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※小春と大河
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小春と大河の家は、学校から徒歩で通える距離にある。芳樹の家は二駅程度離れているため、彼らの登下校は別、もしくは途中までの距離を共に歩くだけになる。
「私たちは歩きでよかったね」
「うん」
忠臣に託された祥吾の亡骸を守っていた時に、大河の服は血に塗れてしまった。このままバスや列車に乗り込めば騒ぎになってしまうだろう。小春と大河は手を繋ぎ、いつものように人気の少ない道を歩いている。
家までの距離は近く、そして何故だかとても遠い。一歩一歩が数秒で終わってしまうとも感じられるし、スローモーションがかかったように遅くも感じられる。
復讐ゲームで暴かれたのは、親の罪だけではなく彼らの心の内もだった。無自覚で気づくことすらなかったそれは、気の迷いだと思いたかった。
特に大河は、小春と芳樹を手離したくはなかった。このまま気づかないふりをして三人の均等を壊さないようにしたかったが、どうやらそれは叶わないようだと彼は悟った。
或いは、すでに壊れていたのかもしれない、彼が気づかないように必死に目を逸らしていただけで恐らく小春も芳樹も、ぽろぽろと剥がれ落ちた「それ」の鱗片に気づいていた。
「大河」
「なに?」
「私は、大河とずっと一緒にいるよ。一人じゃないよ?大河が望むなら」
「うん」
「芳樹もきっと一緒。あの子は優しいからどんなことになっても大河を見放したりしない。大河を傷つけたくなくて距離を置いているとしても、心が離れることはない」
「……」
「でもね、違うの」
何が、とは大河は聞き返すことができなかった。少し前までは指を絡める手のつなぎ方をしていたというのに、今は幼稚園児同士や母子や兄弟のように、互いに手の平を握りしめて繋いでいるだけだ。
そこには親愛はあるが、焦がれるような感情はない。甘くて苦いカラメルのようなものはなく、あるのは陽だまりのような居心地さだけだった。
「大河が、本当に指を絡めて手を繋ぎたい人は誰?」
「……」
「大河が、今抱きしめたい、抱きしめられたいって思う人は誰?」
「……」
「私はきっと、それは大河じゃない」
小さい頃より、自分たちの身を互いに守り合うために生存戦略としてそばに居た二人だ。出会ってから今に至るまで、本当の意味で恋愛の念などないと、彼らははっきりと気づいてしまった。
友達というには距離が遠く、親友と呼ぶにはどこか違う。家族や兄妹が近しいのかもしれないが、純粋にそう呼ぶには利害関係というものが明確に存在し、打算的だともいえる。
「大河、お兄ちゃん」
「……なんだい?妹よ」
「……ふふふっ」
二人の間には別れの言葉はいらなかった。
二人の指はもう二度と絡まり合うことはきっとないだろう。けれども、それが性や恋を孕む感情じゃなくとも、互いに大切に思いあっていることは確かだ。年の離れた兄妹のように、小春と大河はぎゅっと手を繋いで家へと向かった。
「小春」
「なあに?」
「もし……家に小春のお父さんがいなかったらどうする?」
大河の問いかけに対して、小春は困ったような表情を浮かべると、申し訳なそうに笑みを浮かべた。
「私、足手まといにしかならないから。家にいようと思う。待ってる」
「そっか、わかった」
するりと繋がれた手は離れてゆき、最後に絡んだ小指が十数年間の時を名残惜しむように一瞬だけそのまま止まり、そして今度こそ完全に外された。
小春が家に入るのを優し気な眼差しで見届けると、大河は駆け足で自宅へと戻った。小春の家から数百メートル先に彼の家もある。この時間帯であれば母は家にいるはずだというのに、部屋は照明ひとつ、ついてはおらず真っ暗だった。
鍵を取り出すのももどかしいという手つきで鍵穴に銀色の塊を捻じ込み、ガチャリと乱暴な音を立ててドアを開く。
想像に反して家の中は真っ暗ではなく、玄関の奥からは光が漏れている。リビングの方へ向かうと、TVだけがついたままだった。
TVには非現実の世界が未だに映し出されている。自分が通う学園の体育館には、見慣れた人影が一つあった。
「なんだ、これは」
