〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
94 / 95
最終章 ― 片思いはもうたくさん…。マリーゴールドには二度とならない…―

最終話

しおりを挟む
 珍しくリナがコンソメ・スープを作った。

 海外青年協力隊の一次試験の朝、どたばたと受験票や筆記用具の準備をする桂の為にと、リナが腕を振るったのだ。

 最も料理の苦手なリナのこと。胃に優しい料理といったら、自分のレパートリーの中ではコンソメ・スープしか思いつかなかったのだ。

「うん…すごい美味い」

 リナのスープを喜んで口にする桂をリナは母親のように優しく見守る。

「それじゃ…言ってくるからさ」

 鞄を持って、玄関口にたった桂にリナが「気をつけてね」と声を掛ける。見送りながら、リナが桂にちゃめっけタップリに微笑むと言った。

「ねぇ、かっちゃん。私、かっちゃんに魔法を掛けたのよ」

 リナの言っている意味が分からず、桂がえ…?と首を傾げた。フフッと楽しそうに笑いながら桂の両手を取ると左右に心持広げた。

「かっちゃん、目を瞑って」

 怪訝な表情をしながらも、桂は素直に瞳を閉じる。

「かっちゃんがさっき飲んだスープは魔法のスープです」

 リナが諭すような優しい声で告げる。

「今スープがかっちゃんに魔法をかけています。身体中にスープが染み込んで、かっちゃんの体も…心も温かくしていきます」

 リナの指先にギュッと力が込められたのを感じる。彼女の魔法は続いた。

「スープの温かさがかっちゃんの勇気になります…。そして…この玄関を一歩出たら…スープはかっちゃんを生まれ変わらせています。かっちゃんの心も身体も充実した力と勇気に満ち溢れています。」

 さあ、目を開けて。言ってリナは目を開けた桂にニッコリ笑いかける。

 リナの瞳とぶつかって、桂は感謝の色を篭めた瞳でニッコリと微笑んだ。

 リナが色んな意味で自分を励ましてくれているのだと、分かった…。亮の事を何も言わないリナ…それでも心配してくれている。

 リナの優しさに答えたい…切実に思った。

「がんばってね。この扉を出たら、かっちゃんは生まれ変わっているのよ、何も我慢せず、好きなように生きればいいの」

 リナは念を押すように言った。

「ああ、分かった。…ありがとう。リナ…」

 自分は亮の事から逃げるのかもしれない…強くなれない自分が嫌だった…。それでもこのチャンスを掴んで、立ち直ろうと思う。

 ― 勇気を持って…歩いて行こう…―

 一瞬だけ…見えない亮の気持を信じる事ができた…。

 亮が自分を愛してくれたかも…と思えた…。

 だから…もう立ち直ろう…。

 亮が好き…忘れる事なんかできない…。だから…忘れたりしない…。

 その代わり亮への想いを胸に、強く生きていく。時々かいま見た亮の優しさや誠実さと、リナがくれた勇気をエネルギーにして…。

…そしていつかは…いつかは…亮への気持に整理が出来たら…大恋愛をしてやるんだ…。

 桂は思ってうっすらと穏やかな笑みを浮かべた。

 …次は、絶対に片思いなんかしない…マリーゴールドになんか…ならない…。

 リナがくれた勇気を胸に生まれ変わるんだ。

「じゃ…行ってくる」

 桂はリナに力強く頷いて見せると、外に出た。

 この一歩が新しい自分と新しい未来に向かうんだ…。そう胸を期待で弾ませながら…。

 桂は…新たに出会う様々な人…そして…思い出すたびに胸を甘苦しく締め付ける…愛しい男に思いを馳せながら、しっかりした足取りで歩き出していた。



~Marigold~ 恋人ごっこはキスを禁じて ••••••完

 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...