リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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アノン

24

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 半年後、二九九二年一月。
 SSチームは好成績を残し続け、研究室の信頼も得てきていた。
 研究者のみんながシェルビーを好意的に思い、いろんなことを教えてくれる関係になっていた。
 茶飯はそんなシェルビーと研究者の姿を見て、自分の作業をしながらオルトシアに向かって言った。
「あいつは凄いな、私には理解できない関わりたくない研究者も多いのに」
「そうなのか?」
 とオルトシアは聞き返す。
「君もそっち側か! あーあ。私だけまた仲間外れか。……でも君とシェルビーがいるからか、研究者も滅多に手に入らない薬品なんかも使えるようになって、すごい優遇されてるいるよな」
「それはシェルビーの功績だろうな。例の腕を切断した時のストレスがかなり少なかったらしい。ストレスがある時他の者で試してみたようだが暴れてむしろストレスが溜まってしまったと聞く。シェルビーは今まで全て減らしているらしく、おそらくアノンに気にいられているとチヤホヤされている。今までストレスという問題で手が出せなかった研究も進むようになって、シェルビーはお宝のようなものなんだろうな。それにあの人柄だ、研究熱心だし、発想が面白い」
「お前も研究者達と親しそうにしているし、私はあらゆる方面の天才に囲まれて肩身が狭い……」
「気にするな。お前だってはたから見ると研究者達と親しい関係だぞ」
「お、おお。そうか」
 茶飯が嬉しそうに口角を上げ、自分の実験をやめて近くにいた研究者に質問しに行く。それを見て、オルトシアは口角を上げた。
 シェルビーはと言うと、アノンを自由に行動させる計画に移っていた。
「アノンを町に出したい?」
 リーダーは驚いたように言う。
「はい。ストレスが軽くなるかどうか試してみたいんです」
「まあ、アノンはずっと閉じ込められているから自由に行動できることは喜ぶと思うが……」
「ただ、目隠しはまだ外さない方がいいと思ってるんです」
「それは確かに……誰かが恨まれたら危険だが。《まだ》って……いつか外すつもりなのか?」
「今以上に協力的な関係になってもらえれば、実験もそれに比例して進んでいくと思います」
「ふむ……。――――……分かった。上にも相談してみよう」
「ありがとうございます」

