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最終章 ― 片思いはもうたくさん…。マリーゴールドには二度とならない…―
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秋の風が心地よい爽やかな昼下がり。
桂はリナと表参道のカフェでゆっくりとしたブランチを楽しんでいた。
このカフェはリナのお気に入りの店で、最近疲れ気味のリナを桂が誘っていた。
「え…本当に…?」
桂の告げた言葉に、リナが驚いたように瞳を見開いた。口にサラダを運んでいた動きも止まっている。
「うん。決めたんだ」
リナは昔から、桂が一度は挑戦したいと言っていたのを思い出していた。
それが、なぜ今なのか…。
「あいつのせい…?」
美しい仕草で、リナが微かに首を傾げながら尋ねた。リナのすべてを見透かすような瞳に、桂は俯いた。
違う…そう言いたかった…。でも、嘘は吐けない。桂は苦い笑いを浮かべると頷いた。
「半分はそうかな。昔からやりたいと決めていた事だけど…。今やる気になったのは…多分…そうだと思う」
リナは考え込むような表情を浮かべたまま、何も言わずに桂を見つめている。
「俺…お前みたいに強くなれなくて…。怖いんだ…。何が怖いのか…分からないけど…。少し環境を変えたい…。そうすれば…少しは…」
…この胸の苦しさは消えるのだろうか…。楽になれるのだろうか…。
言って桂は俯いた。
― 海外青年協力隊 ―
発展途上国で、日本語を指導したい…それは桂の長年の夢…。
本当はもっと経験を積んでから、挑戦するつもりだった。
自分は弱虫だと…桂は思う。多分これは、亮へのままならない想いから逃げる為の手段…。
このまま日常を過ごし続けても…亮への想いはなかなか消えない…。
それなら、もっと無我夢中で仕事の出来る所へ…亮の事なんか考える暇もないくらい仕事に没頭できる所へ行きたい…。
そうすれば…いつかは…亮の事は想い出に変わるだろう…。
思い出すたびに、胸が切り裂かれるような生々しい記憶から…甘くて少しだけ切なく胸が疼く、優しい想い出に…。
想い出に変われば、きっと自分は強くなれるような気がする。
亮との楽しかった事だけを胸に…。そしていつかは…他に好きな人が出来るかもしれない…。
「分かった…。かっちゃん」
リナは桂の気持が理解できたのかもしれない。優しい笑みを浮かべると、サンドイッチを頬張りながら口を開いた。
「試験を受けなきゃいけないのよね。願書は出したの?」
リナの言葉に桂はホッとしながら、ああと頷いた。選抜試験に合格しなければ隊員にはなれない。
試験は難しいが、桂はなんとしても合格するつもりだった。
「絶対合格する。日本語を勉強したいと思ってくれる人が、きっと俺を待っていてくれるから」
誰かが自分を必要としてくれているかもしれない…そう思うことで…気持は安らげるのかもしれない…。
久し振りに爽やかな笑みを浮かべると桂は、リナにそう言った。
「あ…結婚式…」
カフェでのブランチの帰り道。二人は表参道から渋谷までの道を楽しんで散歩していた。
リナは立ち止まると、桂の腕を引っ張った。桂もリナの指した方向に視線を走らせる。
一度亮と食事をした事のあるイタリアン・レストランだった。そう言えば、その隣にレストラン・ウエディングをしたいカップルの為に簡素だが品の良い、石造りの小さいチャペルがあったのだ。
そこで式を挙げたのだろう…。ウエディング・ドレスを纏った花嫁が輝くような笑みを浮かべて、花婿に寄り添っている。
リナが「綺麗ね…」とポツリと言った。
桂はリナの手を優しく取ると握り締める。リナもぐっと桂の掌を握り返した。
二人で眩しい物でも見るように、新郎新婦が軽やかな足取りでレストランの中へ消えて行くのを見送った。
自分たちには縁遠い世界を見るように…少しだけ痛む胸を二人でこらえる。
一瞬、亮と軽口の応酬をしながら楽しく食事をした事が脳裏を過ぎる。楽しくて…幸せだった甘い時間…。
黙りこくったリナ…。彼女も桂と同じように失った恋に想いを馳せていたのかもしれない。
たった数ヶ月前の事だったのに…この場所はもう自分には許されない場所になっている。
レストランのエントランスに、色取り取りの花が寄せ植えられたポットが置いてあって、そこに季節外れのマリーゴールドが植わっているのを見て、桂はリナの手を手繰り寄せた。
「リナ…」
ん…とリナが我に返ったように桂を見た。リナの少し潤んだような瞳に桂は優しい微笑を見せると、言い聞かせるように言った。
俺は…もう絶対に…マリーゴールドにはならない…。絶対に…。そう決意しながら…。
「リナ…。お前は絶対に幸せになれ。お前が…良い奴見つけて、結婚する時は…俺が一緒にバージンロード歩いてやる。そしてお前をその相手に引き渡してやるからさ…」