時折ノイズが混じる映像の真ん中には、大河の母がいた。大河の母は両手首を後ろに拘束され地面に投げ出されるような形で座っている。
普段から一部の隙も無く煌びやかにめかしこんでいるはずの彼女は、今は乱れる髪も服もそのままで何かを見せつけられては顔を歪め、現実を受け入れたくないという風に頭を振っている。
恐らく拷問の一種なのだろうか、プロジェクタースクリーンか何かで、彼女にとって苦痛を与えるような何かを、延々と見せつけられているように見て取れた。
「……」
大河は父に『今日は遅くなる』とだけ連絡を入れ、再び家を後にしようとしたが、その前に雑に身を清め服を着替える。血まみれの制服を見つけた父は何を思うだろうか。大河は敢えてTVはつけたままにしておいた。
「ふん、ふん、ふん~」
小春は父子家庭で育ち、母はいない。生きているのか死んでいるのかすらわからない母は、小春を産んで一年を迎える前に父と小春、それから離婚届を置いて出奔したのだそうだ。
何故自分には母がいないのだろうか、何か理由があって父と自分と別離する必要があったのだろうか、ひょっとして何かの事件にでも巻き込まれてしまったのだろうかと幾度となく考えたことはあったが、復讐ゲームに参加するうちに彼女は理解した。
母にとっては、父と自分のほうこそ無かったことにしてしまいたい存在だったということを。
小春の知る父は心穏やかで、いつでも優しく気弱そうに笑っている人だった。争いごとを酷く嫌い例え自分に非が無くても、場が収まるのならと平気で頭を下げるような人だった。
小春は時折、そんな父の気弱さが嫌になってしまうこともあったが、基本的には男手一人で彼女を育ててくれた大好きな父であった。
けれども母は、いつかのタイミングで知ってしまったのだろう。父の過去を。
彼女達の住むアパートは、狭いけれどもいつも綺麗に整頓されている。それは今日も例外ではなく、食器は使われた痕跡すらなく綺麗に戸棚に仕舞われており、水回りには水滴一つ残っていなかった。
「ふん、ふん……」
換気扇を回しながら、小春は独自の節で鼻歌交じりに料理を作っていた。冷蔵庫にあった食材で作れそうなものと言えばカレーぐらいで、彼女は二人暮らしで食べるには多すぎるぐらいの山盛りのカレーを作っている。
「ふん……」
子供の頃から家事を率先しておこなっていた小春は、大河や芳樹にもよく自分の手料理を振る舞っていたものだ。彼らも子供らしく、ニンジンが星型になった野菜が沢山入った目にも楽しいカレーは好物だった。
そんなセピア色の記憶にノスタルジックな切なさを覚えると、彼女は鍋の火を止める。
『お父さん、だめだった』
小春はつけっぱなしのTVをそのままに、大河と芳樹に一言メッセージを送ると、そのまま床に蹲って嗚咽を漏らした。
―時は少しばかり遡る。小春が家に戻るタイミングを見計らったかのように、TVに映像が流れた。彼女はつけっぱなしのテレビに不信感を抱きながらも、その前に立ち尽くす。
これまで李流伽や母、大河が見せられた映像は監視カメラから映し出されたようなものであったが、小春の目に飛び込んできたそれは鮮明で、何者かが近くでカメラを回しているとしか思えない映像だった。
『すみませんでした!殺されても仕方がないことをしたと思います!本当にすみませんでした……』
土下座をした小春の父は、黒服を着た男たちの手によって顔を殴られ、腹部を蹴られそれでも地面に臥したまま蹲っている。
この暴力は、かつて柳城悟が彼にやられてきたことなのだろう。小春の父は「許してくれ」とも「やめてくれ」とも言わず、ただ一身に暴行をその身に引き受けている。
『ごめんなさい、悟君』
しかし、閲覧側としては少々それは面白くないのかもしれない。巨悪であってほしい贄が、自分の非を認め死すらも受け入れる姿はいらない罪悪感を彼らに与え、そして配信としては少々盛り上がりにかけるというものだ。
それを理解したのか、黒服を着た男たちは彼の衣類に手をかけ、ズボンをずり下ろしみっともなく下半身だけ露出させた。
ひっと声なき声を上げる小春の父に対して、彼らは事務的な暴行を加える。少なくとも彼らには小春の父に対して個人的な私怨などは感じられず、自らの身体を使うところまでは指示されていないのだろう。手慣れているところを見ると、裏社会の仕事を担う者たちなのかもしれない。
