リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ディーヴァ

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 そんなことを考えてはいるが、頭の中に浮かぶのはもちろん、ミドノとカナタだ。
奏は目に力を入れ、涙腺が刺激されるのを防ごうとした。でもそれは涙で潤った目を細め、逆に小さな滴を落としてしまうことになる。
 夢であって欲しいと願うから、夢のある話など聞いてしまうと胸の蟠りが皮膚を抉って飛び出して来そうだった。
 奏は誰にも見られたくないその滴を拳で殴り拭く──しかし、それはふと顔をあげたラドの視界に触れてしまう。ラドは奏の表情を気にしつつも、話を進めた。
「1人1人が屈強で、強烈な戦闘能力を兼ね備えている、だが彼らの力はそれだけじゃなかった」
「どんな力があったの……?」
 奏は涙を拭きながら、浮かんだ疑問を瞬時に問う。
 それを問われたラドの視線は、突如下へと移行した。
 視線は机の上のペンに注がれている──しかしラドは、まるで遠くを見ているような目をしていた。
 そうしてからラドは、また奏に視線を戻す。
「彼らの強さは歌だったんだよ」
「歌?」
 ラドはポケットからスマホを取り出し、ある音楽を鳴らした。それは悲しい気分になる曲だ。今の奏には聞きたくないメロディだった。
「やめて……」
「…………。……まあ、こんな風に、歌ってものは人の心を操れるんだよ……」
 ラドはそう言いながら曲を止めた。
 スマホの画面を見つめていた目が、奏を見る。
 突然動かされた携帯は、くまのキーホルダーとぶつかりカチャリと音を立てていた。
 ラドは奏から目を逸らし、扉に視線を向ける。
 そして口を開き、
「怖い歌を歌うことで恐怖をより植え付けて、怯えたところを討つ」
 扉を睨んだまま言葉を紡いだ。
 ──……そうか、最強ってそう言う意味か。
 殺すって意味か。
 そりゃそうだよね、強さとかそう言うものだけじゃなく、生命体を殺せる。
 死に至らせる。
 カナタやミドノと同じ力を持っている。私もそうなんだ。
 ラドは奏のことなど気にもせず、扉をずっとずっと睨んでいる。
「仲間が死んだ悲しさにうずくまっているところで、さっきのような悲しい歌を歌って、悲しみに浸っているところを討つ」
 ──でもそれは、少し苦しそうな目をしていた。
「苦しんでも生きようとしている者に……死にたいと思わせる曲を歌って……、殺せと懇願させて討つ……」
 そうね……言うなら。
 最強って、最悪ってこと。
 最低ってこと。
 死ねってこと。
 殺せってこと。

 化け物ってこと。

 そうか、私はそんな最低種族なんだ……。なら、私はやっぱり殺された方がいいのよ……。
 死にたいと思うのは間違いじゃない。
「──でも……!」
 ──それは突然発せられた。
 ──ラドの表情が明るくなる。
 子供のように目を輝かせ、どことなく嬉しそうに声をあげる。
「それだけじゃない、心を和やかにする曲を歌って、闘う意志を消滅させることもできる! それに、その種族の中でお前は特別なんだ!」
 特別……。
 闘う意志を……消滅……。
 じゃあ殺そうとする意志も……消滅させられるの?
 ──2人から消せるの?
 ──ん?
 あれ?
 でも。
「特別って……何で……?」
「……さあな。お前は弱者じゃなく強者なんだが……」
「…………は?」
 ──聞くと、その弱者・強者は血の種類で分かれるらしい。
 弱者は力がなく、文字通り弱い。
 弱いと言っても一般人と同じ程度で、歌の種族らしいのでさすがに歌はうまいと言う。
 強者は強靭的な力を持ち、とにかく文字通り強い。一般人と比べること事態がおかしく、世にも奇妙な裏組織ジョークにされると言う。歌は異常なほどに上手い。
 奏はラドに呆れた目を向ける。
「なんだがってことは判明してないの? 結局私はどっちなの……」
「まだ詳しいことは分からないんだ」
 ラドはごめんな、と奏の頬を撫でる。
「そっか……」
 奏はそれを叩き落とす。
「反抗期か?」
 ラドは腕を胸の前に組んで唸る。
 ラドは「まあいいや」と再び話し始め、現実味のない夢話を奏に聞かせるのだった。
「その種族は歌を歌うことから歌う者――ディーヴァと呼ばれている、お前もそれだ」
「う、うん」
 ラドは組んだ腕をほどき、奏を見つめる。
 ラドは先刻より一層真剣な顔になっていた。
「そして、カナタとミドノは……その種族の危険性に反対する組織の一員……ってところだ。その件については情報量が少なくてな、名前しか知らないんだよ」
 ──ミドノとカナタに……関すること。
 それが質問の答えなのだろうか。
 ──私はそう思いながらも、お兄ちゃんの待つ言葉を口にする。
「何……」
 肝心の名前をずっと黙りこんでいたラドは、奏の言葉に我に帰るように身体を揺らした。
 そして静かに告げる。
「Kill、The、Brood、KTBという組織だ」
 血を殺す。ディーヴァ族の血を……。
 私はディーヴァ……そして特別と言われる。
 私の血を殺す。──私を殺す。
 そう言うことか、カナタたちは仕事をしていただけなんだ。
 ──けど、私相手でも殺せるんだ。
 ただ彼らにとって奏は、今まで殺してきた人たちと同じなんだろう。
 確かに、私は殺される権利がある。
彼らとは違う種族のヒトなのだから。
 ラドはしばらく奏の反応を気にしていたが、影響がないことを察したのかまた話し始める。
「KTBは未だにディーヴァの壊滅を求めてるんだ。それとは逆で、俺たちは共存を求めてる。KTBと俺たちは対立してるんだ。いつも俺たちとKTBは敵対関係になる」
 お兄ちゃんは天井を眺めていた。それは昔を懐かしむような目で、冷たいようで悲しいようで……説明出来ない表情だった。
 奏はそんなラドの表情を見ながら呟いた。
「ふぅん……」
「がっかりしたか……?」
 ラドが奏に顔を向けた瞬間、ラドは顔をバッと離す。
 ──……確かに近かったよね。
 今まではどちらか片方が顔を向けてたけど、さっきは両方が顔を向けてた。
 ──近かったよね。
でもそんなに避けなくていいんじゃない?
 奏は恥ずかしさをあまり感じていなかった。ラドもそうだった。
 私は、カナタの方が近かったから……。
 お兄ちゃんは、なんでだろう。女として見てないのね、やはりイケメンは撲滅すべきだわ。
 奏は顔を逸らしたままのラドに問う。少しだけ期待を込めて。
「お兄ちゃんは……お兄ちゃんもディーヴァじゃないの……?」
「も、か……」
 ラドは申し訳なさそうに目を細め言った。
「…………俺はディーヴァじゃない、ただの人間だ」
 ただの《人間》だ――――その言葉が、深く胸に突き刺さった。
 まるで心臓がえぐられているかのような感覚だった。
 ──やっぱり、私は皆とは違うんだ……。そんなことを思ってしまう。
 極悪な種族に生まれた私が悪い。
 殺されかけても殺されても仕方がない。
 死んでもいい。
 殺してほしい。
 私は皆と違うんだから。
 そう、思ってしまう。
 ラドは思い悩む奏を見て、ハァ……とため息をついた。
 そして奏の手を握りしめ、優しく、包むように暖かさを与えた。
「……今向かっているところは、その種族だけの通う学園都市だ、お前だけじゃない」
 ──……え…………?
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