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第十章 ― そうか…俺はマリーゴールドなんだ…―

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「マリーゴールドか…」

 桂は部屋へ戻ると、別れ際にプリマスから譲ってもらったマリーゴールドの花をコップに生けて窓際に置いた。

― この花は毒抜きのようなものです―

 そう言ったプリマスの言葉が頭の中で繰り返し聞こえてくる。

 桂は床にペタンと座り込むとぼんやりとその花を見詰めた。開け放った窓辺で、可憐な花びらが夕方の涼しい風にそよいでいた。

 ポツッとその花を見詰めて桂が呟いた。 

「まるで…この花って俺みたいだ…」

 いや…違う。桂は事実を、頭を振って訂正した。

「そうか…俺がマリーゴールドなんだ」

 まざまざと亮の中での自分の立場を思い知ってしまった…。

 この花は大根の為に土壌の毒を抜いていく。花でありながら誰からも愛でられることなく、盛りの美しい花を毟り取られて処分される…。

 桂はこの4ヶ月あまりの亮との時間を思い出していた。 

 亮の欲望の捌け口になる自分。手加減無しの亮のあらゆる要求を受けいれてきた…。セックスでも日常でも。

 亮は今ごろ欲望を微塵も感じさせずに健志とスマートなデートを楽しんでいるのだろう。

 そして押し殺し続ける自分の亮への気持。

「そっか…。健志さんが大根で、俺がマリーゴールドなんだ。俺…健志さんの為にせっせと山本の毒抜きをしてるんだ…」

 フフッと桂が喉の奥で笑いを漏らした。知らず知らず涙が溢れてくる。

「そっか。俺はマリーゴールドなんだ…。ははっ…」

 乾いた笑い声を出しながら桂はごろんと床に転がった。

 いつのまにか溢れ出した涙を拭おうと両腕で顔を覆う。脳裏に亮と健志の姿が浮かんで堪らず桂は嗚咽をこぼし始めていた。

「ふっ…くっ…」

 俺は…マリーゴールドなんだ…。毒抜きなんだ…。…性欲処理係か…。

 セックス・フレンドだって分かっていた…分かっていたつもりだった。

 期間限定の恋人ごっこだって言う事も。それでも、こんなにはっきりと自分の立場を知ってしまうと…桂は哀しくて…切なくてどうしようもなかった。

 亮を好きと言う気持は誰にも負けないつもりだった。
それでも、亮が健志を見ている限り自分の入る余地なんて無い…。勝手な独り相撲をしているだけ…。

 マリーゴールドだって誰にも見てもらえないのに…ただ…咲いているだけ…。

 誰にも愛でられず処分される花…。亮に伝える事無く、殺さなければいけない亮への想い…。

「俺…何やってんだ…?あいつにとって俺はただの毒抜きなのに…。ハハ…。ふっ…くっ…」

 桂は床の上で体を胎児のように丸めると、ただひたすら泣きじゃくっていた。
 


◇◇◇◇◇

 
 桂の所へサークルの後輩から連絡が、そう入ったのは桂が持て余していた金曜日の夜のこと。散々泣くだけ泣いて放心したようにボーっとしていた時だった。

「キャンプ?」

 泣きすぎてズキズキと痛む頭を擦りながら電話に出ていた。久し振りに電話をしてきた後輩は、はいと楽しそうに返事をする。

「急なんですけど、みんなで明日から1泊で行こうって言ってるんです。先輩もどうかなって思って。仕事は休みでしょ?」

 後輩の話に桂の頭に以前研究室の仲間と行った秩父の清流が過ぎる。

 明るい日差しにきらめく川の穏やかな流れ。涼やかに過ぎる心地よい風。そして日中の穏やかな日差しと夜の空に散る満点の星。

「行こうかな…」

 ポソッと桂が答えた。行って、何かが変わるのを期待しているわけじゃない…。

 ただ亮の事から離れたかった。少しの間だけ亮の事を頭から締め出して、自然を満喫して、そして…戻ってきたら、また元の役目に戻れば良い…。マリーゴールドになれば良い。

 そこまで考えて桂が自嘲するような笑みを零した。

 最も亮が戻って来て、彼の隣に自分の場所が残っていればの話しだがな…。

「先輩…どうしたんですか?せんぱーい?」
 
 電話の奥から急に黙ってしまった桂を訝しんで呼ぶ声がする。ハッとして桂が返事をした。

「ああ、悪い。行くよ。行きたい。明日、何時集合?」
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