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番外編
凛成
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『おめでとう』
ガラスや床をキーキー引っ掻くような、思わず両耳を押さえたくなるような不快な音にどこか似たその声は、凛成を元の世界に戻すと感情のない祝福の言葉を残し、そのまま消えていった。
彼の足元には札束が詰まったアタッシュケースが数個転がっている。彼はそれらの取っ手をまとめてむんずと掴み上げると、すっかり暗くなった空を一瞬見上げてから、足取りも軽く自身と最愛達のために暗躍することにした。
オメガバースの世界ではαとΩは、こちらの性でいうところの男女かかわらずαとΩでさえあれば男性同士でも女性同士でも番うことが可能である。
そんな中、稀に「運命の番」という、平たく言えば遺伝子レベルで非常に相性が良い者たちがおり、現代社会においてはこれが時にΩとαにとって災厄となる場合がある。
「運命」に出会うとその強烈なフェロモンによって、すでに番ったαとΩですらその仲を引き裂かれ、原始的な動物のような性衝動に駆られそのまま発情期に入ってしまい、我を忘れて数日間性が枯れ果てるまで性行為に及ぶとも言われている。
αとΩの双方が現在誰とも付き合っていない、既婚者も番もいないという場合であれば、正しくそれは祝福された運命の出会いと呼べるだろう。
問題なのは、血で血を洗う修羅場となる「それ以外」の場合だ。
オメガバースの世界と言えど、一部の国を除いて重婚は認められていない。
また、Ωは一人としか番うことはできないが、αは番を複数持つことができるため複数の番については罰せられることは無い。
けれどもモラルやΩを養わなければならないという金銭的理由などにより、番を複数持つ者は一部の大富豪や好き者、他は仄暗い事情のため形ばかりの番契約を結ぶ必要があるΩの身請け人などの場合が大半だ。
現代社会ではブロッカー、つまり発情抑制剤などが開発されているため、ある程度の自衛は可能だが、わざと薬を飲まずにαを誘おうとフェロモンテロを起こすΩもいる。
Ωは弱く庇護されるために容姿も愛らしいと評される者が多いが、強いαを番おうとするのは強かな生存戦略の一つだ。中には略奪や不倫も「運命」「情熱的な恋」などと脳内でピンク色に都合よく変換させて、無自覚にαを搔っ攫うモラル無きΩも存在する。
―凛成は誇り高きオナニストのため、運命どころか番にも興味のないαだった。オナニーを極めるためには生涯童貞でも構わないと謎の誓いを立てている、下半身に熱き男でもある。
そんな彼の前に現れた自称運命の番は、凛成がこれまで出会った人物の中でも最低最悪の称号と冠を与えるに相応しい災厄だった。
元々Ωのフェロモンに耐性があり、危機管理の高さ故にブロッカーの服用を忘れない凛成であっても、自称運命の凛成曰く鼻がもげるような強烈なフェロモンには辟易し、幾度となく危うくなりながらも、なんとか自称運命を辛うじて拒絶し退け続けた。
心も匂いも全く惹かれないが、哀しいかなαとはフェロモンに中てられると生理現象によって勃つものは勃ってしまう。ましてやそれが運命ならば尚更抗えないのだろう。
本来であればオカズにすらしたくない、憎き自称運命によって勃たされた自身の息子を仕方がなく鎮めようと自ら手淫をすると、あと少しというところで自称の顔が脳裏によぎり、途端にへなへなと立派だった凛成の凛成は萎え、射精に至らずくたりと終わってしまう。
彼は、運命と言う心因性の理由によりインポテンツになりかけていた。
オナニストにとってインポは死活問題だろう。前向きで固定観念にとらわれない変態は、前立腺を弄ってやれば射精に導けるかもしれないと自身の後孔を弄ってみるも、哀しいことにそちらの才能はあまりないらしく、ある日彼はついに自死を決意した。
それはもう、清々しさすら感じられるぐらいにとても思い切り良く。
「……」
「……」
箔恵木学園の屋上、まさか自殺がダブルブッキングするとは誰が予測できただろう。
けれどもそこで出会ったΩこそが、凛成にとってはたとえ遺伝子レベルでの相性が良くなくとも本当の運命であり、メシアであり、生涯を共にしたい最愛のオナペットだった。
余談だが、凛成が自身の半生を振り返り最愛について熱く語ると、周囲からは「最愛をオナペット呼ばわりしてやるな」と大体同じような返事が返ってくる。
最愛のオナペットことメシアは、奇しくも憎き自称運命の血縁者であった。メシアは家族である自称に、付き合っていた幼馴染のαを寝取られてしまい、距離を置こうとしても絶えず二人の仲の良さを見せつけられ、ついに精神にも限界がやってきたのだという。
なお、なぜ凛成がメシアと呼ぶのかについては、あれほど勃起不全だった凛成の凛成が、出会ったその日の夜にメシアの顔やあられもない姿を想像することで元気を取り戻し、これまで通り射精することができたからだ。まさにメシアは凛成(の凛成)にとっての救世主、メシアそのものということらしい。最低である。
しかし、一度は下半身の息子を殺されかけた凛成だ。復讐に燃えた彼は、同じく復讐心を抱いたメシアと共に、社会的に自称を殺すことに決めた。
……調べれば調べるほど、自称運命の悪事は叩くと埃が無限に湧き、ある意味無限クッションのようにいくらでも出てきた。
自称は自身の容姿の良さと、比較的誰とでも相性の良い少々特殊なフェロモン体質により運命の番詐欺を繰り返し、ありとあらゆるαを喰いまくり、邪魔になるΩに対しては取り巻きを使って虐めていたようだ。
中には性犯罪まがいの暴行をされてしまい、自主退学していった生徒も少なくない数ほどには存在する。
自称への復讐は元より、凛成は心の内で自称に寝取られたメシアの元カレも殺そうと考えた。メシアの心を深く傷つけたことには変わりがなく、彼は最愛のオナペットもといメシアには心身ともに健やかであって欲しいと心より願っているからだ。ところどころ最低ではあるが。
しかし元カレはメシアに対して自責の念を感じており、彼自身で復讐として自称運命の項に噛みつき番となり、瞬時に自称との番解消をした。
番解除されたΩは、この先他のαと番うことができず、一生定期的にやってくる重苦しい発情期を戦わなくてはならない。そんなΩにとっては重篤となる非人道的行為な報復を元カレはやってのけ、自称を地獄の底に叩き落とした。
復讐を遂げた元カレは、メシアに申し訳なさと最愛の念を込めた眼差しを向けたあと、そのまま皆の見ている目の前で屋上から飛び降り自死を図った。
しかし、α故の身体の頑丈さと落ちたところが土と植え込みだったためか、飛び降り自殺には失敗してしまい、今ではすっかり心が摩耗し幼児退行してしまった。
「運命」という言葉に幼少のみぎりより憧れを持っており、自称のフェロモンテロに惑わされた愚かな元カレだが、それでも彼にとって今でも最愛であるメシアへの贖罪と命がけの復讐、それから自らの命を持って責任を取ろうとしたことに凛成は感銘を受けた。
「これを手離すのは惜しい」と。
凛成は元カレを自身の「息子」として受け入れ、メシアともども二人を引き取り共に暮らすことを決意した。彼にとっての「息子」の意味には、血は繋がっていないが(凛成と元カレ、メシアは皆同じ年だ)家族であるということと、凛成なりの親愛の念や愛着なども勿論ある。
そのほかメインの理由としては、もしこの先凛成にもしものことがあった場合や、凛成の凛成が勃ちあがらなくなった際に、メシアを満足させてやってほしい、そばに居てやってほしいというスペアとしての息子(この場合はペニスのストック)を持っておきたいという考えがあった。
