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第一章
2話 ③
しおりを挟むジュレアは文句を言っているが正直どうでもいい。
「次の日に同じもん配るとか、チヨが可哀そうだろ。それにお前、アイン・ロゼルアのこと好きだったんじゃ――」
「あ……」
この世界にもいるのか、蚊。
ジュレアの右頬に止まった蚊を見て、右手を自分の左胸の前に移動させる。コゴが「あっ」と声を出したのを合図に、右手の甲をジュレアの右頬に叩き込んだ。
「ぐあっ」
ぐあっぐあっ……ぐあっ……
カエルの鳴くような声が反復して聞こえてきた気がした。
蚊は……飛んで逃げてしまっている。
「ちょっとちょっと、リリアちゃんいきなり何も言わずに殴るなんて酷すぎだから!」
「それ以上リリアって呼んでみろ、同じ目に合わすぞ……」
コゴはひっと声を上げて後ずさる。手で防御しているがそんなもの意味をなさない。
「ヴォ、ヴォンヴァートくん、痛そうにしてるよ、謝ろう」
サイフェンがそう言ってきて、ハッとする。まさか―ー!
画面を確認すると、来世ポイントが-1050Ptになっていた。なんてこと! 蚊を叩いてやっただけなのに!
まだ大丈夫だと、床に蹲っているジュレアに謝ろうと近づくが。
「あ、悪魔……」
「何だと?」
もうカチンときた謝ってなんかやんねえ。来世ポイントなら明日チョコ配って回復するしな!
「ち、チヨ……いや、アキヅキ先生、怖すぎる……」
「え?」
コイツせんやが好きなんじゃなかった?
画面を確認してみると、《チヨ・アキヅキに好意を持つ》の部分が完全に消滅している。
「どうしたんだよ、ジュレア。お前先生のことあんなに可愛いって言ってたのに、だから俺応援しようと思って……」
「ひいいいいっ気色悪いこと言うな!!」
コゴが言うとさぶいぼを立てて、両手で腕を掻きまくる。どうしたんだこいつ。
俺が殴ってから急にせんやへの好意が消滅した? あ……もしかして、せんやの追加設定って魔法って類いになってたのか? つまり魔法の利かない俺がこいつに触れたことでかかっていた魔法が解けて……今こいつはせんやに恐怖を抱いていると。
「気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い」
何をされそうになったのかは分かりたくもないが、俺と同じ反応じゃん。って言うかせんやに悪いことしたなぁ。あいつが誰を攻略しようとどうでも良かったんだけど。悪魔とまで呼ばれるのはいくらなんでも可哀そうだし。
「まあこれ食べて落ち着けって」
「ガトーショコラ!? そんなもんよこすな!! 何が入ってるか分かんねえだろクソが!!」
「ああ? 俺の菓子が食べれねえってのか?」
「ちょ、ちょっとリリ……ヴォンヴァートくん?」
喧嘩に発展しそうになったことでコゴが何か言っているが、拳を鳴らせばジュレアの目つきが変わっていく。
「いいぜ。あのザイドを押さえ込んだお前に興味を持ってたんだ、喧嘩に負けたらその菓子食ってやるよ!! おらあ!」
いきなり殴りかかってきたそれを軽々と避けて、頭にチョップを落とすと、地面に突っ伏して動かなくなった。こぶしと見せかけてチョップとは……俺の腕も上がったな!