 ――一週間後、アノンを連れて町へ出ることが許可された。

 実習Ⅱの授業の後、SSチームでアノンと地下都市の町を軽く散歩することになり、アノンは目隠しを兼ねた仮面を付けられた。
 シェルビーは自分の家に一度帰りたいと、茶飯とオルトシアと別れる。アノンはシェルビーの近くにいればストレスがないと思われているので、アノンも一緒に家へ向かった。
大通りを通り、パン屋のおじさんに呼びかけられ、アノンの仮面を不思議そうに見てはいたものの、パンを二つ渡される。
 路地裏の一番奥の階段を上り、狭い家々の間を通り、お爺さんに挨拶しながら家を通らせてもらう。反対側の道に出ると、カクカクとした道を進み、見えてきた階段を上っていく。
 家に着き、カバンから鍵を出す。
 鍵を開けて、二人で中に入った瞬間。
 シェルビーはアノンを自分の胸に引き寄せ抱きしめた。
 噴き出す蒸気を避けずに、ずっと彼を抱擁していた。
「シェルビー……」
 アノンの仮面の下に一粒の雫が流れる。シェルビーはアノンに靴を脱がせて短い階段を上がらせ、自分の靴も脱いで階段を上がった。
 ベッドにアノンを座らせて、自分もアノンの隣に座る。
「アライア」
 シェルビーはアノンの仮面を取る。仮面の上に乘っていた髪がさらりと流れ落ちていった。
 目をつむっていた青い瞳が開かれ、瞳の中にシェルビーを映す。
 潤んだ瞳から、ポロポロと光の粒が零れ。それを真似るようにシェルビーの瞳が潤み、雫を流した。
 アライアの手が伸ばされ、シェルビーの濡れた頬に触れる。
「見たかったんだ。シェルビーの瞳はやっぱりルビーみたいで綺麗だ」
「話せるのか?」
「最近は回復してきてたからな」
「俺達の研究室には週に一回回って来てたけど、他の研究室にも回ってたんだろ?」
「ああ。君達学生が休みの土日も毎日だ」
「どう考えったってストレス溜まるだろ」
 舌打ちでもしそうな顔をするシェルビーに、アライアはくすくすと笑い、お腹と口元を押さえた。
 シェルビーはそれを見て、10年前のダクトの中にいた時の思い出を蘇らせる。
「まだ逃げる方法が決まってない。でもお前を連れ出せるようにしたいんだ。お前が町を歩いても不自然じゃないようにしたい」
「どうする気?」
「俺に魔術を見せてくれ。魔術について調べて、その結果を今日提出する」
「今日?」
「今日結果を出さないといつ連れ出せるか分からない」
「分かった。協力するよ」
 それからアライアと魔術について調べ、結果をカバンから取り出したパソコンに入力していく。それが終わると目隠しを付けて、オルトシア達と合流して、アノンを施設へ送り届けた。
 その後、帰ろうとするシェルビーの後を二人が付いてきて、頼まれて町を案内することになった。
 ――下層の町を歩きながら、茶飯が言う。
「そう言えば泊まり込みばっかりだし寮だしで町中など歩いたことがなかったな」
「アノンの件で初めて町を歩いたからな! 外に出ることより研究することにばっかり夢中だった」
「つーか暑い……」
「お前は慣れてないのか?」
 シェルビーが暑さに耐えきれずそう言うと、オルトシアが聞いてきた。
「暑い。慣れねえよこんなの。汗は掻きにくい体質になったけど……水蒸気がくっついてきて昔はそれをアセって呼んでたな」
「何か変わったか?」
 茶飯が首を傾げて、シェルビーは拗ねる。
「響きが違うんです~」
「汗……あせ。アセ……んん?」
 茶飯が一生懸命響きを確かめている間、シェルビーとオルトシアは話を続ける。
「どうして体質について分かったんだ?」
「地下都市を歩いてる研究者を見たことがあるんだよ。中層で暑いって言って汗だくだったからそうなのかなって」
「確かに俺達より水滴の量が少ないな。体温もいつも高くて、クーラーで冷えた教室では重宝させてもらってるぞ!」
「そんなに歯を輝かせて爽やかに言われても……喜んでいいのかどうか……」
「喜べ!」
「お前に聞くんじゃなかった」
 大通りを通ると再びパン屋のおじさんと会ってしまう。おじさんは「お友達が多いな!」とパンを慌てて焼きだした。
「いいよおじさん! ああ、さっきの友達とパン食べたから。美味しいって泣いてたよ」
「泣くほど喜ばれたことはないな。そうかそうか~」
 と嬉しそうにするパン屋のおじさんと別れて、ふと気が付く。
「え。どこまで行くの」
「お前が行きたいところでいい」
 オルトシアの微笑みには不思議な力がある。シェルビーは何となく、10年前のあの日以降から一度もいかなかったあの場所を思い出した。
「……じゃあ、昔よく遊んでた俺の基地に案内してやろう!!」
 ――あの水路の橋の下の基地へ着くと、そこには先客がいた。シェルビーは一瞬立ち止まる。そこにいた彼らが一瞬、かつての仲間達に見えたからだ。
 相手の一人が気付いて嬉しそうに近づいてくる。
「シェルビー!」
「翡翠、若葉。どうしてここに?」
「若葉がどうしてもいつも賑やかな下層の町に行ってみたいって言うからさ。でもいざ人ごみに入ると縮み上がって、人気のない場所を探してたらここに辿り着いたんだ」
「そっか……」
 シェルビーは昔と変わらない、木箱やドラム缶、コンクリートの地面の落書きを見て、目を潤ませる。
「ど、どうしたんだよシェルビー!?」
 翡翠が焦ってシェルビーの顔の前で両手を振る。
「どうどう落ち着け落ち着け。何でもないからさ」
 翡翠の頭をシェルビーが撫でると、彼は落ち着きを取り戻すところかふにゃんと蕩けた。
 気分が悪そうな若葉を心配して、オルトシアが彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫か若葉」
「は、はいい! お、オルトシアさんはお元気そうで!!」
「いつもの俺達との対応が違うな……顔を見た瞬間元気になったぞ」と茶飯。
「くんとさんだぜ、もうさまでいんじゃね。きゃ~オルトシアさま~!」とシェルビー。
「きゃ~! 若葉顔真っ赤~……!」と翡翠。
 若葉はぐりんと鬼のような顔をして茶飯達に振り返り、ゴゴゴゴと背後に恐ろしい化け物を呼び出した。――すべて茶飯達の目の錯覚だが。
「はっはっは、仲良しで何よりだな!」
 その場の全員が、どこが仲良しなんだと言ってやりたくなった。
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