13 / 15
番外編
救いはここに
しおりを挟む
とつぜん訳も分からず見知らぬ教室へと連れてこられ、一人の哀れな贄は泣いていた。
彼と同じように首輪をつけられた見知らぬ他校の生徒は、わけもわからぬままに教室から出ようとしただけで、窓から逃げようとしただけで、黒板に近寄ろうとしただけで、その人生をあっけなく終了させられてしまった。
はじけ飛んだ首輪と彼らの頭部は血に塗れ、破片は教室や校庭に転がり落ちて、今の彼らは物言わぬ物体としてそこらに転がっている。
他の贄たちは生存のため、山野内という眼鏡の女子の後をついて行く者達や、或いは脱出方法を探るために単独やある程度まとまって別行動を取る者もいた。
そんな中、彼だけは泣きながらふらりと校庭までやってくると、花壇の横に咲いている繁殖力の強いセイヨウタンポポや名もわからない花を摘んで、また惨劇の始まりとなった教室へ戻ってきた。
彼は、教室にいる死体たちの横に花を添えて手を合わせ、後は体育座りのように顔を膝に埋めて静かにぎくぎくと肩を震わせて泣いていた。
「……」
彼女は、そんな贄に少しだけ関心を持った。ゲームの表舞台に現れるつもりは皆無だったが、好奇心が勝ったのか、気まぐれに彼女は2年A組にやってきた。
「……」
いつのまにか白衣を着た中老の女性が隣に立っていることに、彼はビクリと身を竦ませた。
「あ、の……」
「何で泣いているの」
「へ?」
「何で、泣いているの」
自分が聞いていること以外は耳に入れたくないといった風で、彼女は疑問だけを投げつける。戸惑いを覚えつつも、まともに会話ができそうな大人がいることに少しばかり心が落ち着いたのか、彼はたどたどしく言葉を紡ぎ始めた。
「哀しいから、です。虐められて復讐に走った人も、巻き込まれて殺されてしまった人も、全部が。僕は……僕も、いじめられているから。あの人はもう一人の、自分みたいで」
体育の時間にボールが集中的に投げつけられたり、挨拶をしても無視や揶揄いで返されたり「今は」その程度で済んでいるけれど、と彼は続ける。
「復讐ゲームの主催者も、殺された人たちも、もしかしたらいじめをした加害者も皆、ちょっとタイミングがずれただけの別の、並行世界の自分かもしれないって、思うんです。他人事とは思えなくて怖くて、恐ろしくて、悲しくて」
「……」
人生の選択やちょっとしたズレ、タイミングによって運命は枝分かれを繰り返すのだろうと彼女も思う。そこには彼がこのような場所にやってくることなど無かった世界線や、柳城悟がいじめられずに、どこかで平和に生きる世界も当然あったのだろう。
加害も被害も傍観も、タイミングや行動ひとつで全てが自分になりえたかもしれないと泣く彼は、それでも自分以外の誰かが傷つくことに心を痛め、他人の死を悼む心があった。
「あのお花は」
「勝手に花壇の花を積んじゃだめだとおもったから……少しだけ横に生えているタンポポを供えました」
「……」
窮地に立たされた時こそ、人間はその本性が出るのだろうと彼女は思う。目の前の哀れで善良な青年は、自身の命が危うい最中にも、復讐の犠牲になった死体に花を手向け、ゲームの主催にすら別世界のもう一人の自分として哀れみの念を抱いている。
「……忘れないでね」
人は、忘れてゆくものだから。人は変わってゆくものだから。今日言ったこと、心に思ったこと、全部忘れないで。道を踏み外しそうな時こそ思い出して。
彼女の真意はわからない様子だが、それでも彼は涙や鼻水を溜めたままの顔で、こくりとしっかり頷いた。
からん。
金属の輪が外れ、床に落ちた。
復讐ゲームの一番最初の脱出者は、その名前を知られることも無い群衆の一人、人の心を持ったちっぽけないじめられっ子だった。
