〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―

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 久し振りに訪れた「J’s Bar」 

 相変わらずの気取りの無い心地よい空間に、桂はほっと気持ちが和むのを感じた。

 指定された通り、店の奥まった人目につかないボックス席に腰を据えると、ゆっくりと店の中を見渡した。

 馴染んだ温かい雰囲気に、店に入るまで感じていた緊張が解れていく。

 ママと軽い冗談の応酬をしてから、ドリンクをオーダーして、以前自分が良く指定席のように座っていたカウンターの隅の椅子を見つめる。

「なんか…すごい懐かしいな」

 あの席に座って、胸をドキドキさせて亮を待っていた…。

 亮の姿を少しだけ見られれば幸せで…。高嶺の花だと思っていたから、自分の気持を伝えようなんて思いもしなかった。

 思いがけず亮から声を掛けられて…付き合って…そう言われて…。

 1年余りの片思い…今思えばその時間が一番幸せだったのかもしれない。苦しみや辛さなんて無くて…ただドキドキするときめく想いがあるだけだったから…。

 その気持を充分に楽しんだら…後はひっそりと気持を終りにするだけだったのに…。

 亮の隣にいつも居る健志…健志を羨ましいと思いこそすれ、彼から亮を奪おうなんて思った事はサラサラなかった。

 それ程二人の姿は完璧に桂には映って、自分の入り込む余地は全く無いと分かっていたから。

 フッと一昨日の夜見た二人の姿が脳裏を過ぎった。どんなに離れていても愛し合っているのだろう…。

 頬寄せて歩く二人はステキなカップルだったよな…。思って桂は苦笑いを浮かべた。俺の入る隙間なんてありはしないんだ…。

 テーブルに置かれたドリンクに桂は口をつける。ソルティドッグの爽やかな香りが口の中に広がった。

 店のドアがギシッという音を立ててゆっくりと開かれる。ゆったりとした動作で店に入って来たその人物を認めて、それまでざわついていた店の中が一瞬静まり返った。

 自分もその人に視線を当てながら、桂は笑みを浮かべた。彼が店に入ってくるたび、どの客も同じ反応をしたからだ。

 それ程、その人はいつも人の視線を釘づけにする。それは人目を引く美しい容姿の所為もあるし、見た人を魅了する雰囲気の所為でもあった。

 店のママの由梨絵も驚いたようにその人を出迎えた。相手は慣れた笑みを浮かべてママと気安く話すと、店の中に視線を巡らせた。

 桂はグラスをテーブルに置くと、静かに立ちあがった。不思議に、この店に入るまで感じていた緊張はなくなっていた。ただ…そう…覚悟を決めたと言った心境だった。

 その人物が、立ちあがった桂の姿を見つめた。二言三言、由梨絵になにかを言うとゆっくりと桂の前に近づいてきた。

 自分の前に威圧するような雰囲気を放って立つその人に桂は頭を軽く下げる。相手は値踏みをするように桂を冷たい瞳で見つめていた。

 少しの沈黙の後、先に桂が口を開いた。

…終りが見えていた。諦めも絶望もすべて通り越して…今、桂は不思議に落ち着いた気分だった。

「初めまして。伊東 桂です」

 礼儀正しい桂の言葉に相手がうっすらと笑みを浮かべた。少しバカにしたような瞳の色で桂を見ると彼も同じように言った。

「初めまして。高橋 健志です」
 
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