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第十話「運命の宿敵 後編」
第二章 「明かされる過去‼その力は誰が為に‼」・②
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※ ※ ※
「そ、そんな・・・兄さんが・・・キリュウを隊長に・・・・・・⁉」
アカネたちが二人の捜索に出発したその頃──
バーグは、サラの語る信じ難い話に目を見張っていた。
「えぇ。嘘偽りない事実です」
敵意すら含んだ彼の視線を──少女は、真っ向から受けて立つ。
主観は入っていても、その内容に偽りはないと、そう言い切れるが故の強気だった。
「だったら・・・! だったらどうしてヤツは兄さんを見殺しにしたんだ‼」
三年間、自分を支えてきた強い思いが根底から揺らぎつつある感覚に・・・バーグは、悲鳴混じりの叫びを以てサラを問い詰める。
「違います。ジャグジット中尉を殺したのは、ガラムですわ」
だが、サラの瞳はなおも涼しく・・・そしてやはり、どこか憐憫の情を含んでいた。
その眼差しに、冷静さを失ったバーグは、自分が馬鹿にされていると感じてしまう。
「ッ! 見殺しにしたなら、キリュウが殺したのと一緒───」
もはや感情の制御は効かず・・・怒りのままに、頭の中に浮かんだ理屈を口にして──
直後、パンッ!と乾いた音が、その言葉が最後まで紡がれる事を遮った。
「なっ・・・?」
「・・・感情的になってしまった事は謝ります。ですが、その仰りようだけは許せません」
大の男の頬を張った小さな右手を、遣る瀬無く握り締めながら・・・
サラは唇を震わせて、バーグに語りかける。
「今のは、お姉さまを責めたからではなく・・・あなたの言葉が、ジャグジット中尉のお気持ちを踏み躙る事になってしまうから止めたのです・・・!」
「ッ⁉ 兄さんの・・・気持ち、だって・・・?」
視線と言葉に射抜かれて、バーグは思わずたじろいでしまう。
対するサラの胸中に生まれていたのは、使命感に近い気持ちだった。
このままバーグが、兄がどんな想いを遺したのかを知らずに居るのは残酷だと・・・何もかもすれ違い続けたまま、彼がアカネを憎み続ける事は自分が止めなければならないと──
「・・・・・・最後まで、お話しますわ」
そのために・・・彼女は再び、三年前の出来事について語り始めた──
「──ふっ、ふざけないで下さいッ! どうしてこんな小娘にっ⁉」
副隊長であるオリバー少尉を差し置いて、お姉さまを隊長代理に任命するという宣言に、当然ながら少尉は猛反対されました。
隊の皆さんは・・・賛成か反対かという以前に、だいぶ戸惑っておられたと思います。
「・・・オリバー。たった今、証明されただろう」
ですがジャグジット中尉は、そんな周囲の様子などまるで意に介さないご様子で、駄々っ子を宥めるかのような落ち着いた口調で返されました。
「お前は、動けなかった。キリュウがいなけりゃ・・・今頃全員あのトカゲの腹の中だ」
「くっ、うぅ・・・!」
一方で、オリバー少尉もまた、退くつもりはないようでした。
「でっ、ですが! 新兵にいきなり隊長を任せるなんて・・・とても正気とは思えない‼」
「・・・俺は、家族のためにも生きて帰りたい。だから、キリュウに任せる事に決めたんだ」
少尉の主張は言い方こそあれ、おかしな事を仰っているとは思いませんでしたが・・・中尉はやはり譲る姿勢を見せず、よろめきながらも自力で立ち上がられました。
咄嗟に、近くにいたお姉さまがその肩を支えられて──
「・・・隊長。お気持ちは嬉しいですが、私には・・・」
そして、小声でそう仰ったのが、お二人の近くに居た私には聴こえてしまったのです。
今でこそ極東支局の機動部隊長を務められるお姉さまですが・・・この時はオリバー少尉の指摘の通り、訓練校を出たての新兵でした。
辞退されるのは至極当然だと、私ですら思いましたが──
「・・・・・・すまん。・・・実は、今こうして立ってるだけでも辛いんだ・・・」
「・・・!」
かすれた声は、中尉の容態が少しも好転していない事を告げていました。