黒服たちは熱した竹刀を無理やり、小春の父の後孔に押し当てて捻じ込み、思い切り押し込んだ。
碌に慣らされてもいないそこは受け入れを拒むように押し返す動作すら見せるが、ミチミチと嫌な音を立ててブチリと何かが切れる音が体内に響き渡る。そのまま乱暴に剛直に見立てられた竹刀の出し入れを繰り返され、小春の父は悶絶に身を捩らせ無意識にその場から逃げようとした。
当然彼らがそれを見逃すはずもなく、身体を掴まれ複数で固定され、床に血がしたたり落ちるのもそのままに、小春の父は性暴行をされ続けた。
恐らくは彼が過去に少年院で受けたマウントのような暴行よりも、今の方が遥かにきついだろう。体内から何かを引きずり出されるような地獄の時間は、けれども死なないように加減されておりショー的な、誰かに見てもらうための余所行きな派手さと残酷さがあった。
「おぐぅっあが、あっあぁあ!」
皮肉なことに、肛門や腸壁から流れ出た血が多少の潤滑となり、彼を多少楽にさせている。
快楽などは皆無で、小春の父から苦痛でしかないうめき声が上がる度に残酷な目達の加虐心をそそられたようだ。
しかし、このような残虐で刺激的な光景もやがては飽きが来るのだろう。十分に観客達を満足させたようで、永遠に続くと思われた責め具のような時から彼も解放されることになったようだ。強引にそれを引き抜かれて、小春の父は痛みに対する悶絶で身をかがめたままびくびくと痙攣させている。
最後の仕上げとばかりに、黒服の一人が小春の父の耳元で何かを囁いた。この悪趣味な映像が世界中に流れているのであれば、小さい島国の言葉がわからぬ者には彼に何と告げたのかわからないだろう。
『お前の娘も、これを見ている』
小春の父から表情が抜け落ち、その目は暗く暗く闇の底のように光が失われた。心をへし折られた父の様子に黒服たちは「これでよいか」とどこかに目線を送り、了承を得られたのか軽く頷くと、その一人が小春の父の左目に竹刀を突き刺した。
白から黒、そして赤へと色が目まぐるしく変わり焼けるような痛みは全身を駆け巡り、今はそれが左目に集中している。
意識を手離したほうが楽とでも身体が判断したのだろうか、小春の父はガクリと身を大きく痙攣させて、そのままばたりと地面に臥した。床は血と失禁した跡で塗れており、脱がされたまま縮こまったペニスは哀れみを感じさせる。
「……」
小春はすっくと立ちあがると、徐に台所へ向かい包丁とまな板を取り出した。心にすっかり何かのフィルターが防護のようにかかってしまった彼女は、静止画のような父の姿だけが映し出されているTVから背を向けて、鼻歌交じりに調理をし始めた。
「あれ、この玉ねぎ目に沁みるなぁ」
無表情のままぼたぼた両目から滴を滴らせて、それでも野菜を刻む手を止めることはない。
「お父さん、今日仕事遅いのかな。カレー作っといてあげよう」
鍋や野菜を見つめているはずなのに、小春の焦点はどこか定まっておらず、野菜を炒める手も調味料を振る手は手慣れており実に正確で、それがより一層狂気を感じさせた。
「そうだ沢山作ろう。もしかしたら、大河や芳樹もお腹を空かせて食べに来るかもしれないもんね。李流伽ちゃんも来るかなぁ。遊びに来てくれたら嬉しいな」
小春の中には、父を助けたいという気持ちよりも「もうきっと助からない」「助けは許されない」という気持ちに心が傾いてしまっていた。
理由は勿論復讐ゲームのせいで、あれによって小春は人ひとりの命など造作もなく死ぬものなのだ、と思考を良くない方向へ矯正され捻じ曲げられてしまっていた。従順なほうが生存率があがると、思い込まされてしまっていた。しかし、それも無理はないことだろう。
過去に父のしたことは、人の一生を踏みにじって歪ませてしまう最低な行為だった。法で裁かれても彼を許すか許さないかは、被害者である柳城悟次第だろう。
身を挺して今の父を救おうとすることが許されるのだろうかと、彼女の心は揺れていた。
カレーを作り終えた彼女は、ぼんやりと椅子に座り窓の外を眺めている。
考えたくもないのに繰り返し繰り返し頭の中で最悪の想像がよぎり、その度に頭を抱え蹲っていたところ、テーブルに乗せておいたスマホが振動し、場違いに明るい音が鳴った。
