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第十話「運命の宿敵 後編」
第一章「獰猛なる紫の雷王‼ 恐怖の地上侵攻作戦‼」・⑨
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その後は、皆さん喋る元気もなく・・・無為に時を過ごす事になりました。
真っ暗な洞窟の中では昼夜も判らず、元々は日帰りの予定だったのもあって食糧は乏しく、このまま洞窟を出られなかったら・・・と、誰もが不安に駆られているのが伝わって来ました。
「・・・・・・」
私は先程と変わらず虚空を見つめる──ふりをしながら、ただ一人きびきびとジャグジット中尉の看病をするお姉さまを、目で追っておりました。
誰かに興味が湧いたのは・・・お父さまが亡くなられてから、初めての事でしたわ。
「・・・! マーカーがこちらに戻ってきたぞ!」
そこで、ずっと端末とにらめっこをしていたオリバー少尉が声を上げられました。
偵察を命じた警備課の方々に、移動の足跡を記録するため、腕時計型端末のマーカーを付けるよう指示されていたのです。
「・・・おかしい。なぜ先に通信して来ないんだ」
隊の皆さんは、「帰り道が判ったんだ!」と喜ばれていましたが・・・
お姉さまは、そんな空気を両断するように当然の疑問をぶつけました。
「き、きっとヤツらに見つからないように声を殺して移動してるんだ!」
正常性バイアス・・・というものでしょうか。
それとも、「もうこれ以上事態が悪くなるはずがない」というあまりにも儚い期待だったのでしょうか・・・
お姉さまの話に耳を貸す者はなく──端末に表示されたマーカーの光点は、ベースキャンプに向かって少しずつ近づいて来ました。
・・・そう。誰も気づかなかったのです。
近づいてくるマーカーの光点が、一つだった事に。
───偵察に出られたのは、二人でしたのに。
「ああぁ・・・ああああぁぁ・・・・・・」
そして、何かを引き摺って歩く足音と、呻くような声が聴こえてきました。
・・・ようやく、ただならぬ事が起きてしまったのだと、全員が理解したのです。
オリバー少尉が、声のする方へライトを向けると───
そこには、ちぎれかかった左脚を引きずりながら歩く・・・血だらけの男性の姿がありました。
「お、俺ぇ・・・俺たち・・・おそ、襲われ・・・てぇへぇ・・・・・・」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした警備課の方の様子に・・・全員が言葉を失いました。
・・・ですが、本当の恐怖は・・・そこからだったのです。
「まずい・・・! わざと逃されたんだッ‼」
お姉さまが、どうしてそんな状態で帰って来られたのかを理解したのと同時──
<ガアアアァッッ!>
「へっ?───」
耳障りな声が、今までで一番近い所から聴こえて・・・
ちぎれかかった左脚より先に・・・彼の首が、ぽとり、と地面に落ちました。
「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッ‼」
・・・そして、誰かの上げた野太い悲鳴が、合図だったかのように・・・
<ガアアァッ‼ ガアアァッ‼>
ガラムたちが、一斉にこちらへ襲い掛かって来たのです。
真っ暗な空間では、敵の総数の把握すら困難で・・・
場は騒然となり、安全圏だと思っていたベースキャンプは、一瞬のうちに怒号と悲鳴と獣の鳴き声が飛び交う地獄と化しました。
・・・私は、訳も分からずその場で硬直しておりました。
恐怖している自覚すらなく、ただ小刻みに震える体のどこにも神経が通わず・・・立ち上がる事も出来ずに・・・地面に座り込んだまま、「私の番」がやってくるのを待つしかなかったのです。
すると突然──何か生暖かい液体が私の頭に浴びせかけられました。
・・・それが、人のものか獣のものかは判りませんでしたが・・・
鉄臭いニオイが鼻腔を通って、麻痺していた脳みそに到達し──それが、私の中にも流れている液体だと認識した時───
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああッッッ‼」
私は・・・・・・泣き叫んでいました。
恥も外聞もなく、どうして自分が今こうしているかも判らず、赤子のように・・・ただただ、泣いていました。
・・・そして、いよいよ───「私の番」がやって来たのです。
鋭い牙も爪もなければ、武器の一つも持っていない私を、格好の獲物と認めたのでしょう。
ぼんやりと光る真っ黄色の大目玉が、じろりとこちらを向いたのが判りました。
・・・お父さまを亡くしてから、ずっとずっと待ち望んでいたはずの「死」が・・・ばくばくとうるさい鼓動を終わらせようとした時──
私の口は、ひとりでに叫んでいたんです。
「───誰か・・・‼ 誰か助けてええええぇぇッッ‼」
そこで、私とガラムとの間に滑り込んできた影が、大きく腕を振るうと──
私を迎えに来たはずの死神は、口から血の泡を噴いて・・・力なく地面に倒れました。