彼と同じように首輪をつけられた見知らぬ他校の生徒は、わけもわからぬままに教室から出ようとしただけで、窓から逃げようとしただけで、黒板に近寄ろうとしただけで、その人生をあっけなく終了させられてしまった。
はじけ飛んだ首輪と彼らの頭部は血に塗れ、破片は教室や校庭に転がり落ちて、今の彼らは物言わぬ物体としてそこらに転がっている。
他の贄たちは生存のため、山野内という眼鏡の女子の後をついて行く者達や、或いは脱出方法を探るために単独やある程度まとまって別行動を取る者もいた。
そんな中、彼だけは泣きながらふらりと校庭までやってくると、花壇の横に咲いている繁殖力の強いセイヨウタンポポや名もわからない花を摘んで、また惨劇の始まりとなった教室へ戻ってきた。
彼は、教室にいる死体たちの横に花を添えて手を合わせ、後は体育座りのように顔を膝に埋めて静かにぎくぎくと肩を震わせて泣いていた。
「……」
彼女は、そんな贄に少しだけ関心を持った。ゲームの表舞台に現れるつもりは皆無だったが、好奇心が勝ったのか、気まぐれに彼女は2年A組にやってきた。
「……」
いつのまにか白衣を着た中老の女性が隣に立っていることに、彼はビクリと身を竦ませた。
「あ、の……」
「何で泣いているの」
「へ?」
「何で、泣いているの」
自分が聞いていること以外は耳に入れたくないといった風で、彼女は疑問だけを投げつける。戸惑いを覚えつつも、まともに会話ができそうな大人がいることに少しばかり心が落ち着いたのか、彼はたどたどしく言葉を紡ぎ始めた。
「哀しいから、です。虐められて復讐に走った人も、巻き込まれて殺されてしまった人も、全部が。僕は……僕も、いじめられているから。あの人はもう一人の、自分みたいで」
体育の時間にボールが集中的に投げつけられたり、挨拶をしても無視や揶揄いで返されたり「今は」その程度で済んでいるけれど、と彼は続ける。
「復讐ゲームの主催者も、殺された人たちも、もしかしたらいじめをした加害者も皆、ちょっとタイミングがずれただけの別の、並行世界の自分かもしれないって、思うんです。他人事とは思えなくて怖くて、恐ろしくて、悲しくて」
「……」
人生の選択やちょっとしたズレ、タイミングによって運命は枝分かれを繰り返すのだろうと彼女も思う。そこには彼がこのような場所にやってくることなど無かった世界線や、柳城悟がいじめられずに、どこかで平和に生きる世界も当然あったのだろう。
加害も被害も傍観も、タイミングや行動ひとつで全てが自分になりえたかもしれないと泣く彼は、それでも自分以外の誰かが傷つくことに心を痛め、他人の死を悼む心があった。
「あのお花は」
「勝手に花壇の花を積んじゃだめだとおもったから……少しだけ横に生えているタンポポを供えました」
「……」
窮地に立たされた時こそ、人間はその本性が出るのだろうと彼女は思う。目の前の哀れで善良な青年は、自身の命が危うい最中にも、復讐の犠牲になった死体に花を手向け、ゲームの主催にすら別世界のもう一人の自分として哀れみの念を抱いている。
「……忘れないでね」
人は、忘れてゆくものだから。人は変わってゆくものだから。今日言ったこと、心に思ったこと、全部忘れないで。道を踏み外しそうな時こそ思い出して。
彼女の真意はわからない様子だが、それでも彼は涙や鼻水を溜めたままの顔で、こくりとしっかり頷いた。
からん。
金属の輪が外れ、床に落ちた。
復讐ゲームの一番最初の脱出者は、その名前を知られることも無い群衆の一人、人の心を持ったちっぽけないじめられっ子だった。
1
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる