〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第十三章 ― 先の約束なんてしたくない…ただ…苦しさが募るだけ…―

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 専務の所にお寄りください…ジュリオの秘書は、いつもの手続きを終えると、人懐っこい笑みを見せて桂にそう告げた。

 ジュリオの授業を持つようになって早3ヶ月余り。すっかり彼女とも親しくなっていた。

「専務って…山本専務ですか…?」 

 突然の事に面食らったように桂は彼女に訊ねた。

 ジュリオの授業の間に亮から呼び出しが掛かった事など、今まで無かったからだ。

 秘書はそうです、とまた微笑むと、向かいの部屋を指し示した。 

 戸惑いながら桂は部屋に向かう。専務室というプレートが掛かったドアの前に立つと、気持を落ち着かせる様に深呼吸した。おずおずとドアをノックする。

「いよいよ、別れ話かな?」

 亮の良く通る耳触りの良い、どうぞと言う声を聞きながら、桂は覚悟を決めて部屋に足を踏み入れていた。

 桂の覚悟に反して、当の亮は拍子抜けする程陽気な調子で桂を出迎える。

「桂!悪い。急に呼び出したりして…」

 ドアの前で呆然と立ち尽くす桂に、亮は明るく微笑むと桂に近づいた。ふわっと優しく腕の中に閉じ込められる。

「…山本…会社だろ…。止めろよ…」

 優しい亮の抱擁に流されそうになりながら桂は必死で亮の腕の中から抜け出した。

 やっと距離を置いて軽く睨むと、亮がチェっと言うような拗ねた子供っぽい表情を見せる。 
「俺…桂のそう言う分別臭いところ嫌だ。俺達付き合っているんだから、どこで何したって良いはずだろ」

 少し眉根を寄せ、屁理屈をこねる亮に桂は微笑んだ。亮の時々見せる、こう言う子供っぽい所がたまらなく愛しかった。

 微笑みながら少し顔を赤らめてバカと呟いた。

「用件を言えよ…。用事があるから呼んだんだろ?」

 頬を赤らめている桂を楽しくてたまらないと言った顔で瞳を細めて眺めていた亮が、桂の言葉に口を開いた。

「冬休みだけど…」

 冬休み?????? 桂の目が点になる。

「冬休みって…?正月休みのことかよ…?」

 桂の答えに亮が眉をひそめると、それ意外に他に休みがあるのか?と聞いた。

「???いや…無いけど…」

 亮は桂の混乱したような顔を優しく見つめると話しを続けた。

「ほら…桂、冬休みは長いって言っていたじゃないか?」

 そう言えば、前にそんな話しをしたかもしれない…。話しの展開が見えないまま、黙って桂は頷いた。

「だろ…?俺も今年は早く休みを取るからさ…だから…」

 言って亮は少し顔を赤くしながら言葉を継いだ。

「だから、俺の別荘で過ごそうぜ。温泉もあるからゆっくりできる。23日頃から休み取るからさ」

「それって…旅行…ってこと…?」

 亮の言葉を信じられない思いで桂は聞いた。驚きのあまり息が止まりそうになる。

 健志さんが帰ってくるのに…俺達に…そんな時間…あるのか…?

 そうだ、とまだ嬉しそうに言いながら亮はもう一度桂を胸の中に抱き寄せる。

 桂の耳元に癖のようになってしまっているキスを落とすと優しく桂の体を揺すりながら、甘やかすような声音で囁いた。

「夏は…ダメだったろ…。だから…冬は二人で過ごそう…。色々イベントがあるし…」

 楽しみだな…言いながら亮は桂の肩口に顔を埋めたまま、クツクツと低い声で笑った。

― 冬休み…山本と…二人っきりで過ごす…。昼も…夜も…ずっと…? ―

 甘い誘惑に桂はジンと瞼の裏が濡れるのを感じた。亮の優しい言葉に泣きたくなる。

 どうして…こんな気持を揺らすようなことを言うのだろう…。

 行きたい…行きたい…亮と二人で過ごす時間…。
狂おしいほど愛しい時間になるだろう…。

 桂は静かに亮の胸から離れると、まだ笑っている亮を見つめた。

 バカな…俺…。期待しちゃいけない…。彼は…健志さんの所に戻るんだから…。冬に山本の隣に寄り添うのは…俺じゃないから…。

 じっと亮の瞳を見つめながら桂は静かに口を開いた。

「健志さんが…帰国するって…」

 桂の言葉に亮が、驚いたように瞳を揺らめかせた。
一瞬の沈黙の後、桂の顔を真っ直ぐに見詰めながら

「ジュリオから…聞いたのか…?」

 静かな口調で訊ねる。

「ああ…。だから…冬の約束なんて…しない方が良いだろ…?」

 冬休みは健志さんと…言いかけた桂の言葉が乱暴な亮の言葉に遮られた。

「言うなっ!」

 言って乱暴に桂の身体を亮は抱き寄せた。自分の胸に桂の身体を抱き込める。桂の頭をしっかりと自分の胸に押さえつけると、苦しそうな声で告げた。

「あいつは、さ来週に1週間の予定で戻ってくるだけだ。帰国でも…一時帰国でもない…。ただ仕事で出張で来るだけだ…。だから…気にするな…」

 亮の言葉に桂が、でも…と言いかけた。

「山本…だったら冬はニューヨークに…」

 言いかけた桂の身体を亮が激しく抱きしめた。

 息も止まりそうなほどの強さで抱きしめられて桂の言葉が止まった。桂の背中を宥めるように擦りながら、苦しさを滲ませた声音で亮が話した。

「言うな…。それ以上、なにも…。お前は…俺に時間をくれるって…言っただろ?だから余計な事考えるな…。良いな?ニューヨークへは行かない。冬はお前と過ごす…。わかったな…」

 いつも亮に抱きしめられて…甘い言葉に誤魔化されてしまう自分に嫌悪しながら、それでも桂はコクンと頷いていた。

 亮の言いたい事がなにも理解出来ない…。それでも自分と一緒にいたい…。
 
 そういってくれている亮の言葉に少しだけ幸せを感じながら桂は亮の胸に身体を預けていた。
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