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第十四章 ― 分かっているさ…自分の立場なんて…自分がマリーゴールドだって事ぐらい…―
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しおりを挟む「1週間…待っていてくれないか…」
辛そうな顔を見せて亮は桂に告げた。健志が明日日本に戻ってくると知らせた後だった。
どんな顔をしたら良いのだろう…。桂は困って俯いた。
亮はそっと黙ったままの桂を抱き寄せ、その顎を掴むと、強引に上向かせる。
自分を見つめる桂の濡れたような瞳を覗きこむと、もう一度言い聞かせるように口を開いた。
「俺…健志と色々話しがあるから…。だから、俺が連絡するまで待っていてくれ」
真摯な瞳で言う亮の言葉に桂は、声も無く頷いた。亮は安心したような顔をすると、桂の耳朶に口付ける。
亮の言葉に戸惑って亮を見た。亮の言葉の意味が理解出来ない…。どうして彼がこんな事を言うのか…。
「俺の事は…気にするなよ…。夏以来だろ、逢うの。だから…ゆっくりしろよ…」
桂は動揺する気持を押し殺すと呟くように亮に言った。
桂の言葉に亮がムッとしたような顔をする。自分を咎めるように見つめる亮の瞳に、たまらず桂は俯くと自分の役割を演じる事に専念した。
他にどんな事が言えるというのか…。
桂はパッと顔を上げると、無理に明るい笑みを顔に貼りつかせる。
強張りそうな顔の筋肉を必至で動かすと、わざと明るい調子で続けた。
「健志さんとデートする所決めたのか?最近俺の所為であんまり外出しなかったから…。流行りのデートスポットとか調べたのかよ…」
亮が桂の顔を無表情に見つめた。
返事の無い亮に気詰まりになりながらも、桂は言葉を探した。黙りこくってしまっている亮を前に、あまり気の利いた言葉が出てこない。
お馴染みの沈黙を前に桂は、躊躇っていたその言葉を言う決意をした。
明日から亮とは逢えないだろう…。いくら亮が待っていろと言っても、健志と逢ってしまえば事情は色々変わってくるはずだ。
それなら…それだけじゃ…自然消滅だけは嫌だったから…。
桂はゴクリと無意識に喉を鳴らした。気持の揺れを静めるように唇を自然に舌で湿らせてしまう。その動きを亮が眼で追っていた。
世間話でも言うような調子でサラリと言いたい…。最近桂はそう思うようになっていた。ドライでライトな関係だから…だから…感情抜きでサラッと口に出来れば上等だ。
桂は相変わらずダンマリの亮にニコッと優しい微笑を見せると、その言葉を告げた。
「山本、お願いがあるんだ…」
なんだ?と亮が掠れたような声で続きを促した。
桂は笑みを浮かべたまま続けた。願い通り声が震えたり途切れたりする事は無かった。
「契約を終りにする時は、すぐに言ってくれよ。俺に絶対気をつかったりしないで欲しいんだ…」
桂の言葉に亮が瞳を眇めた。相変わらず感情を映さない亮の能面のような表情に向かって、桂はもう一度微笑んだ。
「中途半端は嫌なんだ。だから言ってくれよな。山本は健志さんの事だけを考えれば良いんだ…」
亮はぐっと一瞬唇を引き結んだ。桂の笑みをじっと見つめると、分かったと硬い口調で答える。
ありがとう…そう穏やかに言う桂を、亮は腕を掴んで強引に抱き寄せた。
そのまま抱きしめると、桂の身体を抱えたままソファに腰掛ける。桂の身体を横抱きにすると、桂の顔を見つめながら、言い聞かせるような真剣な口調で告げた。
「お前も…約束忘れるなよ」
約束って…?亮の言葉に桂が訝しげに訊ねた。
亮は不機嫌そうに眉を寄せると、桂の身体を優しく撫でながら呟くように言った。
「桂の時間を俺にくれるって言う約束…。俺…健志が帰ったら、桂に話しがあるから…。それも覚えていろよ」
「…話しって…今じゃダメなのか…?」
亮の言葉に不安を感じて、桂は顔を上げると訊ねた。
契約を終りにすると言うなら、今言って欲しかった…。
一週間も待つのは嫌だった。それこそこんな不安を抱えたまま針の筵に座らされるような時間は…嫌だった。
頼りない桂の瞳を見つめると亮は優しく喉元や頬に手を這わせた。感じて桂が身体を震わせるのを、もう一度強く抱きしめながら低い声で告げた。
「今はダメなんだ…。桂…忘れるなよ。お前は俺と冬の休暇を過ごすんだからな…」
何度も感じた不安を無理やり胸にしまいこみながら桂は亮に縋ると、分かったと答えていた。
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