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アノン
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一週間が経ち、二回目の実習Ⅱの授業が始まった。
シェルビーが爪を切ろうと手を触わると、それをアノンは握り締める。手を抜き取ろうとしたが離さなかった。
「だれ。きみは、だれなんだ」
シェルビーはアノンの手を撫でて、その力が緩くなったところで自分の手を引き抜く。
「随分恨まれてしまったようですね」
「まあ君のした行為は彼の不快と思う行為の代表例みたいなものだったからね。しかし、手の感触や体温で覚えてしまっているな、これはまずい。今度からは別の代表に取り来させなさい」
「はい」
アライア……気付いているのか?
……――だが気付かれるとまずい。
昔の研究者はいないから俺達のことを知らない研究者も多いし、今のところ俺について言われたことも脱走の件についても聞いたことがない。
焼却炉で事故があったことの話は時たまに聞くくらいだ。
あの事件はおそらく施設総動員で隠し通したい事実だったのだろう。だが隠された記録が残されている可能性も高い……10年前の隠ぺいだ、調べればすぐに真実の事件を見つけられるだろう。
そうなったら俺は追い出されるかもしれないな。
その前に、施設全体を調べ尽くして、アライアとの脱出方法を考えなくてはならない。俺、一人だけで。
それぞれ実験を始めようとした時だった。リーダーに一人の研究者が近づいた。
話が終わると、研究者は自分の机に帰っていき、リーダーがみんなに手を止めるように言った。
「明日この研究室から腕一本申請の書類が出される」
ざわっと周囲が騒がしくなる。シェルビー含むSSチームは焦りの表情を浮かべた。
「来週までにここにいる全員へ同意書が配られる。一人でも反対者がいれば腕一本申請は通らない、研究者諸君は自分自身が個々で賛否を決定し丸を付けて提出しろ。書類は他の研究室にも配られる、次の日曜日までに提出してくれ」
必要なのは研究者研究者達の賛否なので、学生のSSチームには賛成も不賛成も選択できない。
――一週間が経つ前に、その発表はあった。
施設全ての研究者達から、同意が得られたらしい。
SSチームが参加する実習Ⅱの授業がある、月曜日。
アノンの腕は切り落とされることとなった。
大勢の研究者に押さえつけられ、腕を伸ばされる。
「――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
大きな刃物で左腕を切り落とそうとし、そこから流れる真っ赤な血液と、頬に伝う涙と口から洩れる涎がその光景の異常さを物語っていた。耳を塞ぎたくなるほどのアノンの苦痛を示した叫び声を聞き、シェルビーは思わず飛び出してしまう。
「ゃめろ――やめてくれ!!」
「シェルビー!?」
突然飛び出したシェルビーに、茶飯もオルトシアも驚く。
シェルビーは泣きながら研究者達を押しのけ、暴れ回った。
彼はアノンの元までやって来ると、泣き叫ぶアノンの身体を抱きしめる。アノンの拘束が解かれ、大きな刃物の動きはいったん止められた。涙は止まったが荒い息を吐くアノンの右手が、シェルビーの身体をぺたぺたと触わる。
――この少年に興味を持っているのか?
