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第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―

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 亮の話しが何なのか…桂には全然思い当たる事が無かった…。
たった一つ思いつく事と言えば、契約終了の話しだけだった。

 でも、亮は冬の休暇を桂と過ごすと言い張っていて、その事を桂に忘れるなと念押しもしていた…。

「一体…俺達どうなるんだ…?」

 桂はそんな事を考えながら溜息を吐く。眠れない夜になっていた。悶々としたままジンを呷る。

 最近亮の事を考えるたび、ジンを飲むようになっていた。リナが見たら怒るな…そう一人呟いて桂は苦笑した。

 自分にはリナのような苦しさや辛さと向かい合うだけの勇気はない。出来る事といったら酒に逃避を求めるだけ…。

 健志の帰国から2日経っていた。恐らく亮は今ごろ健志と…。

 亮の腕に抱かれた健志の姿を想像する度、胸が掻き毟られるような痛みを教える。どんなに自分を厳しく律しても、激しい嫉妬が湧き起こって気持を引き裂いていく。

「あいつ…禁欲生活長かったし…。しょうがないよ。本命と逢えばするだろう…。普通」

 言って苦笑いを浮かべた。抱いてもらえない恋人ごっこの自分。心も身体も愛してもらえる本当の恋人…健志。

 健志が羨ましいと言う思いも、亮に愛されたいと言う願いも…桂は全てに蓋をしてきた。

 ただ、自分が亮を愛していれば良い…その想いだけで夢中でこの関係を続けてきた。

 ふっと肺から息を吐出して桂はジンのグラスをテーブルに置いた。ちっとも酒は美味しくならない。

「愛人だったら、気持が通じているから…幸せなんだろうな…」

 出会った頃、契約を聞いて「それって愛人ですか?」と訊ねた自分を思い出す。

 亮はニヒルな笑みを浮かべながら「否、違う。愛人は愛情があって成立するだろ。俺と君の間に愛情は無いから…。」そう残酷に返した亮。

 愛人にもなれないわけか…とショックを受けた自分が懐かしかった。

 今はそんなショックすらも受けなくなってしまっている。ただ、不安定なこの関係を黙ってなにも考えずに続けようとしている。

 たった7ヶ月前の事なのに…あの時と今では自分が全然違う人間のようで…少しだけ桂は切なくなった。

「せめて…愛人ぐらいにはなりたかったな…」

 そうポツッと呟いて桂はまたジンをグラスに継ぎ足した。
 
 消沈したような桂に気を使ってか、ジュリオが「食事に行きましょう、カツラ。」と誘いを掛けた。

 亮がいない今断る理由も無く、桂も一人で夜を過ごすのが嫌で、ジュリオの言葉に喜んで頷いていた。

「今日は俺がご馳走します」

 もんじゃ焼きに挑戦したい、そう言うジュリオの言葉に桂は自分の良く行く店に連れていくことに決めていた。

 ジュリオと食事をするとき、どうしてもジュリオが桂の分まで支払いをしてしまう。

 いつもジュリオの厚意に甘えてしまっていたので桂は、反対にジュリオを招待した。

 授業を終えて、帰り支度をする。秘書室に寄らなければいけない桂にジュリオは、自分も一本電話をしたいので先に行って待っていてくれと告げた。

 会社のロビーで落ち合う事にして桂は先に会議室を出た。いつも通り秘書に報告をして、ロビーの隅に立ってジュリオを待つ。

 時刻が8時近いせいか、さすがにロビーに人気が無かった。

「山本…どうしているかな…?」

 ジュリオの授業で亮の会社に来ても、めったに亮に逢える事は無かった。

 亮が自分を呼びつけたり、反対に彼が桂の所に来りしない限りは、多忙な亮の姿を社内で見ることは無かったのだ。

 ぼんやりと亮に想いを馳せながら、桂は薄暗いロビーを見渡した。エレベーターが降りてくるのが見えて、ジュリオさんかなとエレベーター口を見つめた。

 チン、と言うお決まりの音がロビーに響いてエレベーターが開いた。そこから降りてくる人影に桂はハッと息を呑んだ。慌てて見つからないように、姿を柱の後に隠すと目の前を通り過ぎて行く二人に瞳を凝らす。

 誰が見ても羨むようなショットだった。

 仲睦まじげに、顔を寄せて話しをしながら歩いている…亮と健志の姿。

 甘い蕩けるような優しい笑顔を見せている亮。それに答えるように艶然と微笑んでいる健志。
亮はいつも桂にするように健志の腰に手を添えてエスコートしている。

 ショックで打ちのめされたように桂はそこに立ち尽くしていた。ゆっくりと二人はロビーを出て、会社の駐車場へ歩いて行く。恐らく亮の車でどこかに出かけるのだろう…。

「…ふっ…くっ…そ…」

 言葉にならない罵声を漏らして、桂は柱に顔を埋めた。知らずに熱いものが頬を伝っていく。

 たった今見た二人の姿が鮮やかに脳裏に甦る。恋人に甘い蕩けるような笑顔を見せていた亮。

…あんな笑顔見たこと無い…あんな甘くて優しい笑顔…俺は見たこと無い…。

 思って桂は拳をぐっと握り締めると柱にガツンと叩き付けた。骨が軋むような痛みが拳に走るのも構わず桂は叩きつづけた。

「カツラ!どうしました!」

 ロビーに現われたジュリオが桂の異変に慌てて止めに入る。振り上げた腕を掴むと、やさしく肩を掴みやんわりと振り向かせた。

 瞳に涙を滲ませた桂にジュリオが一瞬息を呑んだ。そして全てを理解したように桂をそっと抱きしめる。

「カツラ…リョーとタケシ見たんですね…」

 ジュリオの逞しい胸に顔を埋めたまま桂はこくりと頷いた。落ち着かせる様にジュリオは優しく桂の肩を擦る。

 ジュリオが大袈裟に息を吐くのが桂の頬に伝わってくる。

「スミマセン…。私タケシ居るの知りませんでした。部屋に戻ったら秘書がリョーとタケシの事言いました。タケシ居るの知っていたら…カツラにロビーで待ち合わす事言いませんでした」

 困った口調で言うジュリオ。

「スミマセン…カツラの事傷つけました」

 黙ったまま自分の胸の中で肩を震わす桂にジュリオは謝る。その言葉に桂は顔を上げず首を左右に振った。

 やっと嗚咽を殺すと顔を上げてジュリオを見る。涙で濡れたその顔をジュリオは痛ましげに見つめていた。

「すみません。ジュリオさん。謝るのは俺の方です。分かっていました。覚悟もしていたんです。ただ…実際に見ちゃうと……」

 教師として喋る事は出来なかった。桂は言ってまた涙をポロっと零す。その肩をふわりとジュリオは自分の胸に抱き寄せた。

「すみません…ジュリオさん…。すみません…。今だけ…今だけ…」

泣かせてください…その言葉は出てこなかった。

 桂はジュリオに甘えてしまう自分の弱さを疎ましく嫌悪しながら、それでも黙ってなにも言わずに胸を貸してくれるジュリオに縋って嗚咽を漏らしつづけていた。
 
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