ジュレアはガサガサとゴキブリでも這うかのように逃げ出そうとする。
「だ、誰が食うか……そんなもん!」
「おいおい、男に二言はねえだろ」
ガッとジュレアの頭を鷲掴みにして、無理やり口に押し込めば、ぽああああと浄化されるように光が……もういいからこのくだり。
「落ち着いたか?」
「チッこんな不味い菓子誰も食わねえよ。全部俺が食ってやるからよこせ」
「何コイツ、全部食べたいって素直に言えよ」
「だ、誰が、ほまへの……手作り……はんへ!」
いや勝手に食いながら言うなよ。
「せんや……先生のことはこれからどうするつもりだ?」
「思い出したくない。視界にも入れたくない。頼むから言わないでくれ」
「……重症だな。何されたんだ?」
「昨日のことだよ、いきなりほっぺたにキスされて……それから、空き教室で……うっ」
吐きそうになるジュレアの背中をさすってやれば、見上げてくる。
「空き教室で……先生に覆いかぶさって、キスしようとしたら、ここじゃだめだとか言って抵抗しだして……」
「それ全面的にお前が悪くね?」
「でもそれは俺の意思じゃないんだよ!! 男にあんなウルウルした目で見つめられて気色悪いとしか思えねえだろ!!」
「あのぶりっ子は確かに気色悪いと思ったけど、そこまで言うほどじゃねえだろ?」
「お前は分かんないんだよ、知らないうちに好きになってて、お前が殴ってくれてなかったら俺は……」
「ん? まだ続きがあるのか?」
「実は……今日の夜、先生の部屋に来るように言われてて……」
こえええええええええええええええええええええ!! せんやこえええええええええええええええええええええええええ!!
え、攻略ってそう言う意味!? いやそうかそう言う意味だよな、現実世界なんだもの! ひええええ、怖い怖い怖い怖い。
「まあ、あれだ。魔の手から逃れられてよかったな」
ぽんぽんと背中をたたいてやれば、また顔を見上げられる。
なんなんだ?
「し……師匠」
「は?」
「俺に戦い方を教えてくれ! 俺はもう二度と悪魔の手には落ちない!」
「せんやを殴るのはやめとけよ?」
「なんでそこで庇うんだ?」
「それは……」
死んでも助けた相手だし。こっちでボコられてても結局助けるんだろうし。面倒が増える。
「先生殴ったりしたら、お前が退学になっちまうだろ?」
息をするように嘘をつき、にこっと笑って言えば。
「し、ししょう~」
と胸に抱きついてきた。え、キモイ。
容赦なく突き飛ばすと、相手は台に頭を打ち付けて気絶してしまった。
「コッコー。こいつ部屋に運んでくれよ」
「お、OK、任せて!」
「お前はどうするんだ? せんやのこと、応援するつもりだったんだろ?」
「んー応援はしないでおくよ。ただ……リリアちゃ……ヴォンヴァートくんにはお願いがあって」
「お願い?」
「叩いて」
「は?」
「俺のことも叩いてくれない?」
「…………」
「後ずさらないで! 引かないで!」
「いや引くだろ」
コイツは急に何を言い出すんだ。
「君に叩かれてから先生のことを悪魔って呼びだしたジュレアを見て、なんか君には特別な力があるんじゃないかなって……だからそれを究明するために、叩かれてみたいなって」
「そう言うことなら」
バシンっと叩くと、「ぐえっ」と声を出して体を半回転し、地面にぶっ倒れる。今重力働いてた?
「何これ……この脳を揺さぶられる感じ……これは……」
何かぶつぶつ言っているがもうキッチンに用はないし疲れたし帰るか。
「サイフェン、帰ろう」
「う、うん」
今までの話を若干引き気味に聞いていたサイフェンに顎でキッチンの出口を指し示せば、食事を用意するために寮母さんとすれ違った。
俺が袋に詰めている間、後片付けはサイフェンがしてくれたし、寮母さんには余ったガトーショコラをタッパーにしまって冷蔵庫に入れておいたと言って置いたし。みんなに配るガトーショコラも冷蔵庫に入れてくれるって寮母さんが言うし、お言葉に甘えることにした。
食事ができるまで寝よう。
部屋に戻ると、サイフェンは荷ほどきを始めた。俺の分までしてくれる気でいるらしい。食事の時間には起こしてくれると言う。便利だわーサイフェン。
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