と研究者達は思い始めた。
アノンがシェルビーの頭を撫でると、「やめろ」と叫び続けていたシェルビーはそれをやめ、大人しくなっていく。アノンの胸に縋り、嗚咽を洩らすシェルビーを見て、研究者達はその間にアライアの腕をもう一度刃物で切りつけた。
暴れようとするシェルビーをアノンが震えながら押さえつける。
胸にシェルビーの顔を押し付けさせ、その光景を見せないようにする。
シェルビーはその胸に向かって、口を押し付けたまま、呟いた。
『……あらいあ』
ぴく……と、アノンの身体が震え、彼の目から幾筋もの涙が流れ落ちた。
「――ぅビー、――ルビーっ!」
シェルビーは泣き喚くアノンの頭に手を乗せ何度も撫でる。
シェルビーの肩に顔を押し付けて、アノンは左肩の痛みに声を上げ震えた。
「うううう、ううううああああああああああ」
――切断後、アノンは気を失い、ぐったりとして動かなくなった。天井に向けられた顔に涙と鼻水と涎の光が輝く。血液の溢れていた肩はだんだんと血液の流れを止め、包帯に巻かれ処置を施され、少しずつ、断面が伸びてきているように思えた。
アノンから離れないシェルビーに、リーダーが言った。
「今からストレス診断がある、離れなさい」
シェルビーは泣きはらした赤い目元を拭い、アノンから離れ、台を降りる。リーダーの前に立ち、掠れた声で冷静に言った。
「取り乱してしまって、すみませんでした」
「無理もない、我々でもあまり見ない光景だからな」
「すみません、吐きそうです」
「吐いておいで。休憩室で休んできてもいい。研究者の何人かも休みに行ったよ。無理をして出ようとする者もいるがここで嘔吐されては困るから彼らも向かわせる、君の仲間もだいぶ気分が悪そうだ」
そう言われて、顔をSSチームのいる方へ向けると、真っ青な顔をしている茶飯をオルトシアが肩を貸して運んでくる姿が見えた。
「送ってきます」
リーダーの前まで来て、オルトシアは茶飯を見せるように肩を動かしそう言う。
「頼む」
と研究者がいい、オルトシアはシェルビーに向き直った。
「行こう」
「君は平気なのか」
「ああ」
あんな光景を見て平気な人がいるなんて……とシェルビーは思い、歩きながらオルトシアの横顔を眺める。
「ん? どうした?」
「い、いや、凄いなって……」
「凄いか? 俺は自分が悪い奴だと責めたくなるが」
「まあどう思うかは人それぞれだろ」
「シェルビーは優しいな」
「そうかな。そうだといいけど」
吐きそうと言うのは口実だった。休憩室はそれぞれ個室で使えるように多く用意されていた。そんな休憩室へ入り、扉を背に、シェルビーは顔を覆って蹲る。
「うう……うっ」
声を押し殺して泣きはらした後、シェルビーはやつれた顔を備え付けの洗面台で洗い流した。
研究室に戻ると、アノンはストレス診断のために部屋を出た後だった。
シェルビーが爪を切ろうと手を触わると、それをアノンは握り締める。手を抜き取ろうとしたが離さなかった。
「だれ。きみは、だれなんだ」
シェルビーはアノンの手を撫でて、その力が緩くなったところで自分の手を引き抜く。
「随分恨まれてしまったようですね」
「まあ君のした行為は彼の不快と思う行為の代表例みたいなものだったからね。しかし、手の感触や体温で覚えてしまっているな、これはまずい。今度からは別の代表に取り来させなさい」
「はい」
アライア……気付いているのか?
……――だが気付かれるとまずい。
昔の研究者はいないから俺達のことを知らない研究者も多いし、今のところ俺について言われたことも脱走の件についても聞いたことがない。
焼却炉で事故があったことの話は時たまに聞くくらいだ。
あの事件はおそらく施設総動員で隠し通したい事実だったのだろう。だが隠された記録が残されている可能性も高い……10年前の隠ぺいだ、調べればすぐに真実の事件を見つけられるだろう。
そうなったら俺は追い出されるかもしれないな。
その前に、施設全体を調べ尽くして、アライアとの脱出方法を考えなくてはならない。俺、一人だけで。
それぞれ実験を始めようとした時だった。リーダーに一人の研究者が近づいた。
話が終わると、研究者は自分の机に帰っていき、リーダーがみんなに手を止めるように言った。
「明日この研究室から腕一本申請の書類が出される」
ざわっと周囲が騒がしくなる。シェルビー含むSSチームは焦りの表情を浮かべた。
「来週までにここにいる全員へ同意書が配られる。一人でも反対者がいれば腕一本申請は通らない、研究者諸君は自分自身が個々で賛否を決定し丸を付けて提出しろ。書類は他の研究室にも配られる、次の日曜日までに提出してくれ」
必要なのは研究者研究者達の賛否なので、学生のSSチームには賛成も不賛成も選択できない。
――一週間が経つ前に、その発表はあった。
施設全ての研究者達から、同意が得られたらしい。
SSチームが参加する実習Ⅱの授業がある、月曜日。
アノンの腕は切り落とされることとなった。
大勢の研究者に押さえつけられ、腕を伸ばされる。
「――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
大きな刃物で左腕を切り落とそうとし、そこから流れる真っ赤な血液と、頬に伝う涙と口から洩れる涎がその光景の異常さを物語っていた。耳を塞ぎたくなるほどのアノンの苦痛を示した叫び声を聞き、シェルビーは思わず飛び出してしまう。
「ゃめろ――やめてくれ!!」
「シェルビー!?」
突然飛び出したシェルビーに、茶飯もオルトシアも驚く。
シェルビーは泣きながら研究者達を押しのけ、暴れ回った。
彼はアノンの元までやって来ると、泣き叫ぶアノンの身体を抱きしめる。アノンの拘束が解かれ、大きな刃物の動きはいったん止められた。涙は止まったが荒い息を吐くアノンの右手が、シェルビーの身体をぺたぺたと触わる。
――この少年に興味を持っているのか?