心が幼くなっても、過去に自分がしでかしたことの自覚はあったのだろう。元カレは最愛と傍に居られたらそれでいいからと、メシアの二番目、舐め犬や抱き枕に徹することも厭わなかった。いい感じに彼らは狂っているのかもしれない。
経緯は長くなったが、変態サイコパスイケメンαが大金を欲した理由は、凛成と愛すべき家族の平和のため、自称運命を自分たちに関わらせないように遠くに追いやるためだ。
もはや虐めなどという生ぬるい表現では呼べない、暴行事件をいくつも起こした自称運命は、示談が許されず複数から裁判を起こされて今は少年院に入っている。
しかし出院の時期が迫っており、凛成たちにとっての脅威が野に放たれるのは時間の問題、もうすぐそこまで来ているのだ。
元の世界に戻ってきた凛成は、まず自称運命とメシアの両親の元へやってきた。
突然の変態の訪問に、何事かと驚愕の表情を浮かべる二人の前に数千万を投げつけ「これで自称のことはもう諦めろ、手離せ」と両親から自称を金で買った。
メシアの両親はメシアを放置し、自称のみを溺愛してきた典型的なきょうだい差別をおこなってきた毒親というやつだった。
容姿は非常に整っているものの育て方の問題や本人の資質もあり、問題を起こし手に余るようになってきた自称を、両親たちは目先の金に目が眩みあっさりと了承し手離した。
「メシアにも、もう関わるな」
金と時折凛成の一部に交互に目を向けるだけの両親は、もう彼の話を聞いているのかわからないが「話は終わった」とばかりに凛成はメシア両親の家を後にしたのだった。
「これ、引き取ってくれませんか」
「いやちょっとあんた、一体どうした……!?」
自称運命の顔写真を突き付けながら、突然物々しい雰囲気の事務所にやってきた凛成に、屈強な男たちが怪訝そうに声を掛けるのを制したのは、恐らくここのボスと思われる男だった。
「……番解除済みの傷物Ωか、悪趣味なもん仕入れてきたねアンタ」
「……ルートは企業機密ということで。容姿も悪くないし、ヒート誘発剤にも使えるでしょう。妊娠が怖いならほら、これで手術してもらっても構いません」
怪しげなサングラスに、全身ブランド品で身を固めた明らかにカタギではないお兄さんたちの前で、凛成は出されたお茶を意外と上品な所作で啜りながら、商品の顔写真とあわせて、札束がみっちり詰まったアタッシュケースを一つ取り出し机に置いた。
「え、こっちが金払わなくていいの?」
「こっちとしては廃品回収お願いしているようなものなのですよ。一つ条件を出すとしたら、地方に飛ばすか一人で外出もできないぐらいぎっちぎちに監視しておいてほしいです。この性悪を囲ってくれる人がもしいるなら、その筋の方の情婦扱いでも何でもいいです」
「……こいつ、相当恨みを買ってるんだな。わかった、成敗兼ねて店で金を産ませることにするよ……なあ、それよりにいちゃんアンタ」
何故か凛成の体の一部をまじまじと見つめている、カタギではないお兄さんと交渉成立した凛成は「ありがとうございます!」を深く頭を下げて、そのまま怪しげな事務所を飛び出していった。
決して表に出してはいけないだろう交渉の数日後、院出した自称運命は両親が迎えに来るものと思い待っていたところ、やってきたのは屈強なガタイのお兄さん複数で、取り押さえられた自称はそのまま黒塗りの高級車に乗せられて、どこかへと運ばれて行った。
「緊張することはない、いつもやってることをここでもやってもらえばいいだけさ」
怪しげな店で口に客の剛直を捻じ込まれ、足を開かされ屈辱的な恰好をさせ玩具にされても、男たちの言う通り自称運命にとっては慣れた行為だ。いやらしく腰を動かす行為も舌で奉仕するのも、ひょっとしたら自称にとっては天職ですらあるかもしれない。
「穴モテ便器が一丁前に勘違いしてやがる」
「これじゃあ、あの大金摘んでくれた兄ちゃんや、こいつの被害に遭った人たちも気が晴れないだろうな……」