「いざという時に的確な判断を下せる自信がない。・・・俺はもう、足手まといだ」
ですが、まだ・・・中尉の目には、強い光が灯っていたのです。
「・・・頼むキリュウ。お前に・・・賭けさせてくれ」
「家族のためにも生きて帰りたい」という言葉は、心からのものだったのでしょう。
その上で、最も生還出来る可能性の高い選択肢として──お姉さまに隊長を任せる事を、中尉は決められたのです。
「・・・・・・アイ・サー。隊長代理の件、慎んでお受け致します」
その意を汲んで・・・お姉さまは、全員に聴こえるようにおっしゃいました。
「クソッ! 死にたいヤツは勝手にしろ・・・ッ!」
もはやこれ以上の問答は不要とばかりに、オリバー少尉はお姉さまたちに背を向け、その場に座り込みました。
ここから離れる必要はないと、そう主張されたのです。
「・・・・・・私たちは移動する。どちらを選ぶかは、任せる」
お姉さまもまた、少尉を説得するのは難しいと結論付けて・・・熟慮の末、どうするかを隊の皆さん自身に選ばせました。
指揮系統が混乱したままでは、却って全滅するだけだと判断されたのでしょう。
「・・・・・・」
私はこの時点で既に、お姉さまについていこうと決めておりました。・・・お恥ずかしながら、迷わず決めたというより、思考する体力すら残っていなかったと記憶しています。
ただ、お姉さまの側に居た方が安全だと、本能的に察していたのかも知れません。
──そして、最終的に・・・ジャグジット中尉と私を除く、警備課四名のうち二名が、荷物をまとめて立ち上がりました。
先程、お姉さまがガラムと戦うのを援護されたお二人です。
「・・・あまり猶予はない! 出発しよう!」
お姉さまは、オリバー少尉と残った警備課の方々を気にされているご様子でしたが・・・そう仰ってからは一度も振り返らず、歩み出されました。
「・・・・・・マーカーは点けておけ! 洞窟を出たら助けを呼んでやるからな!」
最後の最後で、お姉さまに代わって警備課の方に肩を貸されたジャグジット中尉が、背中越しにオリバー少尉へ声をかけられましたが・・・
少尉からの返事は、ありませんでした。
「そ、そんな・・・兄さんが・・・キリュウを隊長に・・・・・・⁉」
アカネたちが二人の捜索に出発したその頃──
バーグは、サラの語る信じ難い話に目を見張っていた。
「えぇ。嘘偽りない事実です」
敵意すら含んだ彼の視線を──少女は、真っ向から受けて立つ。
主観は入っていても、その内容に偽りはないと、そう言い切れるが故の強気だった。
「だったら・・・! だったらどうしてヤツは兄さんを見殺しにしたんだ‼」
三年間、自分を支えてきた強い思いが根底から揺らぎつつある感覚に・・・バーグは、悲鳴混じりの叫びを以てサラを問い詰める。
「違います。ジャグジット中尉を殺したのは、ガラムですわ」
だが、サラの瞳はなおも涼しく・・・そしてやはり、どこか憐憫の情を含んでいた。
その眼差しに、冷静さを失ったバーグは、自分が馬鹿にされていると感じてしまう。
「ッ! 見殺しにしたなら、キリュウが殺したのと一緒───」
もはや感情の制御は効かず・・・怒りのままに、頭の中に浮かんだ理屈を口にして──
直後、パンッ!と乾いた音が、その言葉が最後まで紡がれる事を遮った。
「なっ・・・?」
「・・・感情的になってしまった事は謝ります。ですが、その仰りようだけは許せません」
大の男の頬を張った小さな右手を、遣る瀬無く握り締めながら・・・
サラは唇を震わせて、バーグに語りかける。
「今のは、お姉さまを責めたからではなく・・・あなたの言葉が、ジャグジット中尉のお気持ちを踏み躙る事になってしまうから止めたのです・・・!」
「ッ⁉ 兄さんの・・・気持ち、だって・・・?」
視線と言葉に射抜かれて、バーグは思わずたじろいでしまう。
対するサラの胸中に生まれていたのは、使命感に近い気持ちだった。
このままバーグが、兄がどんな想いを遺したのかを知らずに居るのは残酷だと・・・何もかもすれ違い続けたまま、彼がアカネを憎み続ける事は自分が止めなければならないと──
