リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

文字の大きさ
上 下
220 / 299
アノン

23

しおりを挟む
 一週間が経ち、二回目の実習Ⅱの授業が始まった。
 シェルビーが爪を切ろうと手を触わると、それをアノンは握り締める。手を抜き取ろうとしたが離さなかった。
「だれ。きみは、だれなんだ」
シェルビーはアノンの手を撫でて、その力が緩くなったところで自分の手を引き抜く。
「随分恨まれてしまったようですね」
「まあ君のした行為は彼の不快と思う行為の代表例みたいなものだったからね。しかし、手の感触や体温で覚えてしまっているな、これはまずい。今度からは別の代表に取り来させなさい」
「はい」
 アライア……気付いているのか?
 ……――だが気付かれるとまずい。
 昔の研究者はいないから俺達のことを知らない研究者も多いし、今のところ俺について言われたことも脱走の件についても聞いたことがない。
 焼却炉で事故があったことの話は時たまに聞くくらいだ。
 あの事件はおそらく施設総動員で隠し通したい事実だったのだろう。だが隠された記録が残されている可能性も高い……10年前の隠ぺいだ、調べればすぐに真実の事件を見つけられるだろう。
 そうなったら俺は追い出されるかもしれないな。
 その前に、施設全体を調べ尽くして、アライアとの脱出方法を考えなくてはならない。俺、一人だけで。
 それぞれ実験を始めようとした時だった。リーダーに一人の研究者が近づいた。
 話が終わると、研究者は自分の机に帰っていき、リーダーがみんなに手を止めるように言った。
「明日この研究室から腕一本申請の書類が出される」
 ざわっと周囲が騒がしくなる。シェルビー含むSSチームは焦りの表情を浮かべた。
「来週までにここにいる全員へ同意書が配られる。一人でも反対者がいれば腕一本申請は通らない、研究者諸君は自分自身が個々で賛否を決定し丸を付けて提出しろ。書類は他の研究室にも配られる、次の日曜日までに提出してくれ」
 必要なのは研究者達の賛否なので、のSSチームには賛成も不賛成も選択できない。

 ――一週間が経つ前に、その発表はあった。

 施設全ての研究者達から、同意が得られたらしい。



 SSチームが参加する実習Ⅱの授業がある、月曜日。
 アノンの腕は切り落とされることとなった。



 大勢の研究者に押さえつけられ、腕を伸ばされる。
「――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
 大きな刃物で左腕を切り落とそうとし、そこから流れる真っ赤な血液と、頬に伝う涙と口から洩れる涎がその光景の異常さを物語っていた。耳を塞ぎたくなるほどのアノンの苦痛を示した叫び声を聞き、シェルビーは思わず飛び出してしまう。
「ゃめろ――やめてくれ!!」
「シェルビー!?」
 突然飛び出したシェルビーに、茶飯もオルトシアも驚く。
 シェルビーは泣きながら研究者達を押しのけ、暴れ回った。
 彼はアノンの元までやって来ると、泣き叫ぶアノンの身体を抱きしめる。アノンの拘束が解かれ、大きな刃物の動きはいったん止められた。涙は止まったが荒い息を吐くアノンの右手が、シェルビーの身体をぺたぺたと触わる。
 ――この少年に興味を持っているのか?
 と研究者達は思い始めた。
 アノンがシェルビーの頭を撫でると、「やめろ」と叫び続けていたシェルビーはそれをやめ、大人しくなっていく。アノンの胸に縋り、嗚咽を洩らすシェルビーを見て、研究者達はその間にアライアの腕をもう一度刃物で切りつけた。
 暴れようとするシェルビーをアノンが震えながら押さえつける。
 胸にシェルビーの顔を押し付けさせ、その光景を見せないようにする。
 シェルビーはその胸に向かって、口を押し付けたまま、呟いた。

『……あらいあ』

 ぴく……と、アノンの身体が震え、彼の目から幾筋もの涙が流れ落ちた。
「――ぅビー、――ルビーっ!」
 シェルビーは泣き喚くアノンの頭に手を乗せ何度も撫でる。
 シェルビーの肩に顔を押し付けて、アノンは左肩の痛みに声を上げ震えた。
「うううう、ううううああああああああああ」
 ――切断後、アノンは気を失い、ぐったりとして動かなくなった。天井に向けられた顔に涙と鼻水と涎の光が輝く。血液の溢れていた肩はだんだんと血液の流れを止め、包帯に巻かれ処置を施され、少しずつ、断面が伸びてきているように思えた。
 アノンから離れないシェルビーに、リーダーが言った。
「今からストレス診断がある、離れなさい」
 シェルビーは泣きはらした赤い目元を拭い、アノンから離れ、台を降りる。リーダーの前に立ち、掠れた声で冷静に言った。
「取り乱してしまって、すみませんでした」
「無理もない、我々でもあまり見ない光景だからな」
「すみません、吐きそうです」
「吐いておいで。休憩室で休んできてもいい。研究者の何人かも休みに行ったよ。無理をして出ようとする者もいるがここで嘔吐されては困るから彼らも向かわせる、君の仲間もだいぶ気分が悪そうだ」
そう言われて、顔をSSチームのいる方へ向けると、真っ青な顔をしている茶飯をオルトシアが肩を貸して運んでくる姿が見えた。
「送ってきます」
 リーダーの前まで来て、オルトシアは茶飯を見せるように肩を動かしそう言う。
「頼む」
 と研究者がいい、オルトシアはシェルビーに向き直った。
「行こう」
「君は平気なのか」
「ああ」
 あんな光景を見て平気な人がいるなんて……とシェルビーは思い、歩きながらオルトシアの横顔を眺める。
「ん? どうした?」
「い、いや、凄いなって……」
「凄いか? 俺は自分が悪い奴だと責めたくなるが」
「まあどう思うかは人それぞれだろ」
「シェルビーは優しいな」
「そうかな。そうだといいけど」
 吐きそうと言うのは口実だった。休憩室はそれぞれ個室で使えるように多く用意されていた。そんな休憩室へ入り、扉を背に、シェルビーは顔を覆って蹲る。
「うう……うっ」
 声を押し殺して泣きはらした後、シェルビーはやつれた顔を備え付けの洗面台で洗い流した。
 研究室に戻ると、アノンはストレス診断のために部屋を出た後だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

【R18】絶望の枷〜壊される少女〜

サディスティックヘヴン
ファンタジー
★Caution★  この作品は暴力的な性行為が描写されています。胸糞悪い結末を許せる方向け。  “災厄”の魔女と呼ばれる千年を生きる少女が、変態王子に捕えられ弟子の少年の前で強姦、救われない結末に至るまでの話。三分割。最後の★がついている部分が本番行為です。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

入れ替わった二人

廣瀬純一
ファンタジー
ある日突然、男と女の身体が入れ替わる話です。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

処理中です...