〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
83 / 95
第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―

しおりを挟む
 亮の話しが何なのか…桂には全然思い当たる事が無かった…。
たった一つ思いつく事と言えば、契約終了の話しだけだった。

 でも、亮は冬の休暇を桂と過ごすと言い張っていて、その事を桂に忘れるなと念押しもしていた…。

「一体…俺達どうなるんだ…?」

 桂はそんな事を考えながら溜息を吐く。眠れない夜になっていた。悶々としたままジンを呷る。

 最近亮の事を考えるたび、ジンを飲むようになっていた。リナが見たら怒るな…そう一人呟いて桂は苦笑した。

 自分にはリナのような苦しさや辛さと向かい合うだけの勇気はない。出来る事といったら酒に逃避を求めるだけ…。

 健志の帰国から2日経っていた。恐らく亮は今ごろ健志と…。

 亮の腕に抱かれた健志の姿を想像する度、胸が掻き毟られるような痛みを教える。どんなに自分を厳しく律しても、激しい嫉妬が湧き起こって気持を引き裂いていく。

「あいつ…禁欲生活長かったし…。しょうがないよ。本命と逢えばするだろう…。普通」

 言って苦笑いを浮かべた。抱いてもらえない恋人ごっこの自分。心も身体も愛してもらえる本当の恋人…健志。

 健志が羨ましいと言う思いも、亮に愛されたいと言う願いも…桂は全てに蓋をしてきた。

 ただ、自分が亮を愛していれば良い…その想いだけで夢中でこの関係を続けてきた。

 ふっと肺から息を吐出して桂はジンのグラスをテーブルに置いた。ちっとも酒は美味しくならない。

「愛人だったら、気持が通じているから…幸せなんだろうな…」

 出会った頃、契約を聞いて「それって愛人ですか?」と訊ねた自分を思い出す。

 亮はニヒルな笑みを浮かべながら「否、違う。愛人は愛情があって成立するだろ。俺と君の間に愛情は無いから…。」そう残酷に返した亮。

 愛人にもなれないわけか…とショックを受けた自分が懐かしかった。

 今はそんなショックすらも受けなくなってしまっている。ただ、不安定なこの関係を黙ってなにも考えずに続けようとしている。

 たった7ヶ月前の事なのに…あの時と今では自分が全然違う人間のようで…少しだけ桂は切なくなった。

「せめて…愛人ぐらいにはなりたかったな…」

 そうポツッと呟いて桂はまたジンをグラスに継ぎ足した。
 
 消沈したような桂に気を使ってか、ジュリオが「食事に行きましょう、カツラ。」と誘いを掛けた。

 亮がいない今断る理由も無く、桂も一人で夜を過ごすのが嫌で、ジュリオの言葉に喜んで頷いていた。

「今日は俺がご馳走します」

 もんじゃ焼きに挑戦したい、そう言うジュリオの言葉に桂は自分の良く行く店に連れていくことに決めていた。

 ジュリオと食事をするとき、どうしてもジュリオが桂の分まで支払いをしてしまう。

 いつもジュリオの厚意に甘えてしまっていたので桂は、反対にジュリオを招待した。

 授業を終えて、帰り支度をする。秘書室に寄らなければいけない桂にジュリオは、自分も一本電話をしたいので先に行って待っていてくれと告げた。

 会社のロビーで落ち合う事にして桂は先に会議室を出た。いつも通り秘書に報告をして、ロビーの隅に立ってジュリオを待つ。

 時刻が8時近いせいか、さすがにロビーに人気が無かった。

「山本…どうしているかな…?」

 ジュリオの授業で亮の会社に来ても、めったに亮に逢える事は無かった。

 亮が自分を呼びつけたり、反対に彼が桂の所に来りしない限りは、多忙な亮の姿を社内で見ることは無かったのだ。

 ぼんやりと亮に想いを馳せながら、桂は薄暗いロビーを見渡した。エレベーターが降りてくるのが見えて、ジュリオさんかなとエレベーター口を見つめた。

 チン、と言うお決まりの音がロビーに響いてエレベーターが開いた。そこから降りてくる人影に桂はハッと息を呑んだ。慌てて見つからないように、姿を柱の後に隠すと目の前を通り過ぎて行く二人に瞳を凝らす。

 誰が見ても羨むようなショットだった。

 仲睦まじげに、顔を寄せて話しをしながら歩いている…亮と健志の姿。

 甘い蕩けるような優しい笑顔を見せている亮。それに答えるように艶然と微笑んでいる健志。
亮はいつも桂にするように健志の腰に手を添えてエスコートしている。

 ショックで打ちのめされたように桂はそこに立ち尽くしていた。ゆっくりと二人はロビーを出て、会社の駐車場へ歩いて行く。恐らく亮の車でどこかに出かけるのだろう…。

「…ふっ…くっ…そ…」

 言葉にならない罵声を漏らして、桂は柱に顔を埋めた。知らずに熱いものが頬を伝っていく。

 たった今見た二人の姿が鮮やかに脳裏に甦る。恋人に甘い蕩けるような笑顔を見せていた亮。

…あんな笑顔見たこと無い…あんな甘くて優しい笑顔…俺は見たこと無い…。

 思って桂は拳をぐっと握り締めると柱にガツンと叩き付けた。骨が軋むような痛みが拳に走るのも構わず桂は叩きつづけた。

「カツラ!どうしました!」

 ロビーに現われたジュリオが桂の異変に慌てて止めに入る。振り上げた腕を掴むと、やさしく肩を掴みやんわりと振り向かせた。

 瞳に涙を滲ませた桂にジュリオが一瞬息を呑んだ。そして全てを理解したように桂をそっと抱きしめる。

「カツラ…リョーとタケシ見たんですね…」

 ジュリオの逞しい胸に顔を埋めたまま桂はこくりと頷いた。落ち着かせる様にジュリオは優しく桂の肩を擦る。

 ジュリオが大袈裟に息を吐くのが桂の頬に伝わってくる。

「スミマセン…。私タケシ居るの知りませんでした。部屋に戻ったら秘書がリョーとタケシの事言いました。タケシ居るの知っていたら…カツラにロビーで待ち合わす事言いませんでした」

 困った口調で言うジュリオ。

「スミマセン…カツラの事傷つけました」

 黙ったまま自分の胸の中で肩を震わす桂にジュリオは謝る。その言葉に桂は顔を上げず首を左右に振った。

 やっと嗚咽を殺すと顔を上げてジュリオを見る。涙で濡れたその顔をジュリオは痛ましげに見つめていた。

「すみません。ジュリオさん。謝るのは俺の方です。分かっていました。覚悟もしていたんです。ただ…実際に見ちゃうと……」

 教師として喋る事は出来なかった。桂は言ってまた涙をポロっと零す。その肩をふわりとジュリオは自分の胸に抱き寄せた。

「すみません…ジュリオさん…。すみません…。今だけ…今だけ…」

泣かせてください…その言葉は出てこなかった。

 桂はジュリオに甘えてしまう自分の弱さを疎ましく嫌悪しながら、それでも黙ってなにも言わずに胸を貸してくれるジュリオに縋って嗚咽を漏らしつづけていた。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん
BL
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。 ※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。 「君はもう、頑張らなくていい」 ――それは、運命の番との出会い。 圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。 理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...