うん…桂の言葉にリナが涙をほろっと零しながら頷いた。
桂はリナと表参道のカフェでゆっくりとしたブランチを楽しんでいた。
このカフェはリナのお気に入りの店で、最近疲れ気味のリナを桂が誘っていた。
「え…本当に…?」
桂の告げた言葉に、リナが驚いたように瞳を見開いた。口にサラダを運んでいた動きも止まっている。
「うん。決めたんだ」
リナは昔から、桂が一度は挑戦したいと言っていたのを思い出していた。
それが、なぜ今なのか…。
「あいつのせい…?」
美しい仕草で、リナが微かに首を傾げながら尋ねた。リナのすべてを見透かすような瞳に、桂は俯いた。
違う…そう言いたかった…。でも、嘘は吐けない。桂は苦い笑いを浮かべると頷いた。
「半分はそうかな。昔からやりたいと決めていた事だけど…。今やる気になったのは…多分…そうだと思う」
リナは考え込むような表情を浮かべたまま、何も言わずに桂を見つめている。
「俺…お前みたいに強くなれなくて…。怖いんだ…。何が怖いのか…分からないけど…。少し環境を変えたい…。そうすれば…少しは…」
…この胸の苦しさは消えるのだろうか…。楽になれるのだろうか…。
言って桂は俯いた。
― 海外青年協力隊 ―
発展途上国で、日本語を指導したい…それは桂の長年の夢…。
本当はもっと経験を積んでから、挑戦するつもりだった。
自分は弱虫だと…桂は思う。多分これは、亮へのままならない想いから逃げる為の手段…。
このまま日常を過ごし続けても…亮への想いはなかなか消えない…。
それなら、もっと無我夢中で仕事の出来る所へ…亮の事なんか考える暇もないくらい仕事に没頭できる所へ行きたい…。
そうすれば…いつかは…亮の事は想い出に変わるだろう…。
思い出すたびに、胸が切り裂かれるような生々しい記憶から…甘くて少しだけ切なく胸が疼く、優しい想い出に…。
想い出に変われば、きっと自分は強くなれるような気がする。
亮との楽しかった事だけを胸に…。そしていつかは…他に好きな人が出来るかもしれない…。
「分かった…。かっちゃん」
リナは桂の気持が理解できたのかもしれない。優しい笑みを浮かべると、サンドイッチを頬張りながら口を開いた。
「試験を受けなきゃいけないのよね。願書は出したの?」
リナの言葉に桂はホッとしながら、ああと頷いた。選抜試験に合格しなければ隊員にはなれない。
試験は難しいが、桂はなんとしても合格するつもりだった。
「絶対合格する。日本語を勉強したいと思ってくれる人が、きっと俺を待っていてくれるから」
誰かが自分を必要としてくれているかもしれない…そう思うことで…気持は安らげるのかもしれない…。
久し振りに爽やかな笑みを浮かべると桂は、リナにそう言った。
「あ…結婚式…」
カフェでのブランチの帰り道。二人は表参道から渋谷までの道を楽しんで散歩していた。
リナは立ち止まると、桂の腕を引っ張った。桂もリナの指した方向に視線を走らせる。
一度亮と食事をした事のあるイタリアン・レストランだった。そう言えば、その隣にレストラン・ウエディングをしたいカップルの為に簡素だが品の良い、石造りの小さいチャペルがあったのだ。
そこで式を挙げたのだろう…。ウエディング・ドレスを纏った花嫁が輝くような笑みを浮かべて、花婿に寄り添っている。
リナが「綺麗ね…」とポツリと言った。
桂はリナの手を優しく取ると握り締める。リナもぐっと桂の掌を握り返した。
二人で眩しい物でも見るように、新郎新婦が軽やかな足取りでレストランの中へ消えて行くのを見送った。
自分たちには縁遠い世界を見るように…少しだけ痛む胸を二人でこらえる。
一瞬、亮と軽口の応酬をしながら楽しく食事をした事が脳裏を過ぎる。楽しくて…幸せだった甘い時間…。
黙りこくったリナ…。彼女も桂と同じように失った恋に想いを馳せていたのかもしれない。
たった数ヶ月前の事だったのに…この場所はもう自分には許されない場所になっている。
レストランのエントランスに、色取り取りの花が寄せ植えられたポットが置いてあって、そこに季節外れのマリーゴールドが植わっているのを見て、桂はリナの手を手繰り寄せた。
「リナ…」
ん…とリナが我に返ったように桂を見た。リナの少し潤んだような瞳に桂は優しい微笑を見せると、言い聞かせるように言った。
俺は…もう絶対に…マリーゴールドにはならない…。絶対に…。そう決意しながら…。
「リナ…。お前は絶対に幸せになれ。お前が…良い奴見つけて、結婚する時は…俺が一緒にバージンロード歩いてやる。そしてお前をその相手に引き渡してやるからさ…」
うん…桂の言葉にリナが涙をほろっと零しながら頷いた。
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