「・・・・・・最後まで、お話しますわ」
そのために・・・彼女は再び、三年前の出来事について語り始めた──
「──ふっ、ふざけないで下さいッ! どうしてこんな小娘にっ⁉」
副隊長であるオリバー少尉を差し置いて、お姉さまを隊長代理に任命するという宣言に、当然ながら少尉は猛反対されました。
隊の皆さんは・・・賛成か反対かという以前に、だいぶ戸惑っておられたと思います。
「・・・オリバー。たった今、証明されただろう」
ですがジャグジット中尉は、そんな周囲の様子などまるで意に介さないご様子で、駄々っ子を宥めるかのような落ち着いた口調で返されました。
「お前は、動けなかった。キリュウがいなけりゃ・・・今頃全員あのトカゲの腹の中だ」
「くっ、うぅ・・・!」
一方で、オリバー少尉もまた、退くつもりはないようでした。
「でっ、ですが! 新兵にいきなり隊長を任せるなんて・・・とても正気とは思えない‼」
「・・・俺は、家族のためにも生きて帰りたい。だから、キリュウに任せる事に決めたんだ」
少尉の主張は言い方こそあれ、おかしな事を仰っているとは思いませんでしたが・・・中尉はやはり譲る姿勢を見せず、よろめきながらも自力で立ち上がられました。
咄嗟に、近くにいたお姉さまがその肩を支えられて──
「・・・隊長。お気持ちは嬉しいですが、私には・・・」
そして、小声でそう仰ったのが、お二人の近くに居た私には聴こえてしまったのです。
今でこそ極東支局の機動部隊長を務められるお姉さまですが・・・この時はオリバー少尉の指摘の通り、訓練校を出たての新兵でした。
辞退されるのは至極当然だと、私ですら思いましたが──
「・・・・・・すまん。・・・実は、今こうして立ってるだけでも辛いんだ・・・」
「・・・!」
かすれた声は、中尉の容態が少しも好転していない事を告げていました。
「いざという時に的確な判断を下せる自信がない。・・・俺はもう、足手まといだ」
ですが、まだ・・・中尉の目には、強い光が灯っていたのです。
「・・・頼むキリュウ。お前に・・・賭けさせてくれ」
「家族のためにも生きて帰りたい」という言葉は、心からのものだったのでしょう。
その上で、最も生還出来る可能性の高い選択肢として──お姉さまに隊長を任せる事を、中尉は決められたのです。
「・・・・・・アイ・サー。隊長代理の件、慎んでお受け致します」
その意を汲んで・・・お姉さまは、全員に聴こえるようにおっしゃいました。
「クソッ! 死にたいヤツは勝手にしろ・・・ッ!」
もはやこれ以上の問答は不要とばかりに、オリバー少尉はお姉さまたちに背を向け、その場に座り込みました。
ここから離れる必要はないと、そう主張されたのです。
「・・・・・・私たちは移動する。どちらを選ぶかは、任せる」
お姉さまもまた、少尉を説得するのは難しいと結論付けて・・・熟慮の末、どうするかを隊の皆さん自身に選ばせました。
指揮系統が混乱したままでは、却って全滅するだけだと判断されたのでしょう。
「・・・・・・」
私はこの時点で既に、お姉さまについていこうと決めておりました。・・・お恥ずかしながら、迷わず決めたというより、思考する体力すら残っていなかったと記憶しています。
ただ、お姉さまの側に居た方が安全だと、本能的に察していたのかも知れません。
──そして、最終的に・・・ジャグジット中尉と私を除く、警備課四名のうち二名が、荷物をまとめて立ち上がりました。
先程、お姉さまがガラムと戦うのを援護されたお二人です。
「・・・あまり猶予はない! 出発しよう!」
お姉さまは、オリバー少尉と残った警備課の方々を気にされているご様子でしたが・・・そう仰ってからは一度も振り返らず、歩み出されました。
「・・・・・・マーカーは点けておけ! 洞窟を出たら助けを呼んでやるからな!」
最後の最後で、お姉さまに代わって警備課の方に肩を貸されたジャグジット中尉が、背中越しにオリバー少尉へ声をかけられましたが・・・
少尉からの返事は、ありませんでした。
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