼」
「あははは~~♪ うふふふふふ~~~♪」
「むにゃむにゃ・・・・・・いい気持ち・・・・・・むにゃむにゃ・・・・・・」

 キノコ帽子を被った彼らは・・・何と言うか・・・ひたすらに自由だった。

 ある者は叫んではしゃぎ回り、ある者は虚空を見つめて満面の笑みを浮かべ、またある者は先程の女性スタッフと同様に気持ちよさそうに眠っていた。

 ・・・勿論、路上でだ。

「・・・・・・・・・」

 その光景はもはや、「奇祭」の様相を呈していると言っても過言ではない。

「まぁ・・・遊園地は外とは隔絶された空間だし・・・気分が盛り上がって、羽目を外し過ぎてしまう事もあるのかも知れないな・・・・・・」

 凄まじい違和感を覚えつつも、今は何より時間がない事を思い出す。

「・・・・・・よし」

 私は、決意を新たにして・・・

 入口で手に取った園内マップを頼りに、ライズマンステージの行われる「ワンダーシアター」へと向かうのだった───



                       ~第二章へつづく~
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