「・・・フン。多少はマシな顔になったな」
お姉さまが手に持つライトが、涙と鼻水でくしゃくしゃになった私の顔を照らして・・・
「死にたくなくてたまらない・・・甘ったれの顔だ」
そして──そう仰ったお姉さまは・・・少しだけ、微笑まれたんです。
「・・・・・・あ、あの・・・わた、私・・・・・・」
「今は隠れていろ。生きて家に帰りたければな」
感謝の言葉も間に合わず、私はお姉さまの背中を見送る事しか出来ませんでした。
・・・そこから先は・・・本当にあっという間の出来事でしたわ。
「こいつらは強い光が弱点だ! ライトで目眩ましして、柔らかい首と腹を狙え‼」
お姉さまは、ナイフからM9へ持ち替えると、ヘルメットから外したライトの光量を最大にしてガラムを撹乱しながら、一匹一匹確実に仕留めていったのです。
そして・・・そんな姿に感化されたのか──警備課の方が二人ほど、小銃でお姉さまの援護を始めました。
お姉さまは、先程まで恐怖に支配されていた彼らに・・・希望と勇気を与えたのです。
・・・最終的には、警備課の方が三名怪我を負いましたが、新たな死傷者は出ず・・・襲って来た五体のガラムのうち、四体の死体が、ベースキャンプに転がる事になったのです。
「お、終わった・・・のか・・・?」
息を切らしながら、警備課の方がひとり、誰に言うともなく呟かれました。
「・・・あ、あぁ・・・そうだな・・・ひ、ひとまず態勢を立て直して・・・・・・」
誰も見ていない所で腰を抜かしていたオリバー少尉は、そのような状態でも自身の威厳を保とうと、指揮を取りたがりましたが──
「副隊長、安心するには早計かと。逃してしまった一匹が、すぐに仲間を引き連れて来る可能性があります。一刻も早く移動するべきです」
お姉さまは、その甘えを即座に切り捨てにかかりました。
「お前の一言に全員の命がかかっているんだぞ」と、言外にプレッシャーを与えるように、それはもう、ぴしゃりと・・・・・・
「きっ、貴様・・・! 何の権利があって指示を・・・」
「指示ではなく、提案です。・・・とにかく、今は時間がありません。ご決断を」
「キリュウ・・・! 貴様は・・・ッ‼ 私を誰だと思って──」
「──オリバー‼」
そこで、頑として折れないオリバー少尉の言葉を遮ったのは──
目を覚ましたジャグジット中尉でした。
「・・・キリュウ少尉」
中尉は腹部を抑えながら、上体を起こして、お姉さまに向き直り・・・・・・
「・・・・・・私の代わりを頼む」
そう、おっしゃいました──
「・・・?」
その場に居た全員が、ぽかんとして・・・
言葉の意味が理解されていないのだと気付いた中尉は、決定的な一言をお姉さまに告げられたのです。
「キリュウ少尉。・・・今から君が───臨時の隊長だ」
~第二章へつづく~
真っ暗な洞窟の中では昼夜も判らず、元々は日帰りの予定だったのもあって食糧は乏しく、このまま洞窟を出られなかったら・・・と、誰もが不安に駆られているのが伝わって来ました。
「・・・・・・」
私は先程と変わらず虚空を見つめる──ふりをしながら、ただ一人きびきびとジャグジット中尉の看病をするお姉さまを、目で追っておりました。
誰かに興味が湧いたのは・・・お父さまが亡くなられてから、初めての事でしたわ。
「・・・! マーカーがこちらに戻ってきたぞ!」
そこで、ずっと端末とにらめっこをしていたオリバー少尉が声を上げられました。
偵察を命じた警備課の方々に、移動の足跡を記録するため、腕時計型端末のマーカーを付けるよう指示されていたのです。
「・・・おかしい。なぜ先に通信して来ないんだ」
隊の皆さんは、「帰り道が判ったんだ!」と喜ばれていましたが・・・
お姉さまは、そんな空気を両断するように当然の疑問をぶつけました。
「き、きっとヤツらに見つからないように声を殺して移動してるんだ!」
正常性バイアス・・・というものでしょうか。
それとも、「もうこれ以上事態が悪くなるはずがない」というあまりにも儚い期待だったのでしょうか・・・
お姉さまの話に耳を貸す者はなく──端末に表示されたマーカーの光点は、ベースキャンプに向かって少しずつ近づいて来ました。
・・・そう。誰も気づかなかったのです。
近づいてくるマーカーの光点が、一つだった事に。
───偵察に出られたのは、二人でしたのに。
「ああぁ・・・ああああぁぁ・・・・・・」
そして、何かを引き摺って歩く足音と、呻くような声が聴こえてきました。
・・・ようやく、ただならぬ事が起きてしまったのだと、全員が理解したのです。
オリバー少尉が、声のする方へライトを向けると───
そこには、ちぎれかかった左脚を引きずりながら歩く・・・血だらけの男性の姿がありました。
「お、俺ぇ・・・俺たち・・・おそ、襲われ・・・てぇへぇ・・・・・・」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした警備課の方の様子に・・・全員が言葉を失いました。
・・・ですが、本当の恐怖は・・・そこからだったのです。
「まずい・・・! わざと逃されたんだッ‼」
お姉さまが、どうしてそんな状態で帰って来られたのかを理解したのと同時──