泣き腫らした顔を上げて、小春は縋りつくようにスマホを手に取ると、新着のメッセージを見た。
『お前の親父は生きている』
『諦めるな』
芳樹と大河からのメッセージに、小春は枯れ果てたはずの涙がまたぽたりぽたりと滲み零れ落ちるのを、頬に感じた。
「私たちは歩きでよかったね」
「うん」
忠臣に託された祥吾の亡骸を守っていた時に、大河の服は血に塗れてしまった。このままバスや列車に乗り込めば騒ぎになってしまうだろう。小春と大河は手を繋ぎ、いつものように人気の少ない道を歩いている。
家までの距離は近く、そして何故だかとても遠い。一歩一歩が数秒で終わってしまうとも感じられるし、スローモーションがかかったように遅くも感じられる。
復讐ゲームで暴かれたのは、親の罪だけではなく彼らの心の内もだった。無自覚で気づくことすらなかったそれは、気の迷いだと思いたかった。
特に大河は、小春と芳樹を手離したくはなかった。このまま気づかないふりをして三人の均等を壊さないようにしたかったが、どうやらそれは叶わないようだと彼は悟った。
或いは、すでに壊れていたのかもしれない、彼が気づかないように必死に目を逸らしていただけで恐らく小春も芳樹も、ぽろぽろと剥がれ落ちた「それ」の鱗片に気づいていた。
「大河」
「なに?」
「私は、大河とずっと一緒にいるよ。一人じゃないよ?大河が望むなら」
「うん」
「芳樹もきっと一緒。あの子は優しいからどんなことになっても大河を見放したりしない。大河を傷つけたくなくて距離を置いているとしても、心が離れることはない」
「……」
「でもね、違うの」
何が、とは大河は聞き返すことができなかった。少し前までは指を絡める手のつなぎ方をしていたというのに、今は幼稚園児同士や母子や兄弟のように、互いに手の平を握りしめて繋いでいるだけだ。
そこには親愛はあるが、焦がれるような感情はない。甘くて苦いカラメルのようなものはなく、あるのは陽だまりのような居心地さだけだった。
「大河が、本当に指を絡めて手を繋ぎたい人は誰?」
「……」
「大河が、今抱きしめたい、抱きしめられたいって思う人は誰?」
「……」
「私はきっと、それは大河じゃない」
小さい頃より、自分たちの身を互いに守り合うために生存戦略としてそばに居た二人だ。出会ってから今に至るまで、本当の意味で恋愛の念などないと、彼らははっきりと気づいてしまった。
友達というには距離が遠く、親友と呼ぶにはどこか違う。家族や兄妹が近しいのかもしれないが、純粋にそう呼ぶには利害関係というものが明確に存在し、打算的だともいえる。
「大河、お兄ちゃん」
「……なんだい?妹よ」
「……ふふふっ」
二人の間には別れの言葉はいらなかった。
二人の指はもう二度と絡まり合うことはきっとないだろう。けれども、それが性や恋を孕む感情じゃなくとも、互いに大切に思いあっていることは確かだ。年の離れた兄妹のように、小春と大河はぎゅっと手を繋いで家へと向かった。
「小春」
「なあに?」
「もし……家に小春のお父さんがいなかったらどうする?」
大河の問いかけに対して、小春は困ったような表情を浮かべると、申し訳なそうに笑みを浮かべた。
「私、足手まといにしかならないから。家にいようと思う。待ってる」
「そっか、わかった」
するりと繋がれた手は離れてゆき、最後に絡んだ小指が十数年間の時を名残惜しむように一瞬だけそのまま止まり、そして今度こそ完全に外された。
小春が家に入るのを優し気な眼差しで見届けると、大河は駆け足で自宅へと戻った。小春の家から数百メートル先に彼の家もある。この時間帯であれば母は家にいるはずだというのに、部屋は照明ひとつ、ついてはおらず真っ暗だった。
鍵を取り出すのももどかしいという手つきで鍵穴に銀色の塊を捻じ込み、ガチャリと乱暴な音を立ててドアを開く。
想像に反して家の中は真っ暗ではなく、玄関の奥からは光が漏れている。リビングの方へ向かうと、TVだけがついたままだった。
TVには非現実の世界が未だに映し出されている。自分が通う学園の体育館には、見慣れた人影が一つあった。
「なんだ、これは」
時折ノイズが混じる映像の真ん中には、大河の母がいた。大河の母は両手首を後ろに拘束され地面に投げ出されるような形で座っている。