「よし、しばらくこいつは誘発剤として使おう」
そこの店長が指示した「誘発剤」代わりは、自称運命にとっては確かに屈辱的な行為で立派な罰となった。自称のフェロモンに中てられて興奮したカップルが、本来欲情の目を向けられるはずの自分をそっちのけで、情交に耽っているからだ。
『あっあっあっあぁあ♡ ねえ、私あの子よりも、かわいい?』
『可愛いよ♡ あんなのより、全然♡』
『あんな、顔だけのビッチより♡君の方が可愛い♡愛してる♡』
『視線が邪魔だから、見えないところにしまっておいてくれる?』
『すみません「これは」クローゼットにでも隠しておくのでフェロモンだけお楽しみください』
この世のαを自身の魅力で屈服させたい自称運命は、今は消臭剤や加湿器のように、部屋の片隅に置かれるフェロモン誘発剤として誰にも相手にされずただ道具として置かれていた。自称の心は次第に冷えて、目からは怒りや情けなさの涙がぼたぼたと落ちた。
―凛成は足が速い。そしてαらしく驚異的な身体能力を持ち、パルクールもお手の物だ。ゲームから解放された彼はその足でメシア家族と自称運命の片をつけ、今は片手に一つだけ残ったアタッシュケースを握りしめて全力疾走している。宵闇纏いし空は、そんな凛成の姿を程よく隠してくれた。
この金は、凛成とメシア、息子の三人でこれから暮らすための幸せのお金だ。
歪んだ凛成たちの関係など到底誰にも理解されないだろうし、されなくてもよいと彼は思っている。
「ただいま!」
派手な音を立てて我が家のドアを開けた凛成を出迎えてくれたのは、最愛のメシアと同い年の息子だ。
「……お前、服どうした?」
「靴下と靴履いてるもん」
「履いてるからなんだってんだ」
異世界から元の世界に戻ってきた時に、借りていたジャージはするりと向こう側の地面に脱げ落ちてしまったのだろう。
彼は、ほぼ全裸であった。
ガラスや床をキーキー引っ掻くような、思わず両耳を押さえたくなるような不快な音にどこか似たその声は、凛成を元の世界に戻すと感情のない祝福の言葉を残し、そのまま消えていった。
彼の足元には札束が詰まったアタッシュケースが数個転がっている。彼はそれらの取っ手をまとめてむんずと掴み上げると、すっかり暗くなった空を一瞬見上げてから、足取りも軽く自身と最愛達のために暗躍することにした。
オメガバースの世界ではαとΩは、こちらの性でいうところの男女かかわらずαとΩでさえあれば男性同士でも女性同士でも番うことが可能である。
そんな中、稀に「運命の番」という、平たく言えば遺伝子レベルで非常に相性が良い者たちがおり、現代社会においてはこれが時にΩとαにとって災厄となる場合がある。
「運命」に出会うとその強烈なフェロモンによって、すでに番ったαとΩですらその仲を引き裂かれ、原始的な動物のような性衝動に駆られそのまま発情期に入ってしまい、我を忘れて数日間性が枯れ果てるまで性行為に及ぶとも言われている。
αとΩの双方が現在誰とも付き合っていない、既婚者も番もいないという場合であれば、正しくそれは祝福された運命の出会いと呼べるだろう。
問題なのは、血で血を洗う修羅場となる「それ以外」の場合だ。
オメガバースの世界と言えど、一部の国を除いて重婚は認められていない。
また、Ωは一人としか番うことはできないが、αは番を複数持つことができるため複数の番については罰せられることは無い。
けれどもモラルやΩを養わなければならないという金銭的理由などにより、番を複数持つ者は一部の大富豪や好き者、他は仄暗い事情のため形ばかりの番契約を結ぶ必要があるΩの身請け人などの場合が大半だ。
現代社会ではブロッカー、つまり発情抑制剤などが開発されているため、ある程度の自衛は可能だが、わざと薬を飲まずにαを誘おうとフェロモンテロを起こすΩもいる。
