恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第二章「ハヤトの長い午後」・①

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◆第二章「ハヤトの長い午後」
 
「・・・・・・」

 外から聴こえる声が遠くなったのを感じて、恐る恐るドアを開ける。

 そして、ドアの隙間からこっそりと左右を確認し──しばし。

「ふぅ・・・行ったみたいだ・・・・・・」

 ようやく、ほっと息を吐く事が出来た。

 胃のあたりをさすりつつ、「今だけは透明人間になれたら」なんて考えたところで──

「あっ! シルフィのバリア張ってもらえば見えなかったんじゃ・・・?」

 何とも今更な事に気付いてしまうが、すぐさま頭の中に直接ツッコミが響く。

『ぶっぶ~。残念だけど、クロたちには見えちゃうよ~。とゆーか、いつも怪獣態の時にちゃんとこっちを認識出来てるじゃない』

「・・・・・・そうだった。・・・だいぶ焦ってるなぁ、僕・・・」

 溜め息混じりに眉間を押さえて・・・

 それでもちょっと諦めきれずに、食い下がってみる。

「・・・ちなみにこう・・・今だけちょっと見えないように、とかは出来ない?」

回路パスを無理やり切れば出来なくはないけど・・・それやると、三人がその場で怪獣の姿に戻る事になるよ? いいの?』

「僕が悪かったですやめてくださいごめんなさい」

 シルフィの言う「パス」なるものが何なのかは未だに教えてもらってないけど・・・おそらく、シルフィとクロたちを「繋いでいるもの」なんだと思う。

 であれば、僕がここで楽をするために遮断していいものでは決してないはずだ。

 クロたちの事は勿論、園内のお客様とスタッフと遊具含む設備と・・・あとご近所さん方の安全とかその他諸々のためにも・・・覚悟を決めるしかない。

『・・・ま~たひとりで難しい表情かおしちゃって。まぁ、一応バリアは張っといてあげるよ』

「・・・・・・ありがとう」

 呆れながらも、シルフィは球体を展開してくれる。

 相棒の心遣いに感謝しながら、通路を進んで、事務棟の外に出た。

 すると、そこには───

「イヤッフオォォオオウ‼ 楽しいぃィィィィイッッ‼」
「あははは~~♪ うふふふふふ~~~♪」
「むにゃむにゃむにゃ・・・ぐぅ・・・・・・」

 やはり、先程見た時と同じ──いや、さらに恐ろしい光景があった。

 ・・・・・・目に映る全ての人が、

 遊園地の跡取り息子としては嬉しい事のはずだけど・・・彼らの頭から直接生えている色とりどりのキノコが、「あの笑顔は自然なものではない」と物語っていた。

「ッ! あれは・・・!」

 と、そこで、視界の端で黄色い煙が上がる。

 目を向ければ──高さ30センチはある毒々しい色をした大きなキノコが、他の花々を押しのけて、園内の花壇から我が物顔で生えていた。

 周囲を見回すと、花壇だけではなく、コンクリートで舗装されている地面や、メインロードの両端に居並ぶ街路樹からも同じキノコが生え、黄色い煙を噴き出し続けている。

「やっぱり・・・あの黄色い胞子のせいで・・・!」

 確信を得て、強く拳を握り、歯噛みする。

「・・・あの時・・・僕がもっと早く注意出来ていれば・・・‼」

 今更嘆いたところでどうしようもないと判っていても、言わずには居られなかった。

 後悔の念とともに、ほんの少し前の光景が、脳裏に浮かんでくる───



   ─── 今から四十分前 よこすかドリームランド・スタッフ控室 ───


「みんな、お疲れ様!」

 時計を気にしつつ、チームの皆に声をかける。

「だいぶ時間押しちゃってるから、急いでお昼済ましちゃおう!」

「「「「了解!」」」」

 揃った返事を受け取った後、宏昌の助力を得てスーツを脱ぎ始める。

 ・・・・・・無人島での一件があってから、若干の時差ボケに悩まされた夜が明けて・・・今日。

 朝一番に起きた機材トラブルのせいで、午前中はてんてこまいだった。

 本日最初の演目だったキャラクターショーは見送りにせざるを得ず、急遽、ライズマンと合同でグリーティングイベントを行う事になったのだ。

 副園長の星さんから開園直前に連絡があり、慌ててすっ飛んで来て・・・こっちのチームで手が空いてる人には機材トラブルの方に当たってもらって・・・と、各々が大忙しだった。

「ハヤト! 片付けは俺らでやっとくから家戻っていいぞ!」

 スーツを脱ぎ終えたところで、箒を片手にハルが声をかけてくれる。

「ごめん! ありがとう! すごく助かる!」

 食堂やお弁当で済ませる皆と違って、僕は一度クロたちのご飯を作りに戻る必要がある分ちょっと時間厳しいかな・・・と思ってたから、正直とても有り難かった。

 ハルもああ見えて、結構気が利くんだよね。

「オウ! ・・・くれぐれもクロさんには俺の事をよろし──あ痛ァッ⁉」

「お兄ちゃん、アホ言ってないで掃除して」

 ・・・ああいう余計な一言がなければ、本当に今頃モテモテだと思うんだけどなぁ。

 内心で苦笑しつつ、皆にお礼を言ってから控室を後にする。

「最低でも1時間後にはスタンバイ終えとかないとだから・・・本当に時間ないや」

 次の出番は、15時スタートのライズマンショーだ。

 本来、今日の仕事はその回だけで、午前中は打ち合わせの予定だったんだけど・・・

 まぁ、こういうトラブルも僕たちの職業には付きものだし、ここから切り替えて行こう!

 決意も新たに事務棟から出て、駐車場横のスタッフ専用出入り口へ向かう。

 道すがら、園内の様子を横目で見ると・・・ちらほらと、コスプレをしているお客さんたちが目に入る。

 狼男や吸血鬼などのまさにハロウィンといった格好から、おそらくは何かのアニメ作品のキャラクターに扮している人まで様々だ。

 昨今、遊園地にはコスプレのスタジオとしての需要もある。

 最初にハルと山田さんからその話を聞いた時は、いまいち想像がつかなかったけど・・・今となっては定期的にイベントを開催するくらいになったし、需要というのはどこに埋まってるか判らないものだなぁ・・・としみじみと感じた。

 と、そこで───

「とりっく・おあ・とりーと!」

 誰かに、ついと服の裾を引っ張られる。

 振り向くと・・・かわいらしい赤ずきんが三人、笑顔でこちらを見上げていた。

 ハロウィンイベント中は、お菓子のカゴを持ったスタッフに「トリック・オア・トリート」と話しかけると、キャンディがもらえる──というキャンペーンをやっている。

 ・・・ただ、「お菓子のカゴを持った」という部分が抜けちゃう子どもは多いのだ。

 慌てて出てきたから、スタッフ制服の上に何かを羽織るのを忘れていた事に今更気が付きつつ・・・女の子たちに笑顔を返した。

「赤ずきんちゃん、かわいいね! ハッピーハロウィン!」

 腰のポシェットからキャンディを取り出して、ひとりひとりに配っていく。

 スマートに対処出来たのは、このキャンペーンが始まる時、みーちゃんから「子どもたちからいつ声をかけられても良いように、キャンディは常備しておくように!」と、チームの全員にお達しがあったお陰だ。

 彼女の心遣いには本当に頭が下がる。

「「「おにーさんありがとーっ!」」」

 手を振って、三人を見送る。

 常連のさおりちゃんより、もう少し年下くらいの子たちかな?

 子どもたちの笑顔に勝手に元気をもらいながら──出入り口に急いだ。
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