普段から一部の隙も無く煌びやかにめかしこんでいるはずの彼女は、今は乱れる髪も服もそのままで何かを見せつけられては顔を歪め、現実を受け入れたくないという風に頭を振っている。
恐らく拷問の一種なのだろうか、プロジェクタースクリーンか何かで、彼女にとって苦痛を与えるような何かを、延々と見せつけられているように見て取れた。
「……」
大河は父に『今日は遅くなる』とだけ連絡を入れ、再び家を後にしようとしたが、その前に雑に身を清め服を着替える。血まみれの制服を見つけた父は何を思うだろうか。大河は敢えてTVはつけたままにしておいた。
「ふん、ふん、ふん~」
小春は父子家庭で育ち、母はいない。生きているのか死んでいるのかすらわからない母は、小春を産んで一年を迎える前に父と小春、それから離婚届を置いて出奔したのだそうだ。
何故自分には母がいないのだろうか、何か理由があって父と自分と別離する必要があったのだろうか、ひょっとして何かの事件にでも巻き込まれてしまったのだろうかと幾度となく考えたことはあったが、復讐ゲームに参加するうちに彼女は理解した。
母にとっては、父と自分のほうこそ無かったことにしてしまいたい存在だったということを。
小春の知る父は心穏やかで、いつでも優しく気弱そうに笑っている人だった。争いごとを酷く嫌い例え自分に非が無くても、場が収まるのならと平気で頭を下げるような人だった。
小春は時折、そんな父の気弱さが嫌になってしまうこともあったが、基本的には男手一人で彼女を育ててくれた大好きな父であった。
けれども母は、いつかのタイミングで知ってしまったのだろう。父の過去を。
彼女達の住むアパートは、狭いけれどもいつも綺麗に整頓されている。それは今日も例外ではなく、食器は使われた痕跡すらなく綺麗に戸棚に仕舞われており、水回りには水滴一つ残っていなかった。
「ふん、ふん……」
換気扇を回しながら、小春は独自の節で鼻歌交じりに料理を作っていた。冷蔵庫にあった食材で作れそうなものと言えばカレーぐらいで、彼女は二人暮らしで食べるには多すぎるぐらいの山盛りのカレーを作っている。
「ふん……」
子供の頃から家事を率先しておこなっていた小春は、大河や芳樹にもよく自分の手料理を振る舞っていたものだ。彼らも子供らしく、ニンジンが星型になった野菜が沢山入った目にも楽しいカレーは好物だった。
そんなセピア色の記憶にノスタルジックな切なさを覚えると、彼女は鍋の火を止める。
『お父さん、だめだった』
小春はつけっぱなしのTVをそのままに、大河と芳樹に一言メッセージを送ると、そのまま床に蹲って嗚咽を漏らした。
―時は少しばかり遡る。小春が家に戻るタイミングを見計らったかのように、TVに映像が流れた。彼女はつけっぱなしのテレビに不信感を抱きながらも、その前に立ち尽くす。
これまで李流伽や母、大河が見せられた映像は監視カメラから映し出されたようなものであったが、小春の目に飛び込んできたそれは鮮明で、何者かが近くでカメラを回しているとしか思えない映像だった。
『すみませんでした!殺されても仕方がないことをしたと思います!本当にすみませんでした……』
土下座をした小春の父は、黒服を着た男たちの手によって顔を殴られ、腹部を蹴られそれでも地面に臥したまま蹲っている。
この暴力は、かつて柳城悟が彼にやられてきたことなのだろう。小春の父は「許してくれ」とも「やめてくれ」とも言わず、ただ一身に暴行をその身に引き受けている。
『ごめんなさい、悟君』
しかし、閲覧側としては少々それは面白くないのかもしれない。巨悪であってほしい贄が、自分の非を認め死すらも受け入れる姿はいらない罪悪感を彼らに与え、そして配信としては少々盛り上がりにかけるというものだ。
それを理解したのか、黒服を着た男たちは彼の衣類に手をかけ、ズボンをずり下ろしみっともなく下半身だけ露出させた。
ひっと声なき声を上げる小春の父に対して、彼らは事務的な暴行を加える。少なくとも彼らには小春の父に対して個人的な私怨などは感じられず、自らの身体を使うところまでは指示されていないのだろう。手慣れているところを見ると、裏社会の仕事を担う者たちなのかもしれない。
黒服たちは熱した竹刀を無理やり、小春の父の後孔に押し当てて捻じ込み、思い切り押し込んだ。