Ωは弱く庇護されるために容姿も愛らしいと評される者が多いが、強いαを番おうとするのは強かな生存戦略の一つだ。中には略奪や不倫も「運命」「情熱的な恋」などと脳内でピンク色に都合よく変換させて、無自覚にαを搔っ攫うモラル無きΩも存在する。
―凛成は誇り高きオナニストのため、運命どころか番にも興味のないαだった。オナニーを極めるためには生涯童貞でも構わないと謎の誓いを立てている、下半身に熱き男でもある。
そんな彼の前に現れた自称運命の番は、凛成がこれまで出会った人物の中でも最低最悪の称号と冠を与えるに相応しい災厄だった。
元々Ωのフェロモンに耐性があり、危機管理の高さ故にブロッカーの服用を忘れない凛成であっても、自称運命の凛成曰く鼻がもげるような強烈なフェロモンには辟易し、幾度となく危うくなりながらも、なんとか自称運命を辛うじて拒絶し退け続けた。
心も匂いも全く惹かれないが、哀しいかなαとはフェロモンに中てられると生理現象によって勃つものは勃ってしまう。ましてやそれが運命ならば尚更抗えないのだろう。
本来であればオカズにすらしたくない、憎き自称運命によって勃たされた自身の息子を仕方がなく鎮めようと自ら手淫をすると、あと少しというところで自称の顔が脳裏によぎり、途端にへなへなと立派だった凛成の凛成は萎え、射精に至らずくたりと終わってしまう。
彼は、運命と言う心因性の理由によりインポテンツになりかけていた。
オナニストにとってインポは死活問題だろう。前向きで固定観念にとらわれない変態は、前立腺を弄ってやれば射精に導けるかもしれないと自身の後孔を弄ってみるも、哀しいことにそちらの才能はあまりないらしく、ある日彼はついに自死を決意した。
それはもう、清々しさすら感じられるぐらいにとても思い切り良く。
「……」
「……」
箔恵木学園の屋上、まさか自殺がダブルブッキングするとは誰が予測できただろう。
けれどもそこで出会ったΩこそが、凛成にとってはたとえ遺伝子レベルでの相性が良くなくとも本当の運命であり、メシアであり、生涯を共にしたい最愛のオナペットだった。
余談だが、凛成が自身の半生を振り返り最愛について熱く語ると、周囲からは「最愛をオナペット呼ばわりしてやるな」と大体同じような返事が返ってくる。
最愛のオナペットことメシアは、奇しくも憎き自称運命の血縁者であった。メシアは家族である自称に、付き合っていた幼馴染のαを寝取られてしまい、距離を置こうとしても絶えず二人の仲の良さを見せつけられ、ついに精神にも限界がやってきたのだという。
なお、なぜ凛成がメシアと呼ぶのかについては、あれほど勃起不全だった凛成の凛成が、出会ったその日の夜にメシアの顔やあられもない姿を想像することで元気を取り戻し、これまで通り射精することができたからだ。まさにメシアは凛成(の凛成)にとっての救世主、メシアそのものということらしい。最低である。
しかし、一度は下半身の息子を殺されかけた凛成だ。復讐に燃えた彼は、同じく復讐心を抱いたメシアと共に、社会的に自称を殺すことに決めた。
……調べれば調べるほど、自称運命の悪事は叩くと埃が無限に湧き、ある意味無限クッションのようにいくらでも出てきた。
自称は自身の容姿の良さと、比較的誰とでも相性の良い少々特殊なフェロモン体質により運命の番詐欺を繰り返し、ありとあらゆるαを喰いまくり、邪魔になるΩに対しては取り巻きを使って虐めていたようだ。
中には性犯罪まがいの暴行をされてしまい、自主退学していった生徒も少なくない数ほどには存在する。
自称への復讐は元より、凛成は心の内で自称に寝取られたメシアの元カレも殺そうと考えた。メシアの心を深く傷つけたことには変わりがなく、彼は最愛のオナペットもといメシアには心身ともに健やかであって欲しいと心より願っているからだ。ところどころ最低ではあるが。
しかし元カレはメシアに対して自責の念を感じており、彼自身で復讐として自称運命の項に噛みつき番となり、瞬時に自称との番解消をした。