と研究者達は思い始めた。
アノンがシェルビーの頭を撫でると、「やめろ」と叫び続けていたシェルビーはそれをやめ、大人しくなっていく。アノンの胸に縋り、嗚咽を洩らすシェルビーを見て、研究者達はその間にアライアの腕をもう一度刃物で切りつけた。
暴れようとするシェルビーをアノンが震えながら押さえつける。
胸にシェルビーの顔を押し付けさせ、その光景を見せないようにする。
シェルビーはその胸に向かって、口を押し付けたまま、呟いた。
『……あらいあ』
ぴく……と、アノンの身体が震え、彼の目から幾筋もの涙が流れ落ちた。
「――ぅビー、――ルビーっ!」
シェルビーは泣き喚くアノンの頭に手を乗せ何度も撫でる。
シェルビーの肩に顔を押し付けて、アノンは左肩の痛みに声を上げ震えた。
「うううう、ううううああああああああああ」
――切断後、アノンは気を失い、ぐったりとして動かなくなった。天井に向けられた顔に涙と鼻水と涎の光が輝く。血液の溢れていた肩はだんだんと血液の流れを止め、包帯に巻かれ処置を施され、少しずつ、断面が伸びてきているように思えた。
アノンから離れないシェルビーに、リーダーが言った。
「今からストレス診断がある、離れなさい」
シェルビーは泣きはらした赤い目元を拭い、アノンから離れ、台を降りる。リーダーの前に立ち、掠れた声で冷静に言った。
「取り乱してしまって、すみませんでした」
「無理もない、我々でもあまり見ない光景だからな」
「すみません、吐きそうです」
「吐いておいで。休憩室で休んできてもいい。研究者の何人かも休みに行ったよ。無理をして出ようとする者もいるがここで嘔吐されては困るから彼らも向かわせる、君の仲間もだいぶ気分が悪そうだ」
そう言われて、顔をSSチームのいる方へ向けると、真っ青な顔をしている茶飯をオルトシアが肩を貸して運んでくる姿が見えた。
「送ってきます」
リーダーの前まで来て、オルトシアは茶飯を見せるように肩を動かしそう言う。
「頼む」
と研究者がいい、オルトシアはシェルビーに向き直った。
「行こう」
「君は平気なのか」
「ああ」
あんな光景を見て平気な人がいるなんて……とシェルビーは思い、歩きながらオルトシアの横顔を眺める。
「ん? どうした?」
「い、いや、凄いなって……」
「凄いか? 俺は自分が悪い奴だと責めたくなるが」
「まあどう思うかは人それぞれだろ」
「シェルビーは優しいな」
「そうかな。そうだといいけど」
吐きそうと言うのは口実だった。休憩室はそれぞれ個室で使えるように多く用意されていた。そんな休憩室へ入り、扉を背に、シェルビーは顔を覆って蹲る。
「うう……うっ」
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研究室に戻ると、アノンはストレス診断のために部屋を出た後だった。
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