<ガアアアァッッ!>
「へっ?───」
耳障りな声が、今までで一番近い所から聴こえて・・・
ちぎれかかった左脚より先に・・・彼の首が、ぽとり、と地面に落ちました。
「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッ‼」
・・・そして、誰かの上げた野太い悲鳴が、合図だったかのように・・・
<ガアアァッ‼ ガアアァッ‼>
ガラムたちが、一斉にこちらへ襲い掛かって来たのです。
真っ暗な空間では、敵の総数の把握すら困難で・・・
場は騒然となり、安全圏だと思っていたベースキャンプは、一瞬のうちに怒号と悲鳴と獣の鳴き声が飛び交う地獄と化しました。
・・・私は、訳も分からずその場で硬直しておりました。
恐怖している自覚すらなく、ただ小刻みに震える体のどこにも神経が通わず・・・立ち上がる事も出来ずに・・・地面に座り込んだまま、「私の番」がやってくるのを待つしかなかったのです。
すると突然──何か生暖かい液体が私の頭に浴びせかけられました。
・・・それが、人のものか獣のものかは判りませんでしたが・・・
鉄臭いニオイが鼻腔を通って、麻痺していた脳みそに到達し──それが、私の中にも流れている液体だと認識した時───
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああッッッ‼」
私は・・・・・・泣き叫んでいました。
恥も外聞もなく、どうして自分が今こうしているかも判らず、赤子のように・・・ただただ、泣いていました。
・・・そして、いよいよ───「私の番」がやって来たのです。
鋭い牙も爪もなければ、武器の一つも持っていない私を、格好の獲物と認めたのでしょう。
ぼんやりと光る真っ黄色の大目玉が、じろりとこちらを向いたのが判りました。
・・・お父さまを亡くしてから、ずっとずっと待ち望んでいたはずの「死」が・・・ばくばくとうるさい鼓動を終わらせようとした時──
私の口は、ひとりでに叫んでいたんです。
「───誰か・・・‼ 誰か助けてええええぇぇッッ‼」
そこで、私とガラムとの間に滑り込んできた影が、大きく腕を振るうと──
私を迎えに来たはずの死神は、口から血の泡を噴いて・・・力なく地面に倒れました。
「・・・フン。多少はマシな顔になったな」
お姉さまが手に持つライトが、涙と鼻水でくしゃくしゃになった私の顔を照らして・・・
「死にたくなくてたまらない・・・甘ったれの顔だ」
そして──そう仰ったお姉さまは・・・少しだけ、微笑まれたんです。
「・・・・・・あ、あの・・・わた、私・・・・・・」
「今は隠れていろ。生きて家に帰りたければな」
感謝の言葉も間に合わず、私はお姉さまの背中を見送る事しか出来ませんでした。
・・・そこから先は・・・本当にあっという間の出来事でしたわ。
「こいつらは強い光が弱点だ! ライトで目眩ましして、柔らかい首と腹を狙え‼」
お姉さまは、ナイフからM9へ持ち替えると、ヘルメットから外したライトの光量を最大にしてガラムを撹乱しながら、一匹一匹確実に仕留めていったのです。
そして・・・そんな姿に感化されたのか──警備課の方が二人ほど、小銃でお姉さまの援護を始めました。
お姉さまは、先程まで恐怖に支配されていた彼らに・・・希望と勇気を与えたのです。
・・・最終的には、警備課の方が三名怪我を負いましたが、新たな死傷者は出ず・・・襲って来た五体のガラムのうち、四体の死体が、ベースキャンプに転がる事になったのです。
「お、終わった・・・のか・・・?」
息を切らしながら、警備課の方がひとり、誰に言うともなく呟かれました。
「・・・あ、あぁ・・・そうだな・・・ひ、ひとまず態勢を立て直して・・・・・・」
誰も見ていない所で腰を抜かしていたオリバー少尉は、そのような状態でも自身の威厳を保とうと、指揮を取りたがりましたが──
「副隊長、安心するには早計かと。逃してしまった一匹が、すぐに仲間を引き連れて来る可能性があります。一刻も早く移動するべきです」
お姉さまは、その甘えを即座に切り捨てにかかりました。
「お前の一言に全員の命がかかっているんだぞ」と、言外にプレッシャーを与えるように、それはもう、ぴしゃりと・・・・・・
「きっ、貴様・・・! 何の権利があって指示を・・・」
「指示ではなく、提案です。・・・とにかく、今は時間がありません。ご決断を」
「キリュウ・・・! 貴様は・・・ッ‼ 私を誰だと思って──」
「──オリバー‼」
そこで、頑として折れないオリバー少尉の言葉を遮ったのは──
目を覚ましたジャグジット中尉でした。
「・・・キリュウ少尉」
中尉は腹部を抑えながら、上体を起こして、お姉さまに向き直り・・・・・・
「・・・・・・私の代わりを頼む」
そう、おっしゃいました──
「・・・?」
その場に居た全員が、ぽかんとして・・・
言葉の意味が理解されていないのだと気付いた中尉は、決定的な一言をお姉さまに告げられたのです。
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