番解除されたΩは、この先他のαと番うことができず、一生定期的にやってくる重苦しい発情期を戦わなくてはならない。そんなΩにとっては重篤となる非人道的行為な報復を元カレはやってのけ、自称を地獄の底に叩き落とした。
復讐を遂げた元カレは、メシアに申し訳なさと最愛の念を込めた眼差しを向けたあと、そのまま皆の見ている目の前で屋上から飛び降り自死を図った。
しかし、α故の身体の頑丈さと落ちたところが土と植え込みだったためか、飛び降り自殺には失敗してしまい、今ではすっかり心が摩耗し幼児退行してしまった。
「運命」という言葉に幼少のみぎりより憧れを持っており、自称のフェロモンテロに惑わされた愚かな元カレだが、それでも彼にとって今でも最愛であるメシアへの贖罪と命がけの復讐、それから自らの命を持って責任を取ろうとしたことに凛成は感銘を受けた。
「これを手離すのは惜しい」と。
凛成は元カレを自身の「息子」として受け入れ、メシアともども二人を引き取り共に暮らすことを決意した。彼にとっての「息子」の意味には、血は繋がっていないが(凛成と元カレ、メシアは皆同じ年だ)家族であるということと、凛成なりの親愛の念や愛着なども勿論ある。
そのほかメインの理由としては、もしこの先凛成にもしものことがあった場合や、凛成の凛成が勃ちあがらなくなった際に、メシアを満足させてやってほしい、そばに居てやってほしいというスペアとしての息子(この場合はペニスのストック)を持っておきたいという考えがあった。
心が幼くなっても、過去に自分がしでかしたことの自覚はあったのだろう。元カレは最愛と傍に居られたらそれでいいからと、メシアの二番目、舐め犬や抱き枕に徹することも厭わなかった。いい感じに彼らは狂っているのかもしれない。
経緯は長くなったが、変態サイコパスイケメンαが大金を欲した理由は、凛成と愛すべき家族の平和のため、自称運命を自分たちに関わらせないように遠くに追いやるためだ。
もはや虐めなどという生ぬるい表現では呼べない、暴行事件をいくつも起こした自称運命は、示談が許されず複数から裁判を起こされて今は少年院に入っている。
しかし出院の時期が迫っており、凛成たちにとっての脅威が野に放たれるのは時間の問題、もうすぐそこまで来ているのだ。
元の世界に戻ってきた凛成は、まず自称運命とメシアの両親の元へやってきた。
突然の変態の訪問に、何事かと驚愕の表情を浮かべる二人の前に数千万を投げつけ「これで自称のことはもう諦めろ、手離せ」と両親から自称を金で買った。
メシアの両親はメシアを放置し、自称のみを溺愛してきた典型的なきょうだい差別をおこなってきた毒親というやつだった。
容姿は非常に整っているものの育て方の問題や本人の資質もあり、問題を起こし手に余るようになってきた自称を、両親たちは目先の金に目が眩みあっさりと了承し手離した。
「メシアにも、もう関わるな」
金と時折凛成の一部に交互に目を向けるだけの両親は、もう彼の話を聞いているのかわからないが「話は終わった」とばかりに凛成はメシア両親の家を後にしたのだった。
「これ、引き取ってくれませんか」
「いやちょっとあんた、一体どうした……!?」
自称運命の顔写真を突き付けながら、突然物々しい雰囲気の事務所にやってきた凛成に、屈強な男たちが怪訝そうに声を掛けるのを制したのは、恐らくここのボスと思われる男だった。
「……番解除済みの傷物Ωか、悪趣味なもん仕入れてきたねアンタ」
「……ルートは企業機密ということで。容姿も悪くないし、ヒート誘発剤にも使えるでしょう。妊娠が怖いならほら、これで手術してもらっても構いません」
怪しげなサングラスに、全身ブランド品で身を固めた明らかにカタギではないお兄さんたちの前で、凛成は出されたお茶を意外と上品な所作で啜りながら、商品の顔写真とあわせて、札束がみっちり詰まったアタッシュケースを一つ取り出し机に置いた。
