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ギルドと依頼とジャダと俺
5 NOとは言えない ジャダ
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「頼みがあるんだよぉ」
リンドルム様から繋ぎが入った。
向こう三件両隣はリンドルム様の手の中だから、近所の好々爺がレンに世間話をする程で入ってきた。
久しぶりに会うリンドルム様は相変わらずぽよんとした感じで、その糸目でにこにこゆさゆささせているけれど、その頼みとやらに緊張した俺は息を詰めていた。
決して理不尽な事はさせないだろうという信頼はしている。
だが今の俺はただの護衛を遥か彼方に蹴り飛ばして、あわよくばの下心を心の隅で飼っている背徳者だ。疾しい。
そんな俺にリンドルム様は「はい」と籠を突き出した。
中にはクロワッサン。
上級貴族の館でしか見た事の無い、バターたっぷりの高級パンだ。
「妻がレン様に会いたいって言うんだよねぇ。」
だから何故パン?
そっか、エサだな。
食べる事に執念を燃やすレンにとって、これは飛びつくエサそのものだ。
護衛に付くに当たって、俺は契約にサインした。
レンは異世界人だという事を言わないだけど縛りだと思ってるが、ソレはかなりえげつないものだ。
おかげであの魔石がリンドルム様の物だと本人から聞かされた。
その魔石を宿したレンに会ってどうする?
リンドルム様に番の奥方がいらっしゃる事はきいていた。
王でさえ御せないリンドルム様をただ一人動かせる方だと。
まぁ、この世界のあるあるな番至上主義だけどね。
その奥方がレンに会いたいと願われたという。
リンドルム様には悪いが、ちょっと嫌な気持ちになった。
よくいる我儘にな貴族夫人のように、宿した魔石を返せと詰め寄られたら俺はどうすればいいんだろう。
勿論レンを守って、その奥方を馬車に詰め込んでとんずらすれば良いが。
その魔石の事を知ってしまったら、レンはきっとショックを受ける。
レンが辛い思いをするなんて、俺は耐えられそうにない。
そんな俺の悶々をチラとも察せず、案の定レンはパンで舞い上がった。
木の日はギルド仕事の定休日と決めて、元気に買い物に行く。
おかげで食卓も弁当もバリエーションが増えて嬉しくて美味しい毎日だ。
そしてその日がやって来た。
レンの左目から雫のような涙が滑った。
奥方の目には、レンと同じ銀河が瞬いている。
二人が見合っている空間は、うっとりした砂時計が流れているようだ。
二人は似ていた。
顔形ではなく、深いところで似ていた。
レンはあの魔石を隅々に溶かし込み、その細胞全てを奥方へと向けている。
「この手で剣を振るわれますのね…」
そう手を繋ぐ二人は親子にしか見えない。
互いの身体から愛しいという思いが溢れるようだ。
俺も、奥方のおつきの者も立ち入る事なく黙って見守った。
その夜、レンに聞かれた。
「この気持ちって、これって、番ってこと?」と。
彼女は夫がいる人なのに、番だったらどうしよう。
あ、そっちかい。とジャダは肩透かしをくらった。
俺は知ってる。
あの切なくてほっとする甘さは母に向ける物だ。
おやぢに怒られて飛び出した時、そっと迎えに来て干し肉を手渡した母もあんな蕩ける目をしていた。
多分、レンは母というものをわかっていないだろう。
レン。
やっぱりお前はこっちの世界で生まれてれば良かったのに。
そしたらデロデロに愛されて、可愛い我儘小僧でいただろうに。
リンドルム様から繋ぎが入った。
向こう三件両隣はリンドルム様の手の中だから、近所の好々爺がレンに世間話をする程で入ってきた。
久しぶりに会うリンドルム様は相変わらずぽよんとした感じで、その糸目でにこにこゆさゆささせているけれど、その頼みとやらに緊張した俺は息を詰めていた。
決して理不尽な事はさせないだろうという信頼はしている。
だが今の俺はただの護衛を遥か彼方に蹴り飛ばして、あわよくばの下心を心の隅で飼っている背徳者だ。疾しい。
そんな俺にリンドルム様は「はい」と籠を突き出した。
中にはクロワッサン。
上級貴族の館でしか見た事の無い、バターたっぷりの高級パンだ。
「妻がレン様に会いたいって言うんだよねぇ。」
だから何故パン?
そっか、エサだな。
食べる事に執念を燃やすレンにとって、これは飛びつくエサそのものだ。
護衛に付くに当たって、俺は契約にサインした。
レンは異世界人だという事を言わないだけど縛りだと思ってるが、ソレはかなりえげつないものだ。
おかげであの魔石がリンドルム様の物だと本人から聞かされた。
その魔石を宿したレンに会ってどうする?
リンドルム様に番の奥方がいらっしゃる事はきいていた。
王でさえ御せないリンドルム様をただ一人動かせる方だと。
まぁ、この世界のあるあるな番至上主義だけどね。
その奥方がレンに会いたいと願われたという。
リンドルム様には悪いが、ちょっと嫌な気持ちになった。
よくいる我儘にな貴族夫人のように、宿した魔石を返せと詰め寄られたら俺はどうすればいいんだろう。
勿論レンを守って、その奥方を馬車に詰め込んでとんずらすれば良いが。
その魔石の事を知ってしまったら、レンはきっとショックを受ける。
レンが辛い思いをするなんて、俺は耐えられそうにない。
そんな俺の悶々をチラとも察せず、案の定レンはパンで舞い上がった。
木の日はギルド仕事の定休日と決めて、元気に買い物に行く。
おかげで食卓も弁当もバリエーションが増えて嬉しくて美味しい毎日だ。
そしてその日がやって来た。
レンの左目から雫のような涙が滑った。
奥方の目には、レンと同じ銀河が瞬いている。
二人が見合っている空間は、うっとりした砂時計が流れているようだ。
二人は似ていた。
顔形ではなく、深いところで似ていた。
レンはあの魔石を隅々に溶かし込み、その細胞全てを奥方へと向けている。
「この手で剣を振るわれますのね…」
そう手を繋ぐ二人は親子にしか見えない。
互いの身体から愛しいという思いが溢れるようだ。
俺も、奥方のおつきの者も立ち入る事なく黙って見守った。
その夜、レンに聞かれた。
「この気持ちって、これって、番ってこと?」と。
彼女は夫がいる人なのに、番だったらどうしよう。
あ、そっちかい。とジャダは肩透かしをくらった。
俺は知ってる。
あの切なくてほっとする甘さは母に向ける物だ。
おやぢに怒られて飛び出した時、そっと迎えに来て干し肉を手渡した母もあんな蕩ける目をしていた。
多分、レンは母というものをわかっていないだろう。
レン。
やっぱりお前はこっちの世界で生まれてれば良かったのに。
そしたらデロデロに愛されて、可愛い我儘小僧でいただろうに。
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