碌に慣らされてもいないそこは受け入れを拒むように押し返す動作すら見せるが、ミチミチと嫌な音を立ててブチリと何かが切れる音が体内に響き渡る。そのまま乱暴に剛直に見立てられた竹刀の出し入れを繰り返され、小春の父は悶絶に身を捩らせ無意識にその場から逃げようとした。
当然彼らがそれを見逃すはずもなく、身体を掴まれ複数で固定され、床に血がしたたり落ちるのもそのままに、小春の父は性暴行をされ続けた。
恐らくは彼が過去に少年院で受けたマウントのような暴行よりも、今の方が遥かにきついだろう。体内から何かを引きずり出されるような地獄の時間は、けれども死なないように加減されておりショー的な、誰かに見てもらうための余所行きな派手さと残酷さがあった。
「おぐぅっあが、あっあぁあ!」
皮肉なことに、肛門や腸壁から流れ出た血が多少の潤滑となり、彼を多少楽にさせている。
快楽などは皆無で、小春の父から苦痛でしかないうめき声が上がる度に残酷な目達の加虐心をそそられたようだ。
しかし、このような残虐で刺激的な光景もやがては飽きが来るのだろう。十分に観客達を満足させたようで、永遠に続くと思われた責め具のような時から彼も解放されることになったようだ。強引にそれを引き抜かれて、小春の父は痛みに対する悶絶で身をかがめたままびくびくと痙攣させている。
最後の仕上げとばかりに、黒服の一人が小春の父の耳元で何かを囁いた。この悪趣味な映像が世界中に流れているのであれば、小さい島国の言葉がわからぬ者には彼に何と告げたのかわからないだろう。
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小春の父から表情が抜け落ち、その目は暗く暗く闇の底のように光が失われた。心をへし折られた父の様子に黒服たちは「これでよいか」とどこかに目線を送り、了承を得られたのか軽く頷くと、その一人が小春の父の左目に竹刀を突き刺した。
白から黒、そして赤へと色が目まぐるしく変わり焼けるような痛みは全身を駆け巡り、今はそれが左目に集中している。
意識を手離したほうが楽とでも身体が判断したのだろうか、小春の父はガクリと身を大きく痙攣させて、そのままばたりと地面に臥した。床は血と失禁した跡で塗れており、脱がされたまま縮こまったペニスは哀れみを感じさせる。
「……」
小春はすっくと立ちあがると、徐に台所へ向かい包丁とまな板を取り出した。心にすっかり何かのフィルターが防護のようにかかってしまった彼女は、静止画のような父の姿だけが映し出されているTVから背を向けて、鼻歌交じりに調理をし始めた。
「あれ、この玉ねぎ目に沁みるなぁ」
無表情のままぼたぼた両目から滴を滴らせて、それでも野菜を刻む手を止めることはない。
「お父さん、今日仕事遅いのかな。カレー作っといてあげよう」
鍋や野菜を見つめているはずなのに、小春の焦点はどこか定まっておらず、野菜を炒める手も調味料を振る手は手慣れており実に正確で、それがより一層狂気を感じさせた。
「そうだ沢山作ろう。もしかしたら、大河や芳樹もお腹を空かせて食べに来るかもしれないもんね。李流伽ちゃんも来るかなぁ。遊びに来てくれたら嬉しいな」
小春の中には、父を助けたいという気持ちよりも「もうきっと助からない」「助けは許されない」という気持ちに心が傾いてしまっていた。
理由は勿論復讐ゲームのせいで、あれによって小春は人ひとりの命など造作もなく死ぬものなのだ、と思考を良くない方向へ矯正され捻じ曲げられてしまっていた。従順なほうが生存率があがると、思い込まされてしまっていた。しかし、それも無理はないことだろう。
過去に父のしたことは、人の一生を踏みにじって歪ませてしまう最低な行為だった。法で裁かれても彼を許すか許さないかは、被害者である柳城悟次第だろう。
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『お前の親父は生きている』
『諦めるな』
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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