「え、こっちが金払わなくていいの?」
「こっちとしては廃品回収お願いしているようなものなのですよ。一つ条件を出すとしたら、地方に飛ばすか一人で外出もできないぐらいぎっちぎちに監視しておいてほしいです。この性悪を囲ってくれる人がもしいるなら、その筋の方の情婦扱いでも何でもいいです」
「……こいつ、相当恨みを買ってるんだな。わかった、成敗兼ねて店で金を産ませることにするよ……なあ、それよりにいちゃんアンタ」
何故か凛成の体の一部をまじまじと見つめている、カタギではないお兄さんと交渉成立した凛成は「ありがとうございます!」を深く頭を下げて、そのまま怪しげな事務所を飛び出していった。
決して表に出してはいけないだろう交渉の数日後、院出した自称運命は両親が迎えに来るものと思い待っていたところ、やってきたのは屈強なガタイのお兄さん複数で、取り押さえられた自称はそのまま黒塗りの高級車に乗せられて、どこかへと運ばれて行った。
「緊張することはない、いつもやってることをここでもやってもらえばいいだけさ」
怪しげな店で口に客の剛直を捻じ込まれ、足を開かされ屈辱的な恰好をさせ玩具にされても、男たちの言う通り自称運命にとっては慣れた行為だ。いやらしく腰を動かす行為も舌で奉仕するのも、ひょっとしたら自称にとっては天職ですらあるかもしれない。
「穴モテ便器が一丁前に勘違いしてやがる」
「これじゃあ、あの大金摘んでくれた兄ちゃんや、こいつの被害に遭った人たちも気が晴れないだろうな……」
「よし、しばらくこいつは誘発剤として使おう」
そこの店長が指示した「誘発剤」代わりは、自称運命にとっては確かに屈辱的な行為で立派な罰となった。自称のフェロモンに中てられて興奮したカップルが、本来欲情の目を向けられるはずの自分をそっちのけで、情交に耽っているからだ。
『あっあっあっあぁあ♡ ねえ、私あの子よりも、かわいい?』
『可愛いよ♡ あんなのより、全然♡』
『あんな、顔だけのビッチより♡君の方が可愛い♡愛してる♡』
『視線が邪魔だから、見えないところにしまっておいてくれる?』
『すみません「これは」クローゼットにでも隠しておくのでフェロモンだけお楽しみください』
この世のαを自身の魅力で屈服させたい自称運命は、今は消臭剤や加湿器のように、部屋の片隅に置かれるフェロモン誘発剤として誰にも相手にされずただ道具として置かれていた。自称の心は次第に冷えて、目からは怒りや情けなさの涙がぼたぼたと落ちた。
―凛成は足が速い。そしてαらしく驚異的な身体能力を持ち、パルクールもお手の物だ。ゲームから解放された彼はその足でメシア家族と自称運命の片をつけ、今は片手に一つだけ残ったアタッシュケースを握りしめて全力疾走している。宵闇纏いし空は、そんな凛成の姿を程よく隠してくれた。
この金は、凛成とメシア、息子の三人でこれから暮らすための幸せのお金だ。
歪んだ凛成たちの関係など到底誰にも理解されないだろうし、されなくてもよいと彼は思っている。
「ただいま!」
派手な音を立てて我が家のドアを開けた凛成を出迎えてくれたのは、最愛のメシアと同い年の息子だ。
「……お前、服どうした?」
「靴下と靴履いてるもん」
「履いてるからなんだってんだ」
異世界から元の世界に戻ってきた時に、借りていたジャージはするりと向こう側の地面に脱げ落ちてしまったのだろう。
彼は、ほぼ全裸であった。
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精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
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