〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
84 / 95
第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―

しおりを挟む
 久し振りに訪れた「J’s Bar」 

 相変わらずの気取りの無い心地よい空間に、桂はほっと気持ちが和むのを感じた。

 指定された通り、店の奥まった人目につかないボックス席に腰を据えると、ゆっくりと店の中を見渡した。

 馴染んだ温かい雰囲気に、店に入るまで感じていた緊張が解れていく。

 ママと軽い冗談の応酬をしてから、ドリンクをオーダーして、以前自分が良く指定席のように座っていたカウンターの隅の椅子を見つめる。

「なんか…すごい懐かしいな」

 あの席に座って、胸をドキドキさせて亮を待っていた…。

 亮の姿を少しだけ見られれば幸せで…。高嶺の花だと思っていたから、自分の気持を伝えようなんて思いもしなかった。

 思いがけず亮から声を掛けられて…付き合って…そう言われて…。

 1年余りの片思い…今思えばその時間が一番幸せだったのかもしれない。苦しみや辛さなんて無くて…ただドキドキするときめく想いがあるだけだったから…。

 その気持を充分に楽しんだら…後はひっそりと気持を終りにするだけだったのに…。

 亮の隣にいつも居る健志…健志を羨ましいと思いこそすれ、彼から亮を奪おうなんて思った事はサラサラなかった。

 それ程二人の姿は完璧に桂には映って、自分の入り込む余地は全く無いと分かっていたから。

 フッと一昨日の夜見た二人の姿が脳裏を過ぎった。どんなに離れていても愛し合っているのだろう…。

 頬寄せて歩く二人はステキなカップルだったよな…。思って桂は苦笑いを浮かべた。俺の入る隙間なんてありはしないんだ…。

 テーブルに置かれたドリンクに桂は口をつける。ソルティドッグの爽やかな香りが口の中に広がった。

 店のドアがギシッという音を立ててゆっくりと開かれる。ゆったりとした動作で店に入って来たその人物を認めて、それまでざわついていた店の中が一瞬静まり返った。

 自分もその人に視線を当てながら、桂は笑みを浮かべた。彼が店に入ってくるたび、どの客も同じ反応をしたからだ。

 それ程、その人はいつも人の視線を釘づけにする。それは人目を引く美しい容姿の所為もあるし、見た人を魅了する雰囲気の所為でもあった。

 店のママの由梨絵も驚いたようにその人を出迎えた。相手は慣れた笑みを浮かべてママと気安く話すと、店の中に視線を巡らせた。

 桂はグラスをテーブルに置くと、静かに立ちあがった。不思議に、この店に入るまで感じていた緊張はなくなっていた。ただ…そう…覚悟を決めたと言った心境だった。

 その人物が、立ちあがった桂の姿を見つめた。二言三言、由梨絵になにかを言うとゆっくりと桂の前に近づいてきた。

 自分の前に威圧するような雰囲気を放って立つその人に桂は頭を軽く下げる。相手は値踏みをするように桂を冷たい瞳で見つめていた。

 少しの沈黙の後、先に桂が口を開いた。

…終りが見えていた。諦めも絶望もすべて通り越して…今、桂は不思議に落ち着いた気分だった。

「初めまして。伊東 桂です」

 礼儀正しい桂の言葉に相手がうっすらと笑みを浮かべた。少しバカにしたような瞳の色で桂を見ると彼も同じように言った。

「初めまして。高